カレー食べるだけで村を救えるって本当ですか?②
目を覚ますと俺は何やら怪しげな祭壇の真ん中にいた。
「救世主様のお目覚めじゃぁぁ!!」
長老風の男が声を上げた。それにつられるように周りにいた者たちも拍手をしている。
どうやら彼らの視線は俺に集まっている。羨望の眼差しを向ける者、涙ぐむ者、怪しそうに見る者、それぞれだったが、大半は好意的なようだ。
「皆のもの早速、準備じゃ!!」
長老風の男の号令でギャラリーはせかせかと移動していった。
「さあさあ、救世主殿はこちらへ」
「救世主?俺がか?」
男に導かれ大きな卓の前に座った。
「これは失礼いたしました。説明がまだでしたな。」
そう言うと男は事の経緯を話しだした。
この村のそばには火を吹く伝説の竜が封印されているそうだ。最近、村の占い師が竜の目覚めを予言したとのこと。竜が目覚めればこの村なんて意図も簡単に破壊されてしまう。そこで、竜退治のため救世主である俺を異世界から呼び出した。所謂、異世界転生ってやつだ。
ちなみに語ってくれたこの男はチョーロウ。この村の長だそうだ。名前通りである。
「で、結局なんで俺が救世主なんだ?別に俺は竜を退治する術なんて持ってないぞ?」
「まあまあ、そんな謙遜なさらずに。一目見てあなたが、この村を救ってくださる救世主様だと確信しましたよ」
チョーロウはやたら俺を信頼しているようだが、異世界転生でよくあるユニークスキル?なんて与えられていない。俺のどこに救世主要素があるんだろう。そんなことを考えているとどこからともなく、懐かしく香ばしい匂いがしてきた。
「さぁ、ご飯の用意ができたようですぞ!早速食べていただきましょう!!」
チョーロウがそう言うと軽く50人前はあろうカレーライスが俺の前に運ばれてきた。
少しドロッとしたルーの中に野菜と肉がゴロッと入っている。匂いを嗅ぐだけで、食欲をそそられる。子どものころの夕暮れ時、どこからともなく香ってくるこの匂いが家を恋しくさせた。この匂いを嗅いでお腹が空き、家まで走って帰ったあの日のことを思い出す。
「さあ!召し上がれ!!」
いつの間にかお腹が空いた。会って間もない人たちが作ったものを食べるのは少々怖いが、ご飯をご馳走してくれる人に悪い人はいないだろう。ここは遠慮なくいただくことにしよう。
「いただきます。」
一口、口に入れると懐かしさが溢れてきた。辛さの中途半端なカレーだ。どこにでもあるカレーだ。洗練されていないカレーだ。なのに一口、また一口と手が止まらなかった。
これはカレー専門店が作る意識の高いカレーではなく、まるで実家の母が作るカレーだ。隠し味とかいってチョコレートだ、ハチミツだ、ウースターソースだと毎回違うものを入れるのに大して味の変わらないあのカレーだ。でも俺に力を与えてくれるカレーだ。このカレーが1番美味いんだ。
俺はあまりの懐かしさに何故か涙がとまらなかったた。
「ご馳走様でした。」
俺は十分足らずで50人前のカレーを平らげてしまった。俺の完食に村の皆が大盛り上がりしている。俺の食べっぷりを見れば歓声を上げたくなるのも無理はないだろう。
「さすが救世主様よ!」「これで村が救われる!!」「すごすぎる!さすが英雄だ!!」「ありがとう!チャンピオン!!」「彼はやはり王者だ!!!」
そんな声が聞こえてきた。俺がカレーライスを食べるのと村の存続に何が関係しているのかはさっぱりだが、ご飯を食べるだけで人に感謝されるのは悪い気分ではない。ただ、彼らの声を聞いていると、どうやら俺のことを勘違いしているようだ。
「すまない。確かに私は元いた世界で王や英雄、チャンピオンという称号を得た。君等が思っているような称号ではないんだ……」
おそらく元いた世界の情報が間違ってこちらに伝わってしまったのだろう。これらには全て【大食いの】という前置きが入る。救世主と崇められている手前それを説明するのも、何だか恥ずかしくなってしまった。
「何をおっしゃいますか!あなたが救世主様であるということは今証明してくださったではありませんか!!」
「それは一体どういう……」
ギャオオーーーーーーーーーーーーーン
