第5話 絶縁の箱庭と弱者と強者
白く染まった光景のなか、意識が浮上する。
蒸気とも煙ともつかないものが視界を遮っていたが、戦いの余波によって生まれた気流に流されていく。
僕の上半身の左半分が消し飛び、残った部分もかなり炭化している。
頭は無事だが、左目の視界が完全に潰れている。
かろうじて残っている左足も使い物にならない。右手と右足はなんとか無事だ。
残った右目で天竜の方を見る。
地面に裂け目が出来上がり、その延長線上の天竜の右の翼、右腕、右足がきれいさっぱりなくなっていた。
だが既に再生を始めている。
肉が盛り上がりボコボコと蠢いていて、放っておけば完治しそうな勢いだな。
つくづく出鱈目な生き物だ。
僕もかなりの勢いで治っているが、天竜のように完全に失われ部位までは再生していない。
双命の鎖と死生の羽根の効果が凄まじいが、これはテンマの生命を僕が奪っているに他ならない。
テンマが青白い顔で荒い息を吐いている。
多彩な生命術を使い続けても尽きることのなかった生命が、命が尽きかけている。
『ぐううっ……まさかここまでとは』
「つっ……お褒めに預かり……光栄だよ」
今しかない。
天竜を討つには、今動くしかない。
死生の羽根も、ニアの宝珠の効果もまだ残っている。左足がかなり治っている。
全身の痛みを噛み殺し、白色の力をマサムネから吸い上げ、闘志を再び練り上げる。
莫大な量の白色の力を通すことで、更なる痛み覚えるが、無視し肉体を強化していく。
天竜もただ座していない。
また力が咥内集まっている。竜の息吹を使う気だ。
再生にエネルギーが取られているせいか先ほどより格段に力が弱い。だが僕を殺すには十分な力だ。
僕は治りかけの足を必死に動かし距離を詰める。
天竜の体から紫色の光が弾け、雷となる。雷は僕に向かって降り注いだ。
白色の力を込め、刀を勘で振り回す。
目の前で刀と紫電がぶつかり合い、何とか直撃を防ぐが、散った雷が体に当たりダメージが蓄積されていく。
それでも、前に進む歩みは止めない。
『消え去れっ!』
天竜の口に光が溢れ出し、収束の甘い竜の息吹が襲う。
走りながら三日月状の斬撃を飛ばし、竜の息吹を切り裂き天竜の顔面に斜めに裂けるような傷を付ける。
『ぐう、何故止まらない、何故死なない、何故我に挑み続ける!?』
天竜がまた何かをする予兆を感じ、先制で斬撃を連続で飛ばす。
再生中の柔らかな肉体に新たに傷が入り、天竜から苦悶の悲鳴が漏れ出した。
絶対的強者が、漸く怯んで見せたか。
『ぐおおおおおっ、来るなっ!』
片足で体を回転させ尻尾がこちらに向かって来る。
僕はその尻尾を真正面から切り飛ばし、さらに前へと進んだ。
『消えろっ!』
天竜を中心に炎の渦が、雷の嵐が巻き起こる。天竜の自身の体も傷つくがお構いなしだ。
それでも歩みは止めない。体に白色の炎を纏い、斬撃で全て分かち、道を切り開く。
『おおおおおおおっ!!』
こちらに牙を向け、かみ砕こうと首を伸ばす天竜は、既に僕の間合いに入っていた。
ありったけを、この一撃に。
マサムネに宿った死生の羽根が舞い、死の祝福が敵を滅ぼせと白色の力を増大させる。
吹き荒れる力を全て掌握し、刀の延長線上に白の刀身を形作る。
天竜の首を両断するほどの長さに。
力を限界まで薄く、鋭く、硬く研ぎ澄ませる。
何者をも貫き通す刃をこの手に欲して。
「……ぶった切れろ!!」
一瞬の加速によって天竜の咢から逃れ、天を翔けるように天竜の首に一閃を放つ。
刃が鱗を裂き、その肉に届く。
筋肉を、神経を、骨を切断し刃が通り抜ける。
振り抜いた刀にはもはや白色の力は籠っていない。全てを絞り切っていた。
僕の体もそうだ。全ての加護が消え去り、残っているのは壊れかけの体だけだった。
白色の力が消えた僕の体は重力に従い地面に転げ落ちようとしたが、テンマが風の膜を直前に作り出しダメージを軽減してくれた。
僕が地面に落ちたのと続くように轟音が鳴り響く。
巨大な質量が地に落ち、地面が揺れ土煙が上がった。
土煙が上がったとき、そこには首と胴が二つに分かたれた、天竜の体があった。
『終わった、のか?』
『相棒、油断するなよ』
『主様、わたくしまだ余力はあります、いざとなったらもう一度死生の祝福を使い、生命術を叩き込みますですっ』
動かない天竜を前に、体に鞭打ち、マサムネに体を預けながら立ち上がった。
テンマは油断なく僕の前に浮遊し、天竜を見詰めている。息は整っているが、顔色の悪い。
僕の方も一度加護が切れたことで、体が鈍りのように重く全身ガタついていた。
本当に倒せたのか。これで終わりと思っていいのか。
「生きているか、天竜……」
『……ああ、幾ばくかの暇はある。……強き者よ』
天竜の目は悟ったように静かだった。そこに闘争の色はない。
声は信じられないくらい穏やかで、自らの死を受けいれているかのようだった。
「僕の勝ちで、いいのか」
『ああ、その通りだ。まさか人間に我が負けるとはな……長く生きていればこのようなこともあるのか。お前の名は何という?』
血だまりが広がり、僕の方にも流れてくる。無限を思わせた天竜の力が小さくなっていく。
場を支配していた強大な力の波動が鎮まり、死の気配が漂ってきていた。
このまま天竜は死を迎えるだろう。
「…………」
『主様?』
なにも言わずに佇む僕に、テンマが疑問を覚えたようだ。
僕は考えを纏め、小さく頭を振ってから天竜に向き直った。
「僕の名前は信也だ。それで天竜には少しお願いしたいことがある、聞いてくれるか」
『首だけのこの身に何をさせたいのか……まあ聞こう。我の名はベリエルだ、そう呼んでくれ』
「分かった、ベリエル。早速だが、君の持っている拠点の保有権を僕に渡してくれないか」
『我がこのまま死ねばそうなる。わざわざ奪わなくとも……いや、従おう』
僕の目の前に半透明の板が現れる。
『青野信也
拠点保有権の譲渡を受諾しますか?
