第3話 絶縁の箱庭と第一村人
頭から水を被せられ目を覚ます。
上半身は起き上がったが、立ち上がれない。
腕が後ろ手に縛られ、足枷がされていた。
服は下半身にジャージを穿いているのみで後は裸だ。
矢が刺さっていた右腕は布が巻かれて止血はされたようだが、それだけだ。
まだ毒が残っているのか頭がズキズキと痛み、熱と寒気がぐちゃぐちゃになって襲って来る。
視界はモノクロでおまけにグルグルと回っていた。
三半規管も機能してない。
「…………」
目の前には知らない男が立っているようだ。生憎男だろうというくらいの特徴しか分からない。
男は木の棒を持っており、それを振りかぶった。
左頬に衝撃、意識が一瞬飛び、星が舞い散る。
地面に倒れ込んだところに、今度は肩に棒を叩き下ろされる。
「ぐうぅ……」
「…………」
無言のまま殴打は繰り返された。
まるで肉を柔らかくするかのように手を、足を、背中を満遍なく叩いてくる。
最初の一撃以外、頭への攻撃はない。死に至るような殴られ方でもない。
「………」
時折男の口が動いているが、音が聞こえない。
ああ、無言じゃなくて音が聞こえなくなっていたのか。
また殴られる。
毒と痛みで意識が保てなくなり、気を失った。
刺すような痛みで目を覚ませば、夜になっていた。
目は辛うじて見えるし音も聞こえる。
毒が抜け始めたのだろうか。
全身痛くて体中熱い。致命的な怪我はしていないが体がほとんど動かせない。
あれから一体何度覚醒と気絶を繰り返したのだろう。
最後には水を掛けられても殴っても反応が無くなったからお開きになったようだ。
拷問なんて久しぶりだった。
過去戦争に巻き込まれたときは、拷問やそれ以上の酷い目に合って殺されていたから、木の棒で叩かれるだけなら耐えられないこともない。
ただ、水を織り交ぜられるのはトラウマが蘇るからやめてほしい。
水は最強の拷問器具だと思う。
周りを確認してみれば、どうやらここは野ざらしの牢屋のようだ。
よく見えないのは顔が腫れて左右の視界がほとんど潰れているからか。
剥き出しの地面に頑丈そうな木の杭が打ち込まれ、同じように太い木で格子状に枠が作られている。素手で脱出するのは難しいだろう。手は縛られたままだし、足枷もそのままだった。
離れた位置に家らしきものがあり、明かりや人の営みの気配もある。
『テンマ……応答なしか……』
テンマは近くにいないようだ。
きっと心配を掛けてしまっているだろう。
やることもなくジッと寝ころんだまま脱出方法がないか探るが、良いアイデアは思い浮かばない。
他に取れる道は交渉だけど、そもそも言葉が通じるのだろうか。
通じなかったら訳も分からないまま殺されそう。
暗い未来予想に懊悩としていたところ、人の足音が聞こえてきた。
そして小さな二つの影。
「………」
「………」
牢屋の外から無言で見られている。何となくしか分からないけど。
「……これ、あげる」
女の子の声か、声変わりのしていない男の子の声か。
幼いのは確かだけど、性別は判断できない。
子どもの手には赤い果物がのっていた。どうやら食べ物をくれるようだ。
でも辺りをキョロキョロと見回して挙動不審というか、隠れて持ってきたという様子だ。
とりあえずステータス閲覧を使ってみる。
『ニアの宝珠(未加工)
モラスティア大陸の固有種(果実)。
万能の果実と言われる希少種。
食せば傷病を癒し、体を万全の状態に整える→
反面、毒性が強く生で食せば三日三晩、癒しと毒による相互作用で苦しみ抜いた末に、壮絶な死を迎える。
熟練の薬師が加工すれば毒を抜くことが出来る』
……この子たちの方が僕を殴った男の百倍恐ろしい。
僕は体を二人に向けて話かけた。
「君たちは大人に何も言ってないんだよね。大人に怒られちゃうから、それは持って帰りな。気持ちだけで十分だ。有難うね」
「……本当にいいの?」
「これを食べれば楽になれるよ?」
二人の困惑が伝わってくる。
そりゃ、三日間苦しみ抜いた末に楽になるだろうけど、流石に勘弁。
「いいさ。見つからないうちに帰りなさい。僕は口が堅いから黙っていてあげる」
二人は迷いつつも頷き去っていった。
危機は去った。手足縛られてるから無理矢理食べさせられたら本当に終わっていた。
幼いし善意からの行動なんだとは思うけど。
あ、そういえば言葉通じてたな。
日本語にしか聞こえなかったけど、試練では自動翻訳でも働いているか?
