第6話 絶縁の箱庭と大陸周遊1
ベリエルの住処で僕たちは一晩明かして傷の治療を優先した。
最終的に僕の体の炭化していた箇所は、剥がれ落ちて新しい肉が盛り上がってきて綺麗に治ったが、左肩から脇腹辺りまでは欠損したままとなった。
それでも内臓自体に問題なく食べ物も飲み物も摂取できる。
左目も見えるようになった。
よく無事だな、僕。前世でもここまでの怪我で生還した記憶はない。
今は消えているが、テンマと双命の鎖で繋がっていた恩恵だろう。
テンマは余程疲れたのか、僕の傷を治し終えた後、試練で初めて眠りについてしまった。
マサムネは元気そう、というか元気すぎて寝るときはちょっと離れた位置に置いた。
なんか叫んでいたけど、疲れていたので無視。
翌朝、所々鱗の再生が終わっていないが、一応五体満足のベリエルの頭に乗って妖精族の集落を目指す。
「おおっ最高だ!」
『シンヤは空が飛べぬのだったな』
天竜の頭の上に乗せてもらい、空を切り裂くように飛びながら大スペクタクルを楽しむ。
ベリエルの低空飛行は飛行機で見るような景色とは一味違う。
「翼がないからね。この景色は、この世界で一番の思い出になるかも」
『そうか……人を乗せるのは初めてだが、悪くはないな』
『俺っちも散々長生きしてきたが、空を飛ぶのは初めてだ。飛ばされたことは山のようにあるけどよ』
「マサムネ……なんていうか、ご愁傷様」
相当なスピードで景色が流れていくが、高レベルの飛行術のため翼のはためきで揺れることもなければ、風の理の御蔭か激しい風は全く感じない。
これならあっという間に妖精族の集落までついてしまう。何だか勿体ない。
「そういえば妖精族の集落は森の中だった。どこに降りようか……」
森にベリエルが下りることが出来るほどの隙間はない。
『適当に地面をならせばよかろう。この地は直ぐに蘇る』
「そうだね。人がいないことを確認して風で均してくれる?」
『心得た』
やっぱりベリエル従順過ぎない?戦いに勝ったからってこんなに言う事聞くものかなあ。
控えめに言ってベリエルにいうこと聞かせられる人間ってヤバくないか。
降り立つ先はベリエルの生命術によって木が伐採され吹き飛ばされた。
伏せをして次の指示を待つベリエルにはここで待機してもらい、物臭の地図を頼りに妖精族の里に向かう。
テンマは未だ眠りについていて、外套のフードの中で眠っているので、接敵しないように注意を払いながら進む。
妖精族のみんな元気だろうか。
数日しかいなかったけど、相当濃い日々を送ったよな。
その後も濃かったせいで懐かしいような気分になっているけど。
僕は集落を出るときに使った入口に辿り着いてみれば、何故か人がたくさんいた。
あちらも僕に気付いたようで驚きの声を上げている。
「こんにちは、皆さんお久しぶりです。えーと僕のこと覚えてますか?」
「シンヤ君……シンヤ君なの?」
「ルーヴィさん、帰ってきました」
集団の中からルーヴィさんが出てくる。
驚いているというか幽霊でも見ているように僕を見つめてくる。
「おい、偽物じゃ……いや、その気の抜けたとぼけ顔はあいつしかあり得ないが……」
ルグランも目の前に現れる。こいつも幽霊を見るような目で見ていた。
相変わらずの憎まれ口で安心するけど、ムカつく。
「ルグラン、骨の髄までしゃぶりに来たよ。たくさん怪我して消耗したから、ご飯をたっぷり所望する」
「「…………」」
誰か何か言ってよ。所望と消耗を掛けた渾身のギャグが寒かったのかな。
慣れないことをするものではない。
「ああ、本物なのね……」
ルーヴィさんが僕の体をギュッと包んでくる。
突然のことでがっちりと固まってしまい、顔に血が上ってくる。
おおおおお、落ち着かなくては。
「よかった……生きてる。大丈夫よ。もうずっとここにいましょう。試練のことを忘れて、もう辛いことはしなくてもいいわ。最後のその時まで一緒にいるから……」
「え、ええ?最後というのは僕が帰るときの話ですか?集落に置いておいてもらえるのは有難いですけど、僕としても片付けないといけない用事があるのでずっとというのは……」
ルグランが横から現れて困惑する僕の首根っこを掴んで引き離す。
