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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 絶縁の箱庭 天の頂
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第9話 絶縁の箱庭と最後の一日



 今日はこの世界で過ごす最後の一日だ。

 僕はこの日だけは一人で過ごすことを前もって伝えていた。

 

 朝に出かけて、次の日の朝に妖精族の集落の拠点から帰還する。

 マサムネも置いていくつもりだったが、絶対に喋らないただの刀になっているからとごねられて連れて行くことになった。

 僕は徒歩で妖精族の集落を後にし、物臭の地図を眺めて歩く。

 

『主様はどこか行きたいところがあるのですか?』

『いいや、特にないよ。適当にぶらついてみようかなって。今までずっと目的に向かって走り続けてきたから、最後くらいこの世界をテンマと二人で見て回ろうと思ったんだ』

『……ピクニックというやつでしょうか』

『うん、それが近いね。お弁当も色々貰ったし』


 のんびりと歩きながらテンマとこれまでのことや僕のことを話す。

 僕と以前のテンマとのやり取りなどをちゃんと話していなかったので、孤独の迷宮のことを話した。

 テンマは面白そうに、怒り出しそうに、悲しそうに、楽しそうに、僕の話を聞いてくれた。

 夜になり、火を囲み僕はテンマと別れた時の話をした。

 テンマはその話を優し気な笑みを浮かべて聞いていた。


『主様は、やっぱり主様です。前のわたくしはとっても幸せ者です』


『どうしてそう思うの?』


『わたくしと同じなら、こんなに思っていただいて、こんなに覚えていただいているのです。感無量なのです』


『……僕はテンマにそこまで思われることをしていないよ。短い時間で、ただ迷宮を攻略しただけだ。あんな暗い場所じゃなく、明るい場所に、楽しい場所に連れて行ってあげたかった。美味しいものを食べさせてあげたかった』


『わたくしは忘れてしまうのですよ?』


『そうだね。でもテンマはここにいるから。僕はテンマのことを忘れないから。全部リセットされても、テンマはずっと僕や世界と繋がっている。僕はそれを大切にしたい』


 テンマは僕の肩に乗って頬に体を寄せた。ほんのりと暖かな体温が伝わってくる。


『主様、わたくしは忘れたくないのです。ずっと主様と共にいたいのです』


『うん』


『それが叶わないとしても、わたくしはいつか奇跡が起きないかと期待してしまうのです』


『うん』


『だけど、わたくしは寂しく悲しくても、満たされています。主様がわたくしにくれたものでいっぱいなのです』


『……うん』


『明日は笑顔でサヨナラ出来そうなのです。次にまた会えたら、その時も同じようにわたくしと一緒に冒険しましょう』


『ああ、勿論だ。ずっと一緒にいる。置いて行ったりしない』


『主様、大好きです』


『僕も、テンマが大好きだよ。僕の大切な相棒だ』


 僕の掌の上に飛んできたテンマを受け止め、その背中を撫でる。

 テンマは目を細めて気持ちよさそうに体を揺らしながら鼻歌を奏でた。

 技能など無くとも、彼女の感性が紡ぐ独特の旋律は、いつも僕を癒してくれる。


 やがて夜が明け、別れの朝が来るだろう。

 テンマに許可を貰い、僕は彼女のステータスを見せてもらった。

 

『テンマ 女 0歳

 関係:守護者 感情:献身 状態:普通 精神:幸福

 技能:索敵LV9 罠探知LV9 看破LV9 暗視LV9 癒し手LV60 呪い手LV44 癒し呪う声LV60 生命術LV39 守護LV31 死生の羽根 双命の鎖 非観測存在 超成長 特殊技能制限解除

 称号:終焉を閉ざす妖精 守護する命を繋ぐもの

 神使によって作られた魂無き造物。

 かつての憎しみを超え、献身によって己の可能性を開花させる→

 終わりが約束されていようとも、主の未来のために全てを捧げる→』

 

