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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 混迷の大陸 黎明
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第4話 過労と視線



 上位観測者もどきの来訪と、青野家の話し合いの次の日、僕は学校を休んだ。


 ベッドから起き上がるのが億劫になるほど体調を崩していた。

 お医者さんの見立てでは過労という事で、結構な高熱と眩暈でとても授業が受けられる状況じゃなかった。


 これまで碌に休んでなかったし、時間が出来たら鍛錬したりしていたので、自己管理が悪かったようだ。

 よくよく考えれば、この肉体は高校生になるまで普通の子どもとして生活をしている子どものものだ。

 前世のように、生まれてから化け物と戦うことを前提として鍛え続けた肉体とは違うだろう。

 自宅療養という事で、日原邸でベッドの住人になっている。


 ただ、3徹した上に血反吐を吐いてアメリカの異層空間を消滅させた後でさえピンピンしていた人間が体調を崩したことに動揺は大きかったようで、日原家には大分心配を掛けてしまった。

 琴羽は仕事をキャンセルして寝ている間もずっと手を握って離れない。

 一郎さんと奏さんは顔を合わせるたびに、今にも僕が死ぬんじゃないかとでもいうような悲しそうな顔をされた。


 過労で倒れてから一週間が過ぎ、漸く学校に行く許可が下りた。

 正直1日休んだ段階で不調は無くなったけど、日原家の説得で大事を取って1週間様子を見ることになった。


 休んでいる間は、柔軟や軽く体を動かすくらいはしていたが、基本はのんびりと過ごした。

 誰かが僕を訪ねて来たりもしたらしいが、奏さんが警備員まで雇って日原邸に他人が近付くことを完全シャットアウトしていたので、本当に誰とも会っていない。

 知らないうちに過保護が凄い勢いで加速しているような気がする。

 

 僕が休んでいる間にも世間は動いている。

 一番の関心は新大陸についてだが、箱庭の情勢についても騒がれていた。


 箱庭は別世界ではあるが、確かに現実に存在する世界だ。

 試練資格者がどのような行動をしていたかが焦点になっており、あまり注目されていなかった人間についても名前を上げられたりしていた。

 こちらでいくら騒いでも今更ではある。

 今のところ、あの世界に再び行くことが出来るのは一人しかいないのだから。



 あとどうでもいいが、僕が一週間世間から姿を消していることも話題になっている。

 学校の生徒の誰かがリークしたのだろう。

 僕が既に箱庭に行っていることになっていた。


 琴羽も僕に付きっ切りで、ここ一週間は配信したり、ニュースに出ているわけでもないので、僕に対して正確な状況を知っていて世間に配信できる人間はいなかった。

 半ば真実みたいな扱いだ。

 実害はないし、勝手に騒がれていることを訂正するのに労力を掛けたくもないので放置している。


 学校に行き始めれば自然と無くなる話だろう。

 あの日みんなを怖がらせたり、家族と決別した手前、いざ登校しようと思うと少し憂鬱な気分になるけど。




 今日は大使館の車ではなく、一郎さんの車に揺られて登校する。

 会社に行く前に送ってくれることになった。奏さんお手製のお弁当を携えて。

 今まで頑なに作って貰わないようにしていたのにな。


「……信也君、大丈夫かい?」

「大丈夫ですよ、元気いっぱいです」

「無理はしなくてもいいんだよ。学生と言っても学校ばかりが全てじゃない。休む時は休んで、本当に元気になってからまた頑張ればいいんだから」

「いえ、本当に元気なんですが……」

「そうか……」


 これである。

 沈痛な表情の一郎さん。無茶苦茶元気なのに元気じゃないと思われている。

 この扱いも過保護に含まれるのかな。


 車から降りて校舎に向かえばいつも通り注目される。

 視線の種類は……なんだこれ?