嬉し恥ずかしの抱擁から逃れて安堵の息を吐く。
「なんか噛み合ってないな。試練はどうなったんだ?結局天竜には挑んだのか?交渉が上手くいったのか?というかさっきの轟音はお前が何かしたのか?」
「質問が多いいなあ。交渉は上手くいかなかったから天竜と戦った。それで天竜をのしてきた。天竜が持っていた拠点の保有権は全部貰ったから、後は時間が経つのを待って元の世界に帰れば試練は突破だよ。轟音は天竜の着地点を作る音だから、そこについてはごめん、配慮がなかった」
「「………………ん?」」
「ん?」
二人が僕を見て首を傾げ、そんな二人を見て僕も首を傾げる。
「シンヤ様なのですか?先ほど強力な生命術の行使と、天竜ベリエルの気配が集落に近付いてきたと思ったのですが……」
集団の後方からルフリアさんが現れる。
相変わらずの魅了全開だ。
魅了の技能なんてなくても綺麗なのだから抑えてもらえないだろうか。
「お久しぶりです、ルフリアさん。目的が達成できたので帰ってきました。ついでにこちらをどうぞ」
僕はステータスから拠点譲渡メニューを開いてルフリアさんに譲渡を申請する。
『ルフリア
青野信也からの拠点保有権の譲渡を受諾しますか?
拠点No.ELD_00013
YES NO』
ルフリアさんは体を震わせて目の前に出現した半透明の板を見詰めた。
「シンヤ様は、本当に成したというのですか。あの強大な天竜から拠点を譲られるなど……」
「いや、譲られたわけじゃなくて……」
『シンヤ、そろそろ話は終わったか。いい加減待ちくたびれたぞ』
僕の頭の上の木々の隙間からベリエルの顔が覗く。
全く近付く音が聞こえなかった。
無駄に高い飛行術と風の理を駆使して、無風状態でホバーリングしているのか。
「天竜が、どうしてここに……」
「あ、僕と一緒に来ました。妖精族の集落に行きたいって言ったら乗せてやると言われたので」
口をあんぐり開いているルフリアさんに説明するが、聞こえているのかいないのか分からない。
集落の妖精族の皆はベリエルを見たまま完全に固まっている。
「ベリエル、いきなりだとみんなが驚くから、もう少し待っていてほしかったんだけど」
『ぐるるる。すまん、様子が分からなくてな。無事であるならばそれでよい。我は元の場所で待機している』
ベリエルは頭を木々の隙間から抜き、風もなく飛び去って行った。
「すいません、ルフリアさん。驚きましたのよね」
「「「「………」」」」
そして誰も声が出なくなってしまった。何人か立ったまま気を失っていた。
どうするの、この空気。
あの後、拠点の受諾は無視され、意識を取り戻したルフリアさんに詰め寄られて、僕は妖精族の集落から出て以降の話を皆の前で洗いざらい吐いた。
狐人族での集落で武器を手に入れた話では、今まで黙っていたマサムネが喋り出したため混乱されたが、まあベリエルが顔を覗かせるよりかは驚きが薄くあっさり受け入れられた。
ルフリアさんもマサムネのことを知らなかったようだ。
何か記憶が引っ掛かるようだったが、いろんな意味で一度見たら忘れられない刀だと思うから覚え違うだろう。
そんなこんなで説明を交え、チート武器のマサムネ大明神の御蔭でベリエルの首を切って勝利。
全ての拠点を譲り受けた後に治療して今に至ると話し終えた。
「これで全部です。ベリエルがなんで僕の言う事を聞いてくれるのかハッキリとはしませんが、一応勝者に対して礼儀を払っているのかもしれません。強者と認められれば、意外と親切な竜みたいですから」
「そんなことをおっしゃられるのはシンヤ様だけです……。あれは正しく厄災です。人に対して何かを譲る、慮るなど有り得ません。有り得ませんが、有り得ないことが今この場で起きているんですよね……はあぁ、二千年生きてここまで理解不能な出来事は初めてです」
「あははは、まあ、長く生きていればそんなこともありますよ」
疲れた顔をしているルフリアさんに適当な慰めを言う。
ステータスで知ってはいたが、何気に年齢をカミングアウトされたな。
僕もそれなりに長生きしているから結構色んなものを見てきた。
