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秘密売り場の少女  作者: 和音
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第十一話

今回は8月6日の話だ。


この日は、まあ、怜との生活を考慮すると、だいぶ異質な1日の1つになるだろう。

何故なら、この日は、俺と怜が、唯一喧嘩をした日だからだ。まあ喧嘩と言っても怒号が飛び交うやつではなく、互いにあまり干渉しないタイプの喧嘩だ。

どうして喧嘩をしたのかはよく覚えていない。でも、きっとかなり些細なことだっただろう。

とにかく、この日俺たちは、最初で最後の喧嘩をした。それだけが重要なことだ。



そんな日の朝、まあ11:00頃だが、突然ドアが開いた。それも勢いよく。

一瞬泥棒かと思ったが、そこに仁王立ちしている人物には、いやというほど見覚えがあった。

「よう!慎也!遊びに行くぞ!キャッチボールしよ……」

その場にあまりに不相応な明る過ぎる声を出した人物、宮本浩介の目は、驚愕に染まっていた。

最初、俺は、浩介がなぜそんなに驚いているのか分からなかった。当然だ、俺にとって、それは当たり前の日常になっていたのだから。

しかし、次の言葉で俺の常識が目覚めた。

「お前、もしかして、怜ちゃんと一緒に……?」

一瞬「は?」と思ったが、なるほど、そうなるのは当たり前だ。


夏休みの昼間に、俺なんかの家に女子が来る訳ない。


浩介はあることを想像したらしい。そしてさらに悪いことに、恐らくそのほとんどは当たっているのだろう。

つまり、俺たちが一つ屋根の下暮らしているということだ。

もし現実が間違いであれば、誤解は簡単に解けるだろうな。

「そうか……お前…………そっか」

ゆっくりと、静かに扉が閉まる。

そして、その直後、扉が経験したことないほどのスピードで開けられた。

「わーー!待て待て待て!!帰るな、浩介!!!違うんだ!!!!」

「いや、違くないだろ。せっかくこの多忙な俺が時間作ってお前に会いに来たっていうのに、そーか、じゃ、後はお2人で楽しんで」

「だから違うって!」


約15分、俺は何度も何度も状況を説明した。

似たような説明をくどいほど。

「ほー、なるほどなるほど、つまりお前は、家に押しかけて来た美少女と仕方なく同棲しているってわけか」

やっと理解してくれたのか?

と思ったが矢先、浩介は俺の肩に右手を置き、左手の親指を立て、ムカつくほどの爽やかな顔でこう言い放った。


「ラブコメの読み過ぎだ」



約10分後、俺たちは公園にいた。

言うまでもなく、浩介とキャッチボールをするためだ。

「なるほど、喧嘩か」

野球ボールが弧を描き、俺のグローブに吸い込まれる。

「どうすれば許してもらえると思う?」

野球ボールが、浩介の頭の上に置かれたグローブに入っていく。

「んなもん簡単だよ、謝りゃいい。誠心誠意。お菓子を添えたらなおいいな」

「そんな単純か?」

「怜ちゃんだって仲直りしたいだろうよ」

「うーん……」

「お前が言うには、そもそも押しかけて来たのは怜ちゃんなんだろ?」

「まあそうだけど」

「じゃあ大丈夫だ、応援してやるよ」

浩介は、なんと言うか、女子の気持ちがよく分かるらしい。俺とは違って。

だから、こういう時は浩介の助言に素直に従った方がいいだろう。

「……分かった、ありがとう」

こういう時は、やっぱ浩介は頼りになるな。

「おうよ!お礼はラーメンでいいぜ!大盛り替え玉付きな!」

「……」

前言撤回しようか。



家を出てからどれくらいの時間が過ぎたのか、俺に知る術は無かったが、ともかく俺は、自分の部屋の扉の前にいた。

もちろん、怜の好きそうなお菓子を添えて。

「ふー……」

こんなに家の扉を開けたくなくなったのは、いつ以来だろうか。

確か、俺の両親が死んだ頃以来だから、約3年ぶりか?

鴉の鳴き声が、その暗い記憶を際立たせた。


ガチャリと、静かな音を立てて扉が開く。

「おお、慎也、遅かったな」

俺は、想像と違った光景と怜の発言に驚き、思わず手に持っていたお菓子を落としてしまった。

カランッと軽い音が鳴る。

「ん、なんだ、慎也、お菓子を、買って、来たのか?」

「え、あ、ああ……まあ……」

「なら、一緒に、食べようか」

どういうことだ?

あんなに怒ってたのに、まるで別人みたいだ。


向かい合って、一緒に買って来た物を食べた。

部屋の中で二つの咀嚼音が静かに響く

全く気まずさがない、わけではないが、怜がいつも通りに接してくれるおかげで、殆ど日常になっている。

謝るタイミングを完全に失ったな。

「慎也」

突然、怜が沈黙を破った。

「は、はい!」

思わずバカみたいな声を上げてしまった。

「その、今日は、すまなかったな、くだらない、事で、怒って、しまって」

「……いや、俺の方こそ、ごめん」

「……」

「……」


パンッ!


怜が、唐突に両手で音を作る、まあつまり手を叩いた。

「さて、これで、仲直りだな」

そして、俺にニヒヒと笑いかけた。

浩介の言う通りだった。どうやら、これが怜なりの仲直りの方法らしい。

そして、恐らくこれは最も良い方法だろう。

「……ハハッ、そうだな、そうしよう」

暗い部屋が、明るさを取り戻し、日常で包まれた。


この後のことは、もう言わなくとも良いだろう。

俺たちの間で生じる、ありふれた時間が経過した。ただそれだけだった。

これ以上特別なことも起きず、その日の夕焼けは平和に輝ききった。

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