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第四話 夢の地にて④

「で、ククルナ達とここに働きに来たんだよ。初めの内はよかったんだ。みんなやる気いっぱいで、ここの人たちも凄く親切で、まさに理想の職場だって、そんな風に言ってた。だけど、だんだん兵隊や監視の数が増えていって、仕事も厳しくなってきて、寝る時間も削られるようになって。途中で倒れた奴や仕事を辞めようとした奴はみんなここに閉じ込められて、ひどい拷問を受けるんだ。そうしてボロボロになって帰ってきて、また無理矢理働かされる…。何を造っているのかも教えてもらえない。ただ訳のわからない作業を延々と…。もう嫌だこんな所!」

「そうかい、お前さんも大変だったんだなヴォルフ」

 感極まってむせぶフォルフに、アザナミはうんざりといった風に適当な相槌を返した。久々に会話を交わす相手ができたとこが嬉しくて、つい調子に乗って身の上話をしていたはずが、気が付けばフォルフの愚痴を延々と聞かされる羽目になっていた。テテンの知り合いだからと、付き合っていたがそろそろ我慢できなくなってきた。聞けばそれほど親しい仲でも無いようだし、もう放っておいて、さっさとここから抜け出してしまおうとアザナミは腰を上げた。

 そんな、気の無いアザナミの様子に、フォルフはぐずりながら不満げに口を尖らせた。

「ちゃんと僕の話聞いてるテテン? それと、僕の名前はフォルフね」

「あぁ、悪かったよ、ごめんごめん。まーなんつーの、そろそろいい時間だし、話は終わりってことで、俺は行くわ。後は適当によろしくなヴォルフ」

「……なんか、悪意を感じるのは気のせいかな? ってテテン、どこ行くの!?」

 ひらひらと手を振りながら、さり気なく扉に向かうアザナミだったが、その間にフォルフが慌てて割って入った。

「トイレだよ。直ぐ戻るから」

 爽やかに言い放つアザナミだったが、

「ああ、そっか、それなら……って! 絶対嘘だ! 便器なら備え付けがあるでしょ」

 一瞬あっけに取られはしたものの、流石のフォルフもそんな言葉には引っかからない。

 薄ら笑いで隙を窺うアザナミと、困り顔で警戒するフォルフ。静かな膠着状態はそれなりの緊張感を孕み。フォルフの額に自然と浮かび上がった汗が、珠になり、頬を伝って流れ落ちた頃。不意にフォルフの後ろに視線を向けたアザナミは、大きく目を見開いて、小さく震えながら指差して、口を開いた。

「あーーーーーー!!!!」

「え? 何? って、あーー! 何逃げようとしてんのテテン! ダメだったら!!」

「あ痛ッ!!」

 アザナミの唐突な行動に、フォルフがまたまた一瞬の間気を取られたその隙に、彼はその横を抜けようと全力で駆け出した。とにかくアザナミを部屋から出すわけにはいかないと、フォルフは、なぜか躓いてよろけているアザナミに身体ごとぶつかってそれを止めに入った。そうして頭を抑えて蹲るアザナミを強引に押し倒した。

「止めろ! ヴォルフ! 俺にはそんな趣味は無い!!」

「フォ・ル・フ!! 頼むから大人しくしてて。ここを出たって、危ないだけなんだから」

 実際、テテンがこの部屋を抜け出ても、逃げ出す術などあるはずが無い。この牢獄の出入り口は一箇所しかないうえ、常に看守が待機しており、異変が起きた場合も直ぐに対応できる体制になっている。仮に看守の目を上手く潜り抜けたとしても、この施設の内部は迷路のように入り組んでいて、間取りを熟知していない人間が出口に辿り着くとことは、ほぼ不可能に近い。見取図を与えられているフォルフでさえ、目的地に辿り着けないこともある。そのうえ要所には、この施設の主が編成した選りすぐりの私兵団が詰めている。

 そんな中で下手に逃げようとして、捕まった時にはどうなることか、想像するに堪えない。実際、過重労働に耐えかねて、それが無謀と知らず脱走を試みた仲間達も、酷い拷問の果てにここの一室に閉じ込められている。

