第4話 一触と質問大会
今日は久しぶりの登校だ。
例のごとく幼馴染を交えてみんな仲良く登校する。
高校に通った日数より箱庭に日数の方が長いため新鮮だ。
僕まだ10日くらいしか学校通ってないな。
ゴールデンウィークも過ぎたし、中間テストは目の前だし日常が怒涛に迫ってくる。
「信也君、中間テストは大丈夫そう?」
「死力を尽くします」
僕は真面目くさった顔で有紗さんに答えた。
試練で時間がないから赤点とったなど誰に何言われるか分からない。世間には負けられないのだ。
「テストでそこまでの決意をしなくても…私が教えるわよ?」
「本当ですか?でも有紗さんもテスト有りますよね」
「テスト範囲は一通り終わっているし、これ以上は勉強しても1点2点増やすくらいにしかならないから」
そういうセリフ言ってみたい。
意識が戻る前の僕も真面目に勉強していたようなので、下積みはあるから躓きを教えてもらいながら勉強すれば何とかなるかもしれない。
「すいません、それではお世話に…」
「あ、青野君、おはよっ~!」
声の方に視線を向ければ瀬尾さんと、お友達二人がこちらに近付いてきていた。
瀬尾さんは気にしていない風だけど、他の二人は少し遠慮がちだ。
「あ、瀬尾先輩お早うございます」
「春香ちゃん、おはよ~今日も可愛いねえ」
瀬尾さんが春香に軽くハグして挨拶を返す。
僕はその光景に目を見開いた。
社交性はあるが、春香はあんまり他人にパーソナルスペースへの侵入を許さない。
そこに瀬尾さんがするりと入っている。
「おはよう瀬尾さん、二人もおはよう」
「いや~朝から美人に囲まれて羨ましいねえ。私の連れなんてなんて洗ったニンジンと大根だよ」
「はっ?喧嘩売ってる?」
「友達辞めてもい~かなぁ?」
「うそうそ、冗談に決まってるじゃん!二人とも朝から低血圧なんだからもうっ」
低血圧関係なくない?
女の子がさらに増えて、なんだか一気に華やぐなあ。歩道だったら渋滞が起きるよ。
幸い学校の敷地に入ってしまったからいいけど。
「春香は瀬尾さんと知り合いだったの?」
「う、うん、体調が悪くなった時に助けてもらった」
「そうだったんだ。瀬尾さん、有難う」
「いいってことよ。クラスメイトの妹さんだしねっ」
晴れやかな笑顔だ。瀬尾さん絶対男子にモテるだろうなあ。
男友達に近い感覚で話せるし、明るくて可愛いし、僕みたいな不登校の人間を気にかけてくれる。
これはあれだね「この子、僕に気があるのでは?」と思い込んで段々と好きになるパターンだね。
冷静に考えたらそんなことなくて勝手に失恋するんだ。
冷静に慣れなかったら告白して振られる。思春期トラップの使い手だな。
「瀬尾さんはトラップ使いなんだね」
「えっ!私トラップなんて使わないよ!?」
「ごめん、思ったこと口に出しちゃっただけだから気にしないで」
「思ってた!?そんなこと言われたら気になるよっ!」
肩を掴まれガクガクと揺らされる。
されるがままになりながら、やっぱりトラップ使いだと再認識する。
そういう気安いボディータッチが罠なのだ。恐ろしい子!