突如、村の外から大きな雄叫びが聞こえてきた。
「竜が目覚めたぞぉおお!!」
村の伝令係?のような者が走ってこちらにやってきた。
「竜の祠でついに竜が目覚めました…かなり腹をすかせている様子、このままでは村に襲いかかるでしょう…」
伝令係?はかなり深刻な顔をしていた。だが、他の村人たちはなぜだか笑顔だった。
「安心しなさいデンレイ。私たちの救世主もすでにお目覚めだ。」チョーロウはデンレイに優しく声をかけた。
「まさかこの方があの伝説の!!!」
伝令係のデンレイは俺を見て顔を輝かせた。
「私が祠までは案内します!ついてきてください!!」
デンレイは、半ば強引に祠まで私をつれて来て「後は任せました!幸運を祈ります!!」と言い残し、私を置いて去っていった。
そこで村人たちの思惑に気がついた。なるほど、飯を食わせた礼に俺を竜の生贄にしようという魂胆か。竜の腹を肥えさせるために、あんなに大量の飯を俺に食わせたんだ。あのカレーライスごと竜にくわせれば少しは竜の腹も膨れることだろう。
「やられたぜ」
俺は何をカッコつけているんだろう。まあいいさ。元の世界で、一度は落とした命だ。元の世界で完璧な死を迎えただけに少し残念だが、誰かのために死ぬのも悪くはない。それに、もしかしたら竜も話の分かるやつかもしれない。ご飯を食べさせる代わりに村を襲わない約束をすることもできるかもしれない。そんなこんなで祠の奥に進むことにした。
奥に進むほど、竜の雄叫びは迫力を増していった。まるで奥に進めば進むほど死に近づいているようで、だんだん怖くなってきた。死ぬのはいいが痛いのは嫌だ。鋭い牙に咬まれるぐらいなら、せめて牙のない竜に丸呑みされたい。でも生きたまま喰われ、ジワジワと竜の腹の中で死んでいくのも恐ろしい。1番は竜に出会った瞬間に気絶してそのまま喰われるだろうか。
そんなことを考えながら進んでいるといよいよ最深部に、到着した。
最深部にはどデカい竜がいた。
竜のあの様子じゃ、交渉も、噛まずに丸呑みも難しそうだ。竜を見た瞬間気絶する予定だったが、俺に意外と度胸があったのか、救世主といわれ変な自信がついたのか、不思議と怖くはなかった。
「こんなことなら元の世界でそのまま死にたかったぜ。」
カッコつけて言ってみたが、竜の耳には届いてなさそうだった。竜は大きく息を吸い込み、そのまま俺に向かって火を吐き出した。
―轟炎熱波―
火が吐き出る瞬間、自分の走馬灯が見えた。元いた世界で倒れる前も同じようなことがあったので内容はほとんど変わらなかった。食ってばかりの幸せな人生だった。変わったのは最後の晩餐がホットドッグからカレーライスに変わったぐらいだった。
「あぁぁ、どうせなら最後に本当の母の味を食べたかった……」
さらにカッコつけて死に際のセリフを放ってみた。が、俺は全然死ぬ気配がなかった。竜が吐く火は直撃し続けている。ただ、おかしなことに、痛くも熱くもない。火が映像かAR的なものか疑ったが、さっきまで来ていた服はしっかり丸焦げになって俺は素っ裸になっていた。
どうやら、俺自身に火が効かなくなっているようだ。
竜はムキになって火を出し続けている。これ以上続けても意味はなさそうだが……
しばらくすると、疲れたのか竜の火が弱まってきた。
「貴様何者だぁあ!」
竜が明らかに狼狽えている。竜のこういう姿はあんまり見たくなかった。常に気高く高貴な存在であってほしい。
「こうなったら!これでもくらえ!!!」
技でも出しそうな勢いでただ普通に噛みつこうとしてきた。やれやれ、本当に期待はずれな竜だ。
私は、襲いかかってくる竜に向かって拳を突き出した。本当は、竜の顔面にパンチをお見舞いしてやるつもりだったが、いかんせん喧嘩なんかしたこともないので盛大に空振ってしまった。
しかし、空振りした右手は恐ろしい風圧を生み出し、そのまま竜を吹き飛ばしてしまった。竜は壁に叩きつけられそのまま、息絶えてしまった。死に際まで残念な竜である。
とにもかくにも、どうやら俺は本当に村の救世主になってしまった。俺の異世界転生生活、これから一体どうなることやら。