第2話 日常と影響1
「よし、美亜と加奈は中等部にダッシュ」
「わかった」
「まかせてぇ~」
「鈴木君は2年生の教室をお願い」
「任せろっ」
「犬木先生は職員室へ急いで報告お願いします。可能なら放送で青野君の無事を流してください」
「お、おお……」
授業が終わった瞬間、瀬尾さんがクラスメイトに指示を出している。協力して僕の家族に連絡をしてくれるみたい。申し訳ないけど頼もしい。
「残りのみんなは青野君の無事を世界に向けた発信して!時間が空いたせいでデマや憶測が流されてる。どんな手を使ってもいいから駆逐して!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
え、何この一体感。当人の僕が置いてかれてる。
「青野君は椅子に腰かけて待っててね、動いちゃだめだよ」
「う、うん」
僕も何かした方がいいのかソワソワしていたら、瀬尾さんに強制的に座らされた。
瀬尾さんは僕の横に立って仁王立ちしている。口をへの字に曲げて。
他のみんなはスマホとにらめっこして指を高速で動かしている。
居た堪れない。
「僕も何か手伝えることとか……」
「そこに座ってくれてくことが一番の手伝いだよ」
いい笑顔で言われて僕は口を噤んだ。
僕知ってるんだ。こういう時は素直に従うのがいいて。
口応え?そんなもの世界の果てに置いて来た!
「分かりました……」
根性なしと笑いたくば笑え。
10分くらい待っただろうか、花音姉さんと有紗さんが教室にやってきた。
「信也君、無事だったのねっ」
有紗さんが勢いよく僕の目の前に立ち、手を伸ばして触れる直前で止まった。
そんな有紗さんと入れ替わる様に姉さんが僕の目の前に立つ。
「信也、よかった……帰ってこられたのね」
「うん。ただいま、姉さん」
花音姉さんが僕の首に腕を絡めて抱きしめてくる。
恥ずかしかったが、姉さんの震えを感じて背中を慰めるように撫でた。
普段はクールだけど、何だかんだ情に厚い。
「……よし、萌香たち合流したら帰りましょう。あなた達も有難う」
「い、いえ、クラスメイトですからっ」
軽くお礼を言っただけで、姉さんたちを呼んできた鈴木君やクラスメイトの男子が、一斉に顔を赤くして照れている。
……そう言いつつ姉さん、離してくれないんだけど。
「お兄ちゃん!」
「よかった……」
「せんぱいっ」
萌香と春香と莉々と夕希ちゃんも教室にやってきた。
よく考えると中等部だったけどいいのかな?
「ただいま、みんな……心配かけてごめんね」
「そんなことないよ、ちゃんと帰ってきてくれて、本当に良かった」
「お兄ちゃん……」
萌香は目を潤ませているけど、落ち着いている。
でも、春香の様子が変だな?手でおいでおいでと招き寄せた。
どこか戸惑ったように僕に近付いてくる。
「何かあった?元気ないみたいだけど……」
「っ……私、お兄ちゃんに酷いことして……」
ここで聞かない方がよかったか。ずっと箱庭にいたから、別に酷い事とかされた覚えはないけど、春香の認識では僕に何かやったのだろう。
「うん、話は家で聞いた方が良さそうだね。でも先に言っとくけど僕は春香のこと許すよ。何のことか分からなくても、僕たちがちゃんと話して分かり合えないことなんてないだろ?」
「ううっごめんね、お兄ちゃん……」
姉さんごと抱き着いてきた春香の頭を撫でる。もうしっちゃかめっちゃかだ。
莉々はどうしたかって?とっくに僕の肩に顔を埋めて張り付いてるよ。
女の子でも三人は流石に重たい……。
教室の中は何だかしっとりとした空気が流れていて、仁王立ちしていた瀬尾さんはハンカチを顔に当てて「よかったよぉ~」としゃくり上げながら僕らを見ていた。
姉妹と幼馴染同伴のホームルームの後、クラスメイトに別れを告げて懐かしの輪形陣で帰宅する。
既に姉さんが僕の帰還を母さんや父さんに連絡してくれた。
職員室に行った犬木先生は放送はしなかったようだけど、各教室の帰りのホームルームで僕の帰還が報告されたようだ。
校内での人目は凄いし、知らない人たちから「おめでとう」とか「おかえり」と声が掛けられる。おかえりは分るけど、おめでとうってどういうこと?
