第6話 絶縁の箱庭と妖精族の長
腐食毒の治療の可能性がある薬を持っていることを説明すると、ルーヴィさんは急いで集落の皆に相談したようで、直ぐに回収に向かう運びとなった。
飲んでくれるかどうかの懸念はなかった。
そもそも内面が読めるから、正直に話せば信じてくれるので心配しなくてもよかった。
相談をした翌日には、僕はルグランに木製の背負子に乗せられて森を進んでいた。
他にも男衆二人とルーヴィさんが同行している。
男衆二人は僕のことを視界にも入れないで周囲を警戒している。
僕は物臭の地図を眺めながら、荷物がある場所に案内をしていた。
「本当にお前が言うような薬があるのか」
「あるよ。ただ荷物が残っていればだけど」
「頼りないことだ。そんな頼りないものにしか縋れないとは」
この男、憎まれ口たたかないと気が済まないのか。
穏便に接触してくれれば、そもそもこんな苦労する必要なかった。
しかし道中揺れないように気遣われているようで体の痛みはそう感じない。
口と行動の合わない男である。
ツンデレか?やっぱり萌えキャラなのか?
「疲れたら言うのよ。あなたの体はまだ安静にしていないと駄目なんだから」
「今のところ大丈夫です」
「無理しないでね」
こちらを気遣わし気に様子を窺うルーヴィさんだけど、僕の体はかなり治ってきている。
両目とも瞼が持ち上がり、塞がっていた視界も今は開いている。
青たんが残っているからパンダみたいな見かけだけど。
テンマが発現した技能、癒し手は自己治癒力にブーストをかけるようで、テンマの触れている箇所周辺は急激に回復する。
手を向けるだけで使えるようだが、直接触れるのが最も効率が良いようだ。
超成長も相まって技能のLVがえらいことになっていると思う。
治療の都合上、くっ付いて貰わないといけないので心苦しかったが、本人は気分を損ねた様子はなく、今も僕の太ももの上に腰かけてニコニコしている。
治療のためか「治れ~、治れ~、いっぱい治れ~」と口ずさみながらスリスリと撫でてくるため非常にくすぐったい。
「ここだね。ルグラン止まって」
「……ふん、確かにこの付近にいたな。森の中で間抜けな面を晒していた」
『顔の形を物理的に間抜け面に変えてあげるのです。感謝するのです……』
上機嫌だったテンマが、おどろおどろしい声を上げながら呪い手を使おうとしていた。テンマを手の中に包みつつ、あたりを見渡す。
背負い袋は僕が置いた状態のままきれいに残っていた。
袋を開けてみたが荒らされた様子はない。ポーションもちゃんと2本残っている。
近くに集めていた果実類は綺麗さっぱりなくなっていた。動物が食べたのだろう。
「用が済んだのなら戻るぞ」
「この辺りに鉄塊猪の痕跡がある。怪我人と薬師を連れた状態で会敵すれば逃げ切れん」
黙っていた男衆の言葉にルグランは頷き、来た道を戻り始める。
「鉄塊猪は強いの?」
「相手取るなら狩りを生業にする男衆が最低5人はいる。基本的には雑食で人は食わんが、虫の居所が悪いと襲われる危険がある」
「やつは鼻が利く。俺たちではなく俺たちの集めた食べ物を狙ってくる。食料を持っていない今のような状態ならまず安全なはずだ」
ルグランに尋ねたのだが、男衆が答えてくれた。
そうなのか。でも背負い袋の中に携帯食料が入っているけどそれは大丈夫なのだろうか。水分と反応いない限り普通のカロリーバーみたいな匂いだけど。
包みに入っているから匂いはほとんど漏れないが、背負い袋の口を開けてしまったので僅かな匂いが漏れ出たかもしれない。
豚は鼻がいいっていうから一応注意しておこう。
「あの、僕の背負い袋の中に携帯食料が……」
ガサガサと音がして、巨大な生き物が草の根を分けて現れる。
噂をすれば影、もとい猪。
5mを優に超える鉄塊猪だった。
こちらに鼻を向け、フゴフゴと臭いをかぎ取るように呼吸をしている。