 今までと違う。

 好奇心、興味、嫉妬、そんな視線だったはずだ。

 今は同情、悲哀、そして恐怖になっている。

 同情が多数、悲哀がそれなり、恐怖がごく僅か、といった具合だ。

 恐怖以外全く心当たりがないけど、僕のいない間に何かあったのだろうか。


「おはよう」


 視線にさらされながら教室に辿り着き、挨拶をした。

 朝も早いので教室には生徒が少ない。

 少ない生徒からは挨拶を返されなかった。視線を逸らされている。

 無視とは違う。あまり怖がられている雰囲気もない。

 どう対処していいのか分からない様子だった。

 あの時の発言が尾を引いているのだろうと思うけど、ちょっと予想していた感じとは違う。

 僕は一郎さんから借りた大衆向け小説を取り出して読み始める。

 青春物で軽く読める内容だった。読み出すと中々中毒性がある。


 ホームルームが始まるまで僕は誰からも話かけられることはなかった。

 瀬尾さんや二人の友人、マーレとメイアは登校してこなかった。

 

 

 

 昼休みになり、読みかけの本とお弁当を片手に移動する。

 前に瀬尾さんに教えて貰った穴場スポットその3に赴く。

 ボッチ飯の聖地らしい。

 校舎の影になった暗い場所で、奥まっているから滅多に人が通りがかることはない。

 

 奏さんの料理は冷めても美味い。

 彩良いし、体に優しそうな具材だ。

 若干凝り過ぎではないかと思ってしまう。

 ここでも過保護を疑ってしまう。

 

 食べ終えたら本の続きを読む。

 朝は失敗した。こうして教室の外に出ておけばよかった。

 僕がいることで気まずい空気が流れているのが分かったから。

 殺気立ったあの日の姿は、戦いを知らない人に見せていい姿じゃなかった。

 いろいろと考え出してしまいました、集中できなくなってきたので本を閉じた。

 漫然と時間が過ぎるのを待って、授業が始まる直前に教室に戻った。

 

 

 

 授業が終わり放課後になった。

 僕はさっさと教室を出て下校する。

 視線はあれど話かけられることはない。

 

 迎えの車も呼ばず、公共の交通機関も使わずに歩いて帰る。

 勿論歩きでは日が暮れるので途中まで、飽きるまでだ。何となく歩きたかった。

 

 制服姿で変装もしていないから視線を良く集める。

 学校と違い、驚きや困惑、懐疑的な視線だ。

 未だ僕が箱庭に行っていることになっているのだろうか。

 なら学校での視線は何だったんだろう。

 

 隠形というほどでもないが、視線を切る、対象をずらすなど相手の認識から逃れる術はある。

 僕は所々でそれを駆使して、体にこびり付いていた視線を引き剥がして一人になった。

 今は制服の上着を脱いで、帽子と伊達眼鏡で軽く変装しているので、バレることは無いだろう。多分。


 向かったのは琴羽と初めて会った公園。

 静かな場所なら別にどこでも良かった。

 

 日原邸では過保護。

 学校では腫れ物。

 街中では観察対象。


 落ち着かない、というか気を遣う。

 注目されたり、過度に干渉されるのはどうにも苦手ではあったが、ここ最近は周囲に拍車が掛かっている。

 外が騒がしくても、日原邸で落ち着けたら別に問題なかったが、今は日原邸ですらおかしくなっている。

 一時的なものだと思うけど、ここ一週間は特に凄かったので、今漸く落ち着けている。

 あの日のベンチに座り込んで、夕焼けの空を見上げた。

 面白い形でもない雲を、頭空っぽにして延々と眺め続けた。




 気が付けば辺りは暗くなっていて、星空に変わっても空を見続けていた。

 不味い、連絡を入れていなかった。今が何時なのかすら分からない。

 スマホを確認したら充電が切れていた。

 いつから切れていたのだろうか。

 ここ最近触った記憶すらなかったから、過労になっていた時には既に切れていたのかもしれない。

 

「やあ、こんな遅くに不用心だね」


 自分の馬鹿さ加減に項垂れていると、頭上から声が降ってきた。

 張りがあって、良く通る女性の声だった。

 僕の口は勝手に言葉を紡いでいた。

 