「あなた、その手を…」
僕の視界の隅で何かが動いた。
反射的にそれを掴んで動きを止めた。
有紗さんの手だった。
明らかに瀬尾さんに害を与える類の意識が込められていたから、知らない人かと思ったのに。
「今の……有紗さん、どうしました?」
「っつ、放してくれないかしら」
「ご、ごめんなさい、痛かったですか」
僕が手を離すと有紗さんが僕の握った部分を上から掴んで下を向いてしまった。
反射的に強く握ったから痛めたのだろうか。
「えっ、今の何?達人の攻防的な?」
「……有紗?」
何が起きたのよく分かっていない瀬尾さんと、一部始終を見ていた姉さんが、僕と有紗さんを交互に見る。
有紗さんは下を向いたまま「クラスメイトがいるようだから今日はここで別れましょう」と言い残して去っていった。
姉さんは迷いつつも有紗さんの後を追った。
中等部組も困惑しつつ別々の校舎へと歩いて行った。
「もしかして、私が怒らせちゃったのかな……」
瀬尾さんが恐々と僕のことを上目遣いで見詰めた。
「様子がおかしかったけど、怒ってはなかったよ。気にしなくてもいいと思う。気になるようだったらお昼休みにでも聞いてみるよ」
「えええっそこまでしなくていいよ、別に怒ってないんならモーマンタイだから。それより私たちが来る前は何の話をしてたの?」
「僕の中間テストがヤバイからどうしようって話。一応先生が補講してくれるみたいだけど、それだけだと自信がない」
「あ~ね、なら由佳に勉強見て貰えば?こいつ暇してるし」
「言動アホなのに成績はいいよねぇ~。頭の良さと勉強が出来ることがイコールじゃない、いい例だよぉ~」
ひどいな友達二人。瀬尾さんも顔を赤くして二人を睨んでる。
いや、そこまで怒らなくても。
「喧嘩売ってんのか!買うぞ、この女郎っ!」
仲良くキャットファイト始めた彼女たちに、僕は居た堪れないと思いつつも一緒に登校した。
教室について机に向かおうとしたとき、瀬尾さんに肩を叩かれ呼び止められた。
若干まだ顔が赤い。
「さっきの話、良かったら協力するけど……」
「テスト勉強の話?」
僕がそう言うとコクリと頷いて見詰めてくる。
あまりらしくない態度に首を傾げつつ、考えてみる。
いくら有紗さんが幼馴染で本人がいいと言っても、1年生の中間の範囲を教えてもらうのは気が引ける。
反面、瀬尾さんとは勉強する範囲が同じだ。
それに僕はクラスメイトとの交流が少なすぎる。
瀬尾さんを通してクラスメイト達と交流できれば御の字だ。
「教えていただけると非常に有難いです。是非とも私めに、お慈悲をお与えくだされ」
「うむ、苦しゅうないぞ、青野少年」
「へへっーー!」
平身低頭と頭を深々と下げる僕と腕を組んで胸を逸らす瀬尾さん。
突然始まった茶番にお友達二人は含み笑いを漏らし、クラスメイトは困惑していた。
顔を上げて瀬尾さんと笑い合った。
僕が試練から帰ってきて手に入れたもの。
取り戻した穏やかな日常。
胸が弾んで暖かくなるようなもの。
すこしだけ瀬尾さんの中に誰かを見た。
ルーヴィさんに感じたものとは違う、くすぐったくなるような気持ち。
僕が忘れた何か。
いったいこれは何だろうか。
「ねえ青野君、今日一緒に教室でお昼食べない?勿論いつも家族と食べてるのは分かってるんだけどさ」
2限目の後にちょっと言い辛そうに瀬尾さんが話しかけてくる。
僕の周りにはクラスメイトの視線が集まっている。
なるほど、瀬尾さんは貧乏くじを引いたと。
「いいよ。姉さんたちには連絡しておく」
「えっ、いいの!?」
「そりゃあ瀬尾さんには春香がお世話になったし、これからテスト勉強でお世話になるからこんなお願いくらいなんでもないよ。寧ろどんどん頼み事してほしいくらい」
その発言にクラスメイトが喜びの声を上げた。
露骨すぎる、隠す気がない。
父さんの世界の中心という言葉を思い出した。
ご飯食べる暇は果たしてあるのだろうか。
「では第一回、青野信也君質問大会、兼お昼ご飯を始めま~す。司会は私、瀬尾由佳が務めます。私が神だから逆らわないように!」
「「「イエエエェェイ!!」」」
お昼休みに入った途端にこの有り様だ。
質問大会とか初耳だよ。ご飯がおまけになった。
教室には基本クラスメイトだけだが、外には滅茶苦茶人がごった返している。
僕って本当に注目集めたんだな。
「それじゃあ青野君から一言お願いします!」
「ええっ!唐突な無茶ぶりを……えっと質問はお手柔らかにお願いします」
「もう、シャイなんだから。じゃあ質問ある人挙手っ」
