5.残された魔王城
西の魔王城。
カーランが消えてから数日が経っていた。
◇
「宰相殿、ファーハレソヨ小城の修繕の件ですが、よろしいですか?」
痩せぎすで、一本角の文官が声をかけてきた。
宰相であるザディマスタは、イライラしながら言葉を返す。
「どうせ予算を通せということだろう?財務方に相談しろ」
「すいません、財務方からは、予算の都合上、全てを通す事はできないので、どこに予算が必要か確認してこいと」
「軍策方に相談しろ」
「軍策方は、戦時下以外は活動しないと…………」
「クソッ、使えない奴らめ。ああ、そうだ!カーラン。カーラ──イヤ、何でもない──私の部屋に置いておいてくれ」
数日前、カーランが消えた。
書類が届かないから様子を見に部屋に行ったら、もぬけの殻。あんなに散乱していた本の一冊も残っていない。ただ机の上に『辞めます』と紙が一枚。
『クソッ、あんなに目を掛けてやったのに──これだから平民は!』あの時の怒りが、フツフツと蘇る。
「宰相様、ファーハレグン小城の配置の件ですが──」
「宰相様、ファーハレフレ小城の修理内訳ですが──」
「宰相様、報告書が出ておりません──」
「宰相様、食料搬入方から報告が入っています──」
「宰相様、国境線で人族の侵入を確認しました──」
「宰相様、救護方より──」
「宰相様、──」
「宰相様──」
あぁ煩わしい!
全てカーランに任せていた仕事だろうが!
こんな雑事を何で、宰相たる私が一々、一々、一々…………あ〜〜!!
んっ、待てよ。さっき、人族が侵入とか言ってたか?
「軍策方を呼べ。人族が侵入してきた!」
宰相ザディマスタは、声を響かせた。
◇
人族侵入に対する軍策会議。
「──の状況により、現在確認されている人族侵入者は、前回攻め入ってきた人族パーティであると──」
「──前回も、多くの魔族が討たれています。目的は──」
一通りの報告がなされ、侵入者は聖剣士クリス率いる【白銀の騎士】であると確定された。
「人族の若造が、性懲りもなく──」
「前回潰した小城の修理が済む前にという算段じゃろ」
「所詮、十人にも満たぬ人族じゃろが」
「いつも通り、返り討ちじゃ」
口々に言葉が飛ぶ。
それを見たザディマスタは席を立ち、軍策方の議長連に礼をとり、会場を後にしようとした。
「それでは、後は軍策方にお任せして、私は失礼いたします」
「何を言う、宰相殿よ。戦役のエリア長が一人も来ておらぬではないか?そちには、その代わりをしてもらわなければならん」
議長の横に座る三つ目の老人が鋭い視線を飛ばしてくる。
見回してみれば、七あるエリアのエリア長の姿が一人もいない。
「私は、確かに伝令を…………」
「エリア長といっても、いつもカーラン嬢しか来ぬがな」
「そうなのですか……副議長殿の言う通りでございます……ね」
渋々と椅子に座り直す。
クソッ、何してんだ奴らは。
こんな腐れ公爵家が仕切る会議なんていたくないんだよ。
自分もカーランに押し付け、今まで会議に出たことがなかったという事実は、ザディマスタの頭には残っていない。
軍策方は、パクスマック公爵家が代々議長を務めている。現在の軍策方も変わりなく、議長がパクスマック公爵家の嫡男、副議長がその伯父、参事から議員の半数以上に至るまでパクスマック公爵家の息がかかっているのだ。
主な役割としては、敵が魔王城に至るまでの味方魔族の作戦と配置。
ちなみに、城内は戦役と呼ばれる各エリア長に一任されている。
「会議を再開しようかの──」
副議長の声で、皆の目付きが変わる。
「──従来通りで良かろう」
「「「「「「「異議なし」」」」」」」
「決定じゃ」
ザディマスタは、己の今見たモノが信じられなかった。『これが会議なのか?』口に出せない言葉。
貴族主義の怠惰なる悪しき慣習。
早く終わってほしいけど、終わらせる訳にはいかない。こいつ等は状況も状態も分かっていない。
恐る恐る口を開く。
「あのぉ、小城の修繕工事も終わっておりませんし、外エリアの人員配置は如何されるのですか?前回の侵入時に多くの負傷者が出ていますので、兵数も足らず、従来通りというのは…………」
「そんな事、お前たちが考えればよいであろう」
「副議長様、そこは、軍策方の方でお願いできたらと…………」
「んっ、今までは、カーランがしていたぞ」
「カーラン…………。あの、カーランは、今、おりませんので…………軍策方の方で…………」
「仕方がないの」
仕方がないのじゃねぇよ。
お前達の仕事だろうが!
「地図は何処だ」
「へっ?」
副議長の言葉に、出したらいけない声が出た。
「地図じゃ。地図。いつもカーランが持ってきておったぞ」
ここでも『カーラン』。
カーランは、お前達軍策方の召使いじゃないって。
取り留めのない会議が続いている。
いや、これが会議と言えるのか?
資料も揃わず、地図も無い。唯の確認作業。
何か言う度に下っ端達が右往左往するけど、右往左往するだけで何も持ってくることはない。あっ、いや違う紅茶だけは四回も持ってきた。
はぁ…………。
「決めた!」
今まで、ただ暇そうに座っていた議長が、いきなり声を発した。
見た目は、まだ幼い子供にしか見えないのに、議長をしているだけはある。そう、ザディマスタが感心した直後、耳を疑う発言がもたらされた。
「落し穴作ろ。大っきいの沢山。で、でねぇ──プッ、クスクス──中にウン◯いれるの。ブリブリブリ〜〜って」
はい、見た目は子供、中身も子供。
正真正銘、お飾りの議長でした。
「おぉーー。流石でございます!」
「いや、正に神童!」
「私めには考えつきませなんだ!」
「もう、それしかございませんな!」
へっ?
耳を疑った。
ありえない。ありえない。ありえな〜い!
そんなザディマスタをおいて、会議は終決する。
夜を徹して突貫で行われた落とし穴は、百五十を越えた。
そして、その全てに──うん◯が満たされている。
◇◇
落し穴うんP作戦は、一応の成功を果たした。
でも…………。
「宰相様、輸送部隊が落し穴にハマりまして、輸送物資が…………」
「宰相様、御用商人が落し穴にハマりまして…………」
「宰相様、兵達が陣内が臭うと、ボイコットし…………」
「宰相様、…………」
「宰相様…………」
あーーー!
無作為に掘られた落し穴は、尋常でない被害をもたらしていた。
この魔王城が〝糞臭の魔王城〟と呼ばれるまで、後五十日。
ありがとうございます。