妻のつとめ
このたびご縁がありまして、『皇帝陛下のあたため係』がコミカライズされることになりました!
詳細は追って《活動報告》にてお知らせしていく予定ですので、皆様よろしくお願いします!
憂鬱な長雨が終わりホッとしたのもつかの間、じわじわと暑さが本格化してきている。
暑さをなだめるような夕立が降ったあと、菊花の姿は菊香殿にあった。
部屋の中央に置かれた卓の上には、大量の書簡が山となっている。
その山に埋もれるようにして、菊花は頬づえをついていた。
「むむむむ……」
眉は寄り、唇は突き出ている。
一見して悩んでいるとわかる顔に、やってきた蛇晶帝はクハッと笑った。
「どうした、菊花。そのように唇を尖らせて。香樹に口づけを強請る練習中か?」
「んなっ⁉︎ ち、違います!」
カッカッカと朗らかな笑い声を上げる蛇晶帝に、菊花はぷぅと頬を膨らませた。
顔が真っ赤になっているので、威嚇されてもちっとも怖くない。かわいらしい義娘に、蛇晶帝は悪乗りする。
「なんじゃ、違うのか。恥ずかしがらなくても……」
「お・じ・さ・まぁぁぁ?」
「い、いや。そういう顔ではないな」
菊花が胡乱な目つきでじっと見つめると、蛇晶帝はぎくりと体をかたくする。
ごまかすようにヘラリと笑うと、菊花は「もう」と言って怒らせていた肩を戻した。
随分と打ち解けたものだ――と蛇晶帝は思う。
出会った当初は神仙に仕える新人巫女のような畏怖とぎこちなさがあったが、今では恐れることなく自己主張している。
香樹への態度を見ていれば、いずれこうなることは予想できた。
家族になれて、嬉しく思う。
もう、これで満足ではないか。心残りなど、もうないのではないか。
そう思うほどに。
「菊花。良ければ茶を淹れてくれぬか」
「いいですよ。少し待っていてくださいね」
お茶を準備してくると席を立った菊花を見送り、蛇晶帝は椅子に腰掛けた。
といっても、蛇なので腰はない。尾のほうをくるりと巻いて、残りの部分は背を正すようにピンと伸ばす。
茶の用意を持って戻ってきた菊花に、蛇晶帝は尋ねた。
「して、なにがあった?」
「天災についての勉強をしているんです」
登月の指導の甲斐あって、菊花の茶の腕は確かだ。
考え事をしながらでも滑らかに手が動く。綺麗なものだ。
「なにゆえに?」
「巳の国ではいまだに、天災は皇帝陛下の不徳の致すところだと信じられています。都から離れれば離れるほど、それは顕著になっていく……」
さすがに都にいる者たちは信じていないが、菊花が生まれ育った崔英など都から遠ざかれば遠ざかるほどに信じる者は多いようだ。
皇帝の不徳は関係ないと声を大にしたって伝わらない。
それよりも実際に天災から助かった人の声のほうがうんと早く伝わるだろうから。
だから菊花は学ぶのだろう。人々を――巳の国の民を救うために。
「うむ。学がない者ほど信じておるようじゃからの……」
身を以て経験しなければ、わかってもらえないことがもどかしい。
もっと良い方法があれば良いのに――と蛇晶帝は思う。
「今までいろいろありました。致し方ないこととはいえ、香樹の印象はあまり良くありません。無慈悲にならざるを得なかった香樹の事情を考えると、正妃として少しでも悪印象を払拭したいと思うんです」
「できた嫁じゃ。香樹は幸せ者だな」
「おじさま? なにか言いました?」
「いや、なんでもない。それより、茶はまだか?」
「今日は暑いので……爽やかな緑茶を用意してみました」
ことり、と小さな茶碗が目の前に置かれる。
蛇晶帝は鼻を近づけてスンとひと嗅ぎ。良いにおいじゃ、と笑うように口をカパッと開けた。
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