第3話 日常と影響2
お風呂から上がれば母さんは台所で料理をしていて、いい匂いが漂っている。なんだか色んな品が皿に並んでいる。というか僕の好物ばかりだった。
リビングには父さんがいて、僕の顔を見て立ち上がった。
「信也……帰ってきたか」
「うん、ただいま父さ……」
目の前が暗くなり、遅ればせながら抱きしめられたことに気付いた。
初めてのことで動揺した。
記憶を探ってみるが、父さんとは手を触れたことすら数えるほどしかない。
「あ、ああ、すまん」
「ううん、別に大丈夫だよ……」
僕も動揺したが父さんも自分の行為に動揺していた。衝動的な行動だったようだ。
なんか変な空気になったぞ。
「あー、元気だったか……いや、いつも見てはいたが」
「元気だったよ。大変だったし怪我が多かったからそう見え難かったと思うけど、病気とは無縁だったし」
「そうか……」
「うん……」
「………………」
「………………」
ふむ。父さんが黙ってしまい、僕も口を閉じた。
話すことないわけではないけど、いまいちコミュニケーションが取り難い。なんだこれ?
「信也、お風呂から上がったの?」
母さんが台所から顔を出して僕に声を掛けてくる。助かった。
「うん、どうしたの?」
「もうご飯にするから皆を呼んできてくれない?今日の主役に頼んで申し訳ないけど」
「分かった」
みんなの部屋に声を掛けて回りリビングに戻る。
春香の顔が未だに赤くて首を傾げた。
僕の裸は見慣れてる筈だから恥ずかしがっているわけではないと思うけど、なんだろう。
中学二年生にもなって叱られたことが恥ずかしかったのか?まだまだ可愛いものだ。
「それじゃあ、信也の帰還を祝って乾杯っ」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
父さんの音頭でグラスを合わせる。
やたらと夕食が豪勢だったのは僕の為だったのか。
父さんと母さんはワインで、僕たちは葡萄ジュースだ。
ただの葡萄ジュースじゃない、メイドインジャパンの高級品だ。濃いのにすっきりした後味で、うまっ!
ジュースで口を湿らせてから早速料理に取り掛かる。
牛肉のトマト煮を口に運んで噛み締める。うまっ!
ニンジンのグラッセを食べ、天ぷらのエビやレンコンやナスを頂く。うまっ!
特製のソースのかかったチキンステーキを食べ、サフランライスをかきこむ。うまっ!
「お兄ちゃん、そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ」
「食欲全開ね……」
「喜んでくれて嬉しいわ。信也が一番美味しそうに食べてくれるから」
「ははっ、そうだな。そう言えばそうだった……」
なんか注目されているけど気にすることなく食べ続ける。
箱庭にも美味しいものはあったけど、家のご飯はやっぱり特別だ。
体が求めていたものというか、懐の深い場所に沁み込んでくる。
お腹いっぱいになるまで黙って食べ続けた。
「もう食べれない……苦しい」
「あれだけ食べればそうなるよ」
リビングでダウンしている僕の隣で萌香がスプーンでバニラアイスを突いている。
莉々は僕の膨れたお腹を人差し指で突いている。
つんつん止めてぇ……。
他のみんなも部屋に引っ込まずにリビングにいてデザートや食後のお茶を飲んでいる。
「父さん、ここ一か月なにか変化あった?」
「なんだ、そのざっくりとした質問?」
「孤独の迷宮の試練の時は攻略解説したから影響があったけど、今回は大丈夫だったかなって。特に変わった事してないから何もないよね?」
家族のみんなは絶句した。時間が止まったかと錯覚するレベルの。
莉々ですら僕のこと「え、何を言ってるのこの人」みたいな目で見てきた。僕もそれを見て絶句した。
父さんは硬直から解放された後、眉間を指で揉みながら制するように片方の掌を僕に向けた。
「ちょっと待て、んん……お前は今回の試練がどう影響したか理解していない……ということか?」
「いや、影響したとかじゃなくて何か悪いことなかったかなって。僕割と情けないこと多かったし、帰還は出来たけど資源の確保とか何もしてないから、僕に悪意持った人から標的とかに……」
ストレージには妖精族の集落で貰ったものや、狐人族の集落で貰ったものがいくつかあるけど、個人が持てる程度の量でしかない。
ストレージの限界を試したくて水は大量に確保したけど、これを資源とは言わないだろう。
「……信也の認識は一旦置いておく。試練の影響はあるにはあった。ただ一言では言い表せないというか、何と言えばいいのか」
父さんは頭が痛そうに眼を瞑り、腕を組んで天を仰いだ。
言葉を探しているのか整理しているのかよく分からない。姉さんたちも黙ってしまっている。
