4.聖職者は理想しか見ない。
読んでいだいただき、ありがとうございます。
これで1章が終了となります。
目の前の白い人は、指先で机を叩きながら、ひたすらに書類を捲りながら溜息をついている。
この人、知ってる。祭司?司祭?ん〜〜、何か教会のちょっと偉い人で、私達【白銀の騎士】を担当している人。
たしか、フンヅマリ?──違うか。
フンヅマン?──近付いたけど、違う。
そうそう、フゥンドゥマンっていう人だ。
この執務室で座っている人。
いつも偉そうにして、文句言って、私がSearchの魔法を覚えたから、ヒックスチャックをクビにしようって言ってた人。
キライなタイプ〜。
「今回は、大赤字です。皆さんの装備の破損に道具類の紛失。三人から四人に増やした配達担当の専属人夫は軒並み重傷。どういう事ですか?貴方がたが、急いで出発したいと言ったのですよ」
いい加減プリプリ怒ってもしょうがないんだけどな〜。
ヒックスチャックが消えて、初の魔王領遠征。ヒックスチャックがまだ生きているかもしれないからと、急いで再出発したんだけど、失敗。魔王城に着くまでもなく、小城をいくつか抜けた所で全滅。今回は大きな戦闘は無くて、ほとんど罠にやられちゃったんだからね〜。それも落し穴。
原始的だよね~。
それにしても、前回遠征に行ってからそれ程時間も経っていないのに、あんなに罠の種類や場所を変えてくるなんて、魔王領ってスゴイよね〜。
「──それに、盗賊は、戦闘の役に立たないのでしょう。それを助ける為だなどと…………。せめて費用分だけは、元を取ろうと専属人夫を増やしたというのに──」
「お言葉ですが、 前回、ヒックスチャックが帰って来れなかったのは、転移の魔道具の不備が考えられるのではないですか?だとしたら、責任はフゥンドゥマンさんにあるのではないですか?それに、今回は大きな戦闘もなかった。なので、ヒックスチャックの戦闘能力を引き合いに出すのは、違うと思うのですが」
双剣士のタリバースが、口を挟んできた。
た〜〜!この理屈屋君ったら、いらない事を言わなくてもいいのに〜。また話が長くなっちゃうよ~。
「フゥンドゥマンさん?ちゃんと司祭を付けなさい。私の呼称は、フゥンドゥマン司祭だ!それに、魔道具の不備?見たのかね?それで、私の責任だと?」
「それは…………、彼は、いつも一番最後に撤退していたから。人夫を含めた全員の安全に携わるのが斥候の仕事だと言われてましたから」
「ほれみなさい。彼は殺されたんですよ。──ん、ちょっと待ってください、そうすると、何かね、この惨状は?戦闘をする事もなく、全滅したと言うのか?」
「それは──」
「君に聞いているのではない。クリス、答えなさい。貴方がリーダーでしょう」
表情を変えることなく直立したままでクリスが答える。
「罠です。大量の落し穴にはまりました」
「罠?落し穴?この報告書にも書かれていましたが、私には理解できない。どういう事でしょう?確か、魔法使いが罠を見つける魔法を習得したのではなかったですか?」
「サーチできない罠──」
「クリス、君に聞いているのではない。サーシャ、答えなさい。魔法使いは、貴女でしょう」
席を立ったフゥンドゥマンが、こっちに歩いてくる。
うわ。こっちに来たよ。
フゥンドゥマンの執務机の前に直立している私達。
私の前に来ると、見下ろしてくる。
背の低めな私の前に立つフゥンドゥマン。
キュピーンって感じの眼鏡が怖いんだよ〜。
それにしても、面倒くさ〜。報告書に書いてあるんじゃないの?分かって言ってきてんだよね。ウザ〜〜。見下ろすんじゃないよ、目が怖いんだってば〜。
でも、言うしかないか……。
「Searchの魔法は、魔力を捉える魔法で〜、落し穴とかの原始的で物理的な罠は解んないんです〜。魔法系の罠なら解るんですけど〜」
「つまりは、斥候できる盗賊は必要という事ですね。そんな大切な職を持った仲間を急いで助けに行った事に問題があったのですか?」
タリバースが左手で眼鏡の位置を直す仕草をしながら、ドヤ顔を決める。
って、話に割込んでくるなよ〜。
って、お前は、眼鏡してないだろ〜。
「行った事が問題という訳ではありません。大体が見つかってないじゃありませんか。それから何ですか?その言い方だと、予備の盗賊を雇っていなかった私が悪いと聞こえるのですが。大体が君達にも冒険者としての経験くらいあるだろう。それこそ落し穴を見抜くぐらいの経験は。それを差し置いて、私の判断が間違っていただのと、信じられない。私の、教会の、イヤ、神に使える者に対し、間違っていると──」