 精神的苦痛にさえ耐えられるならば、この施設においてはある意味この牢獄がもっとも安全な場所といえる。

 なのに、いくら説得を試みても、アザナミに聞き入れる気配は全く無い。それどころか、すでに次の策に頭を回している様子が見て取れて、フォルフは深々と溜息を零した。

「なんていうかさ。やっぱりテテンってやることなすことベタ過ぎだよね」

「な、てめぇは、そのベタな手に尽く釣られてんじゃねぇかよ!!」

「あ、やめて! 痛いよテテン。暴れないでお願いだから」

「あああっ! 面倒くさい! あいつの知り合いだっていうから、我慢してたけど、もうどうでもいい! 俺には帰らなきゃいけないんだ、邪魔するなヴォルフ!」

 とうとうストレートに本音を爆発させたアザナミは、フォルフを押しのけようと暴れ始めた。テテンとフォルフ、一見して互いに華奢な二人だけれど、しかし片や日々工具を振るっていた少年と、日夜遊び歩いていた少年とでは似たよう体格でも、培われた性能の差は明らかだった。結果、あっという間に二人の上下は入れ替わった。

「そんな悲しいことは言わないでよ。僕は本当にテテンのことを心配してんだよ」

「ったく、さっきから鬱陶しいな。俺はここから出る。この決意は、誰にも邪魔させない。絶対にだ! お前さんだって、逃げ出したいって言ってたじゃねぇか。だったら、俺と一緒に来いよ! …ん? そうだよ。それがいい! そうしよう!!」

「え?」

「何時までもうじうじと悲壮に浸ってねぇでさ。外に出て、やりたいことやった方がいいに決まってる。な? ヴォルフ」

「ぅ……ぅぅぅぅぅぅ!!? ぼ・く・は! フォルフ、だぁーーーー!!」

 思い描いた妙案に満足気に浸っているアザナミを押しのけて、フォルフは半開きになっている扉へと駆け出した。室外へと逃げ出した場合のリスクが頭を過ぎり、体当たりで扉を閉めると、内側から鍵を掛けた。そして鬼の形相で組み付いてくるアザナミに奪われまいと、それを鉄格子の向こうへと投げ捨てた。

 一瞬、本来の静寂を取り戻した牢獄に、小さくも甲高い金属の弾む音が届いた。

「な……あにすんだ、てめぇぇぇぇぇ!!!」

 首を締め上げるアザナミに、両目いっぱいに涙を溜めながらもフォルフは、どうだと言わんばかりに口の端を吊り上げる。

「全くよ。根性の使い方を完全に間違えてるぞ」

 流石のアザナミも、脱力して項垂れた。「いや、看守がいるならまだチャンスは…」などとぶつぶつ呟いている辺りまだ完全には諦めていないようだけれど。それでも大人しくなったアザナミを前に、フォルフは一仕事やり終えた男の表情で満足気に頷いた。

「というかこの状況じゃあ、お前さんも外に出られないぞ、わかってんのか?」

「そんなことないさ。直ぐに看守が来くるよ。そしたら悪いけど、ちょっと罰を受けてもらうことになるよ。大丈夫、なるべく酷くしないよう僕が取り成してあげるから」

「まぁ、期待せずに聞いておくよ。つーか、本当に看守なんているのか? お前さんがこの部屋に来てもう随分経つぞ」

 言われて気づく。確かにそうだ。つい今しがた、あれだけ騒いだというのに、看守がやってくる様子はない。牢獄とはいえ、端から端に言葉が届かないような広さでもない。なにより静寂がうりのこの場所だ。少しの騒ぎも確実に看守の耳に届くようになっている。

 それ以前に、フォルフがこの部屋に入ってどれくらいの時間が経ったであろうか。身の上話に熱が入っていたせいで、時間が経つのを忘れていたが、よくよく考えてみれば、食事の時間はもうとっくに終わっているはずだ。なのに配給係のフォルフが戻ってこない。看守が獄中に足を踏み入れるに十分な異常事態のはずだ。にもかかわらず、いまだ外の廊下を行き来する人の気配は無い。

 これはどうしたことか、と首を捻る少年の耳に、地の底から湧き響くような、不気味な声が届いた。

「みぃ~つけたぁ~~」

 それはフォルフの背にしている扉の向こうから聞こえた。振り向き見ると、鉄格子の向こうから室内を覗き込む何者かと目が合った。「ひぃっ」と、思わず後図去った次の瞬間。扉含めた一面の壁に光が走った。紅い糸のような光の筋が賽の目のように壁一面に行き渡る。初め細かったその筋は、みしみしと音を立てながら次第に太く、色濃くなっていき。ついには溢れ出した光が視界いっぱいに広がった次の瞬間、ドンガラと音を立てて壁が崩れ落ちた。呆気にとられていたフォルフは、とっさにアザナミに襟首を引かれていなければ危うく下敷きになるところだった。

 崩れた壁の向こう。

 モウモウと視界を濁す粉塵の先に、只ならぬ雰囲気を纏いながらも、どこか嬉しそうに細めた瞳を潤ませて、仁王立ちする黒マントの女がいた。

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