第4話 神使とナビゲートピクシー
体の感覚が戻ってから目を開く。
そこは日本式の庭園の中だった。
緑の竹林の中でぽつりと空間が開き、柔らかい芝生の上には赤い敷物が敷かれている。
一人の黒髪で巫女服の女性がそれは見事な土下座を披露していた。
背中には一対の大きな黒い翼が生えている。
「お初にお目にかかります。神使、夜刀でございます。世界干渉が始まってしまったため、このような無作法な形でお呼び立てしたこと、誠に申し訳ございません」
予想外すぎる展開に頭が混乱したが、丁寧な対応に日本人スピリッツを発揮し、表面上動揺少なく礼を返した。
「初めまして、青野信也です。その体勢で話されると些か居心地が悪いので顔を上げていただけると有難いです」
夜刀と名乗った女性が顔を上げた。
ルビーのような真紅の瞳がまず目に入り、そこからアルビノのように白い面立ちが映る。流れる黒髪はサラサラとこぼれるような音立てて光り輝く。
散々美人を見てきたが、この人の美は人間のそれとは違う。
人の認知や創造を超える、それこそ神が作り出したような美貌で在り、こちらを飲むように迸る得体のしれない圧力は、彼女が人とは違う存在だと認識させる。
『対象の情報閲覧にはステータス閲覧LVが足りません』
強く意識したせいで勝手に発動してしまったが、初めてステータス閲覧が弾かれた。
幸い女性は気付いていないようだ。
「……混乱しておいでのようですね。無理もありません」
表情は変わらないが、何やら心配そうにこちらを窺っている。生憎と美人だからといって油断はしない。
神使という言葉は神の使いという意味だっただろうか。
神に近しきものを名乗るなら、上位観測者と捉えるのが最も可能性が高いだろう。
ただ政府すら上位観測者の容姿を知らないはずだ。奴らがこんな堂々と姿を現すだろうか。
他の試練資格者がこのような存在と対面した記録もない。
「私の知る限りをお伝えしたいのですが、世界干渉に伴う制約によって「私たち」の行動は制限されて……この言葉すら駄目ですか」
ジジッと音が耳に入る。景色にノイズが入ったように乱れている。
彼女の言葉に反応したのか?ノイズが急激に激しくなり空間が急速に歪み始めた。
バキリと致命的なヒビが世界全体に入り、ガラスが砕ける様に次々と壊れていく。
「リソースを使い、……ナビゲー……シーを選択……ください。……情報は…ませんが……貴………って……と……。どうか……を……」
世界が黒に覆われ、消えた。
また目を覚ます。
今度は知識にある場所だった。
動画には映らない最初の部屋。
土くれの床、四方を囲む岩の壁。前方にある台座。その奥の扉。
服は肌着以外取り払われている。
その他に瑕疵がないことを確認しため息を吐く。
先ほどの女性については一旦思考から追い出した。考えてもしょうがない。
この部屋の台座に手をかざすと例の半透明の板が出てきた。
『試練資格JPN_No.01023
青野信也 男 15歳
技能:なし
称号:なし
生命:10/10
精神:10/10
装備:なし
保有アイテム:なし
リソース:100P』
『リソースの交換に進みますか
YES NO』
勿論YESをタップ。
大項目がずらりと並ぶ。
武器、防具、装飾品、雑貨、食料、薬品、衣服、鉱物、家具など。
割と試練に関係なさそうなものまであるが、まあいいだろう。
ちなみに鉄の武器で10P、ポーションで20P、バクラーで10P、水筒(小)で2P、携帯食料(1日分)で1P、純金のインゴットで20Pのリソースで買える。
金銭価値とポイントはイコールではなさそうだった。
買うものは事前に決めていたが、一番初めに先ほどの女性、夜刀さんの話に出ていたものを探してみる。
恐らくナビゲートなんとかというものだろう。
この迷宮は失敗しても死なないので罠にはめる意図はないはずだ。
正体は不明だが、夜刀さんが味方であった場合、試練攻略に有用なアイテムの可能性が高い。
リソースの消費が少なければ買ってみてもいいだろう。
