第4話 幼馴染と他人の事
午前中の授業が終わり、楽しいお弁当と憂鬱なお昼休みがやってきた。
午前中は休み時間の度に教室に僕を見物しに来る人たちがやってきてうんざりした。
ただ怪我の功名か、朝に話していた女の子たちが常に僕に話しかけてきていたので、あちらから接触してくることはなかった。
もしかしてワザとだろうか。
だとしたら凄くいい子たちである。飴ちゃんあげちゃう。
「青野君~、わたしたちと一緒にお昼どぉ~?」
今もこうして件の三人がご飯を誘ってきてくれている。
女の子からご飯の誘いなど感動ものである。
「ごめん、先約があって……出来れば一緒に食べたいけど」
「いやいや、全然気にしなくていいよ!急に誘ったの私たちだしっ」
沈痛な面持ちで断れば慌ててブンブンと手を振られる。
「でも青野君って、いつも一人だったよね。今日は誰と約束してるの?」
「あーそれは……」
言い辛そうにしていたら、教室の後ろの扉が開いた。
「信也、迎えに来たわよ。失礼するわね」
ズンズンと教室に入ってきて、僕の目の前に立つ花音姉さん。
教室の中までは来ないでほしかった、というか早すぎだよ。
僕から姉さんの教室の方に移動しようと思っていたのに、まだ授業が終わって一分も経ってない。
空気が変わるとはこのことで、男子も女子も姉さんに視線を奪われていた。
客観的に見てもとんでもなく美人だし、雰囲気というかオーラがあるからね。
「花音、いくら何でも信也君の迷惑になるから廊下で待ちましょうって言ったのに……」
廊下にはこちらを申し訳なさそうな顔で覗く有紗さんがいた。
当然その超絶美人さんも教室から見えるわけで、男子は見惚れて女子は恐れ慄いた。
二人はうちの学校の二大美女とか言われてそう。
「どどど、どうしてここに花音先輩がっ!?有紗先輩もっ!」
「本物だ……めっちゃ美人」
「ほわぁ~~」
逆に偽物いるのかな?
そういえば小中高の一貫校だから、姉さんたちを知っていても不思議ではない。
「何、この子たち。信也の知り合い?」
「クラスメイトだよ。少し話をしていたんだ」
「……そう。悪いけど、信也は借りていくわね。約束していたから」
「ごめんなさいね。花音が強引で」
そして僕は姉さんに腕を取られてドナドナされた。
事情を知らない人たちはポカンとしている。
もしかして僕と姉さんの関係を知らないのかもしれない。
僕は姉妹と違い、この学校は高校からの途中編入組だ。
姉妹全員が同じ学校なのに弟だけ違う学校だなんて思わないだろう。心理的トリックという奴だ。
そこまで考えて、登下校中誰もが見惚れる女の子たちに囲まれた僕の存在が今まで一体どう見えていたのか思い至り、少し薄ら寒くなった。
案内されたのは、学校の敷地内で唯一小中高の生徒が共有できる中庭で、既に中学生組の4人がシートを広げて待っていた。
僕も適当な位置に座り、お弁当を広げる。
「何も聞かずに来たけど、これ何の集まり?」
「何もないわよ。強いて言うなら信也が休めるように、こうして身内だけで集まっただけ」
なるほど、休み時間はここぞとばかりに交流を持とうと押しかけてくる可能性があったからか。
女の子たちがいて助かってはいたけど、あの子たちにとっても僕は興味の対象だし、休めるかと言われれば、見世物にされるよりはマシというのが本音だ。
嬉しいは嬉しいけど、家族でなければ自然体で10代の女の子と話せるほど僕のレベルは高くない。爺さんの調子でいいなら可。
「姉さんも、みんなも有難う。色々と気を使わせてるみたいで申し訳ないけど、本当に有難いよ。思ったよりは学校の雰囲気は大丈夫なんだけど、勝手が変わって疲れるのは本当だから」
みんなはホッとしたようでそれぞれお弁当を広げて食事を始める。
僕は食事を始める前に、こちらをチラチラと窺っている夕希ちゃんには先に誤解を解くことにした。
