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第五話 家族②

「この大馬鹿者が!! 今までどこをほっつき歩いとったんだ!!!」

 実家の工房の扉をくぐった次の、そのまた次の瞬間、刹那の静寂(テテンにとってはまるで時間が止まってしまったのではないかと思うほどの緊張の後に)二人の耳を襲ったのはまるで爆発にも似た大音声の怒声だった。

 目があったのは、眉を吊り上げ、口をへの字に捻じ曲げた不機嫌を絵に描いたような仏頂面の老人と、無精髭の中年の男だった。テテンの祖父と父親である。

「まぁったくよぉ。テテン。一体なぁにやってぇたんだぁ? 相変らずてめぇを尋ねて、千客万来だしよ。ジィさんはずっとこんなぁだし、仕事はちっとも片付かねぇしよぉ。てめぇはまた、ふらりと出て行ってからさっぱり音沙汰ねぇときたぁもんだ。どんだけ家族に迷惑かけんだってぇ話だよ…って、おいおい慌ててどうしたってぇんだ」

 どこか覚えのある苦言を聞き流して、テテンとアザナミは階段へと駆けていく。唖然と見送っていた祖父達は、どさくさに紛れて家に上がり込もうとしている、やたらと整った風体の見知らぬ少年に気づいて、肩を掴んで静止した。

「ちょいと待ちな。しれっと上がり込んでるが、おめぇは一体誰なんだっちゅー話だぜ」

 父親に捕まってしまったテテンは、助けを求めてアザナミに視線を向けたが、彼は既に階段を駆け上がっているところだった。一瞬だけ交わした視線が「後は任せた」と雄弁に訴えていた。

 恐る恐る振り返ると、鬼の形相の祖父と父親。その怒りがアザナミの態度に起因するものだとしても、そもそもの原因を考えれば、向けられた矛先を甘んじて受けるべくはテテンであることは言うまでも無く。そういう意味では自分は残るべくして残ったと言える訳だが。だが果たして、この二人に対して、あかの他人という立場で、一体何から弁解すればいいのか。頭をフル回転で空回りさせながら、テテンは、とりあえず、と笑顔を作ってみた。堅物の二人に、効果があるかは、甚だ疑問ではあったが。

 一方階段を駆け上がったアザナミは、一瞬留まって階下に目を向けた。以前はふらつきながらようやく這い上がっていた階段を難なく駆け上がれたことに感慨深い思いが湧き上がるが、それに浸ってばかりもいられない。

 アザナミは廊下に並ぶ三つの扉の手前に手をかけた。敷居をまたぐと、相も変わらない雑然と物が散らかった部屋が出迎えた。入り口に座り込み、扉の直ぐ横に置かれたオブジェをどけると、床面の一枚だけ色の違う板を外し、中から鍵を取り出した。

 すぐさま部屋を飛び出して、今度は一番奥の部屋へと向かう。先ほどの鍵で扉を開けて、部屋に入る。そこもまた多くの物で溢れていた。置物やら、書物やら、酒瓶やら、けれどそれらは整然と並び置かれているため、テテンの部屋のように雑然とした印象はない。

 一見物置のようではあるが、ただの物置ではない。そこはテテンの母親の部屋だった。そこにあるのは家族にとって大切な物ばかりで、それがどんなにくだらなく見えても、手を出してはならない。そんな暗黙のルールが敷かれていた。言わばそこはテテン達家族にとっての宝物庫だった(外から見ればやはり物置以外の何物でもないわけではあるが)。

 アザナミはテテンに言われたように、部屋を探すが、目当てのものは見つからなかった。他を探して見ようにも、どこから手をつけていいのかもわからない。仕方なくアザナミは部屋を出た。

 一階に下りると、テテンが極上の笑みを携えて駆け寄ってきた。そのきらめきに思わずくらくらとしてしまったが、その直ぐ後ろから鬼気迫る雰囲気で迫る中年親父を見て頭に上りかけた熱はすぐさま冷めた。

「おいおいテテンよぉ、いぃまそこのにぃさんに聞いたんだが、てめぇ貴族様に捕まってた、たぁ本当なのか?」

 一体どんな話を聞いたのか、父親はやたらと興奮している。いずれにせよ、テテンの話をわざわざ否定することもない。

「彼がそう言ったんなら、全部本当だよ」

 唖然とする父親のことは一旦捨て置いて、アザナミはテテンに詰め寄った。

「んなことより。あの部屋には何もなかったぞ」

「そんな。きちんと引き出しの金庫を…」

「見たさ。けれど子どもの服や、酒瓶があるだけで紙切れなんか入っていなかった」

「おいおいテテンよぉ。そんなこと、たぁどういうこったよ。話は終わっちゃいねぇぞ」

「悪いけど、後にしてくれねぇかな? いまは探し物が先だ」

「なんだぁ、なぁにを探してるってぇ?」

「設計図だろ」

 アザナミの言葉を奪って答えたのは、いつの間にか入ってきたのか草臥れた鞄を片手に、工房の扉に体を預け立っていたイレイだった。以前アザナミが会ったときと違い、小奇麗な衣服を身に着けて、乱暴に染められたまだら模様の金髪の隙間から隈の濃い不健康そうな目でテテン達を睨んでいる。