「……あるのですが、もう遅かったですね」
「悠長に言っている場合か!そいつはどれだ、全部捨てて逃げるぞ。少しは時間が稼げる!」
憎まれ口しか話さないルグランが声を荒げて焦っているから、不味い事態の様だ。
僕は携帯食料の特徴を教え、ルグランが五つの包みを破いて鉄塊猪の方に放り投げる。
取り敢えず気を引いて時間稼ぎをするようだ。
鉄塊猪は狙い通り気を取られ、匂いを嗅いでそれを口に入れて噛みしめた。
瞬間、鉄塊猪は白目をむいて巨体を傾かせてドオーンと地面を揺らすほどの音を立てて倒れた。
電気ショックでも浴びているかのように体がビクンビクンしている。
穴という穴から液体やら何やらを垂らしながら、非常に苦しそうだ。
その光景に僕以外の四人は驚いて動きを止めていた。
「……お前、これは食料だと言ったよな。何故、鉄塊猪がああなる」
「れっきとした食料だよ。僕の中では」
まあ凝縮された吐瀉物みたいな味と刺激臭だけどね。
猪さん、鼻がいいのが災いしたようだ。南無。
思わぬ収穫というか、荷物を回収するついでに鉄塊猪を狩ることができた。
男衆も鉄塊猪の弱点を知っていて、首の左下を槍で突き刺して止めを刺していた。
本来生きている鉄塊猪の弱点を突くのはとても難しいらしく、こんなに状態のいい鉄塊猪を仕留めたのは初めてだということだ。
これは僕の夕飯も期待できるかもしれない。
あの集落では青野菜漢方風味のスープが主食だからそろそろお肉が食べたい。
旨いのならば、なおのこと良い。
男衆の一人が集落に先に戻って人を連れてくることになり、僕たちは解体中の猪さんと待機だ。
ルグランは背負い袋から残った携帯食料を一つ取り出し、匂いを嗅いだりして訝し気に眺めていた。
「毒ではないだろうな。毒であった場合、種類によっては肉が食えなくなるぞ」
「僕の食糧だって言ったでしょ。食べて見せるから貸して」
僕は背中越しにルグランから携帯食料を奪い、一口分だけ折って口に含む。
うん、相変わらずクソ不味い。
咀嚼した後に水筒の水で流し込んだ僕の様子を見て、やっと納得したのか僕から携帯食料を引っ手繰った。
「毒でないとするなら、なにか鉄塊猪の嫌がる成分でも入っているのか?どれ、食べてみればわか………ヴォッエエエッ!!」
「ちょっ、汚い!きゃあああー、こっちに口向けないでよ!!」
ちょっとルグラン君には早かったようだ。
ビチャビチャと何かが零れ落ちる音と、阿鼻叫喚のルーヴィさん。
口の中のゲロ臭と、背中越しのゲロ臭に包まれながら、僕は小さな復讐に成功した満足感に包まれるのだった。
気分は吐きそうなほど最悪だけどね。
その後、肉の解体と運搬の人たちの行列に伴われて、僕たちは帰還を果たした。
集落に戻ってから二人と別れて、僕はいつもの部屋に戻されて待機している。
ポーションの使い方はルーヴィさんに説明した。
今、妖精族の長にそれを飲ませるために外に出ている。
一本で完治すればいいが、そうでない場合は二本使って治療する。
僕にとって無類の癒しを与えたポーション先輩だが、今回治し切れる自信はない。
腐食毒の治療も僕は掌とまだ症状の重くない体内に使用しただけだ。
長期間毒に侵され続けた体が同じように治るという保証はない。
不安を覚えつつ結果の報告を待っていると、ノック音がした。
ルーヴィさんが戻って来たかと思って気軽に「どうぞ」と返事をした。
「失礼致します」
そこにいたのは、ルグランでもなければルーヴィさんでもない。
見たことのない女性だった。
ルーヴィさんと同じくらいの歳に見えるのに、滲み出る老獪さで遥か年上のようにも錯覚させられる。
薄手の服に白い厚めのケープのようなものを纏っている。
妖精族の特徴である長耳もルーヴィさんよりずっと長い。
白銀の髪に、金の瞳。白磁の肌。
人間味のない美貌は、恐ろしく美しく、恐ろしく冷たい。
今は緊張したように表情が硬いが、それでも全く美を損ねていない。