大項目をスクロールしていくと、最後にナビゲートピクシーという項目が出てきた。
小項目を開いたが商品がナビゲートピクシーの一つしかない。
お値段何と1P。激安だ。説明はない。
一旦見なかったことにしてまずは服を選ぶ。
転移したら肌着以外何も着ていなかった。
靴と上下のジャージで10P。
フード付きの、体を足元まで覆える分厚いマントで10P。
次に紙束とペンで4P。
携帯食料を5日分、10リットル入る金属製水筒2個と水で15P。
ポーション2本で40P。
鉄の片刃短剣で10P。
ここまで89Pのお買い物。
これ以上は行動に支障が出そうなので物資はこれでいいだろう。
ナビゲートピックシーについては悩んだ末買うことに決めた。
信じる者は救われる。まあタダ同然だし、いいだろう。
合計90Pで全部を選択しYESをタップ。
台座の横から物資の入った背負い袋が現れる。
この背負い袋は無料だ。優しい。
ナビゲートピクシーとやらは見当たらない。
仕方ないので袋の中を確認をしようとしたとき、袋の口から小さな影が飛び出てきた。
『ぷっふー、荷物で潰されるかと思いました!あ、こんにちは主様。わたくしのマスター?とにかく初めましてです!わたくしは神使、夜刀につくられたナビゲートピクシー、テンマと申します!末永くお見知りおきを!』
誠に元気のいい手のひらサイズの女性が現れた。
身長は20cmくらいだけど、格好も容姿も体型も夜刀さんと瓜二つだ。
黒いカラスの羽みたいな翼も同じだ。
ただし性格が違いすぎて出会った瞬間別人だと認識した。
『テンマ 女 0歳
関係:下僕 感情:服従 状態:健康 精神:平静
技能:索敵LV1 罠探知LV1 看破LV1 暗視LV1 非観測存在
称号:なし
神使によって作られた魂無き造物→』
夜刀さんと違い、ステータス閲覧が通った。
何とも迷宮向けのステータスをしている。突っ込みどころも多いけど。
『あ、わたくしのことを感知できるのは主様だけですので、視線や声には注意してくださいね。上位観測者にも補足されませんから、エッヘン!心の中で話しかけてもらえればOKですです!』
『こんな感じ?』
『はい!お上手は花丸ちゃんなのです!』
パタパタと羽を羽ばたかせながら腕で大きく丸を作る。
可愛いな。人というより小鳥みたいで和む。
手の平に乗せてみたいけど、今も上位観測者が見ているかもしれないので不審なことはできない。
半透明の板でステータスを確認する振りをしつつテンマに話しかけた。
『それでテンマは夜刀さんから何か聞いているのかな?』
『何も聞いていません。主様を助けるように言われているだけなのです。絶対服従なのです!なんでもござれ~なのです!』
『僕の能力の事とか聞いてる?僕が使うステータス閲覧には技能があるのに、こっちのステータスには無いのは何故だか分かる?』
『分かりません!』
軽いな、この子。まあそんな気はしていた。
疑念は大いに残るが、今後も夜刀さんからアプローチは在りそうだし、目の前のことから片付けてしまおう。
『今からあの扉を潜って迷宮を攻略するから付いてきて……じゃなかった、協力してくれる?』
『勿論です。ドンとわたくしにお任せあれなのです!』
予想外の可愛い協力者を伴い、背負い袋を担いでから迷宮への扉を開けた。
暗く淀んだその中に、僕は足を踏み入れた。
『カバーストーリー:黒い羽根』
この本が気になるの?
これは古い古い物語だよ。
ご先祖様が残した口伝を記したものなんだって。
ここに出てくる黒い鳥は、神様の使いで神使っていうんだ。
本当に神使や神様がいるのなら見てみたいね。
何でって、別に理由はないよ。
その方が面白そうじゃないか。
それからしばらくして僕の家は全焼した。
僕や妻、子どもたちからくも脱出できた。
煙に巻かれ、記憶の一部が曖昧だった。
何か大事な、祖父から、父から、伝えられたことがあった気がするのに、ぽっかりと隙間が空いたように思い出せない。
灰色の煙が立ち込め、視界に黒い何かが横切る。
それは黒い羽根が一枚、空から舞い落ちる様だった。




