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日本のセミ (前編)

バルーンアートのセミたち

 挿絵(By みてみん)


    挿絵(By みてみん)


    挿絵(By みてみん)

         ( 記憶のイメージから )


 わたくし、K John・Smithは、バルーンアートを趣味にしております。


 夏といえばセミ!

 よしセミを作ろう、と思い立ち。


 ふと… 。

 あれ? どんな生き物だっけ、と調べ出しました。


 すると、セミにちなんだ言葉や、おやっ?というエピソード。こんなつながりが?と思うことがぽろぽろと…… 芋づる式に。


 気がつくとほかのことを放り出して歴史や民話、大衆文化を調べていました。


 セミなのに? ええ、今さら、セミなのに。




 現代日本でも、セミは夏を象徴する身近な虫です。

 都会でも公園の木々、街路樹から鳴き声を耳にし。テレビドラマやアニメや映画、ゲームを楽しめば、夏のシーンにセミの声はつきものです。


 見なれ・聞き慣れて身近といえますが、意外性がなく。家で飼って鳴き声を楽しむ虫ではないので、大人は関心がなく。セミ取りは子どものお遊び…… というイメージです。

 自由奔放な創作活動でも、セミは手垢のついた小道具のように使われがちです。


 このエッセイは、日本のセミに関するこぼれ話です。

 今日までずっと注目されていた点、今は忘れられた魅力、古い言葉、地方伝承、大衆文化のモンスターを、浅く、広くご紹介します。


 エピソードを拾ううち、いだいた疑問、想像にも触れます。


 読了後、セミのイメージがゆらいだり、ちょっと見直したり。新たな創作のタネが見つかる、かも知れません。


 どうぞ、最後までお付き合い下さい。




■■1.セミという生き物と大衆文化■■


➊ セミとエンターテイメント作品

 セミの鳴き声は夏の場面のお約束、テレビドラマやアニメ、ゲームで、夏の記号のように背景音に使われます。

 例えば、田舎の山や河原、駅、バス停、公園、寺社の境内、校庭、並木道……何なら、学校(建物)の屋上でも。

 その場面に「青空」、「日差し」、そして「セミの声」があれば…… 見るもの(視聴者やプレイヤー)は《《 いまは、夏なのだ 》》、と了解します。

(日本人相手のお約束…… これ、ガラパゴス化?)


 最もよくつかわれる鳴き声は、『ミーンミンミンミンミー…』、と、特長的なミンミンゼミでしょう。夕暮れ時なら、ヒグラシに違いありません。

(……思い込み(筆者限定)です、念の為)


 また、作中、キャラクター(ポンコツな)にセミが不意にからむのは、十中八九、コミカルなアクシデントです。

 セミがバカにしたように鳴いて、人へオシッコをかけて飛び去るのは定番テッパン

 なろうの人気小説にも、例えばこんなシーンが…



 *****



「痛っ!」


 えっ、なに?!石でもぶつけられた?!でも頭に重みを感じるんだけど。

(略)


「吉祥院さん!頭に蝉がとまってる!」


「いやあっ!!」


 やっぱり!


 やだあっ!気持ち悪いっ!怖いっ!うるさいっ!


 左斜め後ろでジージー大音量で鳴き続ける蝉をどうにかしたくても、大きさが大きさだけに手で触りたくないっ!トンボは触れても、蝉はムリ!

 


「謙虚、堅実をモットーに生きております!」

 作者:ひよこのケーキ

 141話より

https://ncode.syosetu.com/n4029bs/141/



 *****



 セミはシリアスにつかわれ、エンターテイメント作品のタイトルに冠せられることもあります。

「蝉しぐれ」、「ひぐらしのなく頃に」、「八日目の蝉」…… これらは作品のイメージやテーマをセミに託した有名作品です。


 タイトルにならないまでも、セミが重要な場面に登場することがあります。


 アニメ映画「うる星やつら2 ビューティフルドリーマー」(1984)はターニングポインにセミの鳴き声が流れました。

 

 * * * * *


温泉マーク

「わたしは、こう思っとるんです。

 昨日も一昨日も、いや、それ以前から、わたしらは学園祭前日という同じ一日の同じドタバタをくり返えしとるんじゃなかろうかと・・・そして、明日も・・・・・・」

(略)

「同じ一日をくり返しているのが、友引高校だけでないとしたら?

