第三十七話 開始
宮女候補たちの最終選考、当日。
講堂へ集められた宮女候補たちには、試験の順番と場所が告知された。
菊花は一番初め、場所はもっとも入り口に近いところである。
対する珠瑛は、最後。もっとも入り口から遠い、けれど景色は最上級である薔薇園の近くになっていた。
「最後って、どういうことですの⁉︎」
珠瑛は不機嫌そうだ。
分からなくもない。
最終選考は、茶会で皇帝陛下をもてなすという内容。
最後では、きっと腹に余裕なんてなくて、豪華な食事も茶も口にできないだろう。
しかし、この順番は変えられない。
だってこの試験は、黄一族を足止めするためのものなのだ。
黄家の屋敷から、蛇晶帝や香樹の兄を殺した毒草、白い紅梅草を見つける。
全ては、そこから始まっているのだから。
「そうですわ! 珠瑛様が最後なんて、おかしいです。今すぐ、交換を!」
取り巻きの紅葉がチラチラと菊花を見てくる。
交換を申し出ろとでも言いたいのだろう。
知らん顔をしていたら、珠瑛と紅葉とは別の方向からジトリと陰湿な視線を向けられた。
一体誰だと振り返ると、取り巻きをやめたはずの桜桃が、むっすりと顔を歪めて菊花をにらみつけている。
(取り巻きに戻ったのかな?)
それにしては、妙である。
取り巻きに戻ったのなら、紅葉と一緒になって文句を言っているはずだ。
しかし、彼女はそうしていない。
(なぜ……?)
だが、考える菊花を邪魔するように、説明を終えた落陽が銅鑼を鳴らす。
試験開始の合図に、宮女候補たちは我先にと講堂から出て行った。
珠瑛は紅葉を伴って出て行く。
話しかけようとした桜桃の隣をすり抜けて、わざとらしく紅葉とおしゃべりしながら。
まるで、桜桃なんて子は知らないと言わんばかりである。
伸ばした手をギュッと握って、桜桃は唇をギリギリと噛み締めていた。
菊花の視線に気付いたのだろう。憎々しげな視線を菊花に向けて、桜桃は珠瑛たちの後を追いかけていった。
講堂を出た宮女候補たちが、呼び寄せた一族とともにそれぞれの試験場所へ散っていく。
大掛かりな舞台を作る者、美麗なやぐらを建てる者、一面を花畑にする者……さまざまな方法で、宮女候補とその一族たちは皇帝陛下を満足させようと必死である。
誰もが、皇帝陛下の正妃になろうと足掻いていた。
天涯孤独の身の上である菊花には、到底できないことだ。
(でも、私には仲間がいる)
父も母もいないが、菊花には大切な仲間がいる。
「さぁ、菊花。まずは設営しようか」
「そうですよ。戌の国から、すてきな家具が届いていますからね」
リリーベルと柚安が、菊花の背中を押す。
菊花は満面の笑みを浮かべて、二人とともに自身の試験場所へと足を向けた。
誰もが平等であるように、庭には紐が張られ、均等に分けられている。
どんな身分であろうと、平等に審査するためだ。
この一週間でぞくぞくと届いた戌の国からの贈り物は、素晴らしいものばかりだった。
木製の丸い卓に、曲木が美しい椅子。卓に掛けられた布の、レース模様がなんとも美しい。
リリーベル監修のもと、菊花は柚安と協力して、それらをせっせと配置した。
異国の家具は、後宮の庭の雰囲気に合わないかもしれないという懸念もあったが、実際に置いてみたら意外にもしっくりなじんでいる。
「うん。なかなか良いんじゃないか?」
「そうですね。僕も、良いと思います」
「そうね。とてもすてきなアフタヌーンティーができそうだわ」
白を基調とした家具は、黒や朱を基調とした後宮の建物を背景にすると、とても映える。
三段重ねの皿を飾る茶菓子や、茶道具を並べれば、さらに良くなるだろう。
リリーベルが仕立ててくれたドレスを着て、ここで香樹に給仕する。
それはとても、すてきな時間になるだろうと想像できた。
隣の宮女候補は、舞を披露するようだ。
何人もの男が小さな舞台を作っている。
彼らは大工だろうか。作る手つきに迷いがない。
「おいおいおい、嬢ちゃん。そんな貧相な会場で皇帝陛下がご満足なさるわけがないだろう」
「そうだぜ? 煌びやかなもてなしをしなくっちゃなあ?」
菊花のささやかな会場を見て、男たちは鼻で笑った。
確かに、菊花の会場は派手さがない。
どれも上質なものなのは確かだけれど、菊花らしい、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「派手ならば良いっていうわけじゃありませんから」
ムッとする菊花に、柚安は癒やし効果抜群の気の抜けた笑みを向ける。
ほわん、と心が解れたところで、彼は「さぁ、行ってください」と菊花を促した。
柚安とは、ここでしばらくお別れである。
彼はここで、この場所を警備する役目なのだ。
最終選考ともなれば、きっと妨害工作がある。
それを見越してのことだった。
「ここは僕に、お任せください!」
そう言ってどんと胸をたたく柚安に、菊花は手を振って厨房へ急いだ。
その後ろを、リリーベルが爽やかに追い抜いていく。
男装の麗人を見かけた宮女候補やその一族の女性が、作業の手を止め足を止めて魅入る。
そんな彼女たちに手を振って応えながら、リリーベルは菊花とは別の方向へ走っていった。
リリーベルはこれから、最終選考の裏側で行われる作戦に同行する予定だ。
黄家の屋敷で白い紅梅草が見つかった場合、判定できるのは彼女しかいないから。
戦地へ赴く友人を見送るような気持ちで、菊花はリリーベルの背中へ密やかに声援を送ったのだった。
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