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第二話 “飛行機械コンテスト”①

 その日は怒号と共に始まった。

 キディ王国主催大展覧博。

 場内では前日まで設置運営の下準備にスタッフ達が駆け回り、場外には当日が待ちきれない、誰よりも早く会場入りしたいと、外国含め各地から押し寄せてきた多くの人と警備の兵とがひしめき合っていた。いつ誰が騒ぎ出してもおかしくない、喧騒の中にしまわれた緊張感。そんな日中を終えて、雑然としていた一夜を経て、日付が変わった辺りから変化は訪れた。

 最後の詰めの作業を経て、後は鋭気を養うべしと、作業を終えるスタッフ達。連日の座り込みに早くも疲労困憊で昏倒する一部の人々。周囲を包む宵闇の静寂。それらに当てられてか、会場周辺は徐々に喧騒から静寂へとその様相を変えてゆく。そうして夜明け間近の未明に到った頃には、誰も彼もが口を紡ぎ、息を潜め、刻々と迫る一刻を待っていた。宵闇の静寂より静かに、けれど連日の喧騒よりなお熱気を漲らせ、何時爆発してもおかしくない異様な緊張感が人々の間に充満していく。

 そうして数時間越しに迎えた夜明け。国王が姿を現し、厳かに開会を宣言した瞬間。会場中に充満していた鬱積が爆発した。あとは一瞬だった。歓喜の雄叫びと共に、会場へと流れ込み、蜘蛛の子を散らすように散会していく人、人、人。ものの数分としない内に、小さな町ほどあるその会場は人で埋め尽くされた。

 その瞬間大方の関係各者の杞憂を余所に、王国史上初となる地方都市主催の大展覧博は大成功が約束された。



 第二話 “飛行機械コンテスト”



 一言に大展覧博といっても、内容は実に様々で、高名な芸術家が作り上げた水晶のオブジェから、著名な作家の生原稿の展示に、最先端科学の粋を総動員させた様々な機械装置の展示実演会、各種業界団体主催のコンテストや異種格闘技大会等。実に多分野多彩な催しが行われている。あまりに多くの催しが行われるため、各種展示物はメインの会場だけには納まりきらず、周辺に幾つもの会場が設営されている。

 そんな中のひとつ。メイン会場から遠く離れたある湖の畔に、特設された舞台があった。やはり多くの人が詰め寄せてはいたが、他とはどこか毛色が違う。

 その場所に集まった人々の半数以上がべっとりと油の染込んだツナギを着た技師達で、さらにその半分近くが、大小様々な機械を携えていた。

 今、大きな袋を背負った男が一人、湖面に突き出した特設舞台の上に立っている。男はおもむろに駆け出して、舞台の端から湖面に向けて飛び出した。と、同時に男の背負っていた袋が開き、風を飲み込んで特大の傘のように広がった。男はゆっくりと下降しながら緩やかに前進して、舞台袖からわずかばかり離れた湖面に着水した。会場からどよめきと、はやし立てるような野次が飛ぶ。

 この場所こそが、大展覧博の催しのひとつ、数ある企画の中でもっとも異端で、業界の食み出し者を自称する奇人変人と、暇を持て余す物見遊山の金持ち貴族が集う、“飛行機械コンテスト”の特設会場である。

 その中に当然テテンの姿もあった。もちろん芋虫状の鉄屑の塊に無理くり鳥の羽を取ってつけたような、不恰好な自作の翼を背負っている。コンテストに参加する多くの技師達に混じって、いずれ訪れる自分の順番を待っている。その様子はそわそわと落ち着きがなく、しきりに周囲を気にしていた。

 ドボンッと、一際大きくいやにコミカルな音を立てて、参加者が湖面に墜落する音が響いた。びくりと、肩を震わせて、恐るおそると湖面を除き見るテテンの視線の先で、新たな水柱が上がる。

 自作の翼で飛んでみせる、と息巻いて、胸の内側から溢れ出して来る情熱の命ずるままに工具を振るい続けたテテンであったが、いざ本番が近づくにつれて、それまでの自信もどこ吹く風で、すっかり会場の雰囲気に飲まれてしまっていた。

 周りを取り囲む、自分と同じく空を目指す技師達。到底飛行の叶いそうにない安っぽいものから、思わず息を呑んでしまう精錬された装置まで、大小さまざまな飛行機械が一同に介している。業界誌などで見かけるような高名な技師の姿もちらほらと見える。

 そんな人々の汗と努力の結晶が、次々と無残に湖面に消えていく姿を前にして、平静でいられるほうがどうかしている。

 広い会場を見回せば、会場から少し離れた場所に設営された観客席の人々が歓声を上げている。聞こえてくる声に称賛の毛色はない。物珍しい見世物に、誰もが嘲笑を送っている。他の催しと比べて人の数が少ないとはいえ、そこは大展覧博。イレイの企画した見世物の披露会とは規模が違う。あの日の何倍もの人の眼が、侮蔑交じりの笑顔が間もなく総じて自分に向けられることになるなんて、それは想像を絶する恐怖だった。