 友引町全体が、いや、世界全体が同じ一日をくり返しているとしたら・・・・?」


サクラ

「世迷いゴトもいい加減にせいっ!

 オヌシのいうコトは完全に、常軌を逸しておる。妄想じゃ。それはオヌシの妄想じゃ」


温泉マーク

「きのうから着のみ着のままとして、こんなもの着てるとすれば、冬なのかもしれませんね。・・が、この汗は冷や汗なんですかね。それとも、この陽気のせいなんでしょか・・・?」


 二人の耳に【せみの鳴き声】が響いてきた。


温泉マーク

「それに、さっきから聞こえる・・これは・・これも幻聴なのでしょうか・・・?」



 * * * * *



 いつの間にか聞こえて来た【セミの鳴き声】が、ふたりの問答やりとり)にトドメを刺し。この後、物語は急展開します。


…… 映画のストーリーは、諸星あたるをはじめとした登場人物たちが、いつのまにか《エンドレスに繰り返される一日(夢の世界)》に閉じ込められてしまい。楽しく騒々しい一日を、謎の存在に記憶を改ざんされながらループします。


『セミの鳴き声』は、かれらに移り変わる月日を思い出させる目覚ましのベル(アラーム)です。


 夢の世界からの脱出サバイバルがはじまると、やがて、高校の時計塔から勝手に故障中の看板が落ち。ループして動かない月日のシンボル、『針のない文字盤』が姿をみせました。



❷ セミという生き物〈おさらい〉

 セミという昆虫はカメムシの仲間です。

 日本各地に約35種生息し、ニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、ヒグラシ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシなどは全国に分布します。


 成虫は頭が大きく、羽を震わせて宙をとび。針状の鋭く硬い口をつかって、植物(樹木)の汁液を吸います。

 鳴くのは雄の成虫で、腹に発音器があります。

 いわゆる「セミの尿」は、樹液から過剰に取り入れた水分で、セミは、カメムシの悪臭(分泌物)のような武器をもちません。


 セミの幼虫は地中でくらし、樹木の根から汁液を吸って何年もかけて終齢幼虫になると、地上へ這い出て高い場所で羽化します。

 セミは蛹にならないので、脱け殻と呼ばれるものは幼虫の外皮です。



❸ セミの鳴き声

 セミが鳴くのは求愛のためで、雄の成虫は大声で雌を呼んでいます。

 鳴き声には二種(二系統)あり。胴体の発声器官が上げる声に、からだに内側の羽根をすり合わせる摩擦音も加わっています。

 いずれも呼吸(空気の出し入れ)を伴わない【声】です。


 ボリュームは、胴体に内蔵された発声器官が圧倒的で、特化した筋肉が体内で震え、それが膜に伝わって音になります。大きく響くのは共鳴室(腹の空洞)の働きです。


 パワフルな筋肉は、毎秒約2万回、震動するそうです。


 スマホのモーターの振動は約一万回だといいますから、セミの身体なまみは大変な負荷がかかっています。

 羽化して直ぐに鳴けず、からだがしっかりかたまる、一日、二日後から強い音を出すそうです。



◉セミの鳴き声、時間帯など

 セミの鳴き声は、日本の夏場のニュースはもちろん。ドラマやアニメ、ゲームの背景音に夏の象徴や記号のようにつかわれます。

 濫用されすぎて、セミの鳴く時間帯を間違ったり。羽化の時期、分布が舞台設定からするとおかしかったり。なかには、セミのすがたと鳴き声がチグハグな事例さえあるそうです。


 ドラマやアニメで、もしも、セミが鳴き声が聞こえたなら、ちょっと意地悪く、チェックしてみてはどうでしょう?


❸-1 セミの鳴く時間帯と鳴き声

・アブラゼミ

 >鳴く時間帯∶ほぼ終日(特に午後)