フゥンドゥマンが、私の横に立つタリバースに意識を向ける。
ナイス、タリバース。
今回はナイス。
割込んでくるなよ〜とか思ってゴメンねぇ。
私からターゲットが移ったよ。ラッキー。
でも、ちょっとムカついたから、小声で魔法の詠唱。──「DiluteHydrochloricAcid」──微かにフゥンドゥマンの背中が光る。
「そもそもとして、賤しい盗賊なんて職業が、高貴なる教会クランに存在して良いと言うのですか?」
「職業を能力でなく、名称で判断するのですか?盗賊は、斥候として有能な職ですよ。それにヒックスチャックは、職を別としても大事な仲間でした」
「ええい、五月蝿い。人として大事かなんて、どうでもいいんです。教会に相応しいかどうかなんです。本当であれば、重騎士、双剣士、魔法士なんて職も嫌なんだ、私は。『聖』と『司祭』の【教会系上位職】で固めたい!白銀に包まれし聖なる──」
ダメだコイツ。
職業の役割を分かっていない。
給料良いんだけどな~。でも、こんなんが上だとな~。
抜けようかな……。
そんな事を考えながらも──「DiluteHydrochloricAcid」──魔法の追加。
それにしてもクリスもマルクもクリザレーテも大人しいよな〜。
クリスは聖剣士になってから変わっちゃたんだよね。別人になったって訳じゃないけど、ちょっと違う。合理主義なのは変わらないし、それでいて面倒見が良いのも変わらない。でも、何て言うか……大人しくなった。敬虔な信者って感じ。教会が言うなら、何でも正しいって判断しているみたい。剣士から聖剣士に職業変更する為に教会本部に行ってからなんだよね~。
教会本部って、何か怪しい?
クリザレーテは、クランになってから本部の指示で入ってきた女司祭。元から教会が全ての信者の鏡。
重騎士のマルクも、クリスと同じくクラン前からの仲間。クリスとマルクと私、そしてヒックスチャック、そこにユリザンっていう辞めてった薬師の5人で元々冒険者パーティを組んでたんだ。タリバースは、クラン設立してから入ってきたんだよね。でも、ユリザンは獣人の血が入ってるっていうんで、教会側からクラン設立の時に外されたんだよね。可愛い娘だったのに……。教会は、人族しか認めてないからな〜。
って、そう、マルク。何してんの?
視界の端で、妙に上下してるものがあるな~って、思ってたら──スクワット?
何故今スクワット?
昔からトレーニング好きの脳筋野郎と思ってたけど……。最近、度が過ぎてない?
っと、またまた追加で魔法をかけてから、言い合うタリバースとフゥンドゥマンを見る。
「──それでだ、君達の装備を腐食させたという、落し穴の中にあった物ですけどね──排泄物だと判別できましたよ。排泄物、つまりはウン○。魔物だが魔獣だかの糞、クソ、クーソですよ。臭いで判るでしょ。分かりますか?落し穴に落ちて、人夫を怪我させた上に、糞で装備を駄目にした。ああ、損害がどれ程か分かりますか?クソックソックソッ」
タリバースとの言い合いを終えたフゥンドゥマンが『クソ』を連発している。
そっと、四回目の魔法をかける。
ここで、今まで黙っていた女司祭のクリザレーテが口を開く。
「すいませんが、御祈りの時間です」
それでは失礼します、と、執務室から出ていくクリザレーテとクリス。
街にいる間、二人は礼拝を欠かす事はない。
呆然とするフゥンドゥマンと私とタリバース。マルクはスクワットを続けている。
やっぱりクリスは変わってしまった。
私達を駒のように扱う彼もまた、敬虔なる駒のように感じられた。人間味がなくなった。
苛立ちを削がれたフゥンドゥマンもまた、舌打ちをしながら部屋から出ていく。礼拝堂に向かうのだ。
その彼の背中からポロポロと衣服が散っている。
私の魔法によって、ゆっくりと腐食された白い布地が粉となり、床にこぼれていく。
── プルッ
貧相な背中の下で、お尻だけが形良く輝いている。
「絶対にチャームポイントは、お尻ですね」
真顔で呟くタリバース。
ちょっと、ちょっと、こんな時にも眼鏡を上げる仕草をしないでよぉ。笑えてきちゃうからぁ〜。
「誰だー!」
遠くの方からフゥンドゥマンの怒号が聞こえた。
ありがとうございます。