クラスメイトほぼ全員同時に手を上げた。廊下の人も手を上げている。
「石川君が一番早かったね。一番手の栄誉は君に与えよう」
「よっしゃ!じゃあ質問、ぶっちゃけ箱庭の試練の中で誰が一番タイプだった?俺は断然ルフリア様!超美人過ぎて最高だったぜ」
手加減を知らんのか石川君。
初手から飛ばし過ぎだよ。戦闘の話なら気軽に出来るのに。
凄く注目集まってただでさえ答え辛いのに。
「誰って言われても……ルーヴィさんかな」
「おっと意外とはっきり答えたぞ、青野君。ちなみにどこら辺が好みだったの」
「怪我をしたときにお世話になったし、あの世界で本当に心配してくれた人だったから。正直引き留められたことに心揺れたし」
残りの命数が幾ばくかしかないのなら、この人と一緒に過ごして終わりにするのも良いかなと。
「……ちょっと、しんみり無し、無し!青野君もいきなり泣かそうとしないでよ!妖精族の集落のお別れのシーン思い出しちゃったじゃない!私あれで号泣したんだから止めてよね!!」
瀬尾さんちょっと目が潤んでいる。
他の人も若干湿っぽい。
こうしていると僕の箱庭の試練が他の人に共有されている気恥ずかしさがある。
「はい、次はわたしわたし~」
「はい、加奈どうぞ。流れを変えるんだ!」
「青野君はどうやって魔法使ったりしてたのぉ~?ここでも使える~?」
よかった答えやすい質問だ。こういうのを待ってたんだよ。
その言葉にみんなが期待の目で僕を見てくる。なるほど、魔法を使ってみたいのか。
「マサムネがないと使えないよ。白色の力を使った身体強化や斬撃を飛ばしたりするのは僕がやってたけど、元の力はマサムネだから。魔法についても似たようなものかな」
「そっか~、それじゃあ、わたしでもぉ~マサムネ持てば青野君みたいに早く走ったりできるぅ?」
「出来るよ。ただ危険はあるから、必要がなければやらない方がいいかな」
「どんな危険なんだ」
男子のクラスメイトが質問してくる。
男の子としては身体強化に憧れる気持ちは分かる。分かるんだけど、こればっかりはお勧めできない。
「白色の力はマサムネから供給されて、それを体に流して身体強化するか、刃に纏わせるか使い分けるんだ。だから何をするにしても一度体に白色の力を通す必要がある」
「白色の力は肉体にとって異物だから、力を通した場所に焼けた針金が無数に血管を突き破ってくるような痛みが走るんだ。コントロールできないとその力が暴発して体がズタズタになる」
「何度かやると体が慣れるからそこまでの苦痛はないけど、自分の限界を超える力を使おうとしたらそれ以上の激痛が襲ってくるし体が崩壊する。ここまで来ると痛みの例えは思い浮かばないかな……体が細かく分解される痛みなんて現実に無いし。天竜と戦う前は痛みと慣れを繰り返してコントロールできる力の範囲を……どうしたのみんな黙って」
質問をしてきた加奈さんもクラスの皆も青い顔をして息を飲んでいた。
震えて泣きそうな子までいる。怪談を語ったわけではないんだけど。
瀬尾さんは両頬をバシッと叩いて、一番に口を開いた。
「えーと、次の質問行ってみよう!はい、斎藤君」
「この空気で俺?……あーっと……あのさ、ぶっちゃけルグランとかいう奴の事憎くなかったの?俺見てないけど、相当痛めつけられたんだろ?」
「ちょっと、そんな質問……」
斎藤と呼ばれた男子を瀬尾さんが見咎める。
悪かった空気が更に悪くなっていく。これ僕の所為かな。
例えが悪かったかようだ。
「いいよ、答える。憎しみを抱く、そんな余裕がなかった。僕は自分が生き残る為に、試練を超えるために考え続けていたから。おまけに薬で綺麗さっぱり治ったお陰で痛みも直ぐに無くなったし。落ち着いた今だと、精々箪笥で小指ぶつけて悶え苦しめってくらいは思うけど」
「青野君ちっちゃ、そんなことで許しちゃうの?あの人、謝ってすらなかったじゃん!」
なんか瀬尾さんが熱くなっている。
というか謝っているかいないかまで分かるほど、僕の配信を見てたのか。
照れるんだけど。
「許すよ。事情を聞けば理解できる話だった。人間がしたことがそれだけ彼らの中に残っているんだ。それにルグランがやったことは集落の総意だから、彼だけを責めるのは違うよ」
みんな沈痛な顔をしている。空気重いよ。
「……次、碌でもない質問したら神から雷落とすからね」
「それじゃあ、私から」
廊下から声がしてみんなそっちを見る。
花音姉さんが手を上げている。目が鋭く、炯々と輝いていた。
こわっ!?
