第1話 夢と見知らぬ家族
気付けば白い地面に立ち、黒い空を見上げていた。
光源はないのに全てを見渡せる奇妙な場所。
確か先ほどまで老いによってベッドに横たわり、体はまともに動かず、頭も回らなくなっていたはずだった。
死を待つ以外、何もできないほど弱っていたのに、今の「俺」は気分爽快で頭も体も不調がない。
目の前にはいつか見た小学校の頃に使っていた机と椅子が置かれていて、机には自由帳が一冊と万年筆が一本乗っている。
自由帳の一ページ目にはこう記されていた。
『 あなたは契約を全うしました。
契約に従いあなたの願いを叶えます。
願いをここに記してください。 』
説明は以上だった。
他にはない。
俺が天国に行くことはない。
だけど、ここは地獄にしては穏やかだった。
……これは明晰夢と呼ばれるものだろう。
我ながら俗っぽい夢だ。
どうせ俗なら、それこそ僕の人生で体験したことがないような、いや体験したかったが諦めたことを書くべきだな。
どうせ夢なんだ。
万年筆を手に取ると、胸の中から形の無い曖昧だった思いが次々と文章になって現れてくる。
書き始めはこんな感じだろうか。
『一人の女性と出会う。彼女は運命の人であり、生涯を共に歩む伴侶である』
そこからは自由帳に好き勝手に彼女に対する設定やそこから出会いや交流を、人生を書き連ねていった。
最終的には自由帳の最後のページまで書き切っていた。
妄想とはいえここまで思いつくとは驚きだ。
というより書いているうちに物語の人物の設定資料みたいになった。
現実なら恥ずかしくなりそうだがこれは夢だ。
そういえば自分については殆ど書いていなかった。
折角だから最後のページに書いておこう。
要望があるとすれば精々自分の今の肉体と記憶でありたいというだけだ。
格好いい顔に生まれたいとか、万人に好かれたいなんて願望はない。
一番長く生きることが出来た今の生の顔には思い入れはあるし、思いの根源である経験も忘れたくない。
態々苦労をしたくないので、裕福で幸福そうな家庭がいいな。
ついでに15歳から人生楽しみたいのでそれまで記憶は封印で。幼過ぎると自由が利かないからな。
『肉体と記憶は前世のまま、裕福で幸福な家庭の子どもとなる。前世の記憶は15歳になるまで思い出すことはない。記憶が戻るまでは前世の自分と同じ思考によって行動すること。他人に対しての善意と道徳を遵守すること』
ノートを閉じ、すっきりとした気持ちで万年筆を机の上に置けば、意識が希薄になり、解けるように体が消えていく。夢の目覚めだろうか。
また夢から覚めれば不自由になると思うと憂鬱だが、仕方がない。
いや、今度こそ本当に地獄かもしれないな。
意識は、ゆっくりと闇の中に落ちた。
「「お兄ちゃん起きて」」
眠りから覚めてみれば、全く同じ顔の中学生くらいの少女が二人、「僕」を見下ろしていた。
知らない顔だ。
双子だろうか、どちらもまだ幼いながら恐ろしく整っている。
目がパッチリ覚めた。
「どちら様?」
「寝ぼけてる?」
「起きないと」
「「顔を洗って朝ごはん食べよう」」
どうやら僕はまだ夢の中らしい。
孫かひ孫ほど年の離れた少女たちに起こされる夢だ。
記憶にない女の子だが、何処かで会ったことがあったのだろうか。
見知らぬ少女たちに促され、ぼんやりとしたまま顔を洗いに行く。
家の内部も初めて見るはずなのに何故か内部構造は覚えていた。
というより勝手に体が進んでいく。
夢だから都合が良いのだろうか?
