3.そして二人は手を繋ぐ
◇◇◇
声の主は女だった。
銀髪を一纏めにした、眼鏡の女性。細身の身体を地味な服で包んでいる。
若い?
パッと見、二十歳前後といったところか?(魔族の年齢はわからないけど……)
「で、今日は何? リベンジ? 暗殺?」
女は、小さな声で言ってきた。
えっ?んっ?はっ?なんの事?
誰? 俺の知ってる人? リベンジって?
女をそっと見つめる。
やっぱり初めて見る女だ。地味だけど清潔感があって、真面目そうで、見るからに苦労人なのがわかる。
眼鏡が知的で、その奥の瞳が紅く綺麗で、小振りな鼻がキュートで、キッと閉じられた口は唇が薄く小さい。痩せているが、服の上からでも分かる形の良いおっぱい──震えている。微かに震えている。
俺が怖いのか?
つい、女から目を逸らす。
そこに見えたのは、小さな化粧台と壁に掛かった紐のような衣装。
えっ?
「あの痴女──魔法使い……カーラン?」
えっ、あのケバくて派手で下品な女魔法使いの素がこれ?
再び女に目を戻した俺の前で、カーランは真っ赤な顔をしていた。
──トントン
ちょっと間、止まっていた視線を戻させたのは、ノックの音だった。
「カーラン。ファーハレエ小城から追加予算の申請が入っているのだが──」
ドアが開けられる瞬間、俺はカーランに本の陰に隠された。
「は、はい、宰相様、どうされました?」
「誰かいるのか?」
「いえ、誰も。で、どうされましたか?」
カーランは、俺がいることを誤魔化してくれるようだ。
「ああ、小城からの追加予算申請がこちらにきたぞ。こんな事に私を煩わすんじゃない。お前の方で見ておけと言っていただろうが。だから、成り上がり平民は使えないんだ」
「申し訳ございません」
「それにしても、なんだねこの部屋は?コボルトのゴミ箱でももう少しキレイだよ」
「それは、ちょっと……忙しく…………て、時間が取れず…………」
「時間は作るものだよ。そんな事もわからないのか?向いてないなら辞めればいいんだよ」
「……………………」
「お前みたいな平民でも、見た目だけは磨けばそれなりなんだから──」
「至急確認いたしますので!」
「フン。グズが」
宰相と呼ばれた男は、去っていった。
イライラと罵倒したと思えば、蔑み、身体を要求するいやらしい言葉を投げかけて去っていく。
あれが魔王城の宰相か……。
呆れるしかない。
カーランは、開けっ放しになったままのドアを閉めると、へたり込むように腰を落とした。
「大変なんだな……」
近付き、そっと肩に手を添えると、カーランはビクッと身体を震わせると、こちらを見た。
瞳に涙が溜まっている。
眼鏡の下に隈が見える。肌もカサカサと乾燥している。
そっと頭を撫で、軽く抱きしめた。
この娘がとても可哀想に感じた。
胸を貸す事くらいしかできない自分がもどかしかった。
固まった体から体温が伝わってくる。
カーランは、俺の胸の中で、泣いた。
◇
「──だから、一人でこんな所に」
「ああ、嵌められたか、本当にトラブルだったのか」
「多分、裏切られてるね、それは」
「やっぱり」
「だって、設定していないってありえないよ。だって、あの魔道具こっちにもあるから分かるけど、地点設定と同時にできあがるから、ね」
「あ〜、嵌められたかぁ」
「嵌められてるねぇ」
──二人は並んで座っていた。
「──でさ、シーフの俺は、お役御免ってわけだ」
「あ〜、よくあるミスだねぇ。魔法使いのSearchってさ、魔法系の罠しかわかんないんだよ。単純な物理的罠はわかんないの」
「えっ、そうなの?」
「そうそう、それにね、生体感知って言っても、普通は魔力感知だから、大っきな敵がいるぞ〜って行ってみたら、魔ゴキの巣だったり」
