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第三十三話 焦燥

『お茶会の用意をするにあたり、宮女候補たちには、蛇香(じゃこう)帝へ質問する時間を与えるものとする』


 その通知がなされたのは、最終選考まであと一週間を切ったところだった。


 場所は後宮の庭で、蛇香帝と二人きり。

 ちょっとした散策をしながら、質疑応答するらしい。


 どうして、今更。

 試験まであと一週間しかないというのに、このタイミングでそんなことをする意味があるとは思えない。


 (いぶか)しむ菊花(きっか)に反し、宮女候補たちは大わらわだ。

 突然すぎる通知に、これも試験の一環に違いないと、彼女たちは大慌てで自室に引き篭もって衣装合わせや化粧を始めた。


 菊花は自室でワヤワヤと身支度する宮女候補たちの声を遠くに聞きながら、人気のない廊下を歩いていく。


「何か意図があってのことかしら?」


 菊花は歩きながら、考える。

 最終選考の裏側で行われることに、何か関係があるのだろうか。あるとすれば、考えられるのは珠瑛に対してだが……。


「与えられた時間は、長くない。わずかな時間で、何を仕掛けるっていうの?」


 何かがおかしい気がする。

 漠然とした違和感だが、こういう時の嫌な予感は当たることを、菊花はよく知っていた。


「私は、何も聞かされていない。私に聞かせたくない理由があるの? それとも、関係がないところで決められた?」


 何もわからないが、胸騒ぎがする。

 それも、とびきり嫌な予感だ。


「こういう時、いつもなら何か思いつくのに。今日はなにも頭を過ぎらないわ」


 無意識に歩き続けて、廊下が途切れる。

 いつの間にか、ずいぶんと歩いてきてしまったらしい。

 ふと顔を上げると、目の前には手入れの行き届いた後宮の庭が広がっていた。


「……!」


 ()の国から贈られたという薔薇園の前に、二人の人物がいた。

 白銀に金を少しだけ混ぜたような色合いの、絹糸のようにサラサラとした長い髪と、烏の濡れ羽色をした艶々の長い髪。相反する二色の髪が、風になびく。


香樹(こうじゅ)と、珠瑛(しゅえい)様……)


 色とりどりの薔薇を背景に、美しい男女が並んでいる。


 なんて、絵になる光景だろう。

 思わず足を止めて見入ってしまうほどに、完成している。


 息を飲む菊花の目の前でサァァと風が吹いて、薔薇の花びらを(さら)っていく。

 香樹の髪にひとひらの花びらが絡んだ。


「あら、陛下。御髪に花びらが」


 珠瑛の手が香樹の髪へ伸ばされたその瞬間、菊花は反射的に両手で口を覆った。


(私は今、なにを……⁉)


 危うく菊花は「私の香樹に触らないで」と叫ぶところだった。

 眉にギュッと力が入って、険しい顔をしているのが分かる。

 ズキズキと、眉間の奥が痛んだ。


 怒り過ぎで頭が痛くなるなんて、初めての経験である。

 ああ、これは。これが──、


(嫉妬というものか)


 珠瑛が憎い。

 あれほど執拗(しつよう)に嫌がらせをされていた時でさえ、怒りを覚えるまでには至らなかったのに、今は彼女が憎くて仕方がない。

 できることなら今すぐ飛び出していって、珠瑛を突き飛ばしてでも香樹を取り戻したいくらいだ。


(でも、そんなことをしたら、だめ)


 すんでのところで思いとどまる。

 誰がどんな意図でこの状況を生み出したのか分からない以上、菊花が余計なことをするべきではない。

 仲睦まじげに歩いているように見えているが、もしかしたら水面下では、菊花には分からないような罠が、張り巡らされているのかもしれないのだ。


(わかる。わかるけど、でも……)


 割り切れるかと問われれば、菊花は割り切れないと答えるだろう。

 身の内を焼くような強烈な怒りは、まだ鎮まる様子がない。


 恋とはなんて、残酷なのだろう。

 甘いだけなら、良かったのに。


 ()い、かわいいと構われるだけの関係だったら、どんなに良かったか。


 蛇香帝、(はく)香樹。

 彼を好きになるということは、後宮の花の一輪になるということだ。


 皇帝陛下は、一夫多妻制。

 全国民の生活を背負う彼を支えるには、菊花だけでは到底、力不足だ。


 大勢のうちの一人。

 菊花が愛する人は一人だけれど、香樹にとってはそうではない。


(私は、耐えられる?)


 答えは、否だ。

 珠瑛と一緒に歩いているだけで、こんなに気持ちがささくれ立つのに。


(手を握る? 抱きしめる? 口づける? とろけるように無防備な顔をして、「愛い」とささやくの?)


 そんなの、絶対無理だ。

 とてもではないが、許容できない。


 手を握るのも、抱きしめるのも、口づけるのも、寝起きのぼんやりした顔で「おはよう」と無防備に笑うのも、菊花だけじゃないと嫌だ。


(他の人と分け合うなんて、無理)


 たとえ菊花が、大勢の妃の中で一番だとしても。

 菊花だけの香樹でなくちゃ、我慢ならない。


 自分の中に、こんな激情とも言える独占欲があるなんて、菊花は知らなかった。


「──ええ。当日を楽しみにしていてくださいね」


「そうか。楽しみにしている」


 珠瑛の笑い声が、聞こえてくる。続いて、控えめに笑う香樹の声も。

 それ以上聞いていられなくて、菊花は(きびす)を返して逃げ出した。


読んでくださり、ありがとうございます。

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