「夕希ちゃん、今朝の事なんだけど」
「先輩、私、あんなこと言うつもりなくて……」
空気が重くなり、箸が止まる。
いや、皆そんなに露骨に反応しないでお弁当食べててほしい。
「あ、いや、夕希ちゃんの言ったことは別に何とも思ってないよ。そうじゃなくてその後の僕の態度の話」
「ふえ?」
「あれ、演技なんだ」
「えんぎ……えんぎって、お芝居の演技ですか?」
「そう、その演技。丁度塚本のおじさんと有紗さんが夕希ちゃんのこと揶揄ってたから僕も乗らないとって思って全力で落ち込んでる演技したんだ」
「え、あれはどうみ……」
「あら、信也君は演技がお上手なのね」
有紗さんが夕希ちゃんの発言を遮るように言葉を漏らす。
「お兄ちゃんは料理も上手ですよ」
「ステーキ美味しかった」
「コクコク」
「そうね。意外な特技というか、本当はこっそり練習してたんじゃないの?」
「イメージトレーニングだよ。ちなみに演技もイメージトレーニングで練習した成果だよ」
有紗さんに続くようにみんなしっかり乗ってきてくれた。ちょっと重くなりそうだった空気が和む。
よかった、思ったより簡単に誤解は解けたようだ。
夕希ちゃんも目を白黒させていたが、皆の様子を見て何かを察したようで、口を尖らせ不満そうな顔をした。
「もおぉ~人が悪いですよ、先輩!私本当にビックリしたんですから。いつもと雰囲気が違うし」
「ごめんごめん。一度スイッチを入れると元に戻るまで時間が掛かっちゃうんだ。これからは気を付ける。事前に演技します!って宣言してから演技するから」
「ふん、意地悪な先輩なんて知りません!演技だったら慰めたりしませんから」
夕希ちゃんはツンとそっぽを向いてしまい、僕たちは笑いつつ、和やかに食事を終えた。
聞き役に回って、学校での様子を聞くのは存外楽しかった。
僕はみんなより先に別れて教室に戻った。
去り際に振り返ったとき、硬い顔を見合わせていた皆のことが気になったが、校内でさらされる視線の多さに辟易として、疑問は頭から消え去っていた。
何事もなく放課後になって、有紗さんが欠けているが朝の輪形陣を再び組んで帰宅する。
これが毎日続くと思うと泣きたくなってくる。
僕の所為で彼女たちの自由な時間を奪ってしまっているのではないだろうかと。
帰宅した後は、ジャージに着替えて軽くニット帽やサングラスを付けてランニングに出かけた。
まるで有名人にでもなったかのようではないか。
一般道ではスピードに緩急をつけて走り、河原まで来たら後ろ走りや横走り、ダッシュを決められた回数、何本も走って全身汗だくになりながら限界まで体を動かす。
武術関係も鍛錬を行いたいが、場所もないのでそれは父さんと相談だ。
武器を使った実戦形式の道場があれば一番いいけど難しいだろう。
武器を振るうことが出来るだけでもいいから早めに見つけたい。
鍛錬を終え、体を引きずるようにして帰りつけば、丁度部活帰りの有紗さんがいた。
確か弓道部だったか。
「こんばんは有紗さん」
「ああ、信也君なのね。その格好だと気付かなかったわ」
でしょうね。僕もお近づきになりたくない格好だ。
「……随分と汗だくのようだけど、トレーニングでもしていたの?」
「はい、次の試練までに鍛えられる部分は鍛えようと思いまして。努力が足りなくて命を落とすなんて、家族に申し訳が立たないですから」
「信也君の命は信也君のものでしょう。あなたの気持ちが分からないわけではないけど、努力は自分のために行うべきじゃないかしら」
あれ、怒ってる?有紗さんの雰囲気が硬くなった。
「その通りなんですけど、僕は……」
何といえばいいのか、僕の命の価値感は有紗さんとは徹底的に違う。
ただその価値観を説明できる言葉を僕は考えてこなかった。
