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第一話 ホークシティの“空っぽ頭”④

 はたして、彼女が工房を訪れたのは、翌日のことであった。

 日が沈みきり、辺りもすっかり暗くなってしまった頃合に、不意に工房の扉をノックする音がした。

 淡い期待を胸の隅に押し込めつつ扉を開けると、彼女がいた。

 昨日のお詫びにと、彼女は手にしたバスケットを差し出した。中身はまだほんのりと温かさの残るパンの詰め合わせで、よく見るとそのどれもが彼女が居候しているパン屋の物とは違っているようだった。きっちりと型にはめて作られた、万人の食欲を刺激するような売り物のパンに比べると、幾分か不細工なラインナップが並んでいた。形が崩れていたり、焦げ目がついていたり、中には見たことの無いような形のパンもある。けれど売り物とは違う、家庭的とでも言えばいいのか、どこか温か味のようなものを感じて、テテンは喉を鳴らした。

「あ、気がつかれましたか。売り物を持ってくるわけにもいきませんでしたので、見よう見まねで作ってみたんです。見た目は少し難がありますが、味の方はお墨付きですよ」

 呆けているテテンにバスケットを渡すと「それでは」と彼女は扉に手をかけた。テテンは「来たばかりで帰るのも大変だろうから少し休んでいけばいい」と慌てて首を振った。相変わらずたどたどしくはあっただろうが、昨夜よりは堂々と言えていたはずだ。

 テテンの言葉に、もう時間も遅いですし、と頭を下げた彼女は工房から出る間際にちらりと顔を向けて、また来ますねと微笑んだ。

 その言葉通り、その日から彼女はちょくちょくとテテンの工房を訪れるようになった。

 人間には、慣れ、という実に便利な機能が備え付けられているようで。初めのうちは彼女の来訪に終始緊張して、何事にも手を付けられないでいたテテンも、回数を重ねる内に工房に自分以外の人間がいるという環境を自然と捉えるようになっていった。今となっては彼女が隣にいても別段気にすることなく、自分の作業に没頭できる。詰りづまりでぎこちなかった会話も、今では初対面のあの時のように、自然と交わせるようになっていた。

 一方彼女の方は、テテンがぎこちない愛嬌を振りまこうが、意図的に無視しようが関係なく、一見して始めの頃からずっと自分の調子を崩してはいない風だった。この工房にやって来るのは妙な気配りからではないかと、時折勘繰ってしまうテテンであったが、それでもここ最近、自分と話す時の彼女の言葉の端々に一種の親しみのようなものを感じとっているのは、自惚れだけでは無いと思いたかった。

 工房の中、二人は別段特別なことをするわけではなく、たまに世間話なんかを交えつつも、テテンは自分の作業をして。彼女はといえばテテンが作業に集中している間は、その仕事振りや狭い工房内を興味深げに見廻していた。

 そんな、今までの日常の中にふいに割り込んできた時間は、どこか胸の奥がむず痒くて、けれどとても心地よいひと時だった。

 そうして二週間ほど過ぎたある日のこと。

 その日も夕暮れ時に差し入れを手に工房を訪れた彼女に、テテンはある重大な話をしようと決心していた。この二週間、彼女と共有した時間の中で、何度も口にしようとしてできなかった話。本来であれば出会ったその日に伝えたかった、伝えるべきであった言葉を、テテンはあらん限りの勇気を振り絞って告げようと決めていた。

 一通りの作業を終えて目を向けると、彼女は工房の隅に腰かけていた。来訪を重ねるうちに、入り口からは対角線上にあたる工房の一番奥の机が彼女の指定席となっていた。

 そうしてその場所に座ってくつろぐ彼女の視線の行方は、残念ながらテテンではなく、直ぐ傍の棚に並べてある大小さまざまな石の欠片に向けられていた。

 ただの石では無い。一見するとその辺りの道端に転がっていそうな石ころではあるが、これこそが蒸気式自走車を始め、さまざまな機械装置の燃料として使われる鉱石だ。とはいえ工房にある鉱石のほとんどは、採掘場から掘り出された原石だ。通常はこれを各々反応炉に適した形状に加工したり、細かく砕いて泥油と混ぜるなどして使用する。

