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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 絶縁の箱庭 妖精族の集落
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第5話 絶縁の箱庭と腐食毒



 とりあえず男とは別の、看病をしてくれていたであろうお姉さんに水を飲ませてもらい、ベッドから上半身を起こした。

 まだほとんど目が見えないけど、近ければ表情くらいは分かる。


 薬の効能が高いのか、昨日よりは良くなっているけど、普通に治そうとしたら試練期間終了に間に合わないかもしれない。

 ここに拠点があれば問題ないが、果たしてどうだろう。

 虎の子のポーションを飲むことも視野に入れるべきか。あ、荷物どうなったんだろう?


「さて、話の続きをするぞ」


 部屋には男と僕を支えてくれる女性、それに男より年長に見える男性がいた。

 僕は答える前に目の前の男にステータス閲覧を使った。

 プライベートの侵害はこいつには適用されない。


『ルグラン 男 80歳

 関係:捕虜 感情:警戒 状態:健康 精神:疲労

 技能:索敵LV2 弓術LV4 遠視LV3 読心LV4

 称号:なし

 妖精族の集落で狩りを担当する男。

 人間族に対して敵意が強い→

 実際に人間に会ったことはなく、伝え聞く噂で人間族全てを悪だと認識している』


「話をするのは構わないけど、僕の扱いはどういうものになったのかな。怪我を治療して棒打ちの続きをするわけじゃないよね」

「扱いについてはお前の態度次第だ」

『頭に腐った生卵ぶつけてやるのですっ、なのですっ!』

「分かった。それじゃあ、話をどうぞ」

「……ふん、まあいい。まずは……」


 僕の忠告を聞いているのか、報復がややマイルドに変化していた荒ぶるテンマを掌の上に乗せて撫でつつ、妖精族の男、ルグランと対話を重ねる。


 僕がどうやってこの大陸に来たのか。

 森の中で何をしていたのか。

 同行者は居るのか。

 荷物はないのか。

 出身は何処か。年齢はいくつか。

 エトセトラ。


 僕は全てに嘘偽りなく答えた。

 同行者についても、ちゃんとここにいると言った。


 同行者について答えた時、ルグランや男性からは気まずそうに見つめられ、女性からは悲しそうな顔をされた。

 多分親しい人が亡くなったのを受け入れられていないと思っているのだろう。誤解はあえて解かなかった。

 読心が正しく心の中を読むのならテンマの存在はバレそうなものだが、そう万能では無いらしい。

 嘘発見器くらいの精度だろうか。だとしたらあの二人の子どもは何だったのか疑問が残る。


「大体分かった。嘘はついていないが、所々話におかしな点があるな」

「ああ、何かしら精神に問題があるのだろう。子どもたちが酷くこの人間を気にしているから悪い人間ではないのだろうが……」

「私にはこの子が、とても話に聞くような人間とは思えないわ。それにまだ子どもと言っていい歳よ。それを話も聞かない内からあんなひどい仕打ちをして……」


 ルグランともう年上の男性、女性が話し合っている。

 女性はなんとなくだが敵意はおろか警戒心も無いように思えた。寧ろ同情されている。


「人間をよくも知らないで何を言っている!こいつらは悪魔だ!」

「あなただって、人間に会ったのは初めてでしょ!偉そうなこと言えないじゃないの!」


 若い?二人が喧嘩していらっしゃる。年上の男性が宥めている。


「兎に角、皆の総意を確認する。それでいいだろう。ただでさえ難局を迎えているのだ。一人迷い込んだ人間の処遇などに時間を取られている場合じゃない」

「ああ、そうだな」

「後で食べられるものを持ってくるから少し待っていてね」


 三人は部屋から出ていき、僕は深々とため息をついて再びベッドに横になった。

 テンマは先ほどから赤い顔でトロトロになって反応がない。

 手元を見ていなかったが、途中から羽を撫で続けていたようだ。