「私たちの身の回りのことは心配しなくていいわ。政府がちゃんと試練資格者の関係者の保護を継続しているから。危ない目になんて遭っていないし、日常生活に支障もないわ」
母さんが始めに口を開いた。
若干まだ困惑しているが表情は落ち着いている。
「そうだな。悪意どころか寧ろ同情されていた。家族が絶体絶命の状況に置かれていたんだ、優しくされることの方が多かった」
「そうか、良かった」
「信也は、本当に自分がしたことの影響が分かっていないのね……」
安心しかけたら姉さんが不穏な呟きを漏らした。
「お姉ちゃん、その言い方だとお兄ちゃんまた誤解するよ。あれだけ大変な目に遭って帰ってきたばっかりで、世界の状況なんて分かりっこないんだから」
「春香、世界の状況って話の幅が広すぎない?」
「ううん、お兄ちゃん。春香の言う通り、世界で合ってる。前にお兄ちゃんは世界一のインフルエンサーってお父さんに言われたよね」
「ああ、なんかそんなこと言われてたね。もう大分前の話だし取り下げられただろ?」
「今は世界の中心だ」
「え?」
「今の信也は世界の中心だ。全てがお前を中心に回っている。報道も、経済も、世界情勢すらも」
え、何の冗談だそれ?僕また何かやっちゃいました?のセリフすら出ないぞ。
本当に何もやってないんだから。
たかだか一個人の試練配信でそんなことになるはずない。
「さては揶揄われてる?」
莉々に顔を向けて聞いてみれば頭をブンブンと横に振られた。あれま、違うの。
「あ~お兄ちゃんやっぱり何にも分かってない」
「分かってないことも分かってないね」
「ネットもテレビもないから仕方ないわよ」
「どうしましょう?」
「時系列で順に説明するか……」
父さんはリビングを出てノートパソコンを部屋から持って降りてきた。
テレビの電源を付けて適当なチャンネル付ける。
そういえばお風呂入って、すぐにご飯だったから今日初めてテレビ見たな。
「まず報道だな。これを見てみろ」
父さんがリモコンを操作してチャンネルが次々と変わる。放送されているのはニュースでみんな同じ内容だ。
僕の帰還が報告されている。僕の試練の軌跡や解説や所感などと共に。
「ナニコレ、父さんのドッキリ?」
「どうやってだ……出来ると思うか?これが現実だよ、お前が帰ってきた喜びで世界が湧いてる」
そう言ってノートパソコンで動画サイトの海外ネットニュースも見せてくれる。
お~僕の事報道されてるよ。
お祝いしたり叫んだりしてる……マジカヨ。
「お兄ちゃんの試練配信、初日から視聴者数1000万超えてたし、その後もずっと高いままだった。天竜との戦いなんて世界中大騒ぎだったんだから」
「言っとくけどお兄ちゃんの配信に比べたら他の試練なんて見る価値ないまで言われてるよ。流石にそれは言い過ぎだけど私的には同意見」
春香が言うように天竜戦は派手な見物だったと思うけど、配信でも相当な恐怖映像じゃなかったのかな。
僕も当事者でない状態で見たらおもらしする自信がある。オムツ必須だ。
「見知らぬ世界、理不尽なルール、傷付けられても忘れない優しさ、さらなる絶望、未知の種族との交流、伝説の武器、天竜との戦い、全ての理不尽を跳ねのけて帰還……まるで物語みたいだったわ」
「そうね。命が掛かって、台本もない物語の主人公。国も文化も越えて、世界中の人たちはそれに魅せられていたの。信也にはとても信じられないことでしょうけど、本当の事なのよ」
姉さんの言う通りの流れを辿ってきたけど、そう感慨深く言われるとむず痒い。
母さんの物語の主人公って表現も恥ずかしい。
「次に経済についてだな。色々あるが為替で解説してやろう」
また父さんがノートパソコンを操作し、何かのチャートを開く。
「ドル円で見るか……ここが信也が試練に挑んだ日、ここが天竜の話が出た日だ。下がってるだろ、円」
「流石に偶然じゃないかな」
「それから旅を続け、狐人族の集落に赴いて、武器を手に入れ天竜に挑んで勝利した。これでも偶然か」
マサムネを手に入れてからじわじわと下がった円が戻り始め、天竜戦では乱高下して、最後には上に吹っ飛んだ。
僕の戦い経済指標かよ、一昔前の雇用統計レベルの凄さだ。
ただ少ししてガックリと下がってるな。それでもずっと上を今も推移しているけど。
多分拠点全部手放した辺りだ。
「為替だけじゃなく日本株も軒並み上がったぞ」
「いやいや、僕の勝ち負けで、経済は何の関係なくない?」
「お前があっちに行っている間に世界の認識が変わってきてるんだよ。試練を越えられなければ資源が尽きる、文明が維持できない。その認識が社会レベルで浸透してきた。資源を得られるのは試練を突破できる試練資格者だけだ」