 >鳴き声

『ジジジジジジ... 』

『ジリジリジリリリリリ…』


・クマゼミ

 >鳴く時間帯∶主に午後

 >鳴き声

『シャシャシャシャ... 』

『シャー シャー……』

『ワシワシワシ…』


•ミンミンゼミ

 >鳴く時間帯∶早朝から午前中

 >鳴き声

『ミーンミンミンミンミー…』


•ヒグラシ

 >鳴く時間帯∶早朝・夕方

 >鳴き声

『カナカナカナ...』


•ツクツクボウシ

 >鳴く時間帯∶主に午後

 >鳴き声

『ツクツク ボーシ!!』


 * オノマトペの鳴き声は、参考、ということで…



❸-2 セミが鳴く時期

•アブラゼミ

 >時期∶7月上旬〜9月上旬


•ミンミンゼミ

 >時期∶7月下旬〜9月上旬


•クマゼミ

 >時期∶7月上旬〜9月上旬


•ヒグラシ

 >時期∶6月下旬〜9月中旬


•ツクツクボウシ

 >時期∶8月上旬〜9月中旬



❸-3 万葉集に詠まれたセミ

 万葉集にはセミを詠んだ歌が十首ありますが、ほとんどがヒグラシの歌です。


1982: ひぐらしは 時と鳴けども 片恋に たわや()我れは 時わかず泣く


 訳: 【ひぐらし】は時を定めて鳴くけれども、かよわい女に過ぎない私は片思いがつらくて時を定めず泣いています。



2157: 夕影に 来鳴くひぐらし ここだくも 日ごとに聞けど 飽かぬ声かも


 訳:【ひぐらし】は夕暮れになるとやってきてしきりに鳴く。毎日毎日聞いていても飽きない鳴き声だ。



3589:夕されば ひぐらし来鳴く生駒山 越えてぞ我が来る 妹が目を欲り


 訳: 夕方になると【ひぐらし】がやって来て鳴く生駒山。その生駒山を越えて、私はやってきた。彼女に逢いたくて。



 ひぐらしの声は夕方に響いて物悲しいイメージで、和名も「日を暮れ()()()もの」から来ています。

 秋の季語で、漢字で、蜩、日暮、茅蝉、秋蝉、晩蝉などと書き表わされ、「寒蝉かんせん」、「秋告蝉(あきつげぜみ)」とも呼ばれます。


 ひぐらしは、日本人の情緒をよほど刺激するのか、今世紀、人気シリーズのタイトルにもなりました。



❸-4 蝉声せみごえ

 人の声をあらわす言葉で、蝉声せみごえとは、蝉の鳴き声に似た『絞り出すような声』のことです。


□「蝉声せみごえにしぼり出だし読みゐたれど」

 〈清少納言 枕草子〉

[訳] 蝉のような苦しそうな声をしぼり出して(お経を)読んで座っているのですが

………… モノノケを調伏するという修験者のようす


□「せみごゑにのたまう声の、いみじうをかしければ」

〈堤中納言 虫めづる姫君〉

[訳] (驚いた姫君が)しぼり出すような声でおっしゃる声が、たいそう趣深いので



「責め声」の音変化で、もともと『苦しげな声』を指したともいいます(蝉声は当て字⁉)。

 なんにしても、例示したように「蝉声」は「しぼり出すような声」として使われました。


 今日、セミの鳴き声はエネルギッシュなイメージで、むし暑いとき、騒々しい大声を聞くと体感温度が上がる気がします。


 王朝時代の日本人は…… なんて暑苦しい、なんで、元気なんだ、とまず第一に思わず。セミの鳴き声をかなり違ってとらえていたのでしょうか。



❸-5 セミの寿命

 邦画『八日目の蝉』(2011年)は、第35回日本アカデミー賞で10冠を獲得したヒット作品です。キャッチコピーは、『優しかったお母さんは、私を誘拐した人でした。』、『なぜ、誘拐したの?なぜ、私だったの?』


……『八日目の蝉』というタイトルは意味深です。


「セミの幼虫は土の中で七年を過ごし、地上に出てくるとわずか一週間で死ぬ……」、という成虫(親)のはかないイメージに由来します。

 しかし、じつは、日本のセミの成虫は一週間程度で自然死しません。


「クマゼミは30~60日ほど生きる。個体差はあるが約90日という記録もある」

(南日本新聞 2022.7.30)


 …… 新しい情報は一般向けに報道(配信)もされています。

 クマゼミより小柄なほかのセミも、種類による違いはあるものの、三週間〜30日ほど生きるようです。

 セミは一週間で死ぬ、とは。カゴに飼ったセミをすぐ死なせることが多いせいで信じられたようです。


 また、セミの幼虫は逆に、土の中で7年も過ごさず。アブラゼミが3〜4年、クマゼミでも4〜5年で地上へ出てきます。



■■ 2.セミの呼び名 ■■


➊ セミの成虫の呼び名

「せみ」という和名は、成虫の鳴き声が由来のようです。さらにそれぞれの種類に標準和名とは別の、地方名、異名が伝えられていますが、多くが、鳴き声からつけられたようです。