これより驚くことはあんまりないが、ゼロではなかった。というか今試練を行っていること自体がそれに当たってしまう。
「ところで、これを見てもらいたいのですが」
外套の前を開いて体を晒した。
もうボロボロの布切れと成り果てた戦装束から、むき出しの上半身が覗く。
僕の体を見て、妖精族たちが息をのむ音が聞こえる。
「傷口は塞がっていますが……この体の欠損は治らないですかね」
「……申し訳ございません。内側の傷や、多少の欠損であればニアの宝珠で回復できますが、そこまで大きな傷跡では、残念ながら既存の薬ではどうにもできません」
いくらファンタジーでもそう都合は良くないか。
この体で元の世界に帰ったら心配されるだろうなあ。
ルーヴィさんの目は今にも雫が零れ落ちそうで、それでも泣くまいかと耐えようとしている苦悶の表情を浮かべていた。
「……ルーヴィさん、そんな目で見ないでください。死ぬよりずっと良かったんですから」
「そう、よね。シンヤ君は試練を超えて帰ってきてくれた。喜ばないと、よね」
無理して形作られた泣き笑いのような表情に、胸の内が痛む。
やっぱり、僕はこういう時のルーヴィさんが……苦手だ。
彼女が笑っていると嬉しくなる。一緒になって僕も笑顔になる。
彼女が泣いていると悲しくなる。何とか悲しませないようにと考えてしまう。
良いことも、悪いことも、全部大きな感情となって返ってくる。
ルーヴィさんが過ぎ去った大切な誰かに似ているのだろうか。
でも僕の記憶には、彼女と似た人はいない。
全く思い浮かべることが出来なかった。
「シンヤ様はこれからどうなさるのですか?」
「とりあえずベリエルの翼を借りて、お世話になった狐人族の集落に行ってきます。ベリエルなら今日中に妖精族の集落に戻ってこられると思うので。ルグラン、夕ご飯はたっぷり用意しておくように」
余計な思考を追い出し、ルグランに軽い調子で宣言する。
約束通りタダ飯を寄越すがいい。
「仕方ないな、約束は約束だ。でかい獲物でも狩っておいてやるよ」
「期待しておく。あ、ついでにこれをあげるよ。狩りでお腹空いたら食べていいからね。もしくはお腹の空いた動物に食べさせていいからね」
僕はルグランの手に未開封の携帯食料を渡す。
ルグランは顔を引き攣らせつつそれを受け取った。
要約すると激ウマな鉄塊猪を食べたいである。
『カバーストーリー:幼い日の憧憬』
『よし、全部揃ったし帰りましょうか』
『うんっ』
買い物の帰り道、ぼくは自分の持てる荷物を片手にその人に駆け寄った。
その人は空いている僕の手を握って、歩き出した。
いつもお手伝いをするけど、こうして二人っきりになることは少ない。
賑やかなのも好きだけど、こうやって二人でいると少し前のことを思い出して、今がどれだけ恵まれているのか改めて実感できる。
普通の子どもはこんな考え方しないんだろうな。
ぼくはちょっと変わりものなのかもしれない。
ぼくは歩きながらその人の顔を見詰めた。
ぼくが世界で一番幸せにしたい人。
信じられないくらい沢山の幸せで、ぼくを包んでくれた人。
『今日のご飯は何を作るの?』
『焼き魚と煮物よ。後は具だくさんのお味噌汁ね』
『やったーっ』
『ふふ、あなたは何でも嬉しそうね。一番美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわ』
ぼくの返事を聞いて微笑むその人の顔を見て、ぼくも嬉しくなってもっと大きな笑みを浮かべる。
この人が笑っているだけで、ぼくは満たされる。
たくさん笑って、喜んでしまう。
この人が悲しそうするだけで、ぼくは寒くなる。
たくさん泣いて、悲しんでしまう。
凍える寒さも分からず、人の情けも感じずにいた。
生きているだけだった。死んだように生きていた。
抜け殻の、ずっと一人だったぼくを、その人は見付けてくれた。
触れ合う人の温かさを教えてくれた。
孤独の寒さを教えてくれた。
この人の幸せがぼくの幸せで、この人の不幸がぼくの不幸せ。
自分のことなんかより、ずっと大きく心を占める存在だった。
これは僕がぼくであった頃の記憶。
いつか思い出すかもしれない、本物になるために蓋をした、幼い日の思い出。