「でも、これには模様が彫ってある」

 なるほど確かに、彼女が手にしている鉱石には、原石から成形された上に模様が掘り込んである。

「綺麗でしょ?」

「ええ、とても。これは民芸品か何かなの?」

「その模様にはね、意味があるんだ」

 小首を傾げる彼女に、テテンはどこか誇らしげに胸を張って答えた。

「鉱石にある種の意味を持った模様を刻むことで、内在しているエネルギーの性質や発現表現に変化を与えるんだ。そうすることで一つの鉱石から得られるエネルギーを、通常の何倍にも膨張させることができる。……って、ことらしんだけ……ど?」

「……なるほど。この鉱石は化石性の物質とはどこか違うと思ってたけど、これ自体がエレメントを蓄積している天然のアミュレットのようなものなのね。通常なら拡散してしまう力を、バイパスを通すことで凝縮してる。更に複数の流れを干渉させ合うことで力の変質まで同時にこなそうとしている。でも、デバイスも無しで、たった一つの石の中だけでそんなこと可能なの? 負荷に耐え切れるの? 小さな亀裂一つでも入ってしまったら、それだけで意味合いが変わってしまう。それどころか暴走することだって…。そもそも溶解目的の炉の中じゃ複雑な指向性を持たせることなんか……」

「あの…なんか、詳しそうだね」

 がっかりした風に肩を落とすテテンに、彼女は慌てて両手を振ってみせた。

「あははははっ。……その、ね。私の故郷にもね。意味を持つ紋様っていうのかな? それを使ったおまじないがあるのよ。そういうあなたこそ、なんでそんなこと知っているの? あなたは技術者なのでしょ? こんな、まるで魔法のようなこと…」

「……魔法、か。確かに意味のある紋様だとか、そんな風に聞いたら、まるで魔法のように感じるかもしれないけど。でもね、これは魔法じゃないんだ」

「魔法じゃない?」

 テテンは懐かしそうに目を細め、紋様が彫り刻まれている鉱石を一つ手に取った。

「この工房のもともとの持ち主は、僕じゃないって話、したよね?」

「ええ。確か、亡くなられたお母さまの…」

「その鉱石は、むかし母さんが研究していたものなんだ。母さんはね、ここで魔法の研究をしていたんだよ」

「魔法、の? それならやっぱり…」

「正確には、かつて魔法と呼ばれ、廃れてしまった技術を、もう一度科学の名で蘇らせようとしていたんだ。エイゲって人、聞いたことある?」

 彼女は首を横に振る。もとより知っているとは思っていなかっただろう、テテンは頷いて彼女の隣に腰を下ろした。正面から彼女の顔を見ることが照れくさくて、視線を前方に定める。

「随分昔の人なんだけどね。光石魔法って言ってね、鉱石に特殊な細工を施して、様々な現象を引き起こす魔法らしいんだけど、これは彼女が提唱していたものなんだ。けれどその当時にはもう世の中は風潮的にも機械工学の側に傾いていたし。実際に鉱石を燃料に使う反応炉の原型がその頃には既に完成していたから、エイゲの魔法は日の目を見ることなく排斥されてしまったんだ。母さんはね。そのエイゲの技を再現しようとしてたんだよ」

「それってやっぱり。魔法、ってことなんじゃないの?」

「『魔法と言う術から、神秘と言う名のベールを取り去ってしまえば、そこには必ずその結果に至る原理や法則が見えてくる。それさえ解き明かしてしまえば、誰もがその術を技術として扱えるようになる。そうなってしまえば、それは既に魔法ではなく科学だ』 ってね。母さんはよくそんな風に言ってた」

