第十二話
今日の話は8月12日、つまりはお盆だ。
何度か書いてある通り、俺には、唯一の親戚である祖父がいる。
名前は「笹野 正文」、母方の祖父だから苗字は違うが、まあそれはいいとして、もう察してるだろうが、俺に金銭的援助をしてくれているのも、この人だ。
だからって訳じゃないが、毎年お盆のあたりに、祖父の家に行っている。
ジリリリリリリリリリ!
「……」
バンッ!
「…………何時だ……?」
窓から見える朝日が、いつもより低い位置にある、気がする。
時計を見ると午前5:31、はー成程、ふざけてるのか?
確かに今日は早く起きなきゃとは思ってたが、うーん、思考が読めるのも考えものだな。伝わらなくて良いことも伝わっちまう。
「おお、慎也、今日は、早いな」
ニヒヒと笑う怜が、既にそこにいた。
相変わらず早起きなやつだ。
「……そうだな」
テーブルの上には既にいつもの朝食があつあつの状態で置かれていた。なんともまあ用意周到な事だ。
「ところで、今日は、祖父の、家に、行くのだろう?」
「そうだが?」
「私も、連れて行け」
「……?」
こいつは何を言ってるんだ?
「準備は、もう、済んで、いる、さあ、行こうか!」
「待て待て待て待て」
本当に用意周到な奴だな。
「何だ?」
「いや、何だじゃなくて、俺は連れてくなんて言ってないからな?」
「ああ、別に、お前が、私を、連れて、行く、必要は、ない、勝手に、ついて、行くから、大丈夫だ」
「…………」
「…………」
純粋無垢な眼で俺をまっすぐに見つめる。
何を言ってもきかないんだろうな。
「分かったよ、連れてくよ」
「慎也は、優しいな」
怜はわざとらしくニヒヒと笑う。
はあ……なんて説明しよう。
まあ、愉快な人だから大丈夫だろうけど。
祖父の家に着いた。
俺の家から大体1、2時間くらいの、まあ、自然豊かな場所にある一軒家だ。
で、当然、俺の横にはちっちゃな金髪の少女がいる。
言わなくともわかると思うが、怜だ。
「おお、ここが、慎也の、おじいちゃんの、家か、何というか、少し、昔の、家の、ようだな」
「じいちゃんが結婚した時に買った家らしいからな」
「確か、すごい人、なのだろう?私も、知っている、人の、はずだ」
「よく知ってんな」
そう、俺の祖父は病気、その中でも特に臓器に関わるものの研究をする科学者として色んな功績を残し、多くの賞をとった、らしい。そして、今はその時取った特許でナンヤカンヤして、余裕のある老後をこの家で過ごしている、らしい。
一言でまとめると凄い人ということになる。
「てか、お前ほんとに泊まるつもりか?」
「何を、今更、当たり前の事を、言って、おるのだ」
当たり前……?まあ、いいか。
トントントン
慎也が扉を叩いた後、少しして1人の老人が2人を出迎えた。
「おー、よく来たな慎也」
「じいちゃん久しぶり」
80代前半で、にしては健康そうな背格好な白髪の男性で、程よく日焼けしている。詳しくは想像に任せるが兎に角、良い人そうな老人と言われて思い浮かべるような姿だ。
「で、そちらに居るお嬢さんは、成る程こいつの隠し子か」
「そんなわけないでしょ」
冗談をよく言うところも、俺の知ってる通りだ。
「慎也の、妻の、畏怖羅、怜だ、よろしく」
ちょっとほんとに黙っててくれ。
「つまり怜ちゃんは、こいつの身の回りの世話をしてくれていると言うわけか。いやはやなんともありがたい。これからも是非宜しく頼む」
家の説明を軽くしながら、怜に向かって深々と頭を下げる。なんか、物凄い勘違いしてそうだな。そもそも居候してるのは怜なんだがな。まあ、そもそも俺がじいちゃんの居候みたいなもんだから、何も言えないが。
「勿論、私も、その、つもりだ」
「はっはっは、こりゃあ頼もしい」
大きな声で、愉快に笑う。
にしても、やっぱ大きな家だな。俺たちのマンションの何倍だろうか。
「さてと、慎也は勿論、怜ちゃんも今日は泊まるのだろう?」
「いいのか?」
白々しいな、始めからそのつもりだったろ。
「ああ、この家は広すぎて、二人でもちと寂しいからな。怜ちゃんさえ良ければ泊まっていっとくれ」
「では、お言葉に、甘えて、泊まらせて、もらうぞ」
「部屋は好きなの使っとくれ。一応全部の部屋に掃除が行き届いている筈だ」
「あっ、じいちゃんその前に、仏壇の部屋何処だっけ?」
「ああ、こっちだ」
ここまできたらもうお察しだろうが、俺が毎年お盆にここに来ている一番の理由がこれだ。
「ああーーー」
風鈴の音、時折吹く風、いぐさの香り、特に何をする訳でもなく、ただ惰眠を貪る。
ちょっと勿体無いかもしなくもないが、最高だな。
「おい、慎也」
「んあー?」
ふと目を開けると、怜が俺を見下ろす形ですぐそばに立っていた。
「あそこの、山に、行くぞ」
窓の外に見える、少し遠くに位置する一つの山を指さして、目をキラキラさせながら、そう言った。
「……なんて?」
お前そんな事言う様な奴だったか?