「え、え、え?あ、えっと、どうぞ……」
動揺しているぞ、神よ。僕も動揺してるけど。
「信也はどうしてこんなことをしているのかしら?質問大会だったわよね、ねえ、どうして?昨日帰ってきて、初めての登校日で、メール一本で断ってきて、私たちとご飯せずに。ねぇ、……どうして?」
おいおい、今ベリエルと初めて対峙したときと同じプレッシャーを感じてるよ。
体が固まって息できない。
そういえば断りのメール送ったけど返事きてなかったな。
てっきり了承の意かと思ったけどどうやら違ったらしい。てへぺろ。
……仕方ない。禁じられたアレを発動するしかない。
「僕、ほとんど登校してなかったから、クラスメイトと全然話せてなかったんだ。でも試練の配信に映されて変なイメージが付いているだろうし、今更どうやって馴染んだらいいか分からなくて」
「そしたら見かねたクラスの子が一緒にご飯を食べようって誘ってくれたんだ。質問大会はビックリしたけど、喋ったことない人と色々話せてよかったよ」
演技モード発動。
これが発動したからには後戻りできない。
お昼休み一杯演技モードは抜けないだろう。
「……それ、本当にそうなの?信也のこと、面白おかしく騒ぎ立てたいだけじゃないの」
姉さんは周囲に視線を走らせる。
蛇に睨まれた蛙だ。
技能のカリスマ有能だわ。
皆姉さんの空気に飲まれている。
「そんなことないと思うよ。誘ってくれた子は春香を助けてくれた子だから、そんなことするはずないよ」
本当のところ瀬尾さんやその友人以外は、僕のことおもちゃにする気だな、くらいは思っていたけど、演技モードの僕はそんなことおくびにも出さない。
「ああ、私も聞いていたわ。確かにそうね。早とちりをしてごめんなさい。明日はちゃんとお昼は私たちと食べるのよ。有紗も心配していたから」
「了解、それじゃあ」
「ええ、お邪魔したわ」
ふぃ~~~、乗り切ったぜ。もう無理。
どうして試練でもないのに試練並みのプレッシャーを感じないといけないのだろうか。
おまけに姉さんは僕に対してはなんとも思ってなく、クラスメイト達に怒りを滲ませていた。
帰ったらちゃんとお詫びをしておかないと。
「変な雰囲気になって、ごめんね。続きやる?」
「え、えーと神は宣言します!今日は解散、皆ご飯食べよう、時間が無くなっちゃうよ!」
クラスメイト達は呪縛から溶けたように動き出して、思い思いに食堂に行ったり、席に着いてお昼ご飯を食べ始めた。
瀬尾さんが友人二人に伴われて僕の方に近付いてくる。
「えっと……」
「瀬尾さん、今日は質問大会企画してくれて有難う。驚いたけど、みんなと話すきっかけが出来て嬉しかったよ」
「わ、私ね、あんまり青野君が言うようなこと考えてなくて、みんなで盛り上がれればいいなくらいしか」
「分かってるよ。僕が姉さんに言ったのは僕の感想であって瀬尾さんの考えじゃないこと」
「ならどうしてあんなこと」
「由佳ちゃんを庇ってくれたのぉ?」
友人二人が言うが僕は首を横に振った。
「そんな恩着せがましいことは考えてないよ。言ったでしょ、瀬尾さんは別に僕のこと面白おかしく騒ぎ立てるだなんて思ってないって」
「他のみんなは僕の事で面白おかしく騒ぎたかったんだろうけど、姉さんにそこまで言う必要ないし」
瀬尾さんは間違いなく僕をクラスに馴染ませようとしてくれていた。
ちょっと手段とクラスの雰囲気を読み間違えただけだ。
ただそれだけのことだと分かっている。
「……由佳、よかったね。誤解されてなくて」
「青野君はいい子だねぇ~」
何故かポワポワした方の友人さんに頭を撫でられる。
だからボディータッチを気軽にしないで。思春期に刺さるから。
「あ~~もう、気安く青野君の頭を撫でない!」
「いった~何するのぉ」
瀬尾さんは勢いよく僕の頭の上の友人の手を叩き落として、二人の腕を掴んでずんずんと教室を出ていった。
あれ、結局僕一人でお昼なの?
姉さんが猛威を振るった僕に近付くものはなく、教室でボッチ飯を堪能した。
母さんのお弁当は冷めてもうまい。