「ちょっと強引な気もするけど、解らなくも無い…かな?」

 テテンはテーブルの上の鉱石を一つとって、天井で輝いている光石燈の光にかざした。陰になって、刻んである紋様が見えなくなる。

「まぁ。なんだかんだ言って、結局母さんの研究も実ることは無かったんだけどね。母さんは鉱石のエネルギーを引き出すより効率のよい方法を見つけ出して、人の役に立つような技術にしたいって言ってたけど、結局エイゲの綴った文献に書かれているような、それこそ魔法のような現象は起きなかった。周りからは、そんなオカルトに頼らなくても、炉と鉱石があればそれで十分だって、随分と白い目で見られてたよ」

 そう溜息をこぼすテテンだったが、その表情には悲愴の色は少しも浮かんでいない。

「いいお母さんだったんだね」

「どうかな? うちは変わったのが多いから」

 照れながら、それでもどこか嬉しそうに目を細めるテテンに、つられて彼女の頬も自然と緩む。そんな彼女に気付いて、テテンは慌てて顔を背けた。無防備な姿を見られた気恥ずかしさから、頬が熱くなっている。

「と、とにかく。これはあくまで科学を次の段階へ発展させると言う崇高な使命を帯びた研究対象なのであって、けして魔法の石ではないと、僕は主張したいわけなんだよ。わかってくれた?」

「はい。承知いたしました」

 テテンは照れ隠しに胸を張って仰々しくしゃべる真似をして、彼女は一礼して恭しくそれをうける。そうして二人視線を交わし、自然と笑みを零した。

「実はこの工房を母さんから受け継いだ時、光石魔法の研究も引き継いだんだ。けど馴染めなくてさ。直ぐにやめちゃって、今はこの通りってわけ。やっぱり僕にはこっちの方が向いていると思ってね」

 そう言って手に馴染んだレンジをくるりとまわし、作業台の上の芋虫の背中を撫でる。

「前から気になってたの。あなたは一体何を造っているの?」

「え? あぁ、これ? これは……僕の、夢。かな? その、完成したら教えてあげるよ。それまでは秘密……だめかな?」

 その答えに釈然としない風な彼女だったが、直ぐに「それでは、その時を楽しみにしていますね」と笑みを漏らした。ところで、と続けて彼女は、棚に陳列している紋様入りの鉱石を一つ手に取って、

「図々しいお願いなのはわかっているのだけれど。もし許してもらえるなら、この鉱石少し頂いてもいいかしら?」

「いいよ。どうせこのまま放っておいても工房の隅で埃を被ってるか、このまんま炉の中に入れるだけだったから」

「ありがとう」

 何がそんなに嬉しいのか、模様入りの鉱石を大事そうに両手に包む彼女を見て、テテンは「ここだ」と思った。会話の流れで、ずるずると言えずじまいだったが。テテンと彼女、今後の二人の関係に、何より重大な意味を持つ言葉を告げるには、今をおいて他にはない。というか、今を逃してしまえば一生告げることができないような気さえする。

 そうして意識してしまえば、一気に緊張感が高まってくる。流石に初対面の頃ほどではないが、鼓動は早鐘を打ち、妙な脂汗が頬を伝った。しばしの逡巡を経て、テテンはようやく覚悟を決めると、彼女の前に立って、その重大な案件を口にした。

「あのさ。母さんのこととか、身の上話までしといて今更なのかも知れないんだけど…」

 そう前置きしてから、テテンはすっと右手を差し出した。

「僕の名前はテテンっていうんだ。よかったら、君の名前も教えてくれない…かな?」

 彼女は初めキョトンとして、次の瞬間にはお腹を抱えて笑いだした。手元から鉱石が転げ落ちたが気にしない。咳き込みながら笑い続けること数十秒。ようやく落ち着いた彼女は、それでも肩を揺らしながら、涙目でテテンのことを見上げて言った。

「確かにそうだった。まだ名前を知らなかったわ。それじゃあ、本当、今更な気がするけど、はじめましての自己紹介をするね。私の名前はエイシア。よろしくね、テテン」

 そうして握り返してくれたエイシアのその手はひんやりと冷たくて、緊張で汗ばんだ手に心地よかった。

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