第2話 絶縁の箱庭と遭遇
えっちらおっちら進むこと、天竜の住処と狐人族の集落との折り返し地点までやってきた。
岩肌ばかりだった場所は姿を消し、土肌に変わる。
これも拠点の効果なのか、大地にはっきりと境界がある。
しばらく進めば疎らにだが木々も見えてくるだろう。ただこの辺りから天竜の気配を感じてか大型動物から小動物まで一切見かけなくなる。
動くものが視界から無くなるわけだが、珍しく鳥の集団が低空飛行しているのが見えた。
『あれなんだろう。鳥?』
『敵意を感じますが、わたくしたちに対してではないようです』
『あれは何か追い立ててるんじゃねえのか。何度も地面に急降下してるぜ』
『ドプラス 雄 12歳
関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 :精神:嗜虐
技能:飛行LV6 頑強LV3 風の理LV3
称号:なし
モアラスティア大陸の固有種(翼竜)。
主食は大型動物。人族を好んで食べる。
飛行能力に優れ、獲物をその爪で捕らえる→
飛行中に被膜を傷付けられるとコントロールを失い落下する。
骨が脆いために落下時点でほとんどの個体は絶命する。
肉は高タンパクで癖の少ない味→』
あれ、竜の仲間なのか。
確かに首が長いし鳥っぽくないシルエットだ。腕と翼が一体化している。
翼竜が攻撃しているのは人かもしれない。
『どんな人か分からないけど、襲われているようだし助けよう。翼の被膜を打ち抜けば倒せるみたいだ』
『ハイなのです!ということはわたくしの生命術の出番ですねっ』
『ああ、頼むよテンマ』
『……大丈夫かねぇ。あの襲われてる連中ごと打ち抜かなきゃいいけど』
『マサムネはうるさいのです!お目目かっぴらいて刮目するのです!』
『俺っちに目はねえよ』
なんか、テンマの口調がマサムネの影響を受けてる。
僕はマサムネから力の供給を受けて、風のように走り出し間合いを詰める。
小型の恐竜みたいな生物が大きな荷車に繋がっている。
荷車の帆はボロボロになっていて、そこから人の姿がちらちら見える。
テンマの射程内に来たところで、切っ先を翼竜たちに向けた。あちらはまだ気付いていないようだ。
『あっちっちの光線なのです!』
テンマの手から高熱の光の線が延び、一匹の翼竜の翼を切断した。
翼を失い飛べなくなった翼竜は血を撒き散らしながら落下し絶命する。
さらにテンマは光線を止めずに横に薙ぎ払い、残り4匹の翼竜を切り裂いた。
血と肉の雨が襲われた人たちに降り注いでいる。
落ちて来た血肉はドコドコと音を響かせ、大地に汚い花を咲かせている。
『……おいおい。やっちまったよ』
『……ごめんテンマ。僕がもっと細かく指示を出せばよかった』
『……ふぐう』
やっちまったものはどうしようもないので、僕は外套でなるべく体の特徴を隠し、襲われていた人たちの元に行く。
凄まじい血の匂いの中で動く人影が5つ。
人間とは違う特徴がある。獣耳と尻尾だ。
多分元は灰色か銀色だったんだろうけど、今は全員赤黒く染まっている。
うん、命に別状はないようで一安心。
「えっと、大丈夫ですか?」
「おお、あんたが助けてくれたのか?」
大柄でゴリマッチョな男が聞いてくる。
「襲われている様子だったので手を出したのですが、逆に申し訳ないことをしてしまったようで……すいません」
「いやいや、そのようなことはない。あのままではわしらはドプラスの腹の中だ。お主は命の恩人だ」
「ああ、わざわざドプラスと遭遇しないように天竜の近くを通っていたのに散々だよ」
細身の男性が会話に入ってくる。
「流石に…どこかで体を流したいけどねぇ」
若そうな女性が服をつまみながら言う。
この人の横に子どもらしき少年少女が二人いる。僕を無言で観察していた。
「宜しければ水を出しましょうか」
「それは有難いが、どこに水が?」
「今から出します。少し……いえ、かなり離れてください」
僕は少し離れた場所で刀を抜き、切っ先を地面へと向ける。
『テンマ、横500cm縦500cm深さ100cmの地面をくり抜いて、くり抜いた場所を水が抜けないように土を押し固めて補強。そのあとに満たすだけの水を出してほしい。ゆっくりでいいからね。土を弾き飛ばしたり、水柱を上げたりせずに出来るかな?』
