第8話 絶縁の箱庭と大陸周遊3
お肉たっぷりの夕食を頂いた翌日は、妖精族の集落の辺りに作った着地点にベリエルが迎えに来る。
これからルフリアさんを伴って狐人族の集落に一緒に来てもらうためだ。
拠点の譲渡をルフリアさんに任せたが、自分の出来る範囲での協力はしておくべきだと思い、顔見知りの狐人族との橋渡しをすることにした。
狐人族の集落の近くに拠点があれば、ダンクロウさんに渡して手間を減らせる。
問題があるとすればベリエルとルフリアさんがお互いをどう思うかくらいだろう。
『ほう、矮小な人の身に変性した同胞か……随分と弱いな。同じ存在だったとは思えんほどに』
「………」
雰囲気悪っ。
ベリエルは完全にルフリアさんを威圧している。
ルフリアさんはベリエルの威容に固まっていて気絶はしていないが、汗が滲んでいた。
「ベリエル、彼女を脅かさないでくれないかな。僕の恩人なんだから」
『ふん、我はシンヤ以外に翼を許した覚えはない』
まさかルフリアさんを乗せるように言ったから拗ねてるのか?よく分からないけどそんな気がする。
どうしたものだろうか。流石に徒歩だと帰還に間に合わなくなる。
ルフリアさんは胸に手をあて、深呼吸を繰り返してからベリエルを見上げた。
「天竜、あなたもシンヤ様を困らせるのは本意ではないはず。私のことはどう思っても構いませんが、彼の目的を助ける気があるのなら私を運んで下さい」
『……言葉すら喋れん人形かと思ったが、存外吹くではないか。まあ良い、今回に限りシンヤの顔を立てて特別に異例として認めてやろう』
ベリエルは乗りやすいように伏せをした。素直なのか素直じゃないのか。
僕が頭の前に乗って、ルフリアさんに僕の腰を掴んでもらう。
そして想定外が起きた。
これ……密着度高いです。
至近距離で吐息が耳にあたる。
色々柔らかい。いい匂いがする。
魅了の威力がとんでもない。精神を強固に保とうとしても、ガリガリ削って来る。近距離だとさらに威力が増すらしい。
この状態は一刻も早く脱出せねば、悶え死んでしまう。
「ベリエル、君の飛行の妙を僕に見せてくれないか。多少乱暴でも構わないから」
「え?」
『ぐるるる、よいだろう、振り落とされてくれるなよっ』
ベリエルが大きく羽ばたき、高度を上げて一気に加速する。
体が後ろに持っていかれ、景色が線みたいに流れ出す。
超速い、絶対音速超えてるよ。
「え、ちょっと、安全に、おねがい、し……ま…っ……」
空気を破る音でルフリアさんの声は聞こえなかった。
「いやー爽快だったよ、ベリエル。超高速飛行での空の旅は気持ちがいいもんだね」
『分かっているではないか。あれこそが我らしか見ることの出来ない景色だ。そこの妖精族など感極まって頭を垂れておるぞ』
「ううう、ひどいです、シンヤ様……うぷっ」
いや、普通に乗り物酔いでダウンしているだけだと思う。
ローリングとか鋭角軌道とか繰り出すんだもん。
僕はテンマの常時癒し手でなんの痛手もなかった。
とりあえずルフリアさんの背中を擦りつつテンマに癒し手をかけて貰った。
ルフリアさんの体調が回復したのを見計らい、ベリエルにはお昼過ぎに戻ってくると伝えて狐人族の集落に降りてきた。
「お帰りなさいなさいませ、シンヤ様!」
「お勤めご苦労様です。今日は長に用事があって来ました。妖精族の長も一緒ですので」
「はい、では伝令を送りましょう」
『おう、それでいいだよ、それで』
今度は門番に止められることもなく大きな声で挨拶をされた。
マサムネも満足そうである。体育会系かな、マサムネは。
「よお、昨日は俺の留守中に尋ねてきたらしいな。水臭いぞ」
長の屋敷の前で立っていたハチクロがっぷりと肩を組んできた。
「へいへい、無事を伝えるために来ただけだよ。それにすぐ別の用事で尋ねるつもりだったからいいかなって」
僕は顔を押して引きはがそうとするが離れない。
酔ってなくてもハチクロは抱き着き癖でもあるのだろうか。
「あなたは確かハチクロさんでしたね。こんにちは」
「これは、ルフリアさま。その節は有難うございました」