 最初の称号が変わっている。それに不穏な文章が消えていた。

 技能もそうだけど、心もたくさん成長したんだね、テンマ。


『どうですか、主様?』

『うん、テンマは最強だったよ。流石僕の相棒だ』

『えへへ、わたくしと主様が最強なのです』

『おう!僕たち、最強!』

『いえぃ!わたくしたち、最強!!』


 腕を振り上げるテンマに合わせて、僕も腕を星空に突き出す。

 その行為の意味を、僕ら二人しか知らない。


 僕はちゃんと覚えてるよ。

 また君に会った時の為に、忘れたりしない。

 君の成長を、箱庭での活躍を聞かせるために。


 その日はいつ眠ったか分からなくなるまで長く語り合った。

 長い時間を、ずっと二人きりで。







 朝は妖精族の集落に戻り拠点に向かう。

 拠点には妖精族の皆が集まり、僕の見送りに来ていた。

 少し離れた位置で、ベリエルも伏せの状態でこちらに頭を向けている。

 土地の均しで多少認知されているが、怖いものは怖いようなので近くには誰もいない。


「じゃあね、ベリエル。元気で」

『我の体調が崩れることはない。お前の方こそ肉体は人間なのだ、ちゃんと養生しろ』


 僕はなんとなく鼻先の横に抱き着いてワシワシと撫でてみた。

 冷たくてすべすべしている。

 意外にも大人しく受け入れていた。もしくは突然の奇行に呆れているだけかもしれない。


『……今更だが、シンヤは我に近付いて怖くないのか。爪や牙は岩を紙のように裂く。人などひとたまりもない』


「それを攻撃に向けられたときは怖かったけど、そうじゃなければただの特徴だよ。僕の拳だって誰かを傷付けることが出来るんだ、そんなことで怖がっていたら誰とも友達になれないさ」


『くるるるる、そうか』


 少し高い音で喉を鳴らしてこちらに顔を擦りつけてくる。

 何だか甘えてこられているように感じないわけでもないが、僕に竜の感情表現はよく分からない。

 

「たまにでいいから、ルフリアさんのところに顔を出してあげてね。命令でもお願いでもなく提案だ。同じ長い寿命を持つ者同士、少しは仲よくした方が人生、もとい竜生に彩りが出て、案外退屈しないかもよ」


『暇だったら、考えてみよう』


 最後にポンと鼻の頭に手を置いてベリエルから離れた。



「マサムネ、それじゃあストレージに入れるよ」

『おう。あっちで会おうぜ、相棒!』


『テンマちゃんもまたな!』

『おとといきやがれなのです』

『お、おう……』

『冗談なのです。また、会いましょう、マサムネ』

『わはははっ、最後まで素直じゃねえなあ。あっちでも宜しくしようぜ!』


 別れの挨拶を済ませ、ステータスを操作し、ストレージにマサムネを収納する。

 マサムネの刀身は消え、ストレージには『大太刀・・・・1→』と記載が追加されていた。

 無事入れることが出来てホッとする。

 一応水を大量に入れたり、お土産を山ほど入れて試していたが、ステータス閲覧を弾いたマサムネが大丈夫か分からなかったから少し緊張した。



「シンヤ様、お疲れ様でした。また会えることを願っております」

「はい。ルフリアさんもお元気で」


「じゃあな、シンヤ。体には気を付けろよ」

「ルグランも、もう少し落ち着いてね。色々と世話になった」


「またね、シンヤ」

「今度はもっと一緒がいい」

「そうだね。僕も二人ともっとお話ししたかったかな。ルカもルリもしっかり食べて大きくなってね。たくさん土地を耕したから、美味しいものが色々食べられるようになるから」