『お、おう。詳しくて細かい指示だな』
『や、やりますです』
テンマの作業は多少土が飛んだり水が溢れたりしたが、概ね問題なかった。
「どうぞ、血を落としてください」
「お、おう。見事な生命術だ。有難いが……お主も泥を落とした方がいいぞ。わしたち並みに汚れておる」
「そうさせていただきます。池は皆さんで使ってください。僕は水を出して直接落とすので」
嘘です。
土まみれになった上で水被って泥だらけだよ。
作ったため池は綺麗という謎の仕上がりだけど。
一通り身綺麗になったところで、事情を聞いてみるとこの人たちは狼人族で、狐人族の集落に向かう途中だったようだ。
何でも商売の取引をするのだとか。
一番年上の男性が雇い主で、男性と女性は従業員のようだ。
子どもは雇い主と女性の子どもで、商売の教育中だとか。
歳の差社内結婚みたいなものだろうか。従業員の男性だけ仲間外れみたい。
「それにしてもあなたの刀は狐人族の刀?見事なものね」
『ふふーん、まあ俺っちは特別製だからな』
「狐人族の集落で頂いたもので間違いないですよ」
今僕は若い女性と話している。子どもいるが女性の後ろに隠れている。
余計なトラブルを避けるためマサムネには声を控えてもらい、テンマ越しに会話している。
男二人はドプラスの解体中だ。
僕は持っていけないので素材は、全部渡した。
素材を譲る代わりに、僕の名前を出して一部の素材を狐人族の長の家に渡してほしいと伝えている。
「それにしても凄い生命術の腕だけど、生憎とあなたのこと知らないのよね」
「遠くから旅をしてきましたので、知らないのは当然ですよ。僕がこの辺りで訪れたことがあるのは妖精の集落と狐人族の集落だけですから」
人間とはバレていない。泥を流すときも離れていたし、頭や耳やお尻を外套で隠して何の種族か判別できる材料を与えないようにしている。
「ふーん……」
「「………」」
怪しまれてるかも。
でも詮索してもお互いいいことはない。出来ればこのまま別れたい。
解体も終わったようなので大量の氷を出してプレゼントしておいた。
川で冷やしている間に怪物にでも襲われたら可哀そうだし。
「いや~何から何まですまんのお」
「構いませんよ。僕は先を急ぎますのでこれで」
「いやいや、恩人をこのまま返しては狼人族の名折れ。どうぞお礼を受け取ってもらえませんかな」
「いえ、旅の日程がありますので。お言葉だけで十分です」
面倒くさくなりそうなので身体能力を強化してさっさと立ち去る。
後ろから声が聞こえてくるが聞こえないふりをした。
時間のロスはあったが、身体能力を強化すれば十分に予定の距離にたどり着ける。
僕はランニングペースで移動しつつ、脳内の会話ではなく、言葉でマサムネに尋ねてみた。
「それにしても根深そうな問題だね。人間族と他種族の関係って」
『そうだな。俺っちも伝聞でしか分からねえが、相当ひどい目にあわされ続けたみたいだな』
妖精族は慰み者と素材。獣人族も何かあるのだろうか。
『狐人族や狼人族は人間にとって奴隷だ。見つかれば狩られる、売られる、何でもやらせる。何やっても許される人に似た家畜以下の存在。そんな認識だったらしい』
「……ひどいね」
『少なくとも俺っちが担い手といたときは貧富の差、身分の差はあっても奴隷なんていなかったのにな。まあ2000年近く前の話だし、当時は人間族以外は見たことも聞いたこともなかったけど』
「そうなんだ。他種族は人間族の後になって生まれたのか、それとも文明圏が離れていたかのどちらかなのかも」
『まあ、考えてもしょうがねえ。この大陸も、いつまで安住の地でいられるかどうか』
人がこの大陸にいないのは一度天竜に滅ぼされたから。
それ以降この大陸に人間は訪れなかったのだろうか。
妖精族が素材。
狐人族たちは奴隷。
価値を見出しているなら人間の侵略者が現れてもおかしくはない。
「この大陸に人間の侵略者や人攫いは来なかったの?」
『俺っちの知る限りじゃいねえな。天竜を恐れている可能性もなくもないが、7日で七千万人を殺戮したっていうのは、今の人間にとっちゃ迷信になっているだろうさ』