(標準和名)アブラゼミ

(地方名) ジージー、ジージーゼミ、アブラ、オオゼミ


(標準和名)クマゼミ

(地方名) ワシワシ、シャーシャー、シャンシャン、クマンゼミ、カタビラ


(標準和名)ニイニイゼミ

(地方名) チイチイゼミ、コゼミ、チイチイ、ジージーゼミ、チーチーゼミ


(標準和名)ヒグラシ

(地方名) カナカナ、カナカナゼミ、カンカンゼミ、カナカナカナ、カンカン


(標準和名) ハルゼミ

(地方名) マツゼミ、マツムシ、タウエゼミ、アワビゼミ、カイダリムシ


 ハルゼミは4月下旬ごろ羽化し、春、田植え、と名前が結びつけられています。


 

➋ セミの幼虫の呼び名

 セミは幼虫には、さまざまな呼び名が伝えられています。

 北海道と新潟県、福井県の「モズ」。青森県の「ベコ」。岩手県一部と山梨、秋田県の「ノコノコ」。

 宮城県、新潟県の一部、茨城県、東京都、千葉県、石川県、兵庫県、熊本県にみられる「アナゼミ」。

 埼玉県の「ハイデコ」。静岡県の「ゴットン」。愛知県の「ドンゴロ」。和歌山県の「ムクムク」。奈良県の「ウゴウゴ」。京都府の「ヂゼミ」。

 大阪府はいろいろ……「ゴンゴ」、「ウンゴロ」、「ドンゴロ」など。兵庫県も…「ゴロタ」、「ドンザル」、「ガタロウ」、「イゴイゴ(淡路島)」など。

 広島県は「ゴットリ」、「ムツゴ」、「ガーゴージー」など。香川県の「ドロウマ」。熊本県の「モックサン」。宮城県の「ツチボ」。

 沖縄県は「アマムガ」などなど。


* おもしろさでチョイスしています。今使われているかどうか、など、度外視しています。


 幼虫のこうした別名は、すがたや動き、地中にひそむ生活からつけられたようです。同じ呼び名が遠く離れた土地にあるのは、人が移動(移住)した歴史の痕跡でしょうか。


 何にしても、幼虫に、これほどいろいろな呼び名があるのはセミくらいかも知れません。


 そうなると疑問がわきます。


 セミの幼虫は、地中にくらして人前にすがたを見せません。なぜ、多くの呼び名が生まれたのでしょう?


 勝手な想像ですが、昆虫食のせいではないかと思います。

 映画『どろろ』(2007年)で、女盗賊のどろろ(柴咲コウ)はタガメを食べます。昔の日本人は、昆虫をタンパク源にしていました。


 セミの幼虫はそこそこ大きさがあって、逃げず、無抵抗で毒ももちません。おかずの足し、子どものオヤツ、救荒食にと。たびたび土から掘り出されたと思います。

 空腹で探して食したからこそ、強い印象が残り。土地土地の呼び名が生まれたのではないでしょうか。



❸ セミの脱け殻の呼び名

「セミの脱け殻(抜け殻)」を、ひと言であらわす日本語はありません。成虫や幼虫の呼び名の多さからすると、脱け殻に地方名が無いのは不思議に思えます。

(あった⁉ と思うと、幼虫の呼び名と共用だったり)


「脱け殻(抜け殻)」は、それだけではヘビやトカゲのものと区別できませんし、「蝉退」は漢方薬…… 日常会話と縁遠い、医薬の専門語です。


空蝉うつせみ)」はよく知られている言葉ですが、この言葉からセミの脱け殻を的確にイメージできるか、今日では疑問です。


現身うつしみの蝉」と対置されての「空の蝉」なので、もともと前者、セミの成虫のすがたが主です。


 今の時代、セミの羽化を見たり、脱け殻を集めたり、セミ取りすることが少なくなっているので、聞く人によっては「空蝉」という言葉から『羽のある成虫の空ろなからだ』をイメージしそうです。