ハチクロは僕の肩から手を放して気安い空気を無くし、緊張した面持ちに態度を変える。
「いえ、結局はお役に立てなかったようで」
「いえいえ、そんなことは……」
僕はぽやっと二人のペコペコ合戦を眺めながら黄昏ていると、アオイさんとキリカさんが屋敷から出てきた。
「シンヤ様、お帰りなさいませ。今日も来て下さったのですねっ」
「うん、ダンクロウさんに用事があったからね。僕はただの運搬兼、仲介人だけど」
「そのようなことはありません。シンヤ様あってのことなのですから。あまり謙虚すぎるのはどうかと思いますよ」
ハチクロとの頭の下げ合いを切り上げたルフリアさんから珍しく注意を受けた。
あの強制絶叫飛行体験のおかげか遠慮が無くなっているのかも。
自己犠牲発言をされるより余程いい。思わず笑みが漏れた。
「はは、気を付けます、ルフリアさん」
「本当に分かっているのかいないのか。言葉には嘘はないですけど」
仕方がない人だと呆れられているような感じで微笑まれる。
うん、気のせいではなくやっぱりルフリアさんの中で僕に対しての、あの変な自己犠牲精神はなくなっているようだ。よかった。
……帰りにもう一回ベリエルを焚き付けたら、もっと気安くなるのではないだろうか。
「シンヤ様、今良からぬことを考えませんでしたか……」
「あ、ううん、何でもないですよ。ルフリアさんと仲良くなる方法を見付けたかもって思っただけです」
「何でしょう、良い予感が全くしません……」
僕らのやり取りを見てハチクロは「ふむぅ」と唸り、アオイさんの方に恐る恐るといったように視線を向けて、ぎょっとしていた。
僕も釣られてそちらを見た。
アオイさんは眉間に皴を寄せ、口の中で歯を噛み締めているかのように不自然に強張った顔立ちをしていた。
目は親の仇でも見るかのようにルフリアさんを睨み付けている。
いや、無茶苦茶怖い。かわいいワンコが急に野生を全開にして襲い掛かってくる寸前みたいに豹変したようで怖い。
僕は迅速にハチクロに近付き耳打ちする。
「ちょっと、ちょっと、アオイさんどうしちゃったの?ルフリアさんに因縁でもあったの?豹変というか、顔が別人になってるけど」
「いや、今まではなにも。今まさに因縁が生まれたというか、なんというか……ううむ」
ハチクロははっきりしないというか言い淀んで口を閉ざす。
原因には心当たりがあるが、僕に教えられない類のことか。
「アオイ様、いくらなんでもお客様にする態度ではありません。シンヤ様も戸惑っておいでです」
キリカさんの言葉で強張った顔をはっと解き、僕に視線を向けられた。
僕とハチクロは2人そろってビクリと肩を震わせた。
「ち、違いますシンヤ様、急に知らない女性が現れたので思わず……し、失礼いたしますっ!」
「あ、アオイさま、お待ちを!すいません、私も失礼しますっ」
脱兎のごとく逃げ出したアオイさんとそれを追ってキリカさんが追いかけて行った。
「なんだったんだろう。お腹痛かっただけかな」
「おまえは……いや、それでいい。そう思っておく方がいいかもな」
「………」
ルフリアさんは僕を何か言いたげに見詰めていたが、僕はハチクロの死角で人差し指を口に持っていき、何も言わないよう小さく口パクした。
ルフリアさんも分かってくれたのか頭を軽く下げて、それ以上何も言わなかった。
応接間に通され、長の前へ座る。
ここには僕とルフリアさんとダンクロウさんとハチクロしかいない。
襖の外に何者かいることはテンマから教えられているが、特に聞かれて困ることでもないので話題には出さない。
「すまんな、娘が客人に粗相をしたようで。それで話というのは、なんだ。わざわざ妖精族の長まで連れて来て。まさかお二人のご結婚の報告か?」
襖の外からガンッと固いものが木とぶつかる音が聞こえたが、誰も気にしていない。
「ご冗談を。私とシンヤ様ではつり合いが取れません。それにお互いそのような関係の望んでもいませんので」
「まあ、そうだろうな。念のためだよ、念のため。話に入る前に場を温めたまでだ」