他の妖精族からは感じない、夜刀さんに感じたような、得体のしれない圧力がある。
僕は反射的にステータス閲覧を使用してしまった。
『ルフリア 女 2191歳
関係:他人 感情:服従 状態:健康 精神:緊張
技能:薬術LV30 生命術LV30 精神術LV30 魅了LV30 読心LV30 看破LV9 武術LV9 弓術LV9 頑強LV9 生命強化LV9 精神強化LV9 再生LV15 心眼 不老 特殊技能制限解除
称号:妖精に堕ちた原初の生命
箱庭が生まれたその瞬間に誕生した原初の生命。
故郷を追われた妖精族の嘆きにより、その身を変性させた。→
妖精族に変性したことにより原初の生命としての強大な力を無くす。→』
全てにおいて高水準、そして未知の技能が並んだステータス。
人間などとは比べ物にならないほどの強さを秘めている。
「貴方がシンヤ様ですね」
魅了のともなう美しい声だ。心が持っていかれそうになる。
抗いたくとも頭がぼんやりとして視線が吸い寄せられる。
「希少な薬をお譲りいただき有難うございました。私は妖精族の長を務めておりますルフリアと申します」
深々と頭を下げれば絹糸のような髪がサラサラと零れ光を反射する。彼女の一挙手一投足に理性を狂わせる魔性の魅力が宿っている。
人間の精神が抗える領域にない、精神攻撃とでも言うべき暴力的な魅力。
「あなたが助かってよかったです。ルーヴィさんを始め、沢山の方に慕われていたようでしたから」
乾いた口で何とか言葉を絞り出せば、ルフリアさんは頭を上げて僕に顔を向ける。
本当に綺麗な人だ。
彼女は手に持った包みを解き、そこから一口大の赤い果実を取り出した。
「積もる話もございますが、まずはこちらをお食べください。ニアの宝珠と呼ばれる薬です。シンヤ様の怪我を治す一助となればとご用意いたしました。私は加工しただけで見つけたのは子どもたちですが」
『ニアの宝珠(加工品)』
いつか見た果実。それの加工したものだ。どんな傷病も癒す希少品。
僕は考えることもなくそれを手に取り、口の中に入れて噛み締める。
果実には水分が全くなく、カリッと音を立てて口の中で砕けた。
僅かに感じる酸味と甘みが口に広がる。
砂糖で作ったシャボン玉みたいな触感で食べた感じがしない。
飲み込んだ瞬間から喉から体の中心に向かって熱の塊が移動し、じんわりと全身に広がっていく。
体に残っていた痛みや、不自由さがその熱に溶けるように消えていく。
「どうでしょう。体の方は楽になりましたか?」
「凄く楽になりました。まだ完治というわけではありませんけど」
「シンヤ様から頂いたポーションほどの即効性はありませんが、もう少しお待ちいただければ完治するはずです」
ルフリアさんは僕のベッドに近付き、膝を折る。
目線より低く、手を伸ばせば届く距離に近付かれて心臓が大きく脈打つ。
理性や平常心がぐらぐらと揺れる。
「シンヤ様への集落の者たちの仕打ちは許されることではありません。それにも関わらず、貴方様は希少な薬を譲ってくださった。貴方様の慈悲に縋るしかありませんが、此度の件、私の身一つでどうか納めてはいただけないでしょうか」
「慰み者になることも、皮を剥がされることも、内臓を抜かれることも、拷問も、死ぬことも、全てを受け入れます。哀れな妖精たちにどうかご慈悲を」
僕の手を取り、祈る様に両手で握りしめるルフリアさん。
……こわっ。
猟奇的な言葉の羅列による恐怖で魅了が解けた。
さっきまでのポワポワしていた気持ちが冷や水掛けられたように萎んだ。
危なかった、魅了で判断能力が無くなり、思考が変な方向に行こうとしていた。
「すいません、何故そのような発想になるのでしょうか。皮だったり内臓だったり拷問だったり……」
慰み者はスルーだよ。だって思春期だもん。