「かはっ、笑えるね」
──何故か二人で話をしていた。
「──でね、文官も貴族だからさ、こんな仕事は平民上がりがやっとけーって感じ。私、戦闘職だよ、それもエリア長。なのにさ、管理職の仕事に、文官の仕事までさせられてさ、もう無理。絶対に無理」
「大変だな。でも、戦闘職って……あの…………」
「きゃ〜!あの衣装でしょ、絶対、変だよね。やらしいよね。でも、あの衣装着ないと部下が戦ってくれないのよ。なんかやる気がでないって……」
「やる気の意味が違う気がするけどな」
「でしょでしょ。魔族なんてスケベばっかしなんだから」
「……まぁ、魔族にかかわらず、男ってのはスケベなもんだが…………」
「え〜。ヒックスチャックも?」
──ときおり見せるカーランの可愛い仕草にドキッとしながらも、話しは続いていた。
「──でさ、職業選定の時、戦闘系だと剣士か盗賊が選べたんだけどさ、孤児でよ、金もなかったから……」
「あ〜、剣って高いもんね。でも、基本職って魔族も人族も同じなんだね」
「そうみたいだな。でも、捕食者は、人族にはないぞ」
「アハハ、あれは魔族でも特に獣寄りだけだよ」
「そうなんだ。でも、亜人種には捕食者っぽいのがいるぞ。ほら、豚みたいな」
「それは、オーク。だったら、人族にもいるじゃん。チャラチャラした服着た豚みたいな」
「それは、多分貴族」
──気が付けば、話をする二人の距離は近付き、手と手が触れていた。
「──でね、私を拾ってくれたのが、先代の宰相様」
「じゃあ、さっき来てたのは?」
「今の宰相。先代のバカ息子」
「先代は?」
「死んじゃった」
「他に身内は?」
「いないよ」
「そっか。カーランと俺も独りぼっちなんだな」
──触れた指先が絡まる。
「──でもさ、盗賊の上級職って、イメージ悪過ぎるだろ。悪漢に暗殺者ってなんだよ~」
「だったらウォーカー職になったら?」
「ウォーカー職って、あのシャドウウォーカーみたいな?」
「うん、ウォーカー職も盗賊の上級職だからね」
「でも、魔族専用職だろ?」
「人族でも職変更できるよ。過去に例があったはず」
「ウォーカー職か……。強かったな。お前の部下だったか」
「うん。いい子だったよ。でも、戦いだから仕方ない」
「ゴメンな」
「いいの。でもさ、ヒックスチャックのシーフの練度だったら、シャドウウォーカーより上位のインビジブルウォーカーが狙えそう──あっ」
「どうした?」
「でも、人族じゃなくなっちゃう。混合種、魔族混じりっていうのかな」
「種族が変わるのか──それは、どんな種族?」
「人族より魔力が増えて、寿命が倍くらいになるかな。私も混合種だし。でも、私は血統的な混合種だから」
「寿命が倍か…………」
「イヤ……だよね。知り合い皆んな死んじゃうだろうしさ──独りぼっちになっちゃう」
「イヤ、別に良いかな──カーラン、お前と居られるんなら」
「えっ…………うん」
──二人の距離が近付いていく。
「──でもね、あの馬鹿宰相。いっつも怒った後で身体を要求してくるの。平民が平民がって、バカにした後にだよ、信じられない」
「ふ、ふ〜〜ん。で、…………」
「イヤだ! あんな奴に私の純潔をあげるわけがないでしょ。それに、私なんて…………」
「私なんて?」
「私なんて……、女らしいとこなんてないし、眼鏡だし、肌もカサカサだし──」
「そんな事ない」
「──ん何言ってんの。第四の吸血姫とか見た事ないから言えるんだよ。目も大きいし、お肌もプルプルだし、バイ〜ン・キュー・バ〜ンって感じなんだよ」
「でも、頑張ってるお前が良い」
「ちょ、ちょ、ちょ…………」
──二人の唇が重なった。
◇◇◇
そして、二人は姿を消した。
ありがとうございます。