表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2.不遇な男と不遇な女

ありがとうございます。

 暫くして、俺は目を覚ます。

 戦場となっていた広間は灯りが落とされ、静まりかえっていた。


 ── 生きてる?


 死んだと思っていた自分が生きていることに疑問をいだく。


 ── グチャ


 滑っとしたモノを身体の下に感じた。

 確か──サーシャの魔法で殺られた魔族達の死体の陰に隠れて、隙を窺っていたところ──不意に現れたシャドウウォーカーってコボルトに腹を刺されて──でも、返り討ちにして──でも、既に致命傷で──転移の魔道具が使えなくて──死体の上で死ん……だ。


 ── えっ?


 俺、生きてる?

 で、俺の下に有るのは──死体……で、あったモノ。

 切り刻まれ、細切れになった夥しい肉片。

 牙、歯、骨片がチクチクと上体を起こした尻と手に刺さってくる。

 そして、脇に転がる無数の空になった魔石。



 魔石は、魔族、魔獣といった魔物のような大量の魔力を有する生物の体内に出来ることがある鉱石だ。一説には、空気中の魔素を体内で魔力に変換する時にでる残滓が固化した物だとか、体内魔力の残滓が結晶化したものだとか云われている。


 魔石は高純度の魔力が内包されていると云うが、何故ここに?──いや、魔物の死体の上にいたんだから、魔石があってもおかしくないが、何故体内から抜き出されている?──それも、魔力を吸い出された後の濁りきった空の魔石が?こんなに大量に…………。

 ふと、脇腹を見る。

 そこには刺されままの筈の短剣がない。

 まるで金属を溶かし込んだかのような痕。ケロイド状になった溶接痕のような跡があるだけだ。


 ── 何だこの傷痕?


 体を捻ってみても、引き攣ったような感じもない。

 一息ついて、俺は立ち上がった。



 西の魔王城。

 魔王城は各地にあるが、大きい物は三つ。北の魔王城、東の魔王城、そしてこの西の魔王城と呼ばれている物だ。正式名称は、ウンデスメイシンファーハレンブルノイサット城というらしいが、人族としては西の魔王城と呼んでいる(長いからね)。当然ながら、魔王城付近は、魔王領であり、小さな城と砦が点在している。

 で、この魔王城は、今回、【白銀の騎士】が討伐しきれず、敗走した城でもある。

 道上の小城は、ほぼ攻略済み。やっと本丸に入ったというところで、足踏みとなってしまった。



 周囲を確認しながら歩き始める。

 かなり暗い筈であるが、以前より良く見える気がした。暗闇に目が慣れすぎたのか?

 向こうの方でランタンを持ったコボルト達が死体の処理をしている。

 トボトボと台車に死体を積み込む者、ダルそうにモップで床を拭いている者まで見える──この暗さであそこまで見えるなんて、視力も上がっている気がする。死にそうになってレベルアップしたのか?

 それよりも──


 ──脱出する手立てを考えないと…………


 でも、できるならついでに金になる物を手にできたらラッキーなんだけどな…………。

 どうせ、このまま帰られたからって、クランには居場所が無いだろうし──死んだ事になってるだろうし。一般の冒険者に混ざって働くのも難しそう──この間の様子からして歓迎されないだろう。となると、本当の盗賊にでもなるしかないかもしれない。でも、そんな事はしたくない。

 そこで、目的を追加。


 斥候中に見つけた宝物庫らしき部屋。

 クリスは、魔王を倒す事のみに傾注しているから、宝物庫を発見しても、そこに微塵も興味を持たない。どうせ、魔王を倒したら手に入るから、くらいのもの。それを、俺は手にする。盗賊(シーフ)の本領発揮だ。



 宝物庫があったのは、正面(フロント)第二エリアから下った地下。

 基本的に裏から侵入する予定だけど、必ず第二エリアを抜ける必要がある。

 第一エリアの狼達が出張ってくる可能性もあるけど、これは臭い消し用の香草と隠密スキルで問題なくスルーできる。


 気をつけるのは、二人。

 宝物庫のある第二エリアの中ボス(?)、えっらい服装の魔女と、ゴブリンの形をしたシャドウウォーカーという魔族版アサシン。

 魔女。えっらい服装と言っても、偉い感じの服装ではない。まさに痴女。引き締まったウエストラインに大き過ぎず小さ過ぎずの形良いバスト、小振りなヒップに布面積の小さ過ぎる服(?)。紐ですか?と、問いたくなる。輝く銀色の髪、顔も小顔で整っているのに、場末の飲み屋の姉ちゃん的な濃い化粧を施していた。

 色んな魔法を使ってたし、【白銀の騎士】を撤退に追い込んだんだから、強いのはわかってるけど、やっぱり服装がなぁ……。

 シャドウウォーカーは、今回、不意をつかれたところを相打ち覚悟で倒したけど、見た目がコボルトそのままだったから、(ジョブ)的な感じ?また出てきたら面倒。こっちのシーフスキルを看破してくる上に、神出鬼没で個人戦闘力も高かった。一人だけで本当に良かった……何人もいたら暗殺スキルだけで全滅だった。



 忍び込んだ魔王城。

 スキルにまで昇華した侵入技術。

 一人であれば、俺のシーフスキルは無敵──だって、敵に見つからないんだから。

 それにしても、俺の隠密スキル、こんなに凄かった?


