第9話 絶縁の箱庭と試練突破の条件
宴の翌朝、気持ちのいい目覚めを迎える。
体が痛くない。健康は最高である。
部屋を出てから柔軟を行って体の調子を確かめる。
ボコボコにされて寝たきりだったのにそれを感じさせない。
あのニアの宝珠の御蔭なのだろう。リハビリの必要がないなら直ぐにでも行動を始められる。
「おはようシンヤ君。よく眠れたかしら」
「はい、お陰様で。痛みがないので久しぶりにぐっすりでした」
「それは良かったわ」
今日のご飯はルーヴィさんと一緒にいただく。
パンのようなものと、スープに果実。
青野菜漢方スープとは比べ物にならないくらい美味しい朝食だった。
あれと比べたら苦い生野菜かじる方が美味しく感じるけど。
「今日はどうするの?」
「ルフリアさんのところに伺いたいんですけど、可能でしょうか」
「シンヤ君なら大丈夫だけど、いったいどんな用事があるの?」
不思議そうな顔をするルーヴィさん。
疑問はもっともだろう。まるで接点のないし。
「情報収集です。それが済み次第、集落を発ちますので。後でご挨拶しますが、お世話になりました」
「え、え?どうして……急にそんなこと。昨日のことで何かあったの?」
ルーヴィさんは予想以上に動揺していた。
ルフリアさんが治したり、宴を開いたりですっかり忘れていたのかもしれない。
「元々怪我が治るまでの話でしたし。試練を突破するために行動しないといけませんから」
「……怪我が治ったばかりなのよ?まだ休まないと」
「僕、予想以上に嫌われているみたいなんです。昨日の人たちが僕にだけ悪意を向けるなら構いませんが、それが僕の家族や周囲の人間に及ぶ可能性があるのなら、ここで行動して示さないと取り返しがつかないことになります」
僕を押しとどめようとするルーヴィさんにはっきりと告げる。
顔のない他人の悪意であるし、政府が便宜を図ってくれるので家族の身の安全は大丈夫と思うが、あえて伝えない。
「試練って何なの!どうしてシンヤ君があんなこと、悪意をぶつけられてまで……」
「……情報提供をお願いするルフリアさんには全て説明しようと思っています。長い話になりますから、もし知りたいなら同席してください」
ルーヴィさんは頷いた。
納得しているようには見えない。
彼女が何を思うのか僕には分からない。
ルフリアさんを訪ねれば、彼女の家の応接間に通された。
集落の中でも大きめの木造住宅で、作りも立派だ。木で組んだ椅子に綿を詰めたクッションもついている。
この場にいるのはルグラン、ルーヴィさん、ルフリアさんの三人だ。
どうやらルーヴィさんがルグランに声を掛けたらしい。
テーブルにはルフリアさんが淹れてくれたお茶が用意されている。
僕は三人に自分の世界の簡単な説明と、自分の身に起きた試練の始まりの話をした。
僕の世界の人類が置かれている状況の話。
上位観測者の話。
試練の資格の話。
孤独の迷宮の話。
絶縁の箱庭の試練のルールの話。
試練を突破するために必要な情報の話。
全てを話し終えてお茶を飲み干す。
薬みたいな苦味があるが、すっきりとしていて後味も悪くない。
一度に全てを話したため情報量が多すぎたのか、誰も話し出すことはない。
「……二人とも、シンヤ様の話は嘘偽りがありません。それは私が保証します」
しばらくして最初にルフリアさん言葉を漏らす。
二人は動揺しながらも頷いた。
「あなたは、どうしてそこまで正しくいられるのですか」
続いて震えるような声でルフリアさんが言う。
「質問の意味が分からないのですが……」
「いえ、申し訳ありません。忘れてください。試練の情報について私の方で心当たりがあります」
そう言ってルフリアさんは僕たちを外へと促した。
ルフリアさんに案内されたのは集落の外れにある、木が覆い外からまるで見ることが出来ない場所だった。
昼間なのに光が届かない道を進み続ければ、僅かに開けた場所にたどり着いた。
そこには孤独の迷宮の始まりと終わりで見かけた台座と同じようなものが置かれている。
「これは、かつてこの地のあらゆる状況を変化させ、恵みをもたらした『拠点』と呼ばれる装置です」
おお、こんな近くにあったのか。
なんだ、僕の試練ほぼ終了じゃないか。勝ったな。
「シンヤ様のおっしゃるものがこれであるのなら、扱えるかどうか触れてみてください」
「分かりました」
僕が帰還できるのは30日経過してからだけど、この集落の近くなら安全に待つことが出来る。
逸る気持ちを抑えつつ台座に触れた。
半透明の板が出現する。
『拠点No.ELD_00013
拠点所有者:ベリエル
拠点使用許可:なし
拠点管理メニュー:使用不可
リソース交換:使用不可
帰還:使用不可』
うーん、既に所有者がいる。
ベリエルさんは、ご近所さんなのかな?