 敏感なところ触ってゴメンね。



 少し時間が経ってから、先ほどの女性が木皿にスープのようなものを持って戻ってきた。

 腕をうまく動かせない僕に代わって木のスプーンで食べさせてくれる。

 食べたことない味で、ドロッとするまで青野菜を煮込んだものに、各種漢方をぶっかけたみたいな味がする。

 体に良さそうな味だ。

 端的に言って、あの携帯食料の1億倍美味しい。


「美味しいかしら?」

「はい、美味しいです」

「えっ、う、嘘じゃないのね……これを美味しいなんて、今までどんなものを食べていたのかしら」


 ……どうやら正直に不味いと言ってよかったようだ。

 態々ゲロ味と比較して感想を述べたのが無駄だった。

 綺麗に完食して水を飲ませてもらって、またベッドで眠る。

 至れり尽くせりだ。

 全身痛いのと、生殺与奪が他人に握られているのを除けば最高の環境だな。


 痛み止めでも入っていたのか、食事の後に痛みが大分治まり、眠ることが出来た。

 左目の腫れが引いて視界が戻ってきている。丁度顔の左側にテンマがくっ付いていたからそのおかげだろうか。

 確か技能に癒し手というものがあったが、その影響かな。





「随分と呑気に眠っていたようだな」


 ひと眠りして目を覚ませば、僕を起きるのを待っていたのか、椅子に腰かけてこちらを見ているルグランがいた。

 僕のこと好きすぎじゃない?人間嫌いなのにやたら絡んでくる。


 左目で見た彼の容姿は控えめに言って、憎らしいほどのイケメンだった。

 高身長で筋肉質ながっちりとした体。金の髪を短く切りそろえ、長い耳が覗いている。

 肌の色は抜けるように白く、サファイアの瞳が鋭く覗いている。


「お前の処遇が決まった。怪我が治るまでは集落に置いておいてやる。怪我が治れば追い出す。どうせ野垂れ死ぬのなら今放り出しても変わらないだろうに」


 せめて本人のいないところで言え。温厚な僕でも怒るぞ。


「わかった。しばらくお世話になるよ。そういえば僕の背負い袋は拾ってくれてないんだよね」

「お前の身に着けていたマントや短剣は預かっているが、背負い袋は知らん。辺りには無かった」

『絶許なのですっ!奥歯ガタガタいわせてやるのですっ!』


 態度と言動で確定だな。

 こいつが僕を弓で射った奴だ。

 ヨシヨシ、テンマは暴れないでね。


「分かった。あ、地図がなかった?」

「ある。役にも立たない中途半端な地図だったな」

「あれでも大事なものなんだ。他に変えられない」

「……ふん」


 ルグランは鼻を鳴らして部屋から出ていった。

 本当に何なの?僕とお話ししたかったの?

 萌えキャラか?萌えキャラなのか?

 出会い頭に毒矢で射られて、木の棒で念入りボコってくる萌えキャラは願い下げなんだけど。


 女性がやってきて僕にまた緑のスープを給仕してくれる。

 白いパンみたいな炭水化物っぽいものも付いてきた。

 僕は嘘を吐き通すため美味しい美味しいといって食事を平らげた。

 僕が美味しそうに食べているのでテンマも手を付けてみたようだが、すぐさま吐き出して涙目で口を押えていた。

 お食事の初心者には厳しい味だったようだ。

 

「本当に美味しそうに食べるのね……あなたは一体どんな食生活をしてきたのかしら」

「普通の生活ですよ?」

「……そうよね。こんな風に聞かれてもよく分からないわよね」


 食事を終えてから包帯を外して、体を拭ってもらい、また薬を塗って貰う。

 世話をしてくれる女性の名前はルーヴィさん。

 漸く自己紹介をしてくれた。ステータスは見ていない。

 この人も耳が長くて顔が非常に整っていた。20歳位の年齢に見える。

 多分妖精族は地球で言うところのエルフの親戚みたいな種族なのだろう。エルフも妖精だったっけ?

 あっちは創作でしかないから参考にならないけど。

 

「痛かったわよね……あなたは私たちの知る時代の人間族ではないのに」

「………」


 痛まし気に顔を歪め、怪我を確認するように塗り薬を撫で付ける。

 痣だらけ、腫れによる変形、熱を帯びた幹部、それが体中にあれば直視に耐えないだろう。

 

