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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 絶縁の箱庭 妖精族の集落
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第8話 side春香 妹の心兄知らず2



 教室に響いた大音量の放送。

 みんな頭や耳を押さえている。

 

 試練の開始を告げる声。

 頭が割れそうになるような痛みを堪えて、私はお兄ちゃんに連絡を入れようとスマホを操作した。


 『お兄ちゃん、大丈夫?』

 『信也、連絡して!』

 『何も起こってないよね?ちゃんといるよね?』


 既読が付かない。

 お姉ちゃんや萌香からはメッセージが来る。

 お兄ちゃんはあんまりスマホを見ないから、いつもは既読が付かなくても気にしないけど、今はそんな場合じゃない。


「先生っ!高等部の兄の教室に行ってきてもいいですか!」

「え、ええと、それは、私だと判断できないわ。休み時間まで待てない?」


 焦る気持ちが膨らんでくる。我慢できない。


「お腹痛いので保健室行ってきます!」


 緊急事態なんだ、サボり上等だよ。

 大声で宣言して先生の制止が掛かる前に教室を飛び出した。


 放送の直後で騒めく教室を通り過ぎて聞き、上靴のまま外を走って高等部の校舎に入る。

 お姉ちゃんの文化祭で来たことあるから、教室の位置は分る。

 全力疾走でお兄ちゃんの教室に辿り着き、息を整えないまま教室の中に突撃した。

 

「はあ、はあ、兄は、青野信也は、はあ、いますか……」

「……えっと、もしかして妹さん?」


 教室の中で立ち上がっていた一人の女子の先輩が私の質問に答えた。

 顔が強張っていて、誰もいない机に手を置いている。

 私は教室の生徒の顔を全て見る。お兄ちゃんがいない。何処にもいない。


「兄は……どこですか?」


 教壇に立つ男性の先生に目を向け、話かけた。

 この中で一番話が通じそうな人だと直感した。

 

「……青野は放送の直後に半透明の板でルールを確認した。そしてすぐさま試練に挑んだようだ。済まないが、何故そうなったか分からない。それを聞く暇もなかった。事情は配信で話せれば話すと言い残したが……」


 先生の言葉を聞いてスマホを操作し、兄の配信を探す。

 配信はすぐに見つかった。

 配信を始めているのが兄ただ一人だった。既に数百万人の人たちが兄の配信を閲覧している。

 お兄ちゃんは暗い森に一人で佇んでいた。


「なんで……どうして何も言わないでこんなこと」

「あの、大丈夫?顔が真っ青だよ。取り敢えず、青野君の席だけど座ろう」

「え、あ、有難うございます……」


 先ほどの女子生徒が私の手を引いて席に座らせてくれる。

 優しい手つきで背中を撫でてくれた。


「事情はまだ分からないけど、青野君ならきっと大丈夫だよ。だって試練に挑戦した人の中で一番凄いって言われてるんだから、ねっ!」

「はい、有難うございます。そうですよね、お兄ちゃんはすっごく強いですもんね。怪物が出てきても簡単に倒しちゃうし、難しい仕掛けも解いちゃうし……絶対、大丈夫……」


 孤独の迷宮とは違う。

 今度は命が掛かっている。

 まともな判断が出来る人なら安全は絶対に確認するはずなのに、どうしてなの。


「お、試練の情報がアップされてるぞ。ステータスの板を写真でアップしてるから間違いなさそうだ……」


 一人の男子生徒が私を慰めていた女子の先輩にスマホの画面を見せてきた。

 私の目にもそれが見えた。


 資源を獲得できる試練。

 拠点を探して、10日後に拠点から帰還すれば試練は終わり。

 簡単そうに思えたけど、本当に簡単なのか分からない。

 普通のルールの後に特別ルールの説明があった。


 前回の試練で功績を残したお兄ちゃんのためだけのルール。

 他の挑戦者と違って30日は帰れない。

 ちらっと見えた試練残り時間はもう29日を切っていた。

 多分このルールの所為で、お兄ちゃんは急いで試練に挑まないといけなくなったんだ。

 

 私は焦りつつも続きを読んだ。

 目に飛び込んできた文章に、喉が絞まるような悪寒が湧いた。

 お兄ちゃんが転移した場所の生存率は0.000001%。

 お兄ちゃんだけが、そこに転移させられていた。


 なんで、なんで、なんで、どうしてこんなことするの?