鏡を見てみれば昔の姿の僕がそこにいた。
何とか面影が分かるほど昔の、幼い頃の僕の顔が驚いた表情で見詰めている。
『青野信也 男 15歳
状態:人**レ*ス*(終了まで0日5時6分45秒) 精神:**
技能:****閲覧LV1 固有**改*LV1
称号: **
***もある*生を経験*た**の**→』
胸の内側から目の方に、じんわりと熱が伝わって来たと思ったら何か出ていた。
青い半透明の板が鏡の中、僕の顔の横に出現している。
ほとんど文字化けして文章は読めない。
首をひねりつつ、夢だから何でもありかと思い直し食卓に向かった。
食卓には20代に見える男女、高校生くらいの少女、小学生くらいの少女、先ほどの中学生くらいの双子の少女たちがいた。全員嘘みたいな美形である。
「「「いただきます」」」
みんな揃ったところで合掌してから食べ始める。
朝食は和食で、味噌汁も卵焼きも焼き魚も凄くおいしい。
手間がかかっていることが分かる。
久しぶりにこんなに味のする手の込んだ手料理を食べた。
年を取ってからは若い時ほど味が感じられず、消化器官が弱ってからは食べられるものだけを食べてきた。
これが夢であるならば、ここで覚めても何の後悔もない。
とても幸せな夢だった。
並んでいた朝食を綺麗に平らげ食器を片付ける。
「本当においしかった。ご馳走様でした」
食事を作ってくれたであろう女性に伝えれば、彼女は少し目を見開き、直ぐに微笑んで「どういたしまして」と返してくれた。
この女性、間近で見ても凄い美人である。
腰まである艶やかな黒髪に黒真珠のような瞳。滑らかな象牙色の肌にはシミひとつない。
全体的に細身だが、女性らしいメリハリのある体つきをしている。
『青野紀子 女 35歳
関係:母親 感情:親愛 状態:健康 精神:幸福
技能:料理LV6 家事LV6 良妻賢母
称号:なし
五児の母。母性の強い女性→』
また出た。
今度は女性の顔の横に半透明の板が出てきた。
「ちゃんと片付けられて偉いわね」
「いや、中学三年生にその褒め方はどうなの」
「うちは褒めて伸ばす方針だからいいのよ。それに今日から高校生でしょ」
男性が僕と同じく食器を片付けに来る。
男性は長身痩躯で足が長い。どこに出しても恥ずかしくないイケメンだ。
自然な金髪で瞳も青いが、顔のつくりは日本人に近い。ハーフかクォーターだろうか。
『青野敏夫 男 37歳
関係:父親 感情:無関心 状態:健康 精神:平静
技能:思考LV1 頑強LV1 家事LV1
称号:なし
五児の父。職場でも家族のことをよく話している→』
多分この板の出る条件は分かった。
相手のことを見詰めながら知りたいと思うと出るようだ。
「お兄ちゃん、早く準備しないと待ち合わせに遅れるよ」
「夕希ちゃんたちも待ってる」
双子の二人が僕の服を摘まんで引っ張る。
「分かった、直ぐに準備するよ」
僕は頷いて部屋に戻り茶色のブレザーの制服を着て鞄を持った。
「行ってきます」と推定父と推定母に挨拶してから玄関を出る。
というかさっきから僕の意思と関係なく喋ったり行動したりしているな。偶に驚いたりとかしたら僕の意思で動けるけど。
夢だから何でもありだろうが、まるで誰かの中に入って日常を眺めているかのようだ。
玄関を出ればそこには6人の少女が道路の隅に集まっていた。
まずは容姿に言及していなかったが双子の少女。僕をお兄ちゃんと呼んでいることから妹だろう。
黒髪で前髪ぱっつんのツーサイドアップ。片や青いリボン、片や赤いリボンを結んでいる。身長は低めだが既に成熟した女性よりスタイルがいい。
トランジスタグラマーという奴だろう。
幼い容姿も相まって妙に視線を惹きつけられるというか、危うい魅力を放っている。
変質者とか引き寄せそうな感じである。
『青野春香 女 13歳
関係:妹 感情:親愛 状態:健康 精神:幸福
技能:魅了LV3 社交LV3 異身伝心
称号:なし
双子の姉。小物は青を基調としたものを身に着け見分けを付けられるようにしている→』
『青野萌香 女 13歳
関係:妹 感情:親愛 状態:健康 精神:幸福
技能:魅了LV3 社交LV3 異身伝心
称号:なし
双子の妹。小物は赤を基調としたものを身に着け見分けを付けられるようにしている→』
容姿は全く同じで顔だけでは見分けがつかないはずだが、半透明の板を見ることもなく、小物で見分けることなく、はっきりが識別できる。家族補正だろうか?