 この世界の人間は妖精族に何をしたのかな。

 やたらと低いモラスティア大陸の生存率は、人間限定だったりするのだろうか。

 そういえば現地人間族の生存率って説明に書いてあったな。

 包帯を巻き終え、ベッドに横たわる。


「痛みが引かないわよね。……ルフリア様が御壮健なら、あなたの傷をたちどころに癒せるのだけれど」

「ルフリア様とはどなたですか?」


 ルーヴィさんは、しまったという顔をしたが、質問に答えてくれた。


「妖精族の集落の長よ。最も長く生き、最も強い力を持つ方。薬を作ることにも長けていて、この集落で唯一ニアの宝珠を加工できるの。あれさえあれば一日で回復できるわ」


 確か子どもが僕に食べさせようとした果実か。未加工で食べたら苦しんで死ぬやつ。


「でも今は毒に侵されていて薬を作るどころではないわ。正直いつまでルフリア様の命が長らえることが出来るのか……」


 ルーヴィさんは疲れたように肩を落としていた。


「治る見込みがないのですか?」

「私たちの作れる薬では完治出来なかった。加工済みのニアの宝珠があれば別だったけど、丁度在庫が切れたタイミングだったから。全身に回った腐食毒はニアの宝珠でしか治療できないわ」


 腐食毒?……何か孤独の迷宮で大変お世話になった気がする。

 でも世界が違うし別物かも。

 

「それって触れた箇所から毒が全身に回って体が動かなくなっていく上に、腐食毒に侵された部分が腐って真っ黒になるあれですか?」

「良く知っているわね。人間の大陸でも同じ毒をもつ生物がいるの?てっきりモラスティア大陸の固有種だと思っていたけど」


 水五の腐食毒と同じやつやん。

 ポーションで治るやつやん。

 手元にポーションないけど、どうしよう。そもそも僕が渡した薬を飲んでくれるのか。

 

「ルーヴィさん、少しご相談があるのですが……」


 情けは人の為ならず。

 あの毒で苦しんでいるのは可哀想で放っておけない。

 拾える命があり、救える手段があるのならそれを使う。

 転生を繰り返していればそれは馬鹿にならない。


 僕はその行いによって、自分の行いで少し世界がいい方向に回っているように思えて、少しだけ心が救われていたのだから。

 

 









 『カバーストーリ―:妹姫の教え』



「どうしてあなたは戦いばかりにかまけているのですか?」

「あん?化け物がそこら中にいるんだ、別に好きでやってるわけじゃねえよ」


 庭先で棒振りをしているとそんな声を掛けられた。

 この国を統べるお侍様の妹で、勝手に妹姫と呼んでいる女だ。

 全国の有力者から結婚の申し出があるほどの美姫らしいが、俺にはさかし気なガキくらいにしか思えない。


 お侍様の妹ということで良く顔を合わせるが、大体は周りの人間が俺に近付かせず話しかけられることは殆どなかったが、今日は周りに誰もいないようだ。

 姫に対して横柄かもしれないが、生憎と礼儀など払う気はない。

 情報は集まりやすいが、こんな場所いつ出て行ってもいいのだから。


「あなただって、ずっと化け物と戦っているわけでもないんですよね?」

「んなこと言っても、俺にはこれしかやることないしよっ」


 言うが早いか、手に持った棒を無造作に振り切る。

 俺の周囲に豪風が巻き起こり、妹姫は髪や衣をバタバタと揺らし風にあおられて腰を抜かした。

 

「きゃあっ」

「ちっ、また力が散るか……この程度じゃ駄目だな」


 お侍様の護衛として、戦で多くの命を奪ってから雑念が払えない。

 殺してきた人間の怨念が刃を鈍らせているかのようだ。


 どれだけ人殺しの化け物を殺そうが、俺が奪った命が戻ってくるわけじゃない。

 残心を解き、背を反らし振り返れば、座り込んだままムスッとした顔でこちらを見てくる妹姫がいた。

 

「…………」

「なんだよ」

「私、あなたに転ばされました」

「おお、そうか」

「ならば然るべき態度があるでしょう」

「俺が棒振りしてるときに近付いてくる方がどうかと思うんだが、……まあ、悪かったな」

「心の広い私はあなたを許しましょう」


 謝る気は全くなかったのだが、じっと見つめられ謝罪を口にしてしまった。

 妹姫は満足そうに頷き一人で立ち上がる。


「ただし、条件があります」

「狭いな心」

「あなたは戦い以外のやりたいことを見付けなさい」


 よく分からない要望に首を傾げる。

 特に不利益があるわけではない。ただ戸惑いが大きくどう返事をしていいのか言葉に窮した。


「必要ねえんだが……」

「必要か必要でないかで行うのではありません、心の赴くがままに行うのです」

「意味分かんねえよ」

 

 

 