「ひと月くらいしか経ってないのに、アスファルトが懐かしく感じる」
「そこに郷愁を憶えるのね。もうちょっと情緒は無いのかしら」
「私たちは都会っ子だもんね」
「この街、言うほど都会じゃないけど」
姉さんは僕の左手側を歩き、莉々は僕と右手を繋いでいる。
塚本姉妹は後ろを歩いて、遠慮しているのかあまり会話に入ってこない。
「信也君、体は大丈夫なのよね?」
「ばっちりポーションで治りましたから。左側がない状態で帰還にならなくてよかったですよ」
僕が気軽に言うと空気がズンと重くなった。
あ、怪我ばっかりしてたからそこまで重たく考えてなかったけど、普通に死んでもおかしくない重傷だったな。
有紗さんは沈痛な面持ちになって、顔を歪めていた。
「ごめんなさい……デリカシーの無いことを聞いてしまって」
「僕の方こそすいません、怪我の度合いなんて気にする余裕がなかったんで、気楽に言い過ぎました。ここでは魔法みたいな治療方法なんてないのに」
「……あ~先輩、ちょっと気を付けてくださいね、私なんてちょっと包丁で指切っただけで大騒ぎしてますから。私の精神衛生上のために、先輩もこれからは無茶しちゃダメですからね!」
夕希ちゃんが茶化してくる。有難いです。
「うん、気を付けるよ。でも僕も包丁で指を切ったら普通に大騒ぎするから、血がドバーって出て怖いし」
「ですよね~」
そこから普通の空気に戻って和やかに会話できた。
……なんか、僕の存在が彼女たちに悪い影響を与えていないだろうか。
怖がられているわけじゃないと思うけど、何かを恐れているように思える。
一ヶ月彼女たちに何があったのか、何を考えていたのか知らない。
試練が終わっても、僕の日常はその影響を受け続けていた。
「お帰りなさい、信也」
家に帰れば母さんが玄関で出迎えてくれる。
顔色は悪くない、体調は大丈夫そうだ。
「ただいま、母さん」
胸の中に包み込まれて、強く抱きしめられる。
存在を確かめるような抱擁だった。
「良く帰ってきたわね。あなたは本当に偉いわ」
「母さんの子どもだからね。当然だよ」
「……あら、少し見ない間に口が上手くなったのかしら?」
抱擁を解いて悪戯っぽく笑う母さんに僕も笑顔を返した。
そのまま僕らは家の中に入った。
少し離れて僕らの周りにはそれなりに人がいる。
こちらを温かい目で見守っていたご近所さん。
だけどそれとは別に知らない顔がかなり多い。思惑を持って観察するような視線だった。
僕の試練の様子は世間に対して何かしら影響を与えたのだろうか。
正直帰ってきたばかりだから何も分からない。父さんが帰ってきてから聞いてみるかな。
家の中に入って母さんが準備してくれたお風呂に入る。
今日は秋田県の入浴剤を使わせてもらったので、湯船の中が濁った乳白色になっている。
体をシャカシャカと手早く洗い、湯船に肩まで浸かる。
一か月ぶりの我が家のお風呂に息を深く吐く。
「あああああぁ~魂のせんたくぅ~~」
お風呂って最高の贅沢だよ。
でも狐人族の集落は源泉かけ流しの温泉があったんだよね。
余裕がなかったから行かなかったけど、ちょっと勿体なかったかもしれない。
マサムネのこと、いつストレージから出そうか。銃刀法違反にならないかな。
政府の人に相談したら何とかなるのだろうか。まあ、ゆっくり考えよう。
今日は20分くらいゆっくりしようと考えていた時、扉の向こうに誰かの影が見えてビクリと肩が跳ねた。
「お兄ちゃん……今、大丈夫?」
「春香?僕は全裸で魂の洗濯中だから、扉を絶対開けないならいいよ」
よかった、お風呂に乱入ではなかったか。
でもお風呂から上がるまで待てなかったのだろうか。
「学校から帰る前に私が言ったこと憶えてる?」
「僕に酷いことをした話だよね」
「……お兄ちゃんが試練中に配信のコメントを表示させたことがあったでしょ。私、その時に書き込みしたの……死ね、とか。たくさん、たくさん打ち込んだ」
う~ん、春香が僕に対してそんなこと言うか?……無いな。
ということは別の誰か。あの時その場にいた人間でそれにあたる人は。
「ルグランか……。春香は僕に拷問したあいつが許せなくてそんなコメント打ったんだね。だとすると他のコメントもそうだったのかな……なんだ、気にして損した」
ガタンと音がして扉が開く。ちょっと、開けないでって言ったのに!
驚いた顔の春香が湯船に浸かる僕を見下ろす。僕の方が驚いた顔してる自信がある。
「なんで、どうして……」
「いや、春香が僕に死ねっていう理由がないし消去法だよ。仮に言われても思春期だなあって流したと見せかけて枕を濡らしてたと思うけど」
「お兄ちゃんは、辛い思いをしてたのに、勘違いしてもおかしくない状況だったのに、考えれば分かるのに、私はそんなの分かってなくて……」
「そんなことは気にしなくてもいいよ。間違ったら叱る、いいことしたら褒める、迷惑かけられたらしょうがないなあって笑う。僕は春香のお兄ちゃんだからね」
濡れている両手を上げて春香の頬を掴んで引っ張る。く、不細工にしようかと思ったが顔がいいから無理だった。
「コラ、人に簡単に死ねなんて書いちゃ駄目だよ。相手も傷付くし、春香も傷付くんだから」
春香は僕の言葉をどう受け止めたのか分からなかったけど、泣き笑いみたいな顔をして大きく頭を下げた。
「ごめんなさい。これからは気を付けます」
「よろしい、なら許すよ。……ところで早く出てって」
僕は春香の頭にポンと手を乗せながら言った。
春香は顔を上げて僕の上半身をまじまじと見てから、顔を赤くして走り去っていった。
扉全開だった。
おい、コラ!ちゃんと閉めなさいよ。
トサカに来ました、春香許すまじ。
小一時間説教すること確定だ。




