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美味しい食事と安らぎをあなたに

作者: 紫シエル

「いらっしゃいませ。一名様でしょうか?」

「はい。」

「ありがとうございます。カウンター席とテーブル席ございますがどちらが宜しいですか?」

「じゃあ…カウンターで。」

「かしこまりました。それではご案内致します。こちらへどうぞ。」


社会人になって6年になるが、会社の最寄りのバス停から2つ先にあるこの店に初めて入った。自宅の最寄りバス停までは11個離れてるので普段は通り過ぎてしまうのだが、今日はすぐには家に帰らず、外で食べたくなった。時刻は19時を過ぎ、いつもと違う所でと探していた所に、気になってはいたが通り過ぎていた淡い橙色の建物が見えたので入ってみた。静かな音楽と店員さんの柔らかい接客、鼻を擽る料理の良い匂いで早くも彼女はこの店を選んで良かったと思う。


「今晩は。初めてのご来店ありがとうございます。」

「あっ…今晩は。」


グギュゥゥゥゥ


「ご、ごめんなさいっ…恥ずかしい所を」

「ふふっ。いえいえ。

僕も料理を食べたいと思うとお腹鳴るので分かりますよ。だから嬉しいです。」


柔らかい微笑みと気遣いに嬉しさと少し申し訳なさを感じる。ただ、周りのお客さんが食べてる料理が見てるだけでも美味しそうで匂いも良いのだからお腹の虫が鳴るのも許して欲しい。胸元のプレートに刻まれている"細川"という目の前の男性は、彼女が照れて目を逸らしてから数刻、どの料理にするか迷っている間もずっと笑みを崩さず待っていた。


「……これにしよう。すみません。」

「はい。

ご注文お伺いします。」

「この、"店長オススメプレート"を一つお願いします。えっと…アレルギーも好き嫌いもありません!」

「かしこまりました。すぐお作り致します。ごゆっくりどうぞ––」

「お客様、最近冷えてきたので膝掛けなどお貸ししておりますが如何いたしますか?」

「ありがとうございます。お願い出来ますか?」

「かしこまりました。すぐにお持ちします。」


別の店員が声を掛けて尋ねてくれたので、ありがたく使わせてもらう事にした。日によって温度差激しい10月、肌寒い今日にこの気遣いはとても助かる。

笑顔が柔らかい大人の余裕が感じられる男性、どんな事にも気づいたらスマートに優しく対応する男性、童顔で可愛らしいが料理と飲み物に真剣な眼差しを向ける男性、同じく愛嬌ある顔だがどんなお客様も安心させるような落ち着いた声と接客をする女性、クール系美人だが癒される声をしていて可愛いデザートを作る女性…見かけた人だけでもお客様に対して皆丁寧だなと思っていた所に、頼んでいた料理と飲み物がテーブルに置かれた。今時のインスタ映えするような美味グルメも良いが、メインも付け合わせもどれも絶対に美味しそうと分かるこのプレートに早く食べたいと胸が躍る。


「お待たせ致しました。本日の"店長オススメプレート"になります。」

「お、美味しそう……」


プレートにはキノコのクリームソースがかかったドレスドオムライス、カボチャサラダに温野菜、右にオニオンスープのカップもある。フワリと漂う香りが食欲をドンドンと掻き立てる。


「ごゆっくりお召し上がりください。」

「頂きます。」


スプーンで端の方から卵とバターライスを掬う。彼女にとって久しぶりのまともな食事、その一口目……


「………美味しい」

「ありがとうございます。良かったです。」

「…卵ふわふわで口の温度でトロけるし、お米も凄く柔らかく炊かれてて素材自体が甘い。シメジ入りソースもマッシュルームも滑らかで香りも良いし美味しい。どれも味も匂いも好きです。あ、燻製ベーコン出てきた。胡椒が良いアクセントになってるなぁ。」

「喜んでくれて何よりです!お姉さんが笑顔になってよかった〜!」

「最近上半期の決算とか月末月初の大量発注やらでご飯はコンビニ弁当やおにぎりで済ませたり、抜く時もあったから、本当に美味しいやぁ…」

「それだけ、お仕事頑張っていらっしゃるんですね。今日の食事が、貴女の胃や心を僕達の料理で満たせたら何よりです。あと、もし宜しければクッションも遠慮なく使ってください。気休め程度ではありますが、座りっぱなしでずっと作業されてたと思うので。」