 その場は高貴な姫の気まぐれだと一蹴したが、後々に渡ってあれこれとこちらに干渉してくるようになった。

 多分自分に対して横柄に接する俺が珍しかったのだろう。


 妹姫と接するうちに、少しずつ周りとの交流が増えた。

 怖がられつつも命を助けた兵士どもからお礼を言われて驚いた。

 お侍様も俺の雰囲気が柔らかくなったと笑っていた。

 誰かを救ってお礼を言われるなど、久しくなかったな。

 


 妹姫は気まぐれに城下に降りては、民草の困りごとを解決したりしていた。

 俺も暇なときは良く駆り出された。


 今日も人が集まらず、大量の荷物を運び出せずに困っていた町人の手伝いをしている。

 俺の百分の一も作業できていないが、妹姫は粗末な衣装に汗を光らせていた。

 そんな妹姫につられて人が集まり、手伝いが増えていく。妹姫に手を出そうとした不埒者もいたがぶっ飛ばしておいた。

 俺で良かったな、お侍様だったら即刻斬首だったぞ。


「何で高貴な姫さんがこんなことしてるのかね。他所の国にこんな姫、いねえよ」

「そうなんですか?何だか勿体ないですね」

「なんでだよ」

「城に籠っているだけで、何も出来ないなんて勿体ないです。こうやって誰かと触れ合って、沢山感謝されると自分がこの世界を良くしているんだって思えませんか?」

「でけぇ解釈だな……」

「いいんですよ、だって私がそう思えていればいいんですから」

「姫さんの趣味みたいなもんか」

「趣味ではありません、当たり前のことです」


 労働の汗でしっとりと濡れた黒髪。

 香る梅の花のような匂い。

 化粧っ気もなく、桜色に上気した白い肌。

 スッキリとした目鼻立ち、キラキラと無邪気な光を瞬かせる黒い瞳が覗いていた。

 

 なるほど、笑いかけた妹姫は、中々どうして美しかった。


「……確かに綺麗だ」

「どうしました?」

「ちょっとだけ、姫さんの真似をしてみようかと思っただけだよ。あんたみたいに呼吸するようには無理だがな」

「よく分かりませんが、ちゃんと手を動かしてくださいね?」

「……あんたの百倍以上働いてるぞ、俺」


 指先で妹姫の額を小突いてから、改めて作業を進める。

 背中に文句が飛んでくるが無視した。


 やりたいことかやっぱり分かんねえが、片手間の人助けでいい気分になれるのなら悪くねえかもな。 

 近頃は一つ前の人生すら碌に思い出せねえが、昔の俺はどうだったんだろうな。





「……っと、あぶねえ……まだ生きてたか、俺……」


 化け物の血肉で赤く染まった戦場で僅かな暇、何年か前の記憶が流れた。

 ほんの少し意識が飛んでいたようだ。

 視界の端、土煙の舞い上がる先には、山のような化け物のお代わりがやって来ている。

 特別な気配もない、数だけ多い取るに足らない化け物たち。

 雑魚の癖に、屍に飽き足らず生きた人間も積極的に狩り出したか。

 態々この場で処理するまでもない。いつもなら一旦引いて各個撃破するのが常套手段だ。


「お侍様たちは……ちゃんと逃げたのかねえ……はは、らしくねえな……」


 青白い息を吐きながら、独り言を漏らす。

 手にもつ刀がカタカタと震えていた。

 肉体の限界を迎え、疲労のあまり力が入らない。

 さっきも意識飛ばしてしまったし、とても戦える状態ではない。

 

 こいつらの進行方向の先には、お侍様とその兵たちがいる。

 どれだけ早く撤退しようとも、軍隊の動きは化け物よりずっと遅い。

 お侍様が逃げ延びたとしても、多くの人民を失った国の末路は、碌なものではないだろう。


 刀を無造作に振るい、僅かにこびり付いた血を払う。

 刀はしゅらりと澄んだ音を響かせた。

 風は全く起きない。


「順番は守らねえとな。俺が一番、あんたらは後だ。……長生きしろよ」


 人一人いない戦場で、言葉を残し、化け物に向かって駆ける。

 二振りの刀を閃かせ、満身創痍のまま奴らを滅ぼせと気炎を上げた。

 燃え残った全ての生命を惜しげもなく燃え上がらせ、肉体の枷を解き放ち一時の修羅となる。



 未来の俺、忘れんなよ。

 誰かの為に動いてみるのも、悪くない気分だぜ。



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