「あそこの、山に、綺麗な、泉が、あると、聞いてな」
「えーっと……あー、確かにあるな」
昔、祖父に連れていってもらった記憶がある。確かに綺麗だったな。
「見に、行くぞ」
「……今か?」
「ああ、今、すぐにだ」
腕がぐいぐいと引っ張られる。相変わらず強引な奴だな。
「でもな、怜、あそこの泉は夜のが綺麗だぞ。蛍がいるんだ」
「知って、いる」
ん……?
「夜は、起きて、いられないのだ、だから、今、行くぞ」
ぐいぐいと腕が引っ張られる。だからほんとに痛いって。
いや、ほんとに。
「わ、分かった、分かったから引っ張らないでくれ」
土の匂いと、木の匂いが、鼻腔をくすぐる。この山に入るのもいつぶりだろうか。
俺の前には、ウキウキな足取りで山道を進む怜の姿がある。元気だな、別に楽な道ってわけじゃないんだがな。
「おい、慎也、早く、進め」
「急かすなよ、こちとら久しぶりの運動なんだぞ」
そんな事を言い合いながら、山の中にある泉を目指して歩いていた。
俺の記憶が正しければ、確かこの一際深い木々を抜けるとあった筈だが……
「おおー!」
怜の歓声が聞こえる。俺の記憶力も捨てたもんじゃないな。
「おおー、やっぱ綺麗だな」
木の集まりを抜けると、確かにそこには夕陽の光を反射し、キラキラと光る綺麗な泉があった。
俺たちは特に会話するわけでもなく、ただほとりに横並びで座って、暫くそれを眺め続けた。
「よし、そろそろ、帰るか」
静かに景色を楽しんでいた怜が、そう言いながらスクッと立ち上がる。
「なんだ、もう満足したのか?」
「ああ、もう、十分だ、帰ろう」
「ただいまー」
「おう、慎也に怜ちゃん、おかえり!」
家に着くと、丁度祖父が夕飯の支度をしているところだった。
「そうめんがもうすぐ茹で上がるから、ちょっと食器を用意しといとくれ」
「あーい」
なんか、機嫌良さそうだな。
「いただきます!」
今日は久々に運動したからか、それともただ単に祖父の料理の腕前が高いのか、すごく美味く感じる。
「そういえば、じいちゃん上機嫌だね。なんかあったの?」
「おー、よく分かったな。実は最近、儂が昔面倒見ていた奴らが新しい薬を開発してな、それが自分ごとのように嬉しいのだ」
「へー、どんな薬?」
「んー、実は儂もあまりそれについてよく知らないんだが確か眠りに関する奇病を治す薬だったはずだ」
「ふーん」
その時、俺の隣で出来立てのそうめんを頬張っていた怜の動きが、僅かな時間止まった気がした。
でも、俺はその事を気に留めず、すぐに目の前に置かれた白い魅力的な糸の束に意識を戻した。
もしこの時、この事について怜に聞いていれば……まあ、どちらにせよ最終的な結末はたいして変わらなかっただろうが。
「ご馳走様でした!」
いやー、美味かったな。
「ああ、食器はそこに置いておいてくれ。後は儂がやっとくから。二人とも今日は疲れたろうから、早く風呂入って寝た方がいい」
「じゃあ、お言葉に、甘えて、私は、風呂に、入ろうか」
「じゃあ二人とも、お休み」
そう言って、部屋の扉が閉められる。既に電気を消しているため、部屋が暗闇で包まれる。
ふと隣を見ると、もう既に怜は眠りについていた。
相変わらず寝つきよすぎるな。
こりゃあ夜の泉に行けないわけだ。
にしても疲れたな。俺も早く寝よう。
お久しぶりです
ギリギリ今月中に書けましたな
この文章は段々良くなってると信じたいですね
じゃあ、また次の話で!