 それでもテテンは、いまや恐怖の象徴と化した客席に、必死の視線を向けていた。所在無さ気に、怯えながら、縋るように客席に視線を泳がせる。その中に、自分を救ってくれる救世主を探すかのように…。

 ゆらゆらと彷徨うテテンの視線が、不意に一人の青年の姿をとらえた。

 湖面に突き出た舞台の直近、一層絢爛で堅牢な造りの主賓席に座っている青年は、いかにも貴族然とした気位の高さを漂わせながら、けれどもそれを必要以上に匂わせない穏やかな物腰と爽やかな笑みを観客と、これから飛び立とうとする参加者に向けている。

 ふいに青年と目が合ってテテンは慌てて頭を下げた。恐る恐る視線を上げると、青年は小さく手を振っていた。

 覚えていてくれた。一週間前、たった一度会ったきりの自分のことを、青年は覚えていてくれた。それだけで、何よりも強い味方を得たと、不安が吹き飛んでいく。

 青年の座る主賓席は、国王のために用意された特等席だ。けれど今、その場所に座っている青年は国王ではない。国王は他の催しに参加しているため、はなから訪れる予定はない。青年はそんな国王の代理だ。名前をユヅカ・オリハリゲーテという。

 王国に代々仕える宮廷技師の血族にして、現王国騎兵団の若きエース。ホークシティ近郊の地域を治めている貴族の筆頭でもある。そしてなにより、テテンにとってこれこそが重要なのだが、ユヅカはキディ王国における飛空航行機械研究の第一人者にして、過去二回の大展覧博で行われた飛空人間コンテストの優勝者でもある。

 王国内で現在もっとも空に近いと噂される人物だ。

 国王からの信頼も厚く、その具合はマイナーな催しとはいえ元来国王はじめ王族専用である主賓席に座すること許されていることからも伺える。風の噂では大展覧博で飛行機械コンテストが行われるようになったのも、彼の常日頃からの功績を讃えた国王からの労いの一端である、とも囁かれている。

 キディ王国中の空を目指す者達の憧れである。テテンとっても、ユヅカは目指すべき目標そのものに他ならなかった。彼のおかげで周りの風評に流されずに自分の研究に没頭できる。その傾倒ぶりは、いちファンを通り越して、もはや敬謙な信者としてのそれに近いかもしれない。

 そのユヅカが自分のことを見てくれている。そう考えただけで、胸の奥から勇気が湧き上がってくる。と同時に、憧れのユヅカの前で無様な姿を曝すことはできない、と今までに無い緊張感が湧き上がってくる。が、今ならその緊張感すらもいい方向に結びつくような気がしていた。つい今しがたまでの不安感がどうしたものか、本当に勝手なものだ。

(あとはこれで、エイシアがいてくれれば…)

 そうしてテテンは再び観客席に視線を廻らせる。

 自分にとって、ユヅカ以上の救世主たりえる、彼女の姿を求めて。

 けれど、どれだけ探したところでそこにエイシアの姿は見つけられなかった。それでも、テテンは観客達の波間に視線を泳がせる。

 そんな中唐突に、テテンは自分に向けられる視線を感じた。武術の嗜みや時別な訓練をこなしたことなど一切ないテテンが、不意に感じたその奇妙な感覚を、どうして視線と思ったのか、本人をして全くの理解不能だったが、それは間違いなく強烈な意志を持って彼に向けられていた。

 観客席を一望する、が、違う。

 もっと近くから、それは真直ぐにテテンを射止めるように…。

 まさか、と、振り向いた正面に、そいつは、いた。

 頭の天辺から足の先まで、全身を黒いマントで隠しているそいつは、談義を交わす技師達の間を真直ぐに縫いながら歩いてくる。俯き気味に顔を隠しているためその視線は追えないけれど、そいつは間違いなくテテンへと近づいて来ていた。

 体中の産毛がぞわりと逆立ち、脂汗が全身から噴き出すのがわかる。目眩にも似た感覚に襲われ、一気に現実感が消失していく。自分の立っている場所がわからなくなる。まるで自分と黒マントしかこの場所にいないかのような。

 まるであの夜の工房のような。

 黒マントが顔を上げた。フードから覗くその瞳は、煌々と紅く輝いている。

 一瞬で、テテンの胸中が恐怖に支配される。先ほどまでの緊張から来る理知的な感情とは違う。生命の危機に直面したときに感じる、本能的な恐怖。

 逃げ出したい。声を張りあげながら逃げ出してしまいたい。

 けれど、そんなテテンの意に反して、竦み上がってしまった身体はピクリとも動かず、カラカラに乾いた口からは声にならないか細い呻き声しか零れださない。

 そうしている間に、黒マントはどんどんと近づいてきて、テテンの眼前で振り上げた右の手には、銀色に光るナイフが握られていた。

 そう、それはあの日と同じ情景。

 テテンの脳裏に一週間前の、あの夜の記憶が鮮明に蘇る。

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