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第四十一話 終焉

 必死に頭を働かせる菊花(きっか)の傍らで、香樹(こうじゅ)はむくりと体を起こした。


「菊花、大丈夫か?」


 毒のせいでしゃべることができない菊花は、驚きつつも香樹の問いかけにうなずく。

 香樹の顔は、今まで見たことがないくらいに蒼白で、再会したあの日以上にひどい顔色だった。


 香樹の体温は今、ひどく低いのではないだろうか。


 心配そうに見つめてくる菊花に、香樹は「心配するな」と笑う。

 だがその顔はどう見てもはかなげで、今にも消えてしまいそうな危うさがあった。


(香樹の方こそ、大丈夫なの?)


 問いかけられないことが、もどかしい。

 物言いたげに見つめてくる菊花の前で、香樹は隠し持っていた小刀を取り出すと、彼女を拘束する縄を切り始める。

 はらりと解けた縄を払い除け、香樹は菊花を掻き抱いた。


「菊花……怖い思いをさせたな」


 香樹の胸に押し付けられるように強く抱きしめられて、彼の匂いに包まれた菊花はようやくホッと息を吐いた。


 もう随分と慣れ親しんだ彼の匂いが、菊花の焦りを和らげる。

 ぐずる子どものように香樹の胸に顔を押し付けて、菊花はしゃべれない代わりにぎゅっと彼を抱きしめ返した。


「良かった、間に合って。おまえがいなくなったと聞いて、どうしようかと思ったぞ」


 毒のせいで体温が上昇しているからだろうか。

 香樹の体は、信じられないくらい冷たかった。


 皇帝陛下のあたため係として、初めて呼ばれたあの日よりも冷たく感じる。

 ひんやりとした肌は火照る菊花の肌から熱を奪うのに、それでもあたたまる気配がなかった。


(本当に大丈夫なの? だってあなた、白い紅梅草(こうばいそう)の毒を飲まされたのでしょう?)


 問いかけられない代わりに、菊花は抱きついていた手で香樹の背をたたく。

 だが、香樹はより一層強く菊花を抱きしめてくる。と、そこで菊花は気がついた。


 香樹の体が、カタカタと小刻みに震えているのだ。

 寒くて寒くてたまらないのか、すがるように菊花に身を寄せてくる。


 いつもだったらすぐに体温を分かち合えるのに。

 菊花はこんなにも熱いのに、香樹には足りないらしい。


(どうして……)


 珠瑛(しゅえい)白梅草(はくばいそう)と言っていたものは、おそらく白い紅梅草のことだろう。

 そして、彼女はなんと言っていたか。


『滞りなく。香樹様には、白梅草の毒を飲ませてありますわ。毒蛇ですら死に至る、特別な毒……眠るように死ねるなんて、ちょっと、つまらないですけれど』


 まるで、期待していた玩具が予想していたほど面白くなかった子どものように。

 彼女は残酷なことを平然と言い捨てながら、心底つまらなそうな顔をしていた。


 蛇晶(じゃしょう)帝や、香樹の兄を殺したという、毒。

 それを、香樹にも飲ませたというのなら。


(あなたにしか、できないわ!)


 もはや、安全性など構っていられない。

 可能性はゼロではないと自らに言い聞かせながら、菊花は動いた。


 足首に巻き付いていた蛇を掴むと、香樹の腕にその口を持っていく。

 蛇は心得たとばかり、腕にガブリと噛みついた。


 白梅草の毒で死んだ、蛇晶帝。

 彼の体から採取した血液から毒を特定できたのなら、同じ毒で亡くなった兄には抗体があるのではないかと菊花は考えたのだ。


 とんでもない荒療治だと思う。

 しかしこのまま死を待つくらいなら、最後まで抗ってやりたかった。


 祈るように待つ間も、部屋の仕掛けは止まらない。

 床の一部がぐるりと回転して、筒状のものが上を向く。小さな煙突のようなそれから、シュウシュウと毒が流れ始めた。


(もう、香樹をあたためることもできなくなるのね)


 その時ふと、(らん)先生から聞いた話を菊花は思い出した。

 このタイミングで思い出したのは、それが死ぬ前にしておきたいことだったからかもしれない。


(男の人の体温を上げる、最も効率が良い方法。それは房中術だと、藍先生は仰っていました)


 菊花の喉がゴキュンと鳴る。

 覚悟を決めた彼女は、眠っているように静かな香樹の唇に、自身の唇をゆっくりと近づけていった。


 ドキドキと胸が早鐘を打つ。

 心臓が、口から飛び出そうなくらいだった。


 もうすぐ出る、今すぐ出る! というところでようやく、唇が目的地に到着する。

 少し的は外したが、唇の端に口付けることに成功した。


「ふふ。やわらかい」


 菊花は満足そうな笑みを浮かべ、コトリと倒れ伏した。


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