第4話 side友人A お土産
今日も私の友人が明後日の方向を見ている。
そんな様子をチラリと見て、青野君が肩を落として教室を出て行った。
私も含めて教室の空気が弛緩するのが分かる。
迷宮の時は興味を。
箱庭の時は憧れを。
日本の奈落の時は畏怖を。
世界の奈落の時は崇拝を。
アメリカの奈落の時は祈りを。
学校のお調子者の生徒でも、今の信也君と気軽には話すことは出来ない。
高校生ともなれば勝手に情報が色々入って来る。
電波の届かない山奥にでも住んでない限り、嫌でも試練の様子を見ることになる。
一人の人間が沢山の人の命を背負って、誰も寄せ付けないほど強く、それでも命を削る様にボロボロになりながら戦い続けた姿を。
青野信也君は、正真正銘の世界の救世主だ。
冗談ではなくインドでは神様の使いみたいに言われている。
何でも昔に悪神を倒した戦士と顔が瓜二つなんだそうだ。
80年も昔のことらしいけど、それって信憑性あるのかな。
アスラの異層空間での会話はそれを助長させたけど、そんなもの無くてもきっとそう思われていただろう。近くにいるのに遠いいのだ。
私の友人は青野君と一番の仲良しのはずだけど、あからさまに話しかけるなという態度をとっていた。
「由佳ちゃん、ちょっと青野君が可哀想だと思うなぁ~」
「いい加減覚悟を決めるべきじゃない?許してくれるって。ていうか、もう知ってるだろうし別に怒っても無さそうだったよね」
机に突っ伏していた由佳ちゃんが顔を上げる。
快活な彼女らしくはない弱弱しい表情だった。
「だって、私頼まれた手紙を破かせちゃったんだよ。それに国籍変わってるし、家族とは別居してるし、これって私の所為じゃないのかな……」
「行き過ぎた妄想だねぇ~手紙を破いたときの由佳ちゃんに逆戻りだぁ」
「駄目だこりゃ」
加奈ちゃんも匙を投げる。
ネガティブ由佳ちゃんは取り扱い注意なのだ。
「もう見てられないしぃ~私がお話し聞いてこようかぁ?」
「でも……」
「埒が明かないし頼んだ」
「オ~ケェ~」
許可も出たので早速青野君を追いかける。
由佳ちゃんが会話できない手前遠慮していたけど、落ち込んでいる彼を見ていて罪悪感がヤバいので早くわだかまりを解決したい。
丁度青野君が下駄箱に降りてきたところで、靴を履き替えようとしていた。
「あおのくぅ~んっ、まってぇ~」
「……え、僕?」
「そうだよぉ、ちょっとお話ししてもいい?」
青野君は戸惑いつつ頷いてくれた。人目があるので少し場所を移動する。
折角なので例の中庭にした。
「ごめんねぇ~、呼び出して。それに最近無視するような態度とってごめんなさぁい」
「大丈夫だよ。急にどうしたの?」
「由佳ちゃんのことでお話があってぇ~」
私は口が回らないし、あんまり要点を抑えて話すのが得意ではないので兎に角あったこと全部話した。
30分くらい話続けていたと思うけど、青野君は嫌な顔せず最後まで聞いてくれた。
こういうところが同年代の男子とは違うところだ。
初めは良くても、段々と面倒くさそうにされるか話を切られてしまう。
久々に近くで話してみて気付いたけど、身長は出会ったときより高くなっていて、目線が私に並びそうになっていた。
伸びの止まった私より、どんどん大きくなるんだろうな。
「そう言う事でぇ~由佳ちゃんが落ち込んでるのぉ……」
「うわぁ……全然知らなかった。瀬尾さんに申し訳ないことしちゃったね」
うん、やっぱり怒ってない。
それに手紙を受け取ったことは聞いていても、手紙が破かれたことは家族から聞いていなかったようだ。
あまり家族と話す時間がなかったのかな。
スマホを確認すると連絡が入っていた。
「……由佳ちゃん、まだ教室にいるみたい。行ってみるぅ?」
「そうだね、早く誤解を解いた方が良さそう」
並んで歩くと視線が集まるのが分かる。
少し居心地の悪い心持になる。
「あ……別れて教室に行こうか、気が回らなかった」
「別にいいよぉ、あんまり気にしないからぁ。青野君も大変だねぇ」
「今回の試練で散々注目されてたから慣れた部分もあるけどね。本当は放っておいてほしいけど」
世界を救っても何にも変わらない穏やかな気質。
あれだけのことがあって何も変わらないなんて、有り得るのかな。
それこそ常人には図り切れない部分なのかもしれない。
教室に着けば友達二人だけ教室に残っていた。
「瀬尾さん、手紙のこと聞いたよ」
由佳ちゃんはビクッと肩を跳ねさせて視線を青野君から逸らす。
「手紙のこと本当にありがとう、ちゃんと届けてくれて。春香が破いた手紙を拾い集めてくれて。二人も有難う」
深々と頭を下げる青野君に私たちは慌てる。
「そんなに頭下げないでぇ~」
「そうだよ、気にしてないから」
「青野君、怒ってないの?」
「怒るはずなんてないよ。寧ろ無茶なこと頼んだ僕が怒られる立場だから。でもどうして拾い集めてくれたの?僕は破られるかもしれないって話をしてたのに」
由佳ちゃんはおずおずと視線を青野君に向ける。
胸のあたりを見ていて、まだ目を合わせる勇気はないみたい。
「だって、絶対何かの間違いだって思ってたから。私は出来ること少ないけど、それでも何かしたいって思って……」
「……有難う、やっぱり瀬尾さんは……僕の孫だねっ」
「ちょっと、この場面でその話掘り返すの!もう忘れたかと思ったよ!」