「シンヤ君、また、会えるのよね?私は、これっきりなんて嫌よ……」

「先のことは分かりませんけど、会いに行ける機会があれば必ず会いに行きます。その時は……またルーヴィさんのご飯を食べたい、です……お元気で」


「元気でなっ」

「有り難う、シンヤ」

「シンヤ君、いつでも帰ってきていいからね」

「試練がんばれよ。きっとシンヤなら乗り切れるさ」


 たくさんの言葉に手を振り、ステータスの箱庭経過時間が30日を超えたのを確認して僕は拠点の台座に触れた。


『拠点No.ELD_00013

 拠点所有者:ルフリア

 拠点使用許可:青野信也

 拠点管理メニュー:使用可

 リソース交換:使用可

 帰還:使用可』


 僕は帰還をタップする。


『箱庭より帰還しますか。

 YES NO』


『テンマ、また会おう』

『ハイなのです!幾久しくなのですっ!』


 僕らはお互い笑顔で別れを告げた。


 僕はYESをタップする。


 体が粒子になって溶け消えていく。

 テンマも、最後まで笑顔で溶けるようにその姿を消した。


 妖精族たちの顔が驚き、悲しみ、笑顔、様々な表情に変わる。

 僕はそのうちの一人に視線を向け、言葉を残そうとしたが、そっと口を噤んだ。

 体は空気に溶け消え、僕は箱庭の世界から完全に消失した。











『カバーストーリー:一人と一振りの語らい』



『主様?』

「…………」


 木の幹に背中を預けて、規則正しい寝息を立てて寝入ってしまっている。

 癒しを込めて静かな歌を歌っていたからかもしれない。

 穏やかな表情で、とてもリラックスしている。


 テントの中に入らないと体を冷やしてしまうかもしれない。

 起こすのは忍びないので、外套を体にかけ、火をもっと強くしようと生命術を行使しようとして止めた。

 木の枝を追加すれば事足りる。決してコントロールに自信がなかったわけではない。


 一通りの作業を終え、この場にいるもう一つの意識のあるものに声を掛けた。


『マサムネ、もう喋っていいのですよ』

『…………』

『わたくしがいいと言ってるから大丈夫です。主様も眠っておられますので』

『……罠じゃねえよな?』

『そんなことしないのです、全くっ』


 主様を起こさないよう、様子を窺いつつ小さな声でやり取りをする。

 本来ならこのまま何も語らず終わるはずだった。

 でも、明日のことを考えてついマサムネに声を掛けてしまった。

 話したいことはないのに、なんとなく会話をしたくなった。


『はぁ~黙ってるのに結構神経使ったぜ。二人とも本気で俺っちのこと忘れてイチャイチャしてるしよ、お熱いこって』

『茶化さないでください。わたくしと主様は相思相愛ですから当然なのです』

『へーへー』


 主様は私が大好き、私も主様が大好き。

 茶化すところなど何一つない。

 刀にその辺りの機微を求めるのは酷というもの。私が大人に成らねばならないか。


『今日くらいはマサムネの失言を許してあげるのです。わたくし大人ですから』

『……テンマちゃん、本当に消えちまうのか?』


 いつもなら陽気なツッコミが来そうな物言いだったのに、返ってきた返事は何処か寂しそうな色を含んだ声だった。


『そうですよ。わたくしは試練の中だけの存在。おまけに試練の度に何度でも生まれて、何度でもリセットされちゃうのです』

『そいつは……なんて言っていいのか……』

『気を使わなくて結構です。先ほども言いましたが、わたくしは満たされています。主様がずっとわたくしを憶えていてくれる、それだけでいいのです』

『俺っちだって憶えてるぞ』

『うーん……まあ、ないよりいいですかね』

『ひでぇ……』


 マサムネが良い刀であることは、十分に分かっている。

 本当だったら、もっと仲良くできていたと思う。

 だけど私は、主様以外を受け入れられなかった。

 試練が始まってから、ずっと味方もなく敵だらけだったからだ。

 そんな環境で成長した私の性格は、主様以外の存在を一切受け付けないほど頑なになっていた。


 妖精族たちを、私は未だに許せない。

 燃え上がるような復讐心こそ無くなったが、恨む気持ちが消えたわけではない。

 この世界で私は、誰にも頼らず誰も必要とせずに試練を完遂するつもりだった。


 しかし試練突破の壁は余りにも厚かった。

 私と主様だけでは決して突破することは出来なかった。


 マサムネという刀が、私と主様の間に割り込んできた。

 こいつは敵だと思った。


 マサムネという刀が、主様の相棒になるのは気に食わなかった。

 私だけの特別な場所に土足で踏み入った。


 マサムネという刀は、担い手を深く、深く思っていた。

 過去の担い手も、今の担い手も、死なせてなるものかと全身全霊で思っていた。


 マサムネという刀が、主様の剣として、壁を打ち破ってくれた。

 己の命運を乗せ、共に戦い抜いた。


 この箱庭で唯一、信頼していいと思えた。


『……マサムネ、主様のことお願いしますね。わたくしが次の試練でまた出会う時まで』

『そんなケチくせぇこと言うなって。いつまでだって俺っちは相棒と共にいるさ。この身が砕けるまで。いいや、砕けたって、魂だけになったって、俺っちは相棒の刀でいてみせるぜっ』

『マサムネ、うるさいのです、主様が起きちゃうのですっ』

『お、おお、すまねえ……』


 本当は沢山お礼を言いたいけど、今の私には難しい。

 どうやら私の心は捻くれ者に育ったようだ。

 孤独の迷宮の私は、お礼を言えるくらいには素直な性格をしていたのでしょうか。


 今度の私は、ちゃんと仲良く出来ると良いですね。




 眠ることなく、ゆっくりと残りの時間を数えるように夜を過ごした。

 パチパチと燃える火を囲み、主様に寄り添い、いつまでも日が昇る景色が現れないことを祈りながら。


 その祈りが届くことがないことは分かっている。

 神様はいつだって、私の一番のお願いを叶えてくれないのだから。



 夜が明け、日が昇り、辺りを染める光に目を細める。

 主様が起きる前に、その肩に舞い降りて頬に体を寄せた。

 覚醒の予兆に、主様の瞼が震えている。

 私はそっと頬に唇を押し当て、小さく囁いた。


『主様、私の大好きな主様……』


『いつまでも、いつまでも、一緒ですよ』


『わたくしがお守りします。何者であろうと、主様の命を奪わせません』


『だから……次のわたくしも、あなたのお傍に置いてくださいね』


 私が忘れても、主様は覚えておいてくださいね。

 それだけが、私に許された唯一の願いなのですから。


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