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第二十四話 毒草

紅梅草(こうばいそう)は、何に使われたのですか?」


 蛇晶(じゃしょう)帝と皇子の死因は、毒殺である。

 それも、毒の耐性を持つ彼らをも殺す猛毒。


 となれば、簡単なことではない。

 とびきり強い毒性がなければいけないだろう。


「さっきも言ったけど、紅梅草はあらゆる薬や毒の効果を高めるんだ。蛇晶帝の体から採取された毒は、ほとんど解析できたんだけれど……あと一つが分からない。紅梅草に似ているということは分かったのだけれど、それ以上はさっぱりだ。もしかしたら、新種の毒草か、突然変異の毒草かもしれないね」


「新種に突然変異ですか」


 紅梅草の突然変異。

 その言葉を聞いて、菊花(きっか)の脳裏にふと過ぎるものがある。


 本当に、たまたまだった。

 たまたま、食うに困ってしたことだった。


 紅梅のような赤い花を咲かせる紅梅草。

 菊花は裏山から採ってきたそれを、自宅の畑で量産しようとしたことがあったのだ。


 だが、結果は失敗。

 何がいけなかったのか、紅梅草は赤くなるどころか真っ白な花が咲き、当然のことながら、見たこともない謎の草を買い取ってはもらえなかったのである。


(まさかねぇ?)


 こんな偶然、何度も続くわけがない。

 蝗害(こうがい)の時みたいに、うまくいくわけなんて、あるはずがない。


(だけど、もしも、があったとしたら?)


 そう思ったら、黙っていることなんてできなかった。


「あのぅ……ちょっと、よろしいでしょうか?」


 菊花の声に、リリーベルはキラリと目を輝かせた。

 まるで、待っていましたと言うように、その目は期待に満ちている。


「なんだい? ああ、もしかして何か(ひらめ)いたのかな? ふふ。聞いているよ。()の国の蝗害、その対策を君が献策したって。面白い案だよねぇ。みんなは君を田舎娘って馬鹿にしているけれど、私は不思議でならないよ」


 リリーベルが、ワクワクとした目で菊花を見つめる。

 菊花は、その目を不安そうに見返した。


「違うかもしれません」


「構わない。研究とは、そういうものさ。少しの可能性でもあるのなら、聞く価値はある」


 だから、自信を持って。

 そう言って、リリーベルは優しく菊花の言葉を促した。


 菊花はためらうように唇を噛んで、何度かモニョモニョと動かしてから、ようやく決心したように口を開いた。


「私、昔……食うに困って、裏山から採ってきた紅梅草を畑で栽培しようとしたことがあるんです」


 両親が流行病で亡くなって、菊花は一人で生きていかなくてはならなかった。

 両親のおかげで食べていく術は知っていたけれど、その方法は地道なものだ。


 裏山に分け入り、獣から逃げ回りながら必要な山菜や薬草を採取する。

 採取したものを店で買い取ってもらって、金を得る。


 単純にして明快な方法だが、裏山には猪が生息していて、逃げ回るのも大変なのだ。

 だから菊花は、なるべく簡単で安全に薬草を手に入れる方法を模索した。

 その結果が、紅梅草の栽培だったのである。


「紅梅草を、栽培しようとしたの? 紅梅草の育成方法なんて、まだ確立されていないのに。すごいね、菊花さん」


「すごくないですよ、失敗しましたし」


 全然すごいことなんてないのだ。

 だって菊花が植えた紅梅草は、赤い花を咲かせなかった。

 蕾まではちゃんと育っていたのに、開いた花は真っ白だったのである。


 真っ白な紅梅草なんて、聞いたことがない。

 いや、紅梅草とも言えないだろう。

 あるかどうかは分からないが、これでは白梅草(はくばいそう)である。


 当然のことながら、いつも薬草を買い取ってくれている店では断られた。

 だから結局、菊花は裏山で猪から逃げ回りながら薬草や山菜を採って生計を立てていたのである。


「しかも、真っ白な紅梅草はなぜか大量に繁殖しまして。きっと今頃、実家の畑は真っ白な紅梅草であふれかえっているでしょうね……」


 帰ったら草むしりが大変だと、菊花は重いため息を吐いた。

 金にならないどころか、労力の無駄になったのだ。素人が迂闊(うかつ)なことをするものではないと、菊花はやれやれと首を振る。


 菊花の言葉に、リリーベルは時が止まったように瞬きさえ忘れて菊花を見た。

 それからハッと我に返ると、菊花を逃がさないようにしようとしているのか、両肩をぐわしと掴んでくる。


「……えっと、菊花さん?」


 美しい顔が、間近に迫る。

 こんな距離は、香樹(こうじゅ)以外で初めてである。

 女性であるのは重々承知だが、自分のものではない甘い香りが鼻をくすぐって、菊花は「ぴゃっ」と声を漏らした。


「は、はい、なんでしょう? リリーベル様」


「それを突然変異と言うのだよ?」


「そう、でしょうか?」


「そうなんです!」


 リリーベルは菊花の肩を解放すると、ピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねた。

 束ねた髪が飛び跳ねる度に揺れて、尻尾のようだ。


「うわー! なんでもっと早く言ってくれなかったの⁈」


「え、いや……紅梅草の突然変異とか新種とか、ついさっき聞いたばかりですし」


「そうだよね! あー、なんで私は言わなかったのだろう。もっと早く言っておけば良かった。そうしたら、もっと早く解決したかもしれないのに!」


 一人騒ぎながらしばらく狭い室内を跳ね回って、リリーベルは再び菊花を捕まえた。


「菊花さん、君の家ってどこ? 今すぐ採取に行くから教えてちょうだい!」


 至近距離の美形の顔は心臓に悪すぎる。

 顔を覗き込まれて、菊花は顔を真っ赤にしながら、実家の場所をしどろもどろで答えた。


読んでくださり、ありがとうございます。

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