「拠点の使用許可がないと無理みたいです。ベリエルという方が所有しているみたいですけど、妖精族の方ですか?」
「いえ、違います。ですが名前も居場所も存じています。私も古くからこの地にいますので」
ベリーイージーじゃないか。
最初はひどい目にあったけどその分、運が向いてきたのかもしれない。
「天竜ベリエル。原初の生命であり箱庭の王。森の巨木を優に超える強大な体躯と無限に等しき力を持ち、七日でこの大陸の七千万の人間族を全て滅ぼした竜種です」
「人間族を滅ぼした結果、大陸の拠点は全て天竜ベリエルの支配下にあります。私以外の妖精族や別の人族たちは、人間族のいなくなった大陸にひっそりと渡り、暮らしているに過ぎません」
「……交渉で拠点の使用許可は貰えそうな性格ですか?」
「不可能です。箱庭の王は弱き者の言葉を一切聞きません。打ち滅ぼし、拠点の所有権を奪い取る以外方法はないかと」
「この大陸の外に出ることは」
「潮の流れがあり、来ることは易いですが出ることは困難です。最新鋭の大型船があれば可能性はありますが、この大陸の人族は人間から逃げ延びた者たちの集まり、そのような船を造る技術も設備もありません」
「なるほど……」
天竜ベリエル。
それについて詳しく話を聞き、その姿と能力を考察してみた。
その身体の推定体高50m。
全長で言えば100mを超える。
西洋のドラゴンのような体型で、黒い鱗に赤い斑模様が入っている。
鱗は鉄より強靭でどんな武器でも、中の肉まで傷つけることが出来なかったという。
無限の力はどうやらエネルギーのようで、傷の再生や口から吐き出すブレスに使われる。無限の力は正しく無限であり、尽きることがない。
ブレスは極太レーザーのようなものらしく、進行方向の物体を数キロに渡り跡形もなく消し飛ばしたという。
高速で空を自在に飛ぶことが出来でき、風や雷を自在に操る。
「「「………」」」
何か言葉を待っているであろう三人に僕は何も言えなかった。
どう考えても無理だ。
一体どんな存在がベリエルに勝てるというのだろうか。
命五を100体用意しても一瞬で消し炭にされて終わりだ。
10000体なら攻撃を当てるまで行けるかもしれないが、戦闘時間が延びるだけで勝つことはできない。
「これは無理ですね。お手上げです」
僕は両手を上げておどけるように笑った。
上位観測者は僕のことがお嫌いなようだ。
難易度がナイトメアではなく、バグによって絶対クリアできないレベルの試練を用意していたのか。
「シンヤ君……」
「それでいいのかよ」
「良くないよ。でもどうにもならない。これは足掻くとかそんなレベルじゃない。ルグランなら分かるだろ。いや、誰でもわかる。不可能だ」
「諦めるのかよっ」
「一応交渉にはいくつもりだ。それしかできないなら、それに賭けるしかない」
十中八九無理だろうけど。
僕が相対した化け物たちは、どれも交渉なんて手段が通じる相手ではなかった。
そもそも天竜と言葉が通じるのだろうか。
戦う手段としては上位観測者の目を誤魔化さず、テンマの成長に賭けて限界までレベルアップして戦う方法もあるけど、この竜は鍛えたくらいで及ぶ次元ではなさそうだ。
「ルフリアさん、情報提供有り難うございました。御蔭で必要な情報を得ることが出来ました」
「シンヤ様はこれからどうなさるのですか」
「天竜ベリエルを見に行きます。まだ交渉は行いませんが、強さの一端を知ることで分かることもあるかもしれませんから」
もちろんステータス閲覧を使いに行く。
思わぬ弱点でも知れれば御の字だ。
「全然諦めた人間の行動じゃないだろ。足掻く気満々じゃないか」
ルグランが呆れるように呟く。
心なしか顔にいつもの腹立つ太々しさが戻っていた。
「状況と結果は点と点だよ。そこに繋ぐ線はどうとでも描くことが出来る。ようは帰還さえ果たせればいいんだから」
「シンヤ様……私は貴方に命を救われた身です。如何様にも使い潰してください」
「情報提供までで十分です。僕は本当にそういうのは嫌なんです」
もう、男の子に何でもするなんて言わないでほしい。
魅了も相まって思春期マインドが刺激される。
それに試練に失敗しても僕一人の命で済むのだ。