「こんばんは。あなたも不用心ではないですか。だいぶ遅い時間のはずですけど」

「ボクは大丈夫。連れがいるから」


 アイドリングした車がそこにはあった。


「そうですか、夜道は大丈夫そうですね。さようなら」

「そう釣れないこと言わないでよ。どうかな、ボクと夜のドライブでも」

「知らない人の車に乗ってはいけないなんて、誰でも知ってますよ。誘い文句が最悪なので出直してください」


 女性は、笑いながら僕の手を引いて立たせる。


「フッ、フフ……そこまで忠実に再現しないでよ、ボクでも傷付いちゃうんだから」


 女性は帽子とマスクとメガネを外す。

 陽の光を照り返す麦畑のような色合いの髪が広がり、深い褐色の、光の加減で茜色にも見える瞳が瞬いた。

 あの日見たときよりずっとオーラがある、華がある。

 元々完璧のように見えたプロポーションは更に磨きがかかり、妖精族とも遜色がない。

 莉々の容姿を自分なんか目じゃないなんて言っていたけど、方向性が違うだけだと思う。

 今と昔の二人を並べたら、別人と思ってしまうかもしれない。


「ボクの名前は日原琴羽、現役の女優で試練資格者、そしてあなたのコンビだよ」



 そのまま琴羽に手を引っ張られ車に拉致される。

 車の中には一郎さんと奏さんがいて、ひどく心配されていた。

 非常に申し訳なかった。


「学校で何か嫌な事でもあったの?」

「問題があるようなら明日にでも訪問するが……」

「すいません、学校では何もありませんでした。時間を忘れて空を見てました。ついでにスマホの充電もここ最近していなかったみたいで……」

「信也は現代っ子にあるまじき失態を平気で冒すよね。スマホの充電が切れるのは分かるけど、充電してないことすら忘れるとか」


 琴羽がモバイルバッテリーを貸してくれたので、スマホの電源を入れる。

 そこには奏さんと琴羽から鬼のように通知が入っていた。

 僕は深々と頭を下げた。


「ご心配をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」

「無事ならいいのよ」

「で、本当のところはどうなの?何もなかったなんてことないよね」

「いや、本当に何もなかったんだ。誰にも何もされてないし、話かけられてない。よく分からない可哀そうなものでも見るみたいな目で見られてただけ」

「……十分されてると思うけど。腫れ物みたいに扱われてるじゃん。フランスの奴は何にも言ってこなかったの?」

「今日は居なかったね。アメリカのメイアも居なかった」

「……そっか」


 全員何か考えているようで押し黙る。

 あんまり気にしてなかったけど、二人同時にいないのはちょっと変だな。

 一人なら用事か病欠と思えるけど。

 瀬尾さんたちも揃っていなかったし。


「信也君、学校はどうする?朝も言ったが、嫌なら行く必要なんてないぞ。戸籍上まだ縁は切れていないとはいえ家族のこともある。あちらから接触してくるかもしれない」

「そうですかね……あれだけ突き放していたら話かけてこようなんて思わないのでは?」


 幼馴染の二人も、花音さんや春香たちに義理立てするのなら接触はしてこないだろう。


「……莉々ちゃんのこともいいの?あれだけ可愛がっていたのに」


 琴羽が僕の顔を辛そうに見て来る。

 莉々にしてもそう長い時間一緒にいたわけじゃないのに、随分と気に掛けているようだ。

 本当に妹が欲しかったのかな。

 

「莉々だけ特別扱いは出来ないよ。それに問題ないだけの備えはしたから。後は莉々がどう歩むか決めると思う。僕からこれ以上、何かしてあげることはない」

「…………」


 沈黙が降りる。

 その沈黙は日原邸に着くまで続いた。


 車の窓から見える景色は、何も損なわれていない平和そのものだ。

 エンジン音と、僅かな生活音が外から聞こえる。


 箱庭に行く決心を決めたこと。

 人間族を、侵略者を殺すことを決めたこと。

 青野信也として話としたこと。

 

「僕は間違っているのかな……」


 雑音に紛れて聞こえないほど小さく呟いた。

 答えは返ってこなかった。


 無性に、いつも背中を押してくれる、あの子の声が聞きたくなった。


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