祖父の加持祈禱
⑤ 祖父の加持祈禱
なぜ、祖父が私を甘やかしていたのかといえば、それは幼いころ、私があまりにも虚弱だったせいかもしれない。本当にすぐに熱を出すわ、咳き込むわ、吐くわ、下すわの弱い、弱い子どもだった。
家の神棚の近くに布団をしいて寝かされていたのだが、祖父はきちんと装束に着かえ、枕元にやってくる。そして、何やら祝詞を唱えながら、大幣という紙でできた祓いの用具で、私の身体をあちこちと撫でまわすのだ。
そうすると、いっしょに布団に寝ていた猫たちがいっせいにめざめ、大幣めがけてじゃれはじめる。
それをものともせずに、祖父はまじめな顔で私の加持祈禱を続けるものだから、私も笑うことなどできず、神妙な面持ちで下を向いていた。(内心では、じゃれつく猫たちがおかしくておかしくてたまらなかった)
祖父は、大幣で猫たちが遊ぶのを意識しているのか、時に高く、大きく左右に振ったりする。と、子猫たちはますます喜んで飛び上がったり大騒動なのである。そして仕上げは、ふうっと息を吐きかけられる。この神主の息というのが、加持祈禱の大切なところだというのだが、祖父の場合、すこぶるニンニク臭が強くて、心の中で、思わずくさっ!と悲鳴をあげながらも、黙って目を閉じていた。
今思うに、当時の大人たちは本当におおらかだった。あまりに私の咳がひどいので、かかりつけ医が往診にやってきてくれるのだが、先生の足音を聞くなり、私はいちはやく布団を抜け出し、テーブルの下に隠れる。何も知らずにふとんをめくった先生は、
「あらまあ、猫ちゃんが寝てますよ」
のんびりと笑うのだった。
結局、テーブルの下から引きずり出されてお尻に注射をされるのだが、だれひとりとして、
「ほらみなさい! 猫と寝るから咳が止まらないのよ」
と叱らなかったことが、当時の私にとって何よりの救いだったのである。