お宮はわが庭
②お宮はわが庭
お宮は家から三分の距離にある。 ものごころついた時から、お宮には朝夕通っていた。お宮では朝夕の日供というお祭りをしなければいけないからだ。
白装束、袴姿の祖父は、よちよち歩きの私の手をひいて、いつもお宮に連れていってくれた。
神殿に入り、昨夜からのご燈明を消して、スイキに水を、ヒラカに塩と米とを入れて神様にお供えする。たいていは、朝に炊いたご飯をも、お供えとして持参していた。
祖父は朝の太鼓を鳴らし、日供の祝詞を奏上する。その間、私は拝殿の鈴を鳴らしたり、こまいぬの鼻に指をつっこんだりして遊んでいる。
日供が済むと、祖父は境内にある社務所へ向かう。そこでしばらく、書き物や読書など、神主としての自分の勉強をするのだ。もちろん私もついていき、白紙をもらってお勉強まがいのことをやる。
少し飽きると、当時社務所の横で暮らしていた、宮番というお宮の管理をするおじさんとお話をする。
境内には小さな池があり、石でできたアーチ型の太鼓橋がかかって、その先には天満宮の祠がある。学問の神、菅原道真公が祀られているのだ。現在よりずっと水もきれいだったその池には、めだかやフナが泳いでいて、そこをのぞくのも日課だった。
私が風邪をひいて、お宮に行けない日は、祖父はビニール袋にフナを一匹いれて、お土産に持って帰ってくれたりしていた。(これは母には、大変不評だった)
五十年以上たった現在、朝の日供をしているのは、九十歳になっても、今なお現役神主の父親である。
「クロ、行くぞ」と父がひと声かけると、その後ろを尻尾をピンと立てて、福猫クロがついていく。
彼は朝夕の日供に嬉々として同伴してくれるのだ。父が祝詞をあげている間、昔の私のようにうろちょろせず、そばにじっと座っているらしい。実に感心な猫なのである。