 お兄ちゃんが功績を残して、どうしてこんな、意味わかんないよ。

 

「妹さん、落ち着いて!ちゃんと息してっ!まだ何も起こってないから、青野君は無事だからっ!」


 女子生徒が私のスマホに映る配信を示す。

 お兄ちゃんは既に行動を始めていて、短剣で植物を払いながら歩いている。

 喉の締まりが少し緩まり、忘れていた呼吸を荒く繰り返す。


「先生、私この子が落ち着いたら保健室まで連れて行きます。いいですよね?」

「ああ、悪いが頼む」

「大丈夫だから、きっと大丈夫。あなたのお兄ちゃんは強いし、頭もとってもいい。そんな誰が調べたのかも分からない数字なんて気にしないで」


 そうだ、まだ何も起きてない。お兄ちゃんだってこの情報を知っている。

 私が取り乱してどうするんだ。

 

「すう、はあ、すうう、はあああぁ……あ、有難うございます。取り乱して、ご迷惑をかけてすいません」

「いいってことよ。私と青野君はマブだからねっ」


 ニコッと私に笑いかける女子生徒。

 マブ?はよく分からないけど仲が良いってことかな。

 お兄ちゃんに親しいクラスメイトがいるとは思わなかった。

 中学までは友達が多かったけど、高校では試練の所為で全然同級生と交流してないって言ってたのに。

 それにこの人、よく見るとかなり可愛い人だ。

 いきなり来た私に対して凄く優しいし、気遣ってくれる。


「落ち着いてきたかな?保健室いけそう?」

「はい、大分落ち着きました」

「よしよし。先生、それじゃあ行ってきます」

「頼んだぞ、瀬尾」


 私は女子の先輩、瀬尾先輩に連れられて保健室に向かった。

 一応スマホで家族のみんなにお兄ちゃんが試練に挑んでいることを伝えた。


「せんせ~急患ですっ」

「ん~瀬尾さん?来るたびに言ってるけど、狼少女になりたくなかったらそれは止めた方がいいわよ」

「へえっ」

「それも可愛くないから止めた方がいいわ。あなた、見ない顔ね……中等部の生徒かしら」

「この子、高等部の教室で気分悪くなっちゃって、少し落ち着ける場所で休めば大丈夫だと思うんですけど……」

「ふ~ん、ちょっと問診して大丈夫そうならベッドを貸しましょう」


 私はいくつか質問を受けた後にベッドを借りて休ませてもらった。

 瀬尾先輩は教室に戻ってしまい、ここにはいない。


 私は音を消してお兄ちゃんの配信を眺めた。

 特に変わりなく森を進んでいる。

 お兄ちゃんは別に怖がってなくて、おかしな感じでもない。

 瀬尾先輩の言う通り心配ないのかもしれない。

 私は配信を付けたまま、目を瞑りそのままベッドの上で休んだ。




 お昼休みまで休んで、みんなと合流して情報交換をすることにした。


「取り敢えず、信也は無事そうね。油断は出来ないけど」

「安心できないわ。何もかも未知の場所だもの……」

「先輩、寂しくないのかな。30日もずっとあんな場所にいないといけないなんて」

「寂しいとか気にする場合じゃないよ。拠点が早く見つかればいいけど」

「コクリ」

「……拠点ってなんだろうね」


 兎に角、試練突破の条件をちゃんとクリアしないことには始まらない。

 一応拠点付近に転移するって話だけど、どこまで信じていいか分からない。


「まだ他の配信は始まってないのよね……」

「うん。さっきも見てたけど、お兄ちゃんだけだった」


 お姉ちゃんが眉を寄せて呟く。

 命が掛かっている以上慎重になるのは当たり前だ。

 お兄ちゃんの配信から情報を得ようとしているのか、配信の閲覧人数は1000万を超えてまだまだ上がっている。

 

「ん、お兄ちゃん水場を辿ってるのかな?」

「そうみたいね」


 何事もなかった。この時までは。




『信也の配信はしばらく見るな。良いというまで、絶対に見るな』


 私は午後から普通に授業に戻り、放課後になり家に帰った。

 部屋の中で着替えているとき、お父さんからそう連絡が来た。

 強い言葉に躊躇が生まれたが、お兄ちゃんのことが気になっていた私はその忠告を無視した。

 

 配信の中で、お兄ちゃんは男に木の棒で、手足を縛られ、傷だらけの体を、打ち据えられ続けていた。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


「人間、何故この森にいる」

「………」


 気絶すれば水を掛けられ、また気絶するまで殴られる。


「どうやってここに来た。船か?」

「………」


 また水を掛けられる。また気絶するまで殴られる。


「黙っていないで答えろ。お前は何者だ」

「………」


 また水を掛けられる。また気絶するまで殴られる。

 何度でも繰り返す。


「どうだ喋る気になったか。お前は何処から来た」

「………」

「だんまりか」


 また繰り返す。何度でも繰り返す。


「仲間は何処だ。何人いる」

「………」


 体中がこれ以上ないほど痛めつけられても、なお繰り返す。


 やがてお兄ちゃんは水を掛けられても、棒で叩かれても反応しなくなった。

 倒れたまま放置され、ずっと打ち据えられた状態の配信が流れ続けた。

 体はほんの少しだけ動いている。息はしている。

 お兄ちゃんを誰も助けてくれない。


 途中で見ることが出来なくなった。


 私は、初めて人を殺したいとい思った。


 あの男を殺しやりたい。

 