「人族にとって妖精族の体は資源です。その身は全て余すところなく使用され、貴重だとされています。多くの人間は妖精族の女を慰み者にして子どもを産ませ、赤子を素材にします。子を産めない女や男は生きたまま解体して素材に変えます」
ルフリアさんは苦しそうに告白する。僅かに残っていた魅了の火照りすら冷え切った。
箱庭の人間はクソみたいな連中だった。
そもそも人間は妖精族を人と見なしていないからどこまでも残酷になれるのか。
いや、僕が転生し続けた地球でも人間の醜悪さは変わらない。
それが全てでないことも分かっている。けど、こういう話を聞くと嫌な事ばかり思い出してしまう。
今は痛ましいルフリアさんを何とかしなくては。
「ルフリアさん、人間の価値観はそれぞれあります。ルーヴィさんが聞いているか分かりませんが、僕はこの世界の人間ではありません。妖精族を素材だなんて思っていないし、そんな話を聞いたらこの世界の人間に対して嫌悪感しか覚えない」
「だからそんな物騒なもの要りません。ポーションについては感謝だけ受け取ります。殴られた件については薬で治してもらったので相殺で結構です」
本当は拠点の事とか大陸の事とか協力してほしいことがあるけど、このタイミングだと何でも頷かれそうだし強要しているようで嫌なんだよな。
僕の心情だけの問題だけど。
正直、今となってはルグランくらいの態度が丁度いい。
「で、ですがそれでは……」
「僕は親切をして、人に感謝されるのが大好きなんです。端的言って気分がいいから人に親切にしています。でも代価を貰ってしまっては、それは親切ではなくなります。気持ちよくありません。だから僕のことを考えてくれるのであれば何も渡さないでください」
「ルフリアさんからしたら、人間に借りを作ったように思えて嫌かもしれませんが我慢してください。感謝の言葉だけが僕の一番欲しいものですから」
「……………………」
雷にでも打たれたかのように固まり、絶句している。
そこまで驚くようなこと言ってないのに。
驚いた顔も綺麗だなあ。別に魅了に掛かって無くとも美人だから見惚れてしまう。
そんな僕とルフリアさんをテンマは眉を顰めて見詰めていた。
『むー、何だかモヤモヤするのです……』
さっきから静かだと思ったら、テンマはルフリアさんに睨みを利かせていたのか。
ステータスが見えなくても、ルフリアさんの強さを感じ取っているのかもしれない。
流石である。
僕もテンマを見習って、気を引き締めた。
「話は以上ですか?病み上がりなんですから少し休まれた方がいいですよ」
「……え?いえ、お気になさらず。ですがお心遣い有難うございます」
頭を下げた後、なんだか覚束ない足取りで部屋を後にするルフリアさん。
割とあっさり帰っていった。
それにしてもこの人、なんでこんな交渉が下手なんだろう。
ただの子どもである僕なんて、指先ひとつでダウンできそうなステータスしてるのに。
いや、今の状態じゃこの集落の男衆にすら勝てないけれども。
理由を少し考えてみたが、部屋の中に肉の焼ける香ばしい匂いが漂い出して僕は考えることを止めた。
お肉が僕を待っている!
『カバーストーリ―:人間族と人族』
箱庭には人間族と人族という分類が存在する。
人間族は人間のみを指し、人族は人間族以外の人間に似たる種族の総称である。
古き時代より人間族は人族を同じ階級の生命と認めず、家畜や道具、あるいはそれ以下の扱いをしてきた。
栄華を誇った人間族の文明の一つが箱庭の支配者によって滅ぼされたことを皮切りに、人族は安住の地を求めて人間族の大陸を離れた。
人間族の大陸に残らざる得なかった人族たちは緩やかな滅びを迎え、人間族の大陸には古より人族と血を交えた僅かな人間族が住まうのみとなった。
人間族は人族に対して行った仕打ちを忘れ去り、全ては歴史となった。
人族は、特に長命種たる妖精族を始めとした当時を知る多くの種族は、今もその恨みと恐怖を忘れてはいない。