「自分の行いで誰かが幸せだったらそれでいいかなって思うんです。自分より他人、他人より友人、友人より家族、家族より……まだ見つかりませんけど、自分がこの世で一番愛せる人。自己満足でしかありませんけど、何だか僕でも誰かにとっての必要な人間のような気がして」
「……」
怖いんだけど。
無言で見詰められている。
地雷が分からない。
どこが彼女の琴線に触れたのだろうか。
女の子の機微を誰か教えて。
「あーすいません、随分とクサイことを言いました。忘れてください。別に自分を蔑ろにしているわけじゃないんです。僕は自分の出来る範囲で努力したい、それが誰かのためになることだったら嬉しい、そのくらいの軽い気持ちですから。本当に」
「私は、昔からあなたのことは人形みたいな子だと思っていたわ」
突然なんじゃろ。
まあ、前世が戻る前の僕は善行をオートで行う人形みたいなものだっただろうけど、本当に人形みたいだったわけじゃない。感情があり、喜びや悲しみがあった。
それこそ今の僕なんかよりずっと。
「困っている人がいれば放っておかない。助けることは当たり前。誰に何を言われても笑っていて、悪感情を抱かない。傷付かない鋼の人形」
「最近は、少し違うわね。誰かを助けることは変わらない。いえ、命を懸ける分、質が悪くなった。そして、あなたの感情が私にも見えるようになった」
有紗さんが僕の方に近付き、手を伸ばそうとしたが、それは触れられることなく下ろされ、スカートを握り皺を作るに留まった。
「傷付かない人なんて、いないわよね。私が、私が人の心が分からなかっただけ。あなたは傷付いていたのに、心配させたくないから笑顔の仮面で覆い隠していただけ」
怒っているわけではなく、泣きそうになっている有紗さん。
そして話についていけない僕。
誰でもいいから助けて。家に駆けこんで姉妹の誰かに助けを求めたい。
「有紗さん、思い違いです。僕は普通の人間ですから勿論傷つきます。そこは合っています。ただ別に心配させたくないから隠していたわけじゃなくて、今までは本当に気にしてなかっただけです」
だって記憶にあっても既にそれは記録でしかない。
まったく感情を伴うものではない。
「そんなこと……あれだけのことがあったのに。あの時だって信也君は許していたけど、私本当は……」
記憶の僕に一体どんなことがあったんだ。
流石にこのタイミングで思い出そうとは出来ない。
そもそも取っ掛かりがないとうまく思い出せないのだが。
「最近色々なことがあって、僕はやっと感情が表に出てきただけで、有紗さんが鈍いわけじゃありません。それは絶対です」
「…………」
「納得していただけましたでしょうか?」
痛い沈黙が続くが、有紗さんは何も答えてくれなかった。
深々と積もって肌寒くなるような沈黙の中、僕の視界の隅の家の扉が開いて、住人が顔を出す。
「お姉ちゃん、表でどうしたの……あれ、先輩?」
いやっふー!夕希ちゃん来た!これで解放される。
クタクタなのによく分からない展開になって倒れそうだったのだよ。
「夕希ちゃん、こんばんは。ちょうど有紗さんに玄関先で会ったからお話ししてたんだ」
「そうなんですか?」
僕と有紗さんを怪訝そうに見渡す夕希ちゃん。
分かる、分かるよ、夕希ちゃん。
別れ話の修羅場みたいな空気だもんね。でも僕にも原因が分からないから後でお姉ちゃんに聞いてね。
「有紗さんも部活帰りでしょう、今日はここまでにしませんか?」
「……そうね。ごめんなさい、疲れているのに私の長話に付き合わせてしまって」
「いえいえ、それでは失礼します。夕希ちゃんもお休み」
「は、はい、お休みなさい、先輩」
本当にありがとう。よく分からない展開から脱出できた。
お風呂に入って母さんのご飯を食べる頃にはもう先ほどのことは気にしなくなり、特訓疲れも相まってその日はぐっすりと眠れた。
美味しいご飯と、暖かい寝床があれば僕は幸せだ。