他人を巻込めない。
「シンヤ君………」
ルーヴィさんは何か言いたげだが、言葉にならないようだった。
ルフリアさんから齎された情報により、方針は決まった。
第一に天竜ベリエルのステータスを閲覧する。
交渉材料か弱点が見つかれば嬉しい。
第二に歩いて回って物臭の地図を埋める。
最悪戦うことを想定して周辺地形を知っておきたい。
第三に別の拠点を探す。
もしかしたらベリアルの保有していない拠点があるかもしれない。
事前に他の種族の集落の場所など、必要な情報は教えておいてもらう。
第四に天竜に対抗する武器の入手、テンマの技能を限界まで鍛えること。
ルフリアさんのような特殊な力の持ち主がいるなら、竜に対抗する武器もあるかもしれない。
テンマを鍛えるのも何か新しい力に目覚める可能性に賭けてだ。
僕自身も鍛えるつもりでいるけど、戦闘に使える技能が一個もない。
あるのは化け物との戦闘経験だけだ。
この四つを主軸に残りの日数を使い行動する。
話や拠点の確認で時間がかかってしまったため、僕は次の日の朝に集落を去ることにした。
翌朝、意外にも多くの人が見送りに来ていた。もしかして全員いるのだろうか。
二人の子どもが真っ先にやってきてお別れのハグをした。
次会ったときは性別を聞いてみよう。
「シンヤ様、お考えは変わりませんか。私は貴方様の力になればこそ……」
「変わりません。偉そうなことを言いますが、自分のことをもっと大事にしてください。あなたは妖精族の長なんですから」
「……分かりました。せめてこちらをお持ちください」
ルフリアさんがシュンとしながらも、加工済みのニアの宝珠を一つと、他種族にあったときにトラブルにならないように、妖精族の友誼を示す印の入った首飾りを渡して、僕から離れる。
人間離れした美貌だけど、親しみやすい人だった。
ただ無差別に魅了してくるからお近づきにはなり過ぎるとよろしくない。
なんであんなに自分を安売りするのか最後まで謎だった。
「達者でな。腹減ったら飯くらい食わせてやるぞ」
「ああ、骨の髄までしゃぶり尽くしてあげるから首を洗って待っているように」
「言ってろ、チビ」
『最後に禿げる呪いをかけてやるのです』
最後までムカつく奴だ、僕はテンマを確保しつつ思った。
禿げは可哀そうだから止めてあげて。
ルグランとは結局どういう関係だったのだろうか。
友人だなんて死んでも言えないが、出会い方が違っていればもうちょっと分かり合えたかもしれない。
彼は未練もなく僕から離れた。
「本当に行っちゃうの?ここにいれば危ないことなんてない、みんなと一緒にいれば、何か別の方法が思いつくかもしれない。私だって協力するし、ルフリア様にも手を貸してもらって……」
昨日から全然話せていなかったルーヴィさんが、堰を切ったようにまくし立ててくる。
ずっと言いたいことを我慢していたのだろうか。
その様子が必死で、本当に僕のことを思ってくれていることが分かる。
透き通るような金の髪、エメラルドの瞳、色白の面立ち。細くしなやかな体躯。
妖精族だから当然整っているけど、僕は彼女の夏風のように優しく、面倒見がいいところが好きだった。
彼女に世話を焼かれると、どこか忘れた思い出が蘇るようで、くすぐったい気持ちになっていた。
「大丈夫です。もう十分たくさんのものを貰いました。ご飯はとっても美味しかったし、あんなに他人に優しくされたのは覚えている限り、ルーヴィさんだけです」
勿論試練中での話だけど、心を読めるのだから言わなくても理解されるだろう。
「シンヤ君……あなたは素直でとってもいい子よ。報われないなんて間違ってる。もっと幸福になってもいいの。人のためだけに、自分を犠牲にするなんて悲しいだけよ……それなのにどうして……」
ルーヴィさんの言葉は途切れ、涙に変わる。
僕は彼女の質問に答える言葉を持ち合わせていない。
僕は自己犠牲だなんて、自分を幸福でないなんて思っていない。
彼女の体をそっと抱擁し、離れた。
「僕はちゃんと幸せです。幸せでい続けたいから今を頑張っているんです」
そう言葉を残して、妖精族の集落を後にした。
全てを終えたとき、もう一度ここに戻ってくることを誓いながら。




