第八話
ジリリリバンッ!
っし!今日は早く起きれたぞ!午前6:30ちょうど!
ふはははは!いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!…………あれ?まてよ、これ、まだ怜の手の中じゃ……
「おう、今日は、早いのだな、慎也」
怜は飯を作って用意しているところだった。
献立はいつも通り、だけど飽きないんだよな。
「おはよう」
うーん、昨夜のあれこれについて聞きたいんだが、いきなり聞いてもいいものだろうか……
そんな感じで、飯を食いながら、怜の重さのなさやら寝付きの良さやらについて聞くべきかどうかを考えていたら、怜が口を開いた。
「どうした、慎也、何か、聞きたいことでも、あるのか?それとも、愛の、告白か?」
ニヒヒと笑いながら聞いてきた。
相変わらずの冗談だ。
「ああ、えーっと、その、あー……………………一回、抱っこしてみてもいいか?」
……何言ってんだ、俺?
寝起きで頭朦朧としてんのか?
キョトンとした顔に、真ん丸の目を二つ浮かべて、怜は俺を見る。
当たり前の反応だ、俺だってそうなる。
突然『抱っこしていいか』なんて、そりゃ引くよな。
相手が家族でもない年下の幼女ともなれば、なおさら。
「いや、別に、私は、全然、構わないが……」
そう言った怜は、椅子から降り、
「ん」
と言って、両手を俺の顔に向けてきた。
ほんとにいいのだろうか……
俺が逡巡していると、
「何を躊躇って、いるのだ、抱っこ、したいの、だろう?」
と怜は言って、ズイッとさらに近くに寄ってきた。
「じゃあ、えっ……と、遠慮なく……?」
俺は手を伸ばし、怜の脇あたりに手を差し込み、痛みを与えないよう気をつけながら力を込め、怜を持ち上げた。
「おー!」
無邪気な子供みたいに、怜は目を輝かせて、歓喜の声を上げた。
それはそれとしてだな、うーん……俺の勘違いだったのか?
全然重さあるんだが……
「ういしょっと」
俺は怜をゆっくりと下ろした。
全然健康的な重さだったな、平均とか分からんけど。
怜はなにやら不満げな顔を向けてきて、こう言った。
「もう一回、抱っこしろ」
「……えっ?」
「なんだ、聞こえなかったのか、もう一回と、言ったのだ」
聞こえてたよ、その上で「えっ?」って言ったんだよ。
嫌だな、疲れるし、普通に重さあったし……
どうしたら諦めてもらえるのか、こいつ諦め悪いんだよなあ……
いくら考えても、俺の頭じゃいいアイデアは浮かばない。
そんな俺に、追い打ちをかけるかのように、ふくれ顔で怜は言った。
「もし、してくれないなら、もう、家事、手伝わないぞ」
トンデモ理論だ、勝手に居候しておいて。
まあ、でも、うーん……まあ、先行投資だ、未来の俺感謝しろよ。
「んしょっと」
さっきと同じくらいの高さまで怜の体が持ち上げられる。
ったく、キャッキャはしゃぎやがって。
まあいいさ、これで家事手伝ってくれるなら。
俺はゆっくりと怜を下ろす。
「ほら、もういいだろ、そろそろ飯食うぞ」
「いや、もう一回だ、もう一回」
「いや、もう、今日は遠出しなきゃいけないから疲れたくないんだよ」
怜の言葉がピタリと止まる。
あれ?俺なんかまずいことでも言ったか?
「慎也、今日、どこへと、行くつもりだ」
「え?えっと、水族か……」
「私も、連れて行け」
食い気味に怜が言った。
「えっ、いや、別にいいが」
「よし、なら、すぐに、ご飯を、食べるぞ」
そう言うと、ものすごい速さで怜は飯を平らげだ。
そして、とてつもない速度で外出の準備をした。
こんな早く動けたんだな、こいつ。
「よし、準備、完了だ、早く、出かけるぞ」
初めて見たな、こんなはしゃいでる怜。
実に楽しそうだ。
だがな、
「まだ俺が準備できてねえんだよ」
「わあー!」
電車に十数分ほど揺られて、俺たちは今水族館の中にいる。
なぜなら、最後の夏休みの課題、『生物を観察し、レポートにまとめよう』とかいうやつを片付けなきゃいけないからだ。
夏休みだから当然っちゃ当然だが、そこそこ混んでるな。まあ、それでもすいてる方か。
そういや怜、電車を大人料金で乗ってたってことは、中学生なのか?
