第1話 観測者と帰還2
僕が目を開けたときに見えたのは星が瞬く一面の夜空だった。
地球と時間がズレていて夜になっているのかと勘違いしかけたが、目線の先にいる存在を確認してそれが間違いであることに気付いた。
女性のような体の形をしたサファイア色の存在。台座に腰掛けこちらに顔を向けている。
他の存在も当然のように離れた位置にいるが、何処か気配が薄く思える。
『会えて嬉しいよ、青野信也』
「……僕は早く帰りたかったんですけど」
『そう言うな。掛けたまえ』
彼女が手をかざすと、女性の座る台座と同じ材質の円柱が、水の張った床から昇ってくる。
水気はすぐさま引き、濡れた様子はない。
テーブルと椅子という事だろうか。
『今回君を呼んだのは私個人の我儘だ。どうしても君の口から君の辿った物語を聞きたくてな』
「それは……」
『勿論それなりの報酬も用意する。きっと君が欲しいと思っているものだ』
僕の欲しいもの?彼女がそれを知るすべはないはずだけど、どういう事だろうか。
どちらにしても拒否することの不利益が大きい。
帰還に割り込んだ今の状況のように、胸三寸で僕を害することが出来るのだ。素直に応じよう。
「……承りました。期待に応えられるか分かりませんが」
『うむ、聞こう』
自分の口調で、自分の目線で物語を語っていく。
彼女は時折質問を交えた。
僕がその時何を考えていたのかなど心情面を特に気にしていた。
太陽もない空のため時間の感覚は薄くどれくらい話し続けたか分からない。
よく分からないお茶を出されて飲んでいたので喉は無事だった。色は赤で匂いは薔薇みたいなのに味は真水だ。
お菓子も出された。シャリシャリしたゼリーの玉で、素朴な甘い味だった。食べると疲れが綺麗さっぱり飛んだ。怪しい薬入ってないよね……。
「……そして僕は帰還しました。以上です」
『うむ……長く語らせて済まなかったな。十分だ』
「では帰還させてくれますか?」
『ああ、送還させよう』
結局何がしたかったのか分からない。
生物としての思考回路が違うのだと思って気にしない方が吉かも。
『青野信也、此度の特別ルールは何故追加されたと考える』
最後に投げられた質問。僕は試練中にそのことを一度考えていたため、するりと答えることが出来た。
「あなたが追加したと思います。理由は僕を厳しい環境に追い込んでどんな反応をするか見るため、のようなものですかね」
『……末恐ろしい人間だ。正解だよ。何故その結論に至った』
「簡単な話です。出来るか出来ないかの時点で候補者は絞り込める。候補1の上位観測者は恐らく僕に興味がない、だから何もアクションはしない」
上位観測者がシステムに近い存在なのは理解できる。もしくはシステムを通した先にいる何者か。
必然、目の前の存在は上位観測者ではない。
「候補2はあなただ。あなたは前回会ったときに僕に興味を持っていた。二通りしかないなら興味ある方がリアクションを起こすでしょう」
『それは些か穴のある推論ではないか?』
「穴があっていいんですよ。言ったでしょ、二通りしかないと。あなたが不正解だと言えば逆が正解だとわかる」
正解でも不正解でもどっちでもいいし、そもそも彼女が正解といったとしても、それが本当かもわからない。理由も然り。
顔色サファイアだし表情は無機物だから全く読めない。
『なるほど、確かに』
「僕たち人間の目線ではどちらの存在も同じようなものですから。ただ今回みたいなのは勘弁願いたいです」
『それは安心していい、試練に対しての干渉はもうできぬ。初めの一度きりの無茶だ。これからは我々でも手が出せん』
その口ぶりだと手が出せたら出してたってことだろ。全然安心できないから。
一体どこに僕にちょっかいを掛けたくなる要素があるというのだ。
彼女は僕に手を向ける。僕の体が光に溶けて消えてゆく。
『さらばだ、青野信也。その輝きが曇らぬことを祈っているぞ』
「はい、それでは失礼します」
結局彼女が何をしたかったのか分からなかった。
どうして僕をここに招くのか。他にも招かれた人がいるのか。
質問したいことはあったが、下手を打つ可能性は冒すべきではないと考え止めた。
僕の体は今度こそ地球に帰還した。
場所は僕のクラスの教室。授業中のようだ。
行きと同じように制服に着替えさせられていた。
犬木先生が黒板をチョークで板書していて、みんながノートを取っている。
教室の後ろに立ってみんなの背中を眺めながら、犬木先生が振り返るのを待った。
「さて、問題を解いてもらおうか。誰か……あっ」
「どうも……お久しぶりです、先生」
教室のみんなが一斉に振り返ってきて少し驚く。
何故か幽霊でも見たかのように目がまん丸見開かれている。
犬木先生は固まったまま何とか口を動かす。
「お、お前、青野、……か?」
「僕は青野信也のつもりですけど、もしかして顔の形変わってます?30日間まともに鏡見てなかったのでよく分からないんですけど……」
顔を撫でてみるがよく分からない。トイレに行っていいだろうか。
「あ、青野君、あ、あああっ!」
「えっ、ちょっとまっ!」
瀬尾さんがタックルしてきて教室の壁とサンドイッチにされる。
痛くはないけど瀬尾さんに脇の下をがっちり抱きしめられて身動きが取れない。
流石に華奢な瀬尾さんを振りほどくわけにはいかない。
冷静に思考してるけど、実際は女の子に抱き着つかれて一杯一杯だった。最近女性接触率が急上昇し過ぎて心臓に悪い。
というかハグされるほど仲良かったかな?
顔を上げた彼女の眼は赤く腫れていた。既に涙を流して枯れてしまったかのように。
「青野君、どうしてっ、試練終わってからずっと帰ってこなくて……」
「え、普通に帰ってきたつもりだけど……」
いや、ちょっと待て。
ま、まさかあの空間、僕が話し続けている間も時間流れてたのか!
世界を移動させる力があるんなら時間くらい止めてくれよ……流石に無茶か。
「えっと、ちなみに何時間くらい……」
「グスン……今は最後の授業だから6時間くらいだと思う」
やばい、死んだことになってないよね。現実から逃げたくなってきた。
クラスメイトの瀬尾さんがこれだから、家族は絶対心配してるよ。
「先生、どうしましょう……」
「取り敢えず他の教室でも授業があってるからここで少し待て、もうすぐ終わる。青野のスマホやら荷物は姉が持ち帰ったからここには無い。もう授業にならんな……」
犬木先生はチョークを置いて教科書を閉じる。
「すいません」
「いいや、謝らなくていい。お前は凄いことをしてきたよ。お帰り、青野……よく、頑張ったな」
犬木先生は眉間を指で押さえて目を伏せた。肩を震わせている。
「はい、ただいま戻りました。みんなも、ただいま……」
一拍置いて歓声が爆発した。
授業中なのにいいのかと思ったけど、犬木先生が一番でっかい声で叫んでいた。
目に光るものが零れるのも構わず。
僕は瀬尾さんの腕の中で身動きが取れないまま、泣いたり笑ったりしているクラスメイト達にもみくちゃにされた。