「まったくさ、大事なモンをあの部屋にしまっとくのは、お約束ではあるけどさ。俺から言わせてもらや。本当に大切なら、誰にも見つからないように隠しとくもんだぜ」

「お前、設計図がどこにあるか知ってるのか」

「ああ」と頷いて、イレイは手にしていた鞄を放り投げた。アザナミの足元に投げ捨てられた鞄の口から、大量の紙幣の束が零れ出た。

「すげぇだろ? たった紙切れ数枚が、こんな大金に化けちまうんだからよ」

 得意げに歪ませたイレイの口から出た言葉を理解するまで、テテンには相応の時間が必要だった。言葉は全て聞こえている、けれどそれが何を意味しているのか頭の中で結びつかない。一方アザナミも、目の前で起きていたことがさっぱり理解できない。ただ、誰もが口を噤む部屋の空気に、大変なことが起きていることを察して、知らず知らずの内に呼吸が乱れ、妙な汗が背筋を伝った。

「……いま、なんて言った?」

 体の奥底から搾り出すように呻いたのは父親だった。その声には、発声のか細さからは想像もできないほどの大きな怒りの感情を混在していた。

「お前、あの部屋のもん勝手に持ち出したって、そう言ったのか?」

「だったらどうしたよ? 兄貴のせいで俺達がどんだけやばい状況に置かれてんのか、親父だってわかってんだろーが! 仕方ねぇだろ。これで兄貴の罪を帳消しにしてくれるってんだ。ウチなんかが、軍に目をつけられて無事でいられるわけねーだろ?」

「ならその金はなんだ…?」

「見返りを要求するのは、当然の権利だろ!」

 次の瞬間、イレイの顔面に父親の拳がめり込んだ。

「言い訳してんじゃねぇ! 結局は、身内を、金で売ったって事だろうが!!」

「何が悪い!! それで上から睨まれることも無くなって、金まで手に入る! 万々歳じゃねぇか。あんな紙切れどうだっていいだろうが!」

「そいつの価値なんてもんはテテンが決めるもんだ。てめぇ勝手に判断すんじゃねぇ!」

「正気かよ? そうか!? 金だな? 俺が大金手に入れたもんだから、そいつが気に喰わねぇんだろ。金が無くて満足するまで酒が飲めねぇって、嘆いてたもんな」

 鼻血を伝わせながら下卑た笑みを浮かべるイレイに、再び父親の拳骨が飛んだ。

「馬鹿野郎!! いいか。いっぱしの酒飲みってなぁな。てめぇの稼いだ金で酒を飲むんだよ。たとえ少量でも、どんだけ安い酒だって、てめぇの稼ぎで酔うんだよ! 俺ぁな、おめぇらがどんな生き方をしようが文句はねぇ。おめぇらの人生だ、好きにしろ。でもな、てめぇのケツの拭き方も知らねぇ軟弱者にだきゃー育てた覚えはねぇぞ。おめぇも遊び人を気取るなら。てめぇの稼ぎで遊べ! 人様の! よりにもよって身内を売って手に入れた金で、いい気になってんじゃねぇぞガキが!」

「……うるせぇよ! なんなんだよ。俺一人が悪者かよ。俺は何も間違ってねぇ!」

 吐き捨てて工房を飛び出したイレイを追って、父親は青筋を浮かび上がらせた鬼の形相で「まぁだ話は済んでねぇぞ」と駆け出した。

 そんな嵐のような怒涛の展開を前に、ポカンと視線を合わせているテテンとアザナミに対して、今まで不気味なまでに沈黙を保っていた祖父が声を掛けてきた。

「探し物は見つからんかったようじゃが、それで、これから一体どうするつもりじゃ?」

 いつもの苛立ち混じりの苦言ではない。どこか穏やかな祖父の言葉は、いつになく真剣なもので、テテンも自然と表情が硬くなる。

「……ひとつ聞いておきたい。いまの話は本当か?」

 祖父の言う「いまの話」がいったいどこまでを含んでいるか知れなかったが、テテンには一連のやりとりの中に嘘偽ることは何一つ無かった。

 その思いのままに力強く頷くテテンを見て、

「まったく、ワシはテテンに聞いたつもりなんじゃがな…、ふん。何故かの、いまは、お主の言葉の方が信じられるような気がするわい」

 別段気にする風もなく、祖父は会心の笑みを浮かべた。

「なぁテテン。お前が今、何をしているのかは知らん。お前は馬鹿じゃ。家のモンから見ても、何を考えとるか判らん変わり者の大馬鹿じゃ。じゃが、そんな馬鹿でも、真っ直ぐに生きとることをワシ等は知っとる。じゃから、いくら世間の輩に何を言われようが、例えお上に目を付けられようが、それが自分の信じた道なら、迷うことなく貫き通せ。やらねばならぬことがあるなら。気にするこたぁない。行ってこい」

 もう何も言葉は無いという風に、工房の隅に座り込み工具の手入れを始めた祖父の背中に頭を下げて、テテン達は家を出た。

「おい、これからどうする気だ」

「彼女を助ける」

「!? だけど、そのためには…」

「わかってるよ。今のままじゃどうしようもないって。だからこそ、もう一度翼を造る」

「でも、設計図は……」

「大丈夫だよ。設計図なら。ここにあるから」

 自分の頭を指差して、テテンは会心の笑みを浮かべた。

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