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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 混迷の大陸 黎明
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第5話 信頼と止まり木



 一人夜の公園に黄昏ていた次の日。

 日原家には心配されたが変わりなく登校した。

 今日も一郎さんが送ってくれて非常に申し訳がない。


 車を降り、昨日と同じ視線に晒されながら教室に向かう。

 教室にはマーレがいた。瀬尾さんたちもいる。

 他の生徒はまだ登校していないようだ。

 

「おはよう瀬尾さん、マーレ。今日は早いね」


 驚いている彼女たちの脇を通り過ぎて机に荷物を置いた。

 漸く僕の存在を認知して再起動したマーレは僕の目の前に立ち、ジッとこちらを見て来る。

 

「あお……」

「元気そうでよかったわ……。少し時間を貰えないかしら?」


 頷くと手を掴まれて、教室から離れた廊下まで連れ出された。

 瀬尾さんが何か言いかけたように見えたが気のせいだろうか。


 廊下で壁際に立たされて、両手を耳の横にドンと突き出される。

 いわゆる壁ドンだ。僕がされる方。

 身長が殆ど変わらないので、至近距離で向かい合う形になってしまっている。


「……あれから色々考えたの。信也の言葉の意味とか、あの時の雰囲気とか。本当はあの後直ぐに会いに行ったけど、あなたは出掛けていたし、次の日以降も面会をシャットアウトしていたし、スマホは繋がらないし、もうこの世界のどこにも居なくなったんじゃないかって、取り返しがつかないことになっているんじゃないかって心配して……」


「ごめん、色々あって。言い訳にしか聞こえないだろうけど」


 マーレの壁に押し付けられていた手が下がり、僕の肩を掴む。

 額を胸に押し付けられ、彼女の表情は見えない。


「謝らなくていいわ。謝るのは私の方……」


「私は信也のことちゃんと見えてなかったの。迷宮を走破して、天竜を倒して、世界を救って、どんどんと大きくなっていくあなたを」

「……僕は大した人間じゃないよ」

「うん。信也の言葉の意味、今なら分かる。ようやく分かったわ」


 顔を上げたその顔には憂いもないし同情もない。

 ましてや英雄や救世主を讃えるものでもない。

 僕のことを一人の人として、ただの男の子として見ている。

 瞳の中には僕の顔が映っている。

 

「あなたにとっては、当たり前のことをしているのよね。誰かを助けることも、その結果戦うことも、あなたの中では当然のことなのね」

「そうだよ。助けたいから助ける。不幸になってほしくないから戦う」

「だからみんな信也のことを誤解するのよ。あなたが成してきたことは、とっても難しい事なんだから、少しは自覚してほしいわ」


 困ったように微笑むかを見て、胸の中に淀んでいたものがスッと流れ出た。

 これは疑問の答えだろう。

 僕は多分、ずっと葛藤していたんだと思う。

 ただ一人、誰にも顧みられず化け物を倒し生きてきた自分の生が終わり、試練を受けて万人に認められるようになって。

 誰も彼もから特別な目をされることに、疑問と困惑を抱き続けて。


「僕は人なのかな……それとも、人ための英雄なのかな……」


 その答えを彼女に聞いた。

 ずっと僕を英雄だと言い続けた彼女に。


「あなたは、人よ。誰かの為の英雄なんかじゃない。だから行きたい場所に、戦いたいものの為に戦っていい。それがきっと正しいって私は信じてる。ずっと信じ続けるわ」


 特別になりたかったわけじゃない。対価も求めてはいない。

 助けたかった人を、守りたいものがあったから、行動してきただけだったんだ。

 見返りも求めていない。


 マーレは僕の体をそっと抱きしめ、幼子をあやすように頭を撫でてくれた。

 溶けるような暖かさには、今までに感じなかった純粋な信頼があった。

 僕も彼女も、何もフィルターの無い状態で分かり合えたのだと思う。

 政府や試練資格者なんて関係なく、ただの世話焼きで心配性の女の子と、無鉄砲で世話のかかる男の子として。


「有難う、マーレ。僕のことを信じてくれて」


 抱擁を解いて、彼女に笑いかけた。

 マーレはちょっと虚を突かれたように止まり、頬に薔薇色の赤に染めながら微笑み返してくれた。


 「どういたしまして、私の……大切なあなた」




 さて、廊下でこんなやり取りをしていれば、当然第三者にバッチリ見られていたわけで。

 要は無茶苦茶恥ずかしいのである。

 顔を赤くして恥ずかしがる僕を、マーレは揶揄うことなく慈愛の籠った目で見て来るから余計ダメージが蓄積する。


 最初から最後まで目撃していたであろう瀬尾さんたちは、いつの間にか教室から居なくなっていた。ワンチャン見られてなかったかもしれない。

 空気を読んで退散していてくれたのだとしたら有難い。さす孫。

 

