第十話
これからは、俺たちの夏休みの日々のうちで、何かイベントごとやらなんやらがあった日だけを書いていこうと思う。
毎日毎日何かある程、俺たちの日々は色とりどりじゃあ無かったからな。
ってなわけで、今回は8月1日の話だ。
「慎也!おい、起きて、これを、見ろ!」
バシンッ!
俺の顔から破裂音のようなものが鳴った。
「ってぇ!」
顔が痛む中、何が起きたのかと飛び起きると、怜が一枚の紙を俺に見せる。
「ほら、ここ!夏祭りが、開催される、らしいぞ、慎也!」
「…………」
時計を見ると、午前6:19……え?つまり俺はこのためだけに朝早くに文字通り叩き起こされたってわけか?
「行くぞ!今すぐ!さあ!早く!」
寝起きの俺を、怜はぐいぐいと引っ張る。
普通に痛い、が、もっと大きな問題がある。
「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと待て。それ、ちゃんと読んだか?」
この時期に開催されるこの地域の祭りは、俺は一個しか知らない。
毎年、街中にある少し大きめの『もみじ公園』で行われる祭り、『紅葉祭り』だ(何をもって紅葉なのかは全く分からんが)。
そして、行ったことこそないが、それに関する知識はある程度はある。
だから、一つ、明らかに怜が間違えている、ということが分かる。
なぜなら……
「祭りは夜からだぞ?」
俺たちは朝食を食べた。
怜は、ずっと静かに下を向いていたな。
少しイジったら、めちゃくちゃ怒られたから、かなり恥ずかしかったんだろう。
申し訳ないが、ちょっと面白かった。
そして、まあ、可愛かったな。
「聞こえて、いるぞ」
おっと。
朝食を食い終わったら、怜はソファの上に座ってゲームを始めた。
最近怜がやってるのは、魔物で溢れた世界、これ見よがしに四字熟語を使うなら魑魅魍魎が跳梁跋扈する世界を、主人公である勇者が冒険し、魔物の王を倒す……という、ありがちと言えばありがちなゲームだ。
だが、このゲームがオープンワールドだからか、それとも操作性が優れているからなのか、はたまた敵味方問わず全てのキャラが作り込まれているからなのか、俺には分からないがどうやらめちゃくちゃ人気らしい。
そんな人気ゲームを、怜は朝食を食ってから今の今までずっとやっている。
楽しんではいるんだろうが、凄く楽しんでるようには見えない。
うーん、不貞腐れに近いな。
暫くして、突然怜が口を開いた。
「なあ、慎也、その、祭りは、何時に、始まるんだ?」
その声色からわかる。もう機嫌は治っていた。まるで、最初っからこうだったように。
自分で紙を見ろよとは思ったが、まあ、泣かれたら面倒だし、たまたま近くに紙があったし、わざわざ回答を渋る必要もないからな。
「あー、6:30って書いてあるな」
「そうか、なら、6時に、出れば、間に合うな」
「そうだな」
あと3時間くらいか、さて、何をしようか。
「慎也!おい、そろそろ、起きろ!」
バシンッ!
俺の顔から破裂音のようなものが鳴った。
「ってぇ!」
飛び起きると午後6:00、成る程な、どうやら俺はソファの上で3時間近く寝てしまったらしい。
とりあえず、こいつには手加減ってやつを教えなきゃいけないみたいだ。
「もう、6時だぞ、そろそろ、行くぞ!」
「ちょっと待ってくれ、今起きたばっかだから支度させ……ん?」
その時、俺はあることに気がついた。
なんか変だという感覚がぼんやりと、でも確かに膨らみ続け、寝起きの俺の頭の中で、ようやく実体となった。
「お前、浴衣なんか持ってたか?」
そう、怜が、俺の知らない服、しかも浴衣を着て俺を待っていたのだ。
「ん?ああ、この、服の、ことか?これは、お前が、寝ている、間に、買ってきた、浴衣だ」
勝手に……
「どうだ、なかなか、似合って、いる、だろう?」
「……まあ、そうだな」
怜はニヒヒと笑って、わざとらしくその場で一回転して、浴衣を見せつけてきた。
「さ、慎也、そろそろ、向かうぞ」
言い終わる頃には、すでに怜は玄関で靴を履いているところだった。
準備早いなこいつ。
「おー!思っていたより、賑わって、いるんだな!」
「まあ、数少ない祭りだからな」
午後6時半ごろ、俺たちは『もみじ公園』に着いた。
閑散としているわけでは無いが、別に人でぎゅうぎゅうってわけでも無い。丁度いいくらいの人の数だな。
近くで配られていたパンフレットで初めて知ったが、『紅葉祭り』という名前は、どうやらこの景色、つまり、屋台の赤く光る提灯が紅葉に見えるから付けられたらしい。
確かに、所狭しと並んだ屋台に付いている無数の提灯の光は、遠目に見れば紅葉に見えなくもない。
「おい、慎也、なにを、ぼーっと、して、いるんだ!早く、行くぞ!」
「はいはい」
その後、怜は目についた屋台に、手当たり次第に並んだ。
わたあめ、りんご飴、焼きそば、かき氷、たこ焼き、フランクフルト…………食い物ばっかだな。
なんでそんなに食えるんだ?