 忍び込んだ先は、居住区のようであった。裏から見る魔王城は、人族のそれと同じようで、休憩中の衛兵の間を書類を持った文官達が走り回っている。

 他にも、怪我をして包帯を巻いている者。

 上司の愚痴を漏らしている者。

 女官に愛を語らっている者。

 お腹を減らして食堂に走る者。

 様々だ。

 そんな雑多な魔族達の気配を避けて進んでいくと、ちょっと静かな区域に出た。

 役職持ちのいる区域か?

 ドアが並んでいる。一つ一つのドアとドアの間隔から、中はある程度の広さがあると想像できる。


 そんな時、一つの扉から出てくる魔族の気配を察して、近くの部屋に逃げ込んだ。


 個室。

 薄暗い部屋。所狭しと積み重ねられた本の山に、書類の散乱した職務机。小さな衣装ダンスに簡素なベッド。奥の部屋も本と何かの実験器具で埋め尽くされている。

 何となく、仕事に追われる社畜を思わせる。

「魔王城もブラックなんだなぁ……」

 そんな言葉が口から漏れた。


「そうかもね」

 本の山の陰から声がした。



 ◇◇◇


 魔王城は、今日も大忙しだ。

 先日も人族が侵入してきた。何とか返り討ちにしたけど、部下が死んだ。やっと育て上げたシャドウウォーカーだったのに…………人族のシーフに一突き。大体がシーフなんて、シャドウウォーカーの下位職でしょ。はぁ~練度が違ってた。とりあえずで盗賊(シーフ)スキルを身に付けさせたコボルトじゃあ、無理だったのかな…………。

 その上、小城も結構落とされたし…………。


 あ〜もう、大体が魔王軍なんて脳筋の集まりだし、うぬぼれ屋のナルシストばっかだし、スケベで好色でSEX脳の下卑た集団で、その上、血統とか種族主義で凝り固まった使えない奴らの軍団でウザい。


──カーラン嬢。儂はファーハレグン小城でよかったかの?

──カーランよ。ファーハレフレ小城よりファーハチノ小城の方に行きたいぞ。

──カーラン様、ファーハレソヨ小城の修復費用の件ですが──

──カーラン。先日の人族襲来の件で──

──カーラン嬢。ファーハレグ小城だったかの?ファーハレゾ小城だったかの?

──カーラン、やっぱり俺には第一エリアは向かないと思うのだが……

──カーラン…………

──カーラン……

──カーラン

 嗚呼、もううるさい!


 なんで、魔王城の第二エリアのエリア長をしながら、小城の復興管理、領の予算委員、魔王軍配置管理、衛生管理委員等々しなくちゃいけないの?

 第一エリア長の狼男なんて愚痴ばっかだし、第三エリアのオーガなんて酒呑みながら筋トレ? 第四エリアの吸血姫なんて寝てるのよ。『たっぷり寝ないとお肌が荒れるから』って、何様? リッチは研究って言って部屋から出てこないし、リビングアーマーは動きゃしないし、魔獣使いはドラゴンの餌やり? はぁ?



「カーランよ、先日の報告書はできたか?」

 チャラチャラとした衣装を纏った背の高い男が、急かすように言ってきた。

「宰相様、あの件でしたら、既に提出しましたが?」

「ああ、だがしかし、あれは第二エリアの事だけだったではないか。第一や外周部、第三、第四エリアの準備具合も含めて報告してくれ」

「えっ、私は第二…………分かりました。早々に」

「急いでくれよ。私が魔王様に怒られるんだからな」

 宰相は、足早に去っていく。


 お前の仕事だろうが!

 今どき片眼鏡(モノクル)なんて流行らねぇんだよ。

 侯爵家かなんか知らんけど、お前も働けや!


 喧騒から逃げるように部屋に戻ると、山積みとなった本の間に座り込む。

 疲れた…………。

 ただ疲れた…………。

 辞めちゃおうかな、こんな仕事。

 『肌が荒れるから』……か。

 目の下にできた青黒い隈。睡眠不足で荒れた肌。慢性化した偏頭痛。

 積まれた本の一冊を開く。

 ──【秘められた職──魔族版】

 一本の短剣を思い出す。

 コボルトにウォーカー職を就かせる事のできた魔道具。祭祀用具だから実戦闘に使わないでと、あれほど言ったのにな…………。

 私が創った魔道具──失われた(ジョブ)を復活させたのに…………。

 


 不意にドアが開かれた。


 鍵を掛け忘れてたか。まぁいいや、隠れてよ。本の陰で居るか居ないかわからないでしょ。私は居ません。居留守です。


 暫くして、部屋に入ってきた気配は、呟くように言葉を落とした。

「魔王城もブラックなんだなぁ……」


「そうかもね」

 つい同意しちゃった。

 あまりにも沁み沁みと言うもんだから、言葉を返しちゃったよ。どうする?

 慌てて自分の口を塞いだけど、もう遅いよね。

 でも、知らない声。

 誰なんだろう?

 そっと本の脇から窺う──誰?

 見たことがある気がする。でも、魔王城の人じゃあない。私が知っている魔王城職員の中にはいない。


 男?

 人族?

 ダガーを構えて警戒している。

 一人?

 一人で侵入してるの?

 この魔王城に?

 でも、さっきの言葉──話しが通じる相手かな?

 私は立ち上がる。


 あっ、わかった。思い出した。

 この間の人族のシーフだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