 マーレは僕の箱庭行きについて、フランスとの交渉の手伝いを了承してくれた。

 これからは世界の不利益だろうが、フランスの不利益になろうが、自分の評価が地に落ちようが、全面的に協力してくれるという。

 いや、そこまでしてほしいとは思っていない。

 リップサービスみたいなものと思っておこう。

 僕の方で気を遣えば済む話だ。



 教室に戻ろうとしたとき、マーレはその場に立ち止まって、何かを探すように辺りを見渡していた。


「……少し感覚が変?技能が何か変わったのかしら……」


 マーレは半透明の板を開いてステータスを確認していた。

 僕にもその内容が見えてしまった。


『試練資格FRA_No.00112

 メリクール・マーレ 女 16歳

 技能:棒術LV1 頑強LV2 思考LV1 気配察知LV7 索敵LV1 暗視LV1 看破LV5 罠探知LV1 空間把握 天網恢恢 感覚技能制限解除

 称号:胡蝶の止まり木

 生命:10/10

 精神:10/10

 装備:ウンディーネクロス

 保有アイテム:なし

 リソース:0P』


「な、ナニコレ、知れない技能がいっぱい増えてる……」

「……本当だね。ちなみにどれが新しいの?」

「棒術、思考、索敵、暗視、罠探知、天網恢恢、感覚技能制限解除は無かったわ……」

「凄い増えたね。琴羽も持ってるけど、技能制限解除はLV9より技能LVを上げるためには必須のものみたい」

「どうしてこんな……あっ」


 マーレが横で覗き込んでいた僕の顔をボーっと見詰めてきたと思えば、直ぐに我に返った。

 何やら慌てた様子で僕の背中を押して教室に放り込まれた。

 本人は走り去って行き、何が何だか分からなかった。


 琴羽も称号が付いたときに、理由は察しているように見えたけど教えてはくれなかった。

 もしかして恥ずかしい事でもあるのだろうか。

 僕の時はそんなことなかったけど。

 いや、そもそも彼女たちと違ってあの称号何の意味もないから、変化が感じ取れなかったのかもしれない。きっとそうだ。

 

 

 ホームルームが始まる前には瀬尾さんたちは戻ってきて挨拶をした。

 瀬尾さんは僕が登校してきたことを喜んでいたけど、その顔にはハッキリと影が掛かっていた。

 何か抱え込んでいる気がするが、詮索はしないでおいた。

 友人二人も後ろで難しい顔でそれを見ていた。

 

 そしてメイアは今日も登校してこなかった。

 

 

 

「マーレ、一緒にお昼食べない?」

「はへ……よ、喜んで……」

 

 お昼休みになってマーレを昼食に誘う。

 内密に話したいことがあったから、例のボッチ飯スポットに向かった。

 誘うときに教室中の視線がこれでもかと突き刺さったが、我慢した。

 マーレはもう教室中の人気を掻っ攫ってしまっているらしい。

 学校のマドンナ……流石にセンス古いか。



「信也のことだから、きっと必要なことがあって呼び出したのよね。ええ、分かっていますとも」

「うん、お察しの通りだけど……」


 マーレは不満そうに頬を膨らませていた。

 先にお弁当を黙々と食べてしまい、さあ話を始めようとしたらこうなった。

 不機嫌そうに見えるが、口元はちょっと上がっている。

 言葉通りならあんまり機嫌は宜しくないのだろうけど、どっちなんだろ。


「僕が休んでからの事と、周りの視線の理由。それにメイアの不在について知りたいんだ」

「……そうよね。そうだと思ったわ。私、知ってたわ」


 深々とため息を吐いた後にマーレは事情を話してくれた。

 僕が居なくなった後、瀬尾さんが中心になってその場を収めてくれたそうだ。


「あの子に感謝したほうがいいわよ。信也のことを怖がった子たちのことも含めて、信也が無暗に暴力振るったり、怖がらせるようなことをしない人だって納得させたんですもの。……私にはとても無理だったわ」

「本当に良くできた孫…もとい、子だよね……ちゃんと謝るし感謝を伝えるよ」

「私と一緒で、昨日もお見舞い行ったのよ。どこかの誰かさんはスマホの電源すら入れていなかったから」

「面目ない……」


 話を聞けば、僕が休んでいる間も世論から色々な情報が出て来ていたそうだ。

 それは箱庭での行動であり、目立った成果をあげた者たちの行動だ。

 最も注目を集めた対象が僕たちの学校、最近クラスメイトになったメイアだった。


「まるで光と影よ。あなたは試練でモラスティア大陸と、そこに住まう人たちの為に行動した。メイアは自国の利益の為に技術を教え、人間族の戦争を助長させモラスティア大陸侵略のキッカケを与えた」

「でもそれはメイアだけじゃ…」

「調べて分かったわ。あの子は正真正銘の天才よ。ハッキリ言って、彼女の伝えた技術、知識、戦術は他の試練資格者なんて目じゃないほど洗練されていて、膨大だった。だからメイアが降り立った国は大陸統一まで成し遂げられたんでしょう」