うーん、まあ、見た目で判断しちゃいけないよな。
まあこれではっきりしたな、怜は中学一年生ってことが。だからどうしたって話だが。
「どうした、慎也、早く、行くぞ」
目をキラキラさせながら、怜は俺の手を引く。
「はいはい」
「見ろ!慎也!サメだ!」
「エイ!エイだぞ!」
「ペンギンだ!」
「タコだ!タコ!」
「クラゲが、こんなに!」
見るからにテンション上がってるなあ、怜のやつ。
俺はこれから課題をやらなきゃいけないってのに。
はあ、それにしても、どの魚にしようかな。
そう考えながら、ふと顔を上げると、バカでかい水槽の中を、マグロ、カジキ、サメなど、大きな魚が泳いでいた。
その様子は、言葉じゃ言い表せないほど美しかった。
魚に感動したのは初めての体験だ。
その水槽の前には、こじんまりとしたベンチが三つ設置されていた。
運の良いことに、誰も座っていない。
ちょうどいい、カジキについてでも書くか。
俺がそこに座ってじっと水槽の中を見ていると、隣に怜がちょこんと座ってきた。
「別に他の魚見てきてもいいんだぞ?」
「いや、私は、ここにいる、少し、歩き疲れた」
そう言って、地面に届くかどうかの足をブラブラと前後に揺らしながら、魚をぼんやりと見始めた。
んー、まあ、怜がいいならいいか。
カジキの動き方やイラストを書き始めて数十分後、
「あれ?慎也じゃん、奇遇だな」
「おー、怜ちゃんだ、やっほー」
聞き慣れた声一つと聞いたことのない声一つが頭に降ってきた。
顔を上げると、1人は浩介、もう1人は……知らんやつだ。
「何してんだ?こんなとこで」
浩介が尋ねてきた。
「生物の課題」
「うぇ?!もうやってんのか?まだ夏休み始まったばっかだろ」
大袈裟だな、そんな大層なことでもないだろ。
「さっさと終わらせて遊びたいんだよ」
「遊ぶ相手もいないのにか?」
ケタケタと笑いながら言う。
うるせえよ。
「まったく、慎也は相変わらず人見知りだな。自分から誘いに行く勇気がないんだもんな。仕方ない、暇だったら今度遊んでやるよ」
「そりゃどーも、ところで浩介は何でここにいるんだ?」
まあ、男女1人ずつだし、なんとなく予想はつくが。
「俺か?見ての通りデートだよ」
やっぱりな。
「終業式の前日にな、花梨ちゃんが誰のことを好きなのか教えてもらったんだよ、そこの『秘密売り場』の子にな。そしたら、それが俺だったんだ。で、晴れて両思いが判明して、俺たちは付き合うことになった訳」
そんなこと聞いてないが、まあ、かなり幸せそうだな、誰かわからんやつと強制的に付き合わされた俺と違って。
「聞こえて、いるぞ、慎也」
隣から小さな声が飛んで来た。
その能力厄介だな、自由に思考もできやしない。
「ねー、そろそろ行こー?」
花梨が浩介の腕をグイグイと進行方向に引っ張る。
「そうだな。じゃあ慎也、また今度な」
「ん、またいつか」
ヒラヒラと手を振りながら、2人は向こう側へと消えていった。
さて、終わらせるか。
「んーーーっと、終わりかな」
俺は小さく伸びを一つして、そんな言葉をこぼした。
「おお、終わったか、慎也、随分と、時間が、かかったな」
「悪いな、長い間待たせて、じゃあ、先進もうか」
もう課題は無くなった、あとはこの水族館をただ純粋に楽しめばいい。
「それじゃあ、まず、お昼ご飯を、食べに、行くか」
『お昼ご飯』という言葉に反応したのか、俺の腹が小さく鳴った。
スマホの時計は午前11:46を示していた。
「そうだな、ちょうど館内にレストランあるし、そこで食うか」
昼食をとった。
怜はオムライス、俺はラーメンを食った。
うん、美味かった、美味かったんだけど、なんだろう、俺は怜の作るやつの方が好きだな。
まあそれはいい、せっかく来たんだし、最大限楽しむか。
「慎也、イルカショーに、行くぞ!」
「おお、いいなそれ!」
「見ろ、カメが、歩いてる!」
「うおっ?!こんなデカいのか?!」
「アシカ!アシカだ!」
「おー、かわいいな」
そんなこんなで、あっという間に閉館時間の午後5:30になった。
俺たちは閑散とした電車に揺られて、家に戻る。
水族館自体は初めてじゃないけど、こんなに長く楽しめたのは初めてだな。
これも怜のおかげなのか?
なんか……ちょっと癪だな。
「今日は、楽しかったな、慎也」
隣で肩にもたれながら、怜が言った。
「ああ、まあそうだな」
窓の外に、見慣れた景色が映り始めた。
今日は疲れたが、まあ、楽しかったな。
いい一日だ。
夕焼けに照らされた駅のホームに降り立ち、改札を目指して2人で歩く。
何でこんなことしたのか、ちっとも分からない。
別に俺だってしたかったわけじゃない、と、思う。
言い訳にはなるんだが、その時、言葉にはしにくいんだが、なんというか、えーっと、その、前を歩く怜が、突然消えてしまいそうな、離れていってしまうような、そんな感じがしたんだ。
とにかく、気がついた時、俺は人目も構わず、怜を後ろから抱きしめていた。
ほんっっっとにひさしぶり!
前回のやつから一ヶ月以上経ってるんだね、いやはや面目ない。
いやー、一応最後の話は決まってるからエタることはないと思うけど、日常系ってさ、ファンタジーよりも現実に近い分流れで書けないからさ、書き始めるのにハードルがね……
まあこんなもん言い訳にしかならないから、今後はもっと投稿頻度上げていきたいね。
ちなみにまだまだ終わらんよ、ラストシーンっぽく見えるけどね。
じゃ、またな!