 しかし、セミの成虫と、その脱け殻……セミの終齢幼虫のすがたはまったく似ず。からだと頭のバランス、前足の大きさや形、羽の有無など、まるで別の種の生物です。



 ❸ー⑴ 「裳抜けの殻」と「空蝉」

 十二単(じゅうにひとえ)は衣が内側ほど大きく長くなる装束で、女性が脱いだあと、そのまま座ったような形が残ります。


 この「十二単」という言葉は俗称で、正式には「と唐衣の装束」と呼びます(他にも言い方がありますが)。

 とは、十二単の後ろに長い白い部分を言い、このから抜け出すことを「裳抜け(もぬけ)」といいます。

抜けのから」の語源です。


 そして、「裳抜け」で残された装束が、セミが羽化したあとの脱け殻ににているとして「空蝉」と呼ばれました。



❸ー⑵ 忍者と空蝉

 忍術(忍法)「空蝉」とは、いわゆる「かわり身」の術です。


 術の使い手が、丸太に服を引っ掛けたダミーと一瞬ですり替わる「空蝉」は、エンターテイメント作品のコミカルな忍術によく見かけます。


 某・遊びの王のカードバトルにも、その名も「空蝉の術」が登場しましましたが、こちらは『戦闘破壊耐性』をつける効果で、敵の攻撃はしっかり本体へ当たるようです。



 山田風太郎の『忍法帖シリーズ』は、「魔界転生」、「甲賀忍法帖(マンガ・アニメ「バジリスク」の原作)」に代表される異色時代小説で、サイボーグやミュータントめいた忍法者の異能バトルが魅力です。

 かわり身の「空蝉」も登場しました。

(長編「江戸忍法帖」など)


…… 主人公が、頭巾に鬼のめんの敵と雪上でにらみ合いになり。そして、ふと気がつくと、目の前の人影はハリボテのようなものに変わり、敵はまんまと逃げ去っていた⁉


 鬼面の男は、全身の肌から接着剤のような体液を出す忍法者で。主人公と対峙しながら、頭巾や面ごと、着ているものをヒトガタに固め、主人公の前に囮(脱け殻)を置き捨てると、足もとの雪を掘って抜け出していた……


 正直、無理のある忍法です。


 どんな軟体術を駆使すれば、衣服でできたハリボテ(脱け殻)の中で、自分の足もとに抜け穴を掘れるのでしょう。

 掘り出した雪はどこへ消えたのでしょう。

 主人公はなぜ、気づかないのでしょう。


 忍者が素っ裸で雪の下を掘って逃げるさまも、想像すると無防備というか……コミカルです。 



 しかし、目の前の人影がハリボテにかわり。鬼の面をとると中は空っぽ、とは、何とも不気味で印象的です。

 そしてこの忍法「空蝉」は、もしかしたら、作者が十二単(じゅうにひとえ)の「空蝉」を実際に見聞きして生まれたかも知れません。


 女性のからだのかたちをたもち、うつろに座った美しい衣装。


 空っぽの衣が、立ったままかたまっていたらどうだろう? どんな力が働けば可能だろう? どんな場面なら、一番インパクトがあるだろう?

 そんな風に考案されたなら、悪役に忍法「空蝉」使わせたくもなるでしょう。



❸ー⑶ 幕末の海の『空蝉』

 幕末の日本の海に『空蝉丸』という洋式艦船が存在しました。

 アメリカ海軍は空母に『ワスプ』『ホーネット』と名付けましたが、大日本帝国海軍や海上自衛隊に昆虫の名前の軍艦(自衛艦)はありません。

 ところが幕末の土佐藩が所有した空蝉は、昆虫どころか抜け殻を指す船名で、攻撃を受ければひとたまりもないような不安があります。


 船体は146トンで材質不明。国産と言われるものの建造場所は不明で、機関不明(150馬力)…… つまり、わからないことだらけの船です。

 写真も残されていません。


 《特務擬装艦》空蝉!


 ………… などと(勝手に)冠すると、架空戦記のニンジャシップ?のようですが。本物は小ぶりな輸送船で、艦載砲はなく。幕末の土佐藩に、幕府海軍や他藩とはちがった命名ルールがあったようです。

 ほかの土佐藩の所有艦船も、「乙女」、「羽衣」、「横笛」、と猛々しさと縁遠い名前がつけられました。


 空蝉は後に明治政府に献上されましたが、機関が痛み、外洋での使用に耐えられないと診断されたそうです。

 よほど酷使されたのでしょうか。

 それとも、もともと、土佐藩の技師や大工が造船技術を習得するための習作で。問題をかかえていたのでしょうか?


 空蝉の船名にふさわしく、掴みどころのない国産船( …おそらく)です。




(つづく)

⚫ これこそが、空蝉バルーンアート

       挿絵(By みてみん)

       (写真のセミはフィクションです)

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