 メイアがいないのは、混乱防止や身の安全の為だろうというのがマーレの推測だ。

 顔も名前も知られているし、過激な行動に出る輩も現れるかもしれない。


「それでも彼女のおかげで、アメリカや資源を融通された国が助かったのは事実じゃないのかな」

「その通りよ。アメリカもその辺り情報操作で上手くやるでしょうし、落ち着けば問題ないと思うわ」


 大事にはならないみたいで安堵する。

 特に親しいわけじゃないけど、まだ12歳の少女だ。

 彼女も試練に巻き込まれた人間なだけなのに。

 

「信也についての同情だけど……純粋に心配されているのよ」

「ん?なんで?」

「……上位観測者と対峙して、恩人が今度は悲惨な目に遭うと聞かされた。助けに行けば、もう二度とこの世界に帰ってこられない。それでもあなたは迷うことなく行くことを選んだ。あなたは悪くない、誰よりモラスティア大陸に住まう人族の幸福を願った人であるのに」

「それはそうだけど……」

「ボロボロになったアメリカの時でさえ、ピンピンして戻ってきたのに、そんなあなたが1週間も倒れてたって……心配、するわよ」


 零れ出た言葉に、僕は口を閉ざし何も言えなくなった。

 少しの沈黙の後、マーレは息を吸い、続きを話した。


「……学校の人達が分かるのはこの辺りまで。信也の家族とのやり取りを知っている人間は私以外にはいないわ」

「え、マーレは知ってるの?」

「日原家に信也が倒れた事情説明を求めた時にね。フランス側も関わることだから、教えてはもらえたけど、さわりだけで細かい話は知らないわ」


 プライバシーに関わることを聞いてしまったためか、申し訳なさそうな顔で僕のことを見詰めてくる。

 

「大丈夫?」

「平気だよ。家族と縁が切れたのは2回目だし、1回目と違ってある程度自分の意思で選んだことだから。それに……いや、何でもない」

「……そう……信也がどうしても話したくなったら聞くことにするわ。あなたの立ち位置がどうなろうと変わらないわ。私は私としてあなたに向き合うだけよ」

「ありがとう。マーレまで悲しそうに相手をされると、いよいよ寝込みそうだから気軽に接してね」

「任せなさい。手始めに何処かに遊びに行かないかしら?日本を案内してほしいんだけど」

「いいよ、パーッと遊んで嫌な気分を晴らしたいね。僕がそう振舞えばみんなの杞憂も無くなるだろうし」

「それじゃあ決まりね。素敵なエスコートを期待してるわ」

 

 マーレの提案を了承して教室に戻った。

 うん?流れでオッケーしたけど、これはデートではないだろうか。

 どうしよう、急におっかなくなってきた。







 新大陸創造の一ヶ月という時間は、あっという間に過ぎた。

 学校の中にあった僕に対する同情はまだ残っているが、概ね気にならないくらいには収まった。


 フランス関連では試練資格者であるリゴーさんを始め、小隊単位のフランスの試練資格者が日本にやってきて、鍛錬の指導を行った。

 琴羽が最近忙しくしているので、フランスの鍛錬を優先して行えた。

 平日は基礎トレーニングで、週末は僕が立会いの元、肉体も精神も可能な限り追い込み、再起不能の一歩手前くらいまで叩きのめして鍛え上げた。

 

 琴羽ほどの人間辞めているメニューはこなせていないが、技能レベルは順調に上げられたし、そうでない戦闘技術や戦闘精神なども大分よくなったと思う。


 初めのころは命が掛かっていないため緩みもあったが、体力を絞り切り精神を削り切った上で実戦組手を行い、殺気と痛みを浴びせ続けることで変化していった。

 彼らは日を重ねるごとに表情が死んでいき、今では一周回ってどんな厳しい鍛錬の最中でも、死と隣り合わせの緊張感の中、とても生き生きしている。

 

 僕が言えば火の中でも、氷水でも、崖でも、躊躇なく飛び込むようになって身の安全を軽視しだしたのは想定外だったが、誤差の範囲だろう。

 勿論マーレも同じように鍛錬したが、伸びは他の誰より比べ物にならないくらい高かった。

 他の人より精神的にも安定していたし、やっぱり称号が関係しているのだろうか。


 僕の方も奈落の受胎の時から新しい鍛錬に取り組んでいたが、最近ようやく実を結び始めていた。


 バエル戦で行ったマサムネを手放した状態での力のコントロール。

 取り込んだ力が暴れて死ぬほど痛いし、使ったら体が壊れそうになるから取り扱いには神経を使うけど、最近は取り込んだまま日常生活を送れるようになった。

 戦えるほどの身体強化を巡らせるのは無理だけどね。



 メイアはあれから、一度も登校していない。

 アメリカも目立った動きはなかった。


 僕はあの日を最後に、一度も青野家と接触していない。



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