確かにそれは言えるけど、天竜を恐れていないにしても最新の大型船でもない限り戻ることも出来ないのなら、それこそ国家事業でもないと難しいだろう。
今の人間にとってそこまでの労力をかけるほど、人間以外の人族やモアラスティア大陸は旨味がないのかもしれない。
でも文明が進歩すれば人は増え、技術は発展し、この大陸の土地を欲するようになるかもしれない。
ここに人間がいないということは、人間視点では誰も持ち主がいない土地だということだ。
その時が来たとき、この大陸の人族は人間に抗えるのだろうか。
いつもの日課の鍛錬を終え、就寝前に焚き木を眺めながらぼんやりと考える。
この世界は試練のために訪れたに過ぎず、試練が終われば二度と踏み込むことはないだろう。
そもそもこの箱庭と呼ばれる世界はなんなのだろうか。
初めの試練は孤独の迷宮。
孤独とは一人だということ。迷宮はそのままの意味だ。
一人で迷宮に挑む試練だから孤独の迷宮。
ならば絶縁の箱庭とは何だろうか。
絶縁は縁を絶つ。地球から縁を絶ったという意味だろうか。元ある絆を絶つ行為。
箱庭とは何を指す。箱の中に造られた閉じた世界。誰かの都合によって出来た世界。
『主様、どうしましたか?』
例によって焚き木に向かって呪い手の練習をしているテンマが膝の上からこちらを見上げていた。
『この世界と試練のことを考えていたんだ。どうしてこの地で試練が行われたのか、この世界は誰かの思惑でできた世界ではないのか、何をもって試練としているのか。とりとめもないことだよ』
『うーん……そういえば拠点を使用して帰還すれば試練を超えたことになるのですよね。それに上手くいけば資源が手に入るのです。とっても簡単そうなのです。主様を除けばですが』
そう、簡単なのだ。
孤独の迷宮と比べるべくもない。
『ボーナスステージではないですかね。初めてのちゃんとした試練だから慣れさせるためじゃないですか?主様を除けばですが』
……テンマは余程不満があるようだ。「主様を除けばですが」が枕詞になっている。
試練に慣れさせるだとか、上位観測者がそんなに甘い連中だとは思えない。
孤独の迷宮の例を考えても殺意マシマシ、トラウマウハウハだったし。
『上位観測者とか言ったっけか?超越者の考えることはぴんとこねぇなあ』
木に立てかけていたマサムネも会話に入ってきた。
『超越者と言えば夜刀さんもそれにあたるのかな。試練に干渉できたし、神使と名乗っていたし。テンマは彼女のことをどれくらい知ってる?』
『わたくしの創造主、夜刀についてわたくしは何も知りません。必要な知識は初めから与えられていて、ただ主様を守るようにと教えられただけで』
『夜刀?夜刀、ヤト、やと……どこかで聞いたことがあるようなないような……何だったかなあ……すげー昔に聞いたことある気がすんだけど』
『マサムネの勘違いだと思うのです。神使、夜刀が現世で名を出すことはないのです。夜刀にとってその名はとっても重要なのです。主様に名を名乗られたのは特別の特別……なのです?』
それは有難いのだろうか。自分の言った言葉に何故か首を傾げるテンマ。
ご利益とかあるのなら嬉しいけど、あれ以降の僕の運を考えると効果のほどは期待できない。
僕は益体のないことを考えるのは止め、火の始末をしてからテントに入り横になる。
眠気が湧いてくるとともに、夜刀さんに対しての興味もお眠になってきた。
『……なんで神使、夜刀は主様に名乗ったのでしょう?あれ、わたくしはなんで名乗りが重要だと思ったのですかね?ん~??』
外から聞こえてくるテンマが悩む声を聞きつつ、僕は眠りへと落ちていった。
『カバーストーリー:技能 守護』
生命と精神の力を守護する力に変えるノーマル特殊技能。
対象に青い光の結界を付与し、込めた力の分だけあらゆる攻撃を防ぐことが出来る。
呪いや状態異常に対しても有効で、極めて優秀な技能となっている。
瞬間的に作用させる、継続的に作用させるかで同じ力でも強度が変わるため、タイミングを見極めれば格上の一撃すら防ぐことが出来る。
付与した瞬間が最も固く、時間経過とともに結界は弱くなっていく。