次の日の朝は、駆け付け一杯とばかりに水をぶっかけられて起床した。
全身痛かったから眠れずに起きていたから水を掛ける必要は無いのだが。
目の前には棒を持った男がいた。
「何かしゃべる気になったか?」
「ごほっ……何かしゃべるも何も、今初めて質問されたんだけど」
「お前……やはり言葉を話せたのか。何故昨日は話さなかった」
男の怒気を感じるが、構わず話す。
「矢の毒で耳が聞こえなくなっていたし、目もほとんど見えていなかったから答えようがない。目は別の意味で今日もほとんど見えていないけどね」
「……嘘はないようだな。では何故森にいた。森で何をしていた」
「上位観測者の試練でこの土地に転移した。その試練を突破するには拠点を探してそこから元の地に帰還しろと説明された。もし帰還できなかったら試練失敗で僕は死ぬ。以上だ」
「……これも嘘ではない、だと。……どういうことだ。お前は何者だっ」
「僕が何者であるか一応説明は出来る。あなたが納得するか分からないけど」
男は押し黙り、後ろを向いてこの場を離れた。
事態は好転したのだろうか、暗転したのだろうか。分からない。
男が二人の子どもを連れて戻ってきた。
いや、少し離れて結構な数の人間がいる。
目の前の子どもはどことなく、昨日の子どもと同じ雰囲気がある。同一人物だろうか。
「試してみてくれるか」
「うん」
「わかった」
二人が頷き、こちらに歩み寄り目を瞑った。
沈黙が流れ、一体何をしているか僕には分からない。
何となくだが僕の内側を撫でるような奇妙な感覚がある。
経験上、この手のものは気力を練り上げ、外へと放出すれば弾き返せそうだけど、黙って受け入れた。
しばし待っていれば、パタパタと水の落ちる音が聞こえてくる。
雨が降り始めたのかと思ったが、僕の前からしか音はしない。
二人の子どもが泣いている?
「とても大きな愛を持っていた人」
「愛することを忘れた人」
二人の子どもが口を開く。こちらに手を伸ばしながら。
「とても大きな悲しみを持っていた人」
「悲しむことを忘れた人」
二人の子ども牢屋の中に腕を入れ、溺れる者がわらを掴もうとするかのように必死に伸ばす。
まるで不条理によって奪われた子どもを取り返そうとする母のように。
「愛を求めない人」
「悲しみを拭い去る人」
「全てを忘れても、思いを忘れない人」
「思い以外、何も残らなかった人」
「純白の心を持つ人」
「誠実な人」
「優しい人」
「傷付いた人」
「傷付くことに慣れた人」
「他人の傷が分かる人」
「自分の傷が分からなくなった人」
「死を恐れない人」
「死に慣れ過ぎてしまった人」
「…………」
「…………」
二人の子どもの言葉が止まったところで、辺りがシンと静まり返る。
一番初めに静止から復活した男が、はっとしたように二人を牢屋から引き離した。
男も、周りも人達もざわついている。
僕は置いてきぼり。
よく分からないまま男から手足の拘束を外され、知らない人から治療された。
どぎつい臭いの塗り薬を全身に塗りたくられて、全身しみてまた拷問が始まったかと思った。
柔らかい藁の上にシーツを被せたベッドに寝かされて漸く人心地つく。
助かったと考えていいのだろうか。
あの二人の子どもは意外と地位の高い人で、発言権があったのかもしれない。
牢屋での果物のやり取りは考えても分からないけど。
次の日の朝。
未だ続く体の痛みで十分には眠れなかったが、少しだけ休むことが出来た。
何より水を掛けられないことが素晴らしい。やっと人間らしい生活が戻ってきたように感じる。
全身布巻かれて目も見えないし、薬の臭いで鼻も利かないし、手足は回復モードに入っていてピクリとも動かせないけど。
布の隙間から目を動かせば、数日ぶりの顔がそこにはあった。
『……テンマ?』
『あ、ある、あるじさまっ……』
ポロポロと涙を零して顔をくしゃくしゃにしているテンマが首元に立っていた。
ああ、またテンマが泣いている。また泣かせてしまっている。僕は一体どうしてこうも情けないのだろうか。
『おかえり、テンマ……ごめんね。勝手にこんなところまで来ちゃって。探すのが大変だっただろ?』
『あっ……あっあああああ!!!』
『よしよし、大丈夫だよ。ちゃんと生きてるから。今のテンマは知らないだろうけど、僕は前回この怪我より酷い怪我をしたこともあったんだから、そこまで悲しまなくていいよ』
首元に縋り付くテンマを撫でることも出来ず、ただただ彼女の悲しみの声を受け止めるしかできない。
テンマと楽しい冒険が出来たらよかったのに、最悪のスタートを切ってしまった。
『テンマ 女 0歳
関係:隷属 感情:悔恨 状態:健康 精神:増悪
技能:索敵LV7 罠探知LV1 看破LV9 暗視LV6 非観測存在 超成長
称号:なし
神使によって作られた魂無き造物。魂は無くとも敵対者への憎しみによってその萌芽を宿す→
感情によって成長する特性を持ち、無垢な心は移ろいやすい→』
………え、なにこれ?