いや、逆に冷めてる。
二人の間に冷気が漏れ出しているよ。
ダンクロウさんは初対面の時のように隙が無い。
ルフリアさんの顔はいつもの親しみはなく、油断なく相手を見定めている。
「この度訪れた要件ですが、拠点に関してのことです。私は天竜ベリエルが所有していた108の拠点を全てシンヤ様から譲り受けました」
「なんだとっ!?てめぇ、まさか騙し取ったわけでもあるまいなあっ!!」
拳で畳を叩き、立ち上がった怖い顔のダンクロウさんが、もっと怖い顔になってルフリアさんを睨み付ける。
顔が真っ赤になり、鬼の様だ。狐人族なのに。
「親父、どうした!?拠点とはなんだ!」
「拠点はその地の状態を自由に変えることが出来る装置だ。天竜の所有していた全ての拠点を握られているということは、この大陸全ての人族はこの女の胸三寸でどうとでもなるってことだ」
「なっ!」
ハチクロも事態の重さに気付いたのか、顔を強張らせてルフリアさんを警戒する。
「そのようなことはしません。私はシンヤ様から相応しいものに拠点を譲るようにお願いされて預かっているだけにすぎません。今日ここに来たのも、あなた方狐人族の集落周辺に存在する拠点の保有権を長にお譲りするために参ったのです。早とちりはお止めください」
「拠点を、譲る……?」
「はい、シンヤ様の願いです。私はそれを成すために来ました」
ダンクロウさんは拳を握りしめて立ち上がった態勢のまま、戸惑いながらルフリアさんから僕へと視線を移した。
「ルフリアさんの話は本当です。僕はこの大陸にいられる時間はもう残っていません。だから信頼できる彼女に拠点を託しました。ここに直接来たのは僕のけじめです。マサムネを譲られなければ僕は天竜に勝てなかった。拠点は遠慮せずに受け取ってください」
「シンヤ殿……あなたはどうして……」
「この集落が大きく豊かになることを願っています。マサムネもきっと喜びますから」
『おうともよ!俺っちの前の担い手と旅した時の大都市くれぇにはなってもらわねぇとな。期待してるぜ、ダンクロウっ』
それを聞いてダンクロウさんは腰を落として胡坐をかいた。
顔には苦笑いが浮かんでいる。
「マサムネ様の語った大都市と同等とは、それはそれは何とも大事業だ。一体何代先になることやら。まあ、承りますがね」
部屋の中に弛緩した空気が流れる。
元々拗れるような話でもない。
お互い悪印象さえ抱かなければこの先も大丈夫だろう。
「それともう一つ」
僕は腰からマサムネと繋がっていた帯を解く。
そしてダンクロウさんも前にマサムネを置いた。
『おい、相棒どうしたっていうんだ?俺っちの手入れでも頼んでいくのか?』
「マサムネをお返しします」
そう口にした瞬間、音が一瞬止み、続く怒声で破られる。
『ふ、ふざけんじゃねぇぞ!?冗談でもたちが悪いぜっ!!……お、俺っちのこと……嫌になっちまったのか……』
「マサムネは最高の刀だよ、嫌いになるわけがない。でも僕はここには居られない。二度と狐人族の集落にも戻ってこられない。ここはマサムネにとっての第二の故郷だろ?」
『そんなの関係ねぇ!言っただろうが、俺っちは相棒に使い潰されたっていい、それが本望なんだっ。俺っちは相棒のいる場所が、相棒の手の中が俺っちの居場所だ!他の何処にもいかねぇ、そこがいいんだ!!』
かつての主との別れがそうさせるのだろうか。
その声の必死さが胸に刺さった。
本当に僕なんかでいいのか。
ここはマサムネが2000年の時を生きてきた世界なのに。
狐人族の人達を見守り続けて来たのに。
「シンヤ殿、マサムネ様は確かにあなたに譲ったのだ。今更返すと言われてもいらんと突き返させていただくぞ」
「大人しく貰っとけ。どうせ誰も使いこなせないじゃじゃ馬だ」
「羨ましいことです。私も刀になれば共にいられるのでしょうか……もう一度変性出来ればあるいは………」
若干一名怖いこと言いだしたけど、概ね理解した。
僕は深々と頭を下げた。
「……ごめん、マサムネ。僕が悪かった」