 お兄ちゃんの受けた何倍もの痛みを与えて殺したい。


 朝まで眠ることが出来ず、時間が過ぎるのをじっと待った。


「春香……信也だけど、今治療を受けているわ。拷問をした奴と同じ集落の人みたいだけど、敵意はなさそう」


 お姉ちゃんが私の部屋に入ってきて私に教えてくれた。


「そう、なの?」


 お姉ちゃんは私を連れ出す。

 お母さんがお粥を用意していてくれていた。

 食欲は無かったけど、何とか食べることが出来た。

 今日は学校を休んだ。配信は見なかった。



 気付いたら次の日の朝になっていた。

 私は朝ごはんを食べて、気分の悪さを我慢して配信を見た。


 お兄ちゃんは綺麗な女の人にご飯を食べさせてもらっていた。

 食べ終わったら包帯を解き、薬を塗られている。


 夥し暴力の跡が残る体。

 顔もボコボコで両目が潰れている。

 酷い部分は大きく腫れあがり、痣だらけの体だった。

 

 配信をずっと見続けた。


 お兄ちゃんが外に出て荷物を回収に行ったところ。

 

 ポーションをルーヴィという人に渡したところ。

 

 ルフリアという集落の長の人が、お兄ちゃんに謝罪したところ。


 ニアの宝珠という薬によって治療されたところ。


 薬のお陰でお兄ちゃんの体から暴力の跡が消えた。

 妖精族が人間を敵対視する事情を聞いた。

 それはお兄ちゃんには全く関係の無い話だった。



 お兄ちゃんの怪我が治り、少し安心感が出て、私はある程度平常な精神に戻ることが出来た。

 夜になり、リビングのテレビで家族と配信を見ている。

 皆の顔には安堵があった。

 お父さんの忠告もあり、私以外の家族は状況を分かっていても、拷問をまともに見ていなかったと思う。

 お母さんが見てたらまた倒れてたと思うし、萌香や莉々も私のように憔悴していただろう。

 

 お兄ちゃんは何事もなかったかのように長の快気祝いの宴に参加し、妖精族たちに受け入れられた。


 あれだけのことがあったのに、そんなことは怪我と一緒に無くなってしまったかのように。


 あの男が馴れ馴れしくお兄ちゃんに近付いてくる。暗い感情が燃え上がる。


 お兄ちゃんは提案した。

 世界と繋がっている証拠を見せると。

 コメントを見せると。

 私はスマホで配信画面を開き、あの男に向けてコメントを打った。

 他の閲覧者も同じだ。沢山の罵詈雑言が加速する。

 胸の内にたまった呪詛を書き連ねた。

 あまりに早くコメントが流れるから短い文章を何度もコメントした。

 

 死ね

 死ね、死ね、死ね、死ね

 しねしねしねしねしねしね


 何度も何度も打ち込み、あの男に突き付けた。

 お前はこれだけ憎まれているんだ。

 死んでしまえばいいんだ。


「春香っ、何やってるのよ!」


 萌香が私からスマホを奪った。


「返して!まだあの男が見てる!まだ伝え切れてない、もっと思い知らせてやらないと……」

「何、言ってるの……見てるのはその人だけじゃないんだよ。お兄ちゃんも見てるんだよ……」

 

 配信に移されるお兄ちゃんの顔。

 少し前に見せたあの時の顔と同じだ。

 分厚い仮面の下の傷が僅かに覗いたときの顔。


「あんなことコメントに書かれてたら、勘違いしちゃうよ」

「だって、あいつが見るんだったら、思い知らせてやろうかと思って……」


 萌香にいら立ちをぶつける様に声を荒げかけたが、お姉ちゃんに肩を掴まれる。


「春香の気持ちは分かるわ。でも、信也がそう捉えると思う?コメントに書かれたことが自分と無関係で、全部あの男に対して書かれたものだなんて気付けると思う?」

「だってっ!そんなの、あいつが悪いのに、お兄ちゃんが、自分が悪いなんて全然……」


『えっと………僕は今回碌に成果もないまま怪我したりしたから………期待に沿えていなかった…………一人くらい駄目人間がいても………』


 お兄ちゃんの声が画面から漏れる。

 お母さんはその声を聴き、そっと目元を拭った。


「こういう子なのよ。何にも悪い事なんてしてなくても、僕が悪かったんだって思っちゃう子なの。だから、今のコメントも全部自分のことだって受け止めているわ」


 そんなことない!誰もお兄ちゃんのこと悪く言ってない、全部あの男の所為なのに!


「今日はちゃんと寝よう。配信は見るな。みんなネガティブに物を考えすぎてる。信也は弱くない。これくらいでへこんでミスするやつじゃない。気にしすぎるな」


 お父さん言葉にみんな納得して、部屋へと戻る。

 配信を切る寸前、お兄ちゃんは宴から姿を消していた。

 夜の暗がりに逃げ込むようにして。

 

 その後ろ姿を見て、頭に冷や水が被せられたように、燃え上がった気分は冷え切っていた。

 胸の中がジクジクと痛み、後悔が胸を掻きむしる。


 私は、私の大切な人を、悪意で傷付けてしまったのだと、漸く気が付いた。


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