「試練を突破するのには必要なものは力だけじゃないことも分かっているが、天竜との戦いで見せた、お前の強さは他の試練資格者の比じゃない。地球上で誰があの天竜に勝てるんだ?お前だけだ」
「日本に信也がいるだけで、日本にもたらされる試練の突破による報酬は大きくなる、世界はそう考えてるのよ」
僕が強かったのはマサムネとテンマのお陰だ。そしてテンマは次の試練が始まった段階では全ての力を無くしている。
ベリエルに勝った時の白色の力も、双命の鎖と死生の羽根の効果によるところで、僕とマサムネだけでは同じ力はひっくり返っても出ない。
何にも悪い事してないのに盛大に詐欺でも働いた気になってくる。
「まだ素直に呑み込めないけど、分かった。でも世界情勢はどうなの?それこそ関係なくない?」
「今言ったことの総合作用だな。信也、お前個人の価値は非常に高まっている。どの国もお前が欲しいし、お前に手を貸してほしいんだ」
「どういうこと?」
「今回お前は孤立したが、仮に協力し合える試練があったときどうなると思う?天竜みたいな規格外を倒す人間だぞ、絶対味方にしたい。それ以外もお前が手に入れた資源や利権が欲しい、甘い汁を吸いたいんだ」
「うーん、そう言われても僕はただ試練を突破することしか考えてないだけで……」
そもそも僕が最終的に目指しているのは試練の完全突破だから、途中の報酬なんて試練に失敗したときの延命処置くらいで重要視していない。
だけど今までの試練で少し思うところはある。
孤独の迷宮では結果を残すほどリソースが手に入る。
絶縁の箱庭では努力するほど物品、資源が手に入る。
もしかしたらそういった何かを獲得していかないと、試練がクリアできなくなるのではないだろうか。
人間の生物としての強さには限界がある。
命五のような存在を必ず自力で倒さなくてはならなかった場合、リソースで交換できる武器では勝つことは難しいが、箱庭の武器であればどうだろうか。
そういう意味では単純に試練を突破すればいいというものではなく、最善の形でクリアする必要がある。
考えすぎな気もするが、どうにもこの考えが正しく思えてしまう。
「お兄ちゃん……どうしたの?」
「いや、なんでもないよ、萌香。とんでもない話を聞かされて疲れてきたんだ」
「信也は帰ってきたばっかりだしもう止めましょうか?」
「そうだな。分からないことは俺たちに聞けばいいし、自分で調べてもいい。スマホは返しておく。知らない輩が接触してきても、付いて行かずにまず俺たちに一言入れるんだぞ」
父さんからスマホが返ってきた。いっぱい通知がある。
そっと閉じて見なかったことにした。二つの意味でお腹いっぱい。
莉々が心配そうに見上げてくる。
思えば帰ってきてから莉々のことを落ち着いた気持ちで見ることが出来る。
人外の魅了を持つルフリアさんと交流して耐性が出来たのか、箱庭の濃い体験で気にならなくなったのか。
「莉々、心配しなくても大丈夫だよ。僕は何にも変わらないから」
莉々は僕の言葉を聞いてコクリと頷いて微笑んだ。
複雑怪奇な人の思惑など、どうでもいい。
今は帰ってきた喜びに浸る、それだけだ。
明日の僕に問題を全て放り投げて、目を閉じて微睡んだ。
『カバーストーリ―:青野家の試練配信閲覧履歴』
青野繁夫:
昼間は仕事があるので、夜にまとめ動画をチェックするのが主。
天竜戦はこっそり家族に内緒で有休をとって配信を見た。
ホテルで見たので、公衆の面前での尊厳破壊は起きなかった。追加で清掃費用を請求されてお小遣いが今月ピンチ。
青野紀子:
天竜戦後まで配信は殆ど見ずに家族の伝聞を聞くのみ。
家族も彼女が見ないように注意を払っており、選りすぐりの平和な動画のみ紹介されていたおかげで倒れたりはしなかった。
ポーションを使って天竜戦の傷が癒えて以降の配信は、リビングで家族と一緒に見たりした。
青野花音:
チラチラと細かくチェックしていた。
怪我をしたり刺激の強い映像は直視できず、開いては閉じを繰り返していた。
天竜戦はマイルドなまとめ動画のみ見た。
青野萌香:
まとめ動画は常にチェック。
配信も平和なものは結構見ていた。
天竜との初めての遭遇を配信で見て以降、配信は殆ど見なくなった。
兄が帰還して以降は積極的に動画を漁っている。
青野春香:
妖精族の集落の宴までは見ていたが、その後は家族の集まる場でも部屋に戻り見ていない。
天竜戦以降は家族とリビングで配信を見たりしていた。
兄が帰還して以降は積極的に動画を漁っている。
青野莉々:
家にいる間の配信は見て、見れない分はまとめ動画を見ていた。
仮病を使って天竜戦の配信を家で見た。尊厳破壊されなかった稀有な存在。
兄が帰還して以降は偶に動画を見るくらい。
青野信也:
本人なので配信は見れない。
某配信サイトに溢れる自分の関連動画の数を見て、そっとスマホを閉じた。