「お客様が今夜はゆっくり眠れたらと思ったので、通常はお冷ですが敢えてお白湯にしてみました。少しでも疲れ取れたり癒せたら嬉しいです。」

「…なんか、ホントもう……ありがとう、ございますっ」


心から褒められる事も癒やされるのも久しぶりな気がして、目尻から涙がツゥーッと伝う。店員だけでなく、他のカウンター席の客やテーブル席の客までもが口々に『頑張ってるなぁ』『偉いなぁ』『お疲れ様』などと労いの言葉をかけてくれる。元々カウンター席の座面部分も柔らかい方だが、使って良いと言われたクッションに座ると心なしか腰が楽になる。人生でTOP3に入る、もしかしたら1番にもなりそうなほど、温かくて幸せな時間だった。

一口、また一口とスプーンでドンドン掬って食べる。まだ柔らかくて温かい状態なのでそのまま食べ切ろうかとも思ったが、オムライスを半分くらい食べた時に、野菜やスープも口にした。


「…カボチャとタマネギの甘み、柔らかい中に微塵切りのタマネギの絶妙な食感、マイルドなマヨネーズに少しだけ胡椒のスパイスが効いてて美味しい。

スープ……あめ色のタマネギ、えのき、シンプルなんだけどコクがあって甘くて美味しい。チーズフランスパンの塩気にも合ってて、オムライスから野菜、スープにパンと大量なのに全く飽きない、止まらないっ」

「お姉さん、食リポの仕事とかやってたんですか?上手すぎて、私までお腹空いてきました!」

「賄いはオムライスにするね。僕もかなり驚きました…貴女に、作った甲斐がありました。美味しそうに食べてくれて嬉しいです。」

「充が珍しく照れてる。俺も、皆も充の料理に胃袋掴まれたからお姉さんの感想に滅茶苦茶同感だわぁ。」

「あはは…美味しいとつい語っちゃうクセが昔からあって。全然プロでもないのでお恥ずかしいですが。」


店長の細川は耳まで真っ赤になっていた。歳上とは思うがその人はとても可愛らしかった。他の店員も皆頷くのだからこの人の作る味が美味しくて大好きなんだと伝わる。本人は謙虚で照れてはいるが嬉しそう。

驚いたのは、自分より後に来た客が同じ"店長オススメプレート"を頼んだ事。どうやら自分が思うままに喋ったプレートの感想で食べたくなったのだとか。

今日は色々と面白いなと思っていたらあっという間に完食。クール系美人の店員がお皿を下げてくれた後、デザートについて尋ねられた。


「プレート頼まれた方はデザートで10月限定エクレアシュークリーム1個サービスがございます。満腹の場合は保冷剤入れて持ち帰りも出来ますが如何致しますか?」

「…じゃあ、1個サービス分はここで食べます。出来ましたら、もう一個テイクアウトで買って帰りたいです。帰ってからの楽しみとしてシュークリームをまた食べたいです。」

「梨沙ちゃんのスイーツはどれも絶品なので、梨沙シューは満腹でも全然いけます。

(良かったね、梨沙ちゃん。)」

「お姉さん、亜美奈さん…ありがとうございます!心を込めてお作りしますね!」

「ふふ、楽しみ」


美人顔の梨沙がウキウキでシュークリームを作る姿が可愛い。この姿を見るためにスイーツはマストで食べるという常連もいるらしい。

気づけばもう時刻は20時過ぎ。居心地良すぎて時間が経つのがあっという間で感覚的には短いのに、そんなに長い時間食事していたのかと驚いた。バスの時間も近いので会計を済ませた。


「プレートとテイクアウトのシュークリームまでありがとうございます。合計で1500円になります。」

「はい。丁度ですねありがとうございます。こちらは期限無しで次回ご利用時にドリンク一杯サービス券になります。」

「ありがとうございます。美味しかったです、また来ます!」

「ありがとうございます!またお待ちしております。」


メッセージカードも一緒に入ってるエクレアシュークリームの袋を持って、幸せな気持ちで店を後にした。『やすらぎ食堂 すこやか』のロゴ入りビニール袋まで貰い、この店はしっかり記憶した。バス停に着くと丁度のタイミングでバスが来たのでラッキーと思いながら家の最寄りまで乗って帰った。チラッとシュークリームの袋を覗いていた。


「"お仕事お疲れ様です♪

貴女が幸せな気持ちで満たされますように!"」


可愛い丸字で書かれたメッセージが開ける前から見ることが出来たので見てみたら、最後まで嬉しい労いの言葉。エクレアシュークリーム食べる前に泣きそうになった。

自宅に着くまであと20分。帰ったらすぐに食べるぞと、1人バスに揺られながらシュークリームを楽しみにしていた。



end

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