そして3人目は先ほどの食卓にもいた小学生くらいの少女。
双子と同じ制服を着ていることから、中学生のようだ。
ボンヤリというかホンワリした表情で、絵本から妖精が飛び出してきたかのような幻想的な容姿をしている。
僕の首のあたりまでの身長、アッシュブロンドの長い髪に深い色の碧眼、バラ色に色付いた白い頬。
玄関から出てきた僕の手を握り、隣を確保してこちらを見上げてきている。お手々ちっちゃいね。
この子、先の双子より遥かに危ういオーラがあるなあ。
『青野莉々 女 12歳
関係:妹 感情:盲愛 状態:健康 精神:緊張
技能:魅了LV9 依存 小心 心身不適合
称号:なし
末っ子の妹。コミュニケーション能力が皆無。家族であろうと喋れない→』
「ほら、ネクタイが曲がっているわよ」
そう言いつつ、微笑みながら僕のネクタイを締め直してくれる少女は、母と非常に良く似た容姿をしている。僕の姉に当たる人物のようだ。
違いがあるとすれば髪の長さが首元くらいなことと、足がすらりと長いスレンダーな体型であることだろうか。
『青野花音 女 17歳
関係:姉 感情:情愛 状態:健康 精神:幸福
技能:カリスマLV3 社交LV5
称号:なし
しっかり者の長女。コミュニケーション能力が高く、年上年下問わず慕われている→』
「おはようございます!今日もいい天気で私も元気です!!」
「おはよう、花音、信也君。今日も姉弟仲が良いわね」
「普通よ、ふ・つ・う」
どことなく得意げな姉を横目に残りの二人を観察した。こちらは初対面だ。
元気な挨拶をした少女は銀髪でフワフワした柔らかい髪をした少女でやっぱり美形だ。可愛いに極振りした容姿をしている。
『塚本夕希 女 14歳
関係:幼馴染 感情:恋愛 状態:健康 精神:幸福
技能:料理LV3
称号:なし
元気な年下の幼馴染。周りからはマスコット扱いされている→』
僕と姉を眺めつつ微笑ましそうな顔をした女性は、対照的で綺麗に極振りだ。
少しウエーブの掛かった柔らかそうな銀髪に、エメラルドの切れ長の瞳。
美人過ぎて冷たい印象を受けるが、僕たちを見詰める瞳には暖かみがあるように思える。
『塚本有紗 女 16歳
関係:幼馴染 感情:親愛 状態:健康 精神:幸福
技能:武術LV4 近接格闘LV2
称号:なし
穏やかな年上の幼馴染。身内に対して情が深く、それ以外に興味がない→』
例のごとく名前からパーソナルデータまで、しっかり半透明の板で見えている。
6人がそろってからゾロゾロと通学を始める。
歩きながら周りを観察してみれば、やはりというか当たり前というか、この集団は目立っていた。
すれ違う人たちは僕の知る一般的な容姿だし、こちらを見惚れている人たちが多数いた。
ちなみに僕は全然認識されておらず視線を感じない。
霞んで消えるくらいのフツメンですね。分かります。
「花音は嬉しそうね」
「別にそんなことないわ。普段通りよ」
足取り軽く鼻歌でも歌いだしそうな花音姉さんに有紗さんが質問する。
「今年から信也君と同じ学校に通えて嬉しいんでしょ?」
「まさかっ、嬉しいわけないじゃない。……面倒ごとが増えるのは目に見えているし」
花音姉さんはうんざりといった具合に答えていた。
有紗さんも「確かにね」と同意していることから、何かあるのだろう。
生憎僕には分かりようはない。
そもそもいつ覚めるんだ、この夢。
そんなこんなで会話に花を咲かせつつ僕たちは学校へと歩いて行った。
『カバーストーリー:魂を司る■との契約』
白の大地と黒の空。
ここは結んだ契約を成就したものが招かれる場所。
魂を司る盟約が完結される場所。
約束は果たされた。
汝の偉業、我ら三柱が確かに見届けた。
■に望まれ生まれし人の子よ。
最古の英傑よ。
バカ息子よ。
望みを叶えよう。
果たされた偉業の分だけ、過不足なく対価を汲み取ろう。
願いは変わるもの。
真に望むのならもう一度願えばいい。
さすれば全てを汲み取ろう。
お前の本当の願いを叶えよう。