一個一個がそこまで多く無いからか?
「ふー、だいぶ、たくさん、食べて、しまったな」
怜はベンチの上に座って、少し辛そうに言った。
あれだけ食べりゃ誰だってそうなるわな。
「そうだな。そろそろ帰るか?」
俺も色々食わせられてまあまあ満腹なんだが。
「何を、言って、いるのだ、慎也、もう少し、休んだら、次は、遊ぶぞ」
まだ祭りを楽しむのかこいつ。
まあ、まだ午後7:37、そんな夜遅いってわけでも無いし、別にいいか。
俺はもう眠りたいがな。
暫くして、怜は突然ベンチからタッと降り立つと、近くにある屋台、射的の屋台に、タタタと小走りで近づいて並んだ。
ほんとに自由だな。
結局、この祭りで怜がやった遊び(俺もやったが)は、射的、スーパーボールすくい、ヨーヨー釣り、千本くじ、型抜き…………しかも全部1回ずつではない。
ものによっては5回はやっている。
一体その金はどこから来ているのやら。
でも、これだけ遊んでもまだ午後8:23、思っていたより全然経っていない。祭りの参加者が少ないからすぐ順番が来るからか?
「いやー、なかなか、楽しかった、な!」
体の前で射的で取ったクマのぬいぐるみを抱え、右手にはヨーヨーとカラフルなスーパーボールの入った袋、それと千本くじの景品の、ピーピー鳴るおもちゃを持ちながら、怜が嬉しそうに言った。
「……そうだな」
それとは対照的に、俺の放った言葉には、あまり元気が含まれていない。
「なんだ、慎也、少し、元気が、ない、みたいだな」
怜がわざとらしく聞いてきた。
実は、そろそろ帰るかって時に、怜はお好み焼きを買いやがった。
で、大して食べずに俺に押し付けてきた。
俺が食えなかったらどうするつもりだったんだ。
「誰のせいだと……」
ニヒヒと笑う。悪魔か?
そもそもあんたのせいなんだが?
「別に、あの場で、完食、しなくとも、家で、食べれば、良かったのに」
…………確かに。
午後9:23、俺たちは家に着いた。
疲れた、今すぐに眠りたい、だがしかし、風呂に入らないわけにはいかない。
だから俺たちは早々に風呂を済まして、寝る準備をして、寝室に入る。
「わー!」
バフッ
布団と怜との間で柔らかい音が鳴る。
なんでこいつまだこんな元気なんだ?
「ほら、慎也、寝るぞ」
「あー……分かったよ」
俺は布団に横たわり、右腕を横にまっすぐに伸ばす。
そして、そうするや否や、怜が頭をのせる。
いつの間にか、寝る時はこういう姿勢をとらなければいけなくなっていた。
一応俺の家なんだけどな……
「また、次の、祭りも、行こうな」
実は、8月31日、つまり夏休みの最終日に、場所は違うがもう一度祭りが開催される。
しかもその祭りでは、この町では珍しく花火が上がるらしい。
「そうだな」
覚えていたらだが。
「それじゃあ、慎也、また、明日な」
「ああ、おやすみ」
…………何故こいつはこんなにも早く眠るんだ。
せめて俺が「おやすみ」を言い終わってから眠って欲しいな。
まあ、もう慣れたけどさ。
さて、俺も眠るとするか。
前回の話からもう三ヶ月以上経ってるんだねー、こわ
なんか、文体とか変わってそうだけど、見たく無い現実は見ないフリをするのが基本ですゆえ〜
そんじゃ、またいつか!