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第二十二話 伴侶

  蛇香(じゃこう)帝、(はく)香樹(こうじゅ)

 齢二十一の若き皇帝には、(つがい)と呼ばれる運命の相手がいる。


 番。

 それは、獣人だけに存在する、魂の伴侶。


 獣人は、生涯でたった一人の相手しか愛さない。

 たった一人しか、愛せない。


 出会えばたちまちに、運命の相手だと気付く。

 彼らは本能で、運命の相手を嗅ぎ分けるのだ。


 この世界には五つの国があり、それぞれ獣人の王が国を治めている。

 つまり、王族にだけ、番と呼ばれる相手が存在するのである。


 このことは、王族と、その伴侶にしか伝えられていない。

 獣人たちは人知れず、伴侶探しをしているのであった。


 香樹の番は、菊花(きっか)という娘だ。

 金の髪に菫色の目。香樹の心を掴んで離さない、柔らかな(にく)


 こう言うと香樹の好みがふくよかな女性だと思われがちだが、そうではない。

 白蛇の獣人である香樹にとって、寝心地の良い菊花は最高の女性なのだ。温度、湿度、匂い、そして感触……どれを取っても、菊花は最高としか言いようがない。


 変温動物である彼には、あたたかい寝床が重要である。

 下手をすれば死んでしまうので、当然とも言えよう。


 さて、その番であるが。


「香樹!」


 香樹が寝所へ入るなり、ドーンと抱きついてきた。

 予想外のことにたたらを踏みながらも、香樹は菊花を抱き留める。


「なんだ」


 どこもかしこも柔らかな菊花だが、特に二の腕とおなかは最高である。

 ()の国にある、マシュマロというお菓子に似ていると、香樹は常々思っていた。


 柔らかな菊花の胸が遠慮なく香樹の体に押し付けられる。

 これで誘っているつもりがないのだから、驚きである。


 自分でなかったら襲われているぞ、と香樹は心配になった。

 菊花は菫色の目をキラキラと輝かせて、香樹を見上げてくる。


 かわいい。率直に言って、かわいい。

 どうしてこいつはこんなにかわいいのか。意味がわからない。

 涼やかな顔をしているその下で、香樹はそんなことを考えた。


 まさか普段「肉」と呼んでくる男が、内心デレデレでそんなことを真剣に考えているとも知らず、菊花は母性を振りまきながらこう言った。


「今日からね、どーんと甘えて良いんだよ!」


「そうか」


 それは良いことだ。

 ではさっそく、甘えさせてもらうとしよう。


 香樹は、菊花を支えていた手を緩め、彼女を抱き上げようとした。

 菊花は一般女性よりもほんの少しふくよかなタイプだが、これぐらいは何ということはない。常人よりも力が強い獣人である香樹には、何の問題もないのである。


 だが、続いて投下された彼女の言葉に、耳元で銅羅(どら)を鳴らされたような気分になった。


「私は何があっても香樹の味方だからね! 今日から私を()()()()()()()()()、甘えてちょうだい!」


 オカアサンダトオモッテ、アマエテチョウダイ、だと?

 聞き捨てならない言葉に、香樹はついうっかり執務中の氷のような声で「あ?」と答える。


 ドスの利いた、聞いている者が震えそうになる声だったが、菊花には照れ隠しのようにしか聞こえない。再びギュウと香樹に抱きつきながら、菊花はさらに言った。


「恥ずかしがらなくても良いのよ? ここには私しかいないのだし。それに私、誰にも言ったりしないわ」


 名前を呼ぶことさえくすぐったくて「肉」と呼んでしまっていたが、それがいけなかったのだろうか。

 それとも、遠回しにあたため係になんて任命したのがいけなかったのか。


 何がいけなかったのだと、香樹の頭の中は疑問でいっぱいである。


 落ちてくるのを待っていたら、とんでもない所へ落ちてきた。

 今の香樹の心境を言い表すのならば、それが一番適切だろう。


「直球で思いを伝えるべきだったか?」


「大丈夫、十分伝わっているわ。香樹はお母様に先立たれて、たった一人で頑張ってきたのよね? それで、私と出会って、お母様の面影を重ねていたのでしょう? 私じゃあ、お母様の代わりなんてできないかもしれないけれど、せめてあたため係として、親友として、あなたを支えさせてほしいの」


「菊花」


「なあに?」


「母のことを、誰から聞いた?」


 私はまだおまえに話したことがなかっただろう、と香樹は訝しげに菊花を見た。

 だいたい察しはつくが、聞いておかなければならない。事と次第によっては、あのふざけた父親(じじい)を締め上げなくてはならないからだ。


蛇晶(じゃしょう)帝……あ、違う。そうじゃなかった。えっと、そう、おじさまよ! おじさまから聞いたの!」


「おじさま……」


 あのじじい、菊花に何と呼ばせているのだ。おじさま、だと?


 父親は、息子しか得られなかった。ゆえに、娘にやたらと執着しているのを香樹は知っている。

 しかし、言うに事欠いておじさま呼びをさせているとは。


 なんとなく変態臭さを覚えて、香樹は額に手を当てながら天井を仰いだ。

 重々しく深いため息が漏れ出る。

 大好きな菊花がすぐそばにいるというのに、気分は一向に改善されない。


「あの……聞いちゃ、ダメだった?」


 香樹の深いため息に、菊花は不安そうな顔で見上げてくる。

 そんな顔をさせたいわけではない。

 だが、執務の疲れとその他諸々のせいで疲れは頂点を超えた。


「駄目ではない。だから、そんな顔をするな」


 しょんぼりと顔を曇らせた菊花の頭に、シュンと伏せられた犬耳の幻覚が見える。

 香樹はそれを、疲れているからだと判断した。


 慰めるように頭を撫でてやると、今度はブンブンと振られる尻尾が見えた気がしたが、これも疲れているせいに違いない。

 香樹は眉間を揉みながら、うなる。


「私は疲れた。もう寝る。ほら、菊花。甘えさせてくれるのだろう? 今日もあたためてくれるな?」


「はい、もちろん!」


 こっちこっちと手を引いて寝台(ベッド)へ案内する菊花に、不埒な気持ちなどひとかけらもないのだろう。

 それに比べて自分は、と香樹は自身の邪な思いにため息を吐きたくなった。


読んでくださり、ありがとうございます。

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