『かぁー俺っちはそう簡単には許さねえぞっ、罰としてしっかりと磨き直してもらわにゃ勘弁ならねぇ。勿論相棒の世界でなっ!』
本当にごめん、マサムネ。喜んでやるよ。
使わずに貯まってるお小遣いでいい手入れセットを買うよ。
しんみりした空気が流れたが、ダンクロウさんの咳払いで視線を彼に戻す。
「ごほん、ところで二度とこの集落にこられないというのは、どういうことで?」
「はい、以前もお話ししましたが、僕は試練のためにこの地に来ました。試練が終われば故郷に帰らなくてはいけません。僕の故郷は遠いので恐らく二度とここに戻ってくることは出来ないと思ってください」
「それは何とも……」
「折角知り合えたのにな。まあ、事情があるなら仕方ないが……どしたものか」
「いらんことは言うな。重荷を背負わせるな。一体どれほどのものを貰ったかお前には理解できないだろうが、これ以上シンヤ殿の負担になるようなことはするな」
ダンクロウさんの鋭い眼光で睨まれ、さしものハチクロも言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
「えーと、取り合えず話を戻しましょう。周辺の拠点の位置をご存じだったら教えてください」
「ああ、そうだったな。地図を持ってこよう」
襖を開いたときに視界の隅に黒髪が見えたが、直ぐに閉められて分からなくなる。
ダンクロウさんの足が遠ざかるのと同時に、襖の前の気配が去るのをテンマから教えてもらった。
狐人族の集落に関わる拠点を譲渡し終え、僕はベリエルに乗せてもらい帰途についた。
行きとは違いゆっくりと飛んでもらっている。
また背中にルフリアさんが張り付いている格好だ。
少し慣れたので行きほどは緊張していない。
「あの娘の気持ちはお気づきだったのですね」
「……言葉にされたわけではありませんが、状況を考えれば憎からず思われても仕方ありません。彼女は幼いですから」
お腹に回された腕が締まり、密着度が上がる。
いや、確かに慣れたけど、まだ耐性が低いのでそういうのやめてください。
ベリエルに音速ローリング鋭角稲妻飛行を頼みたくなる。
ルフリアさんの顔がほとんど横にある。
長いまつ毛の本数まで数えられそうだ。
「シンヤ様はとっても鈍いですね」
「ええ……ここは鋭いと褒められるとことでは?」
「鈍いですよ。あの娘の気持ちも本当のところは、よく分かっていないようですから」
もしかして、勘違いしちゃってた?好かれていると勘違いした痛い奴だったの?
ルフリアさんに自意識過剰だよと呆れられているのか。ヤバイですね!
羞恥心で身悶えしそうだが、色々当たっている状態なので身動ぎすらできない。
「私から言うことはありません。ちゃんとご自分で考えてくださいね」
そういって密着した態勢のまま目を閉じて黙ってしまった。
残されたのは色々悶え苦しむ僕だけだった。
妖精族の里に戻ってからは、早速ルフリアさんが拠点を制御して急速な植物の生育を抑制した。
これで土地を広げることが出来る。
折角世界最強の労働力が体を持て余しているので、ベリエルに土地の開拓を手伝ってもらうことにした。
手始めにベリエルに木の伐採と土地の均しを頼んだ。
初めは渋ったが、僕と競争だというと簡単に乗ってきた。ちょろい。
ベリエルは風の理でサクサクと木を伐採して生命術で土を耕し、根を取り去っていく。
僕もテンマに頼んで生命術の風で木を切り、土地を耕した。
ベリエルが均した土地は見事なもので、均一でムラがなく広大に均されていた。東京ドーム100個分くらいはあるだろう。そもそも東京ドームの大きさ知らないけど。
僕が耕した土地は爆弾でも降り注いだかのようにボコボコに荒れ果てていた。
ベリエルに憐みの目を送られ、後始末をしてくれた。
有難う、ベリエル。凄いぞ、ベリエル!
破壊の権化たるテンマは落ち込んで地面に突っ伏していた。
そうして残り少なくなった時間を、妖精族の集落で土地の開拓の手伝いをすることに使った。
瞬くように時間は過ぎ去り、絶縁の箱庭の試練は終わりの日を迎えた。