「ちゃんと覚えてたよ。世界回ってるときも孫のお土産どうしようかと考えてたし。……家族と幼馴染のお土産は忘れてたけど」
「それ貰った時の周りの心情考えてくれないかなっ、すっごい拗れるからっ!」
うじうじしてた由佳ちゃんがすっかり元気になっていた。
私は加奈ちゃんと目を合わせて笑いあった。
元の鞘に戻ってよかった。
「まあまあ、よかったじゃん」
「お土産いいなぁ~」
それを聞いてか、青野君はカバンから布袋に包まれたものを取り出した。
中を開けると綺麗な石がゴロゴロ入っていた。
大きいものは親指くらいの大きさがあるけど、水晶だろうか。
キラキラと眩しい光を反射している。
「綺麗だねぇ~なにこれぇ?」
「お土産。クラスのみんなの分もあるよ。アフリカの異層空間を攻略したときに貰ったダイヤモンド原石」
「ぶっ、な、なんてもの出してるのっ!」
触ろうとしていた由佳ちゃんが慌てて手を引き離れる。私も一歩引いた。
「いや、これが宝石として価値があるか分かんないみたい。現地の政府の人にお勧めのお土産聞いたら、どうぞって渡されたんだ。なんか当たりくじみたいで面白いかなって」
大きい塊もあるけど、本当に価値が分からないものなのかな。
青野君はアフリカも救ってるから、下手なものを渡してこないと思うんだけど。
これ、貰ったら駄目な気がする。
「青野君、そういうのホント良くないから!お土産っていうのは自分が貰ったものを人に渡すんじゃなくて、自分で選んだものを人に渡すんだよ、高価すぎるものも駄目!それに前々から思ってたけど、人に気軽に高価なものをポンポン渡しすぎだからっ、この間もフランスで……」
そのまま日本の異層空間をから溜め込み続けた言いたいことをこれでもかと注意され、最終的に青野君は床に沈み込むほど肩を落とした。
結局お土産の話は有耶無耶になった。
勿体ない気がしたけど、忘れることにする。
いつもの調子に戻った青野君と由佳ちゃんを眺めつつ、加奈ちゃんとのんびりと説教が終わるのを待った。
「ふう、こんなもので今日は許してあげる」
「申し訳ございませんでした。深く、深く反省しております」
「終わったぁ~?もう帰ろうよ」
4人で教室を出て校門へと向かう。
まだ明るいし部活に精を出す生徒が多い。
由佳ちゃんはこれまでの遅れを取り戻すように青野君に色々と話しかけていて、私たちは相槌を打つことくらいしかできない。
体感的にはあっという間に校門に到着してしまった。
路肩に泊まった黒塗りの車を見て、由佳ちゃんの顔が曇る。
「青野君は車で送迎だっけ」
「うん、フランス大使館の人の善意で」
「……フランスに国籍を移したのはさ、青野君ばっかりに戦わせた日本に嫌気がさしちゃったの?」
由佳ちゃんの言葉に、青野君は少し悩むそぶりを見せてから答えた。
「……どちらかと言えば、僕が日本に見限られた側だよ。これはオフレコでお願い」
「青野君が日本から見限られるなんてありえないと思うけど」
「うん、だってぇ世界の救世主さまなんだよぉ~」
「……そうだね。今のは冗談だから気にしないで。また明日」
青野君はそう言って車へ向かっていった。
私たちはそれを見送った。
「ねえ、本当に日本が青野君を見限るなんてあると思う?」
「ないでしょ。それこそなんの冗談よ。そんな奴がいたら無能を通り越して害悪でしょ」
「……そうだねぇ。でもぉ~」
さっきの青野君の表情からは何も分からなかった。
いつもは分かりやすく顔に出るのに、静かな眼差しは心をざわつかせるばかりで何も語っていなかった。
「ならどうして青野君はフランスに行ったのかなぁ~」
「それはあれじゃないかな、愛とかそういう……」
「ふーん……」
うえぇ、由佳ちゃんご機嫌斜めだよ。加奈ちゃんその話題は駄目だよ。
表情は変わってないけど目の中の光がちょっと怪しい。
「でもこの間の日原さんの配信あったよね。その人の事苦手だって言ってたよ」
「そ、そうだねぇ~」
「しかも外国の人だから挨拶みたいなものかもしれないけど、会って間もない人に頬とはいえキスするなんて何考えてるのかな。動けない青野君に対してとか、沢山の人の命がかかってる試練に挑もうとする直前とか、おかしいよね、そんなことするなんてっ」
何だかロボットが話してるみたいだなあ。
感情が籠ってない、というよりは感情を殺しているというか。
「そ、そうだね。女の子の事苦手って言うのも意外というか、姉妹は大丈夫みたいだけど、確かに女子とあんまり話さないよね。由佳は別だけど」
「その理由が孫だっていうのがなんとも言えないというか、それでいいのかというか」
若干正気に戻ってくれた。
青野君の事は友達としては大事みたいだけど、別に男女の仲になりたいようには見えなかったのに、こういう態度を見るとよく分からなくなる。
気になっているけど、その感情が一定以上にならないように自制してる?
由佳ちゃんの心境には興味があるけど、あんまり面白半分でも聞ける感じじゃない。
青野君の話から徐々にフェードアウトしながら三人で下校した。
試練もすぐにないといいけど、神様でも何でもないから分からない。
せめて少しでも平穏でありますようにと願った。
次の日に、その願いがあっさり裏切られることになってしまったのは、あまりに理不尽だった。
まさかあんなことが起こるなんて。
この時、誰も想像していなかった。