拠点No.ELD_00001
YES NO
拠点No.ELD_00002
YES NO
・
・
・
拠点No.ELD_00108
YES NO
拠点No.EX_00001
YES NO』
大量に表れた半透明の板を脳死でポチポチとタップしていく。
最後まで押したところで半透明の板が消えた。
これでベリエルの所有している拠点は全て得たという事だろう。
「それじゃあベリエル、君の首を体にくっつけるから再生してほしい。出来るかい?」
『何?何故だ……お前は我を打ち倒したのだぞ。何故、回復させる……』
「戦うまでに、色々考えてきた。僕はこの大陸、この世界の人間じゃない。天竜は強大な存在だ。部外者の都合でその命を摘み取って、世界に影響の与えるようなことはしたくはない」
「この大陸で暮らしている人族に害がないなら、大人しくしているのなら、君には生きていてほしい」
なんて、色々言い訳を並べたけど、単純に大人しくしていた相手を僕の都合で殺したくないのが本音だ。
ベリエルは試練のとばっちりを受けたようなものだ。
素直に拠点の使用権だけくれたらこんなことにもならなかったから、戦いは望むところではあったのかもしれない。
『……回復した我がシンヤを害するとは考えないのか』
『その時はまた相手になるさ。二度と戦いたくないのが本音だけど』
『そうか……強者らしい傲慢さだ。まあ、所有権を握られた以上、その心配は杞憂だが……』
言葉の後半は言い淀むようにゴロゴロと口の中で呟かれたが、僕には言葉として伝わってこなかった。まあ、気にする必要もないだろう。
自力では無理なので、テンマの風の生命術でベリエルの頭を首まで運んでもらった。
疲れているのか、制御がなんだか初めのころのように甘くなっていて天竜の頭に結構なダメージを与えてしまい、天竜から「助ける気あるんか?」みたいな目で見られたので陳謝しておいた。
首元まで持っていけば体の肉が首を求めて蠢き、鱗こそ生えていないが、直ぐに繋がってしまった。
ベリエルは首に違和感がないか確かめた後、体を伏せの状態にして僕を見詰めてくる。
とりあえず襲ってくるような雰囲気はない。
寧ろ戦いに勝利して認められたのか、敵意が一切こちらに向けられておらず、ちょっとワンコみたいな感じに見えてくる。
不思議な感覚だが、拠点の譲渡を終えてからベリエルが僕を害することはないと確信があった。
だから迷わずに体を治す提案できたとも言える。
『さて、シンヤよ。これからどうするのだ』
「妖精族の集落に向かおうと思ってるけど、体を治すのが先だね。流石にボロボロだし」
疲れているところ申し訳ないが、治療はテンマさんに頑張ってもらうしかない。そもそも僕よく生きてるな。
双命の鎖と死生の羽根のおかげで致命的な傷は治っているが、上半身の左半分は一度消し飛ばされて再生はしていない。欠損はそのままだ。
内臓の数、ちゃんと合ってるのかな?
『ならば我の翼で運んでいこう。我も治るのに時間がかかるが、翼を優先すればシンヤよりは速いだろう』
「いいの?」
『我は負けた。勝者には従うさ』
どこかすっきりとした心地というか、なんだか急に丸くなったベリエルに首を傾げつつ提案を受け入れることにした。
『カバーストーリ―:戦いの余波』
天竜の住処は高い山が連なる連峰の最も高い頂上であった。
緑はなく寒々しい景色ではあるが、自然の雄大さを感じられる光景が広がる場所であった。
取引を終えたある狼人族の商人が、帰り道に山々を望む場所へ立ち入った際、そこには行きとは全く別の光景が映っていた。
連邦の一部が、地平線と変わらぬ高度まで低くなっていたのだ。
大地にはあらゆる破壊跡が刻まれ、大きいものでは山を逆さに抉り取ったように大きく陥没し、地平の先まで削られた大地が溶けて固まっていた。
数日でここまで様変わりした景色に、何者かが天竜の怒りに触れたのではと恐れた。
しかしそれが杞憂であったと、直ぐに知れ渡ることになるだろう。
幾ばくかの時が流れ、モラスティア大陸の人々はこの変化を好意的に受け止めた。
これまで連邦を迂回する必要のあったため、交易に時間と手間が大きく掛かっていたが、山を穿つように出来た道のおかげで人々の往来が活発になったのだ。
陥没した大地には水が湧き出し、刻まれた破壊跡を通して大地に広く染み渡り、時間をかけて川が広がり、動植物が集まり、緑が蘇った。
人と竜の戦いは、荒涼とした大地に命の営みを芽吹かせた。




