表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/46

第三十七話 開始

 宮女候補たちの最終選考、当日。

 講堂へ集められた宮女候補たちには、試験の順番と場所が告知された。


 菊花(きっか)は一番初め、場所はもっとも入り口に近いところである。

 対する珠瑛(しゅえい)は、最後。もっとも入り口から遠い、けれど景色は最上級である薔薇園の近くになっていた。


「最後って、どういうことですの⁉︎」


 珠瑛は不機嫌そうだ。

 分からなくもない。


 最終選考は、茶会で皇帝陛下をもてなすという内容。

 最後では、きっと腹に余裕なんてなくて、豪華な食事も茶も口にできないだろう。


 しかし、この順番は変えられない。

 だってこの試験は、(こう)一族を足止めするためのものなのだ。


 黄家の屋敷から、蛇晶(じゃしょう)帝や香樹の兄を殺した毒草、白い紅梅草(こうばいそう)を見つける。

 全ては、そこから始まっているのだから。


「そうですわ! 珠瑛様が最後なんて、おかしいです。今すぐ、交換を!」


 取り巻きの紅葉(こうよう)がチラチラと菊花を見てくる。

 交換を申し出ろとでも言いたいのだろう。


 知らん顔をしていたら、珠瑛と紅葉とは別の方向からジトリと陰湿な視線を向けられた。

 一体誰だと振り返ると、取り巻きをやめたはずの桜桃(おうとう)が、むっすりと顔を歪めて菊花をにらみつけている。


(取り巻きに戻ったのかな?)


 それにしては、妙である。

 取り巻きに戻ったのなら、紅葉と一緒になって文句を言っているはずだ。

 しかし、彼女はそうしていない。


(なぜ……?)


 だが、考える菊花を邪魔するように、説明を終えた落陽(らくよう)銅鑼(どら)を鳴らす。

 試験開始の合図に、宮女候補たちは我先にと講堂から出て行った。


 珠瑛は紅葉を伴って出て行く。

 話しかけようとした桜桃の隣をすり抜けて、わざとらしく紅葉とおしゃべりしながら。

 まるで、桜桃なんて子は知らないと言わんばかりである。


 伸ばした手をギュッと握って、桜桃は唇をギリギリと噛み締めていた。

 菊花の視線に気付いたのだろう。憎々しげな視線を菊花に向けて、桜桃は珠瑛たちの後を追いかけていった。


 講堂を出た宮女候補たちが、呼び寄せた一族とともにそれぞれの試験場所へ散っていく。

 大掛かりな舞台を作る者、美麗なやぐらを建てる者、一面を花畑にする者……さまざまな方法で、宮女候補とその一族たちは皇帝陛下を満足させようと必死である。


 誰もが、皇帝陛下の正妃になろうと足掻いていた。

 天涯孤独の身の上である菊花には、到底できないことだ。


(でも、私には仲間がいる)


 父も母もいないが、菊花には大切な仲間がいる。


「さぁ、菊花。まずは設営しようか」


「そうですよ。()の国から、すてきな家具が届いていますからね」


 リリーベルと柚安(ゆあん)が、菊花の背中を押す。

 菊花は満面の笑みを浮かべて、二人とともに自身の試験場所へと足を向けた。


 誰もが平等であるように、庭には紐が張られ、均等に分けられている。

 どんな身分であろうと、平等に審査するためだ。


 この一週間でぞくぞくと届いた戌の国からの贈り物は、素晴らしいものばかりだった。

 木製の丸い卓に、曲木が美しい椅子。卓に掛けられた布の、レース模様がなんとも美しい。


 リリーベル監修のもと、菊花は柚安と協力して、それらをせっせと配置した。

 異国の家具は、後宮の庭の雰囲気に合わないかもしれないという懸念もあったが、実際に置いてみたら意外にもしっくりなじんでいる。


「うん。なかなか良いんじゃないか?」


「そうですね。僕も、良いと思います」


「そうね。とてもすてきなアフタヌーンティーができそうだわ」


 白を基調とした家具は、黒や朱を基調とした後宮の建物を背景にすると、とても映える。

 三段重ねの皿を飾る茶菓子や、茶道具を並べれば、さらに良くなるだろう。


 リリーベルが仕立ててくれたドレスを着て、ここで香樹に給仕する。

 それはとても、すてきな時間になるだろうと想像できた。


 隣の宮女候補は、舞を披露するようだ。

 何人もの男が小さな舞台を作っている。

 彼らは大工だろうか。作る手つきに迷いがない。


「おいおいおい、嬢ちゃん。そんな貧相な会場で皇帝陛下がご満足なさるわけがないだろう」


「そうだぜ? 煌びやかなもてなしをしなくっちゃなあ?」


 菊花のささやかな会場を見て、男たちは鼻で笑った。


 確かに、菊花の会場は派手さがない。

 どれも上質なものなのは確かだけれど、菊花らしい、落ち着いた雰囲気が漂っていた。


「派手ならば良いっていうわけじゃありませんから」


 ムッとする菊花に、柚安は癒やし効果抜群の気の抜けた笑みを向ける。

 ほわん、と心が解れたところで、彼は「さぁ、行ってください」と菊花を促した。


 柚安とは、ここでしばらくお別れである。

 彼はここで、この場所を警備する役目なのだ。


 最終選考ともなれば、きっと妨害工作がある。

 それを見越してのことだった。


「ここは僕に、お任せください!」


 そう言ってどんと胸をたたく柚安に、菊花は手を振って厨房へ急いだ。

 その後ろを、リリーベルが爽やかに追い抜いていく。


 男装の麗人を見かけた宮女候補やその一族の女性が、作業の手を止め足を止めて魅入る。

 そんな彼女たちに手を振って応えながら、リリーベルは菊花とは別の方向へ走っていった。


 リリーベルはこれから、最終選考の裏側で行われる作戦に同行する予定だ。

 黄家の屋敷で白い紅梅草が見つかった場合、判定できるのは彼女しかいないから。


 戦地へ赴く友人を見送るような気持ちで、菊花はリリーベルの背中へ密やかに声援を送ったのだった。


読んでくださり、ありがとうございます。

少しでも「面白い」と思ったら、ちょっとスクロールしていただいていいねや★、ブックマークなどで反応していただけると、嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