第5話 剣道少年、魔法の修行を始める
剣道部の打ち上げで、おごりの焼き肉をたっぷり食ってから帰る。もちろん晩飯はきっちり食うつもりだ。
帰宅途中、じいちゃんの家による。
今日は剣道の日ではないので、母屋の方へ回る。母屋からは、「静まれっ、控えおろう!」とテレビの声が聞こえてくる、いつもの衛星時代劇専用チャンネルだな。
ガラガラと引き戸を開けると、陽気も暖かくなってきたので布団を掛けていない掘り炬燵に座ってテレビを見ているじいちゃん。
その隣では何故か陽菜がポリポリとお菓子をくっていた。
「あ、すずちゃん」陽菜が頬にお菓子を詰め込んだままこっちを見た。リスかおまえは。
じいちゃんも顔を上げて破顔した。
「おー、鈴之助。来たか。良くやった。陽菜ちゃんから今日の試合の話聞いたぞ」
うんうん、と頷いている。
「令和の武蔵と呼ばれとる南中の有名な剣士に勝ったんだってな」
宮本小次郎くんの名前……微妙に無視されてる。
「いやあ、お前の母は剣道に興味なかったから、お前が剣道やってくれて、ホントじいちゃん嬉しいぞ」
実はこの剣道じいちゃんは母方のじいちゃんだ。
親父は入り婿で、名字を変えたそうな。親父の元の姓は龍皇院という。
……。
全国八十万人の山田さんには悪いけど、そっちの方が格好良いじゃん!
なんでも、親父が母ちゃんと結婚する時じいちゃんが、入り婿して山田の家を残さないなら認めん、とか時代錯誤な事を言ったらしい。
龍皇院さんに比べたら、山田さんが一人減ってもいいじゃん……。
まあ、親父は、「子供の頃から画数多くて嫌だったんだよ、テストの時とかさ。山田って良い苗字じゃないか。ホント、名前書くの楽になって良かった」と言ってたが。
「がんばりや。夢は日本一の剣士だな」
じいちゃん、上の空だな。「こちらにおわすお方をどなたと心得る。先の副将軍……」印籠出すクライマックスのシーンに目が行っているようだ。
「日本一の剣士……いや、魔法使いも面白そうだよ、とか」
小さく呟く。
その夜から、魔法の修行を始めることにした。
俺も人並み程度にはライトノベルやら漫画を読んだりもする。
魔法が使えるようになると聞けば、やってみたくなるのは当然だ。
使えたらいろいろ楽しそうだ。
しかし、まずは座学で勉強しないといけないらしい。
勉強……うーむ、勉強かぁ。
学校の授業みたいでちょっとなぁ。
『魔法とは世界に存在するの力の根源たるマナを使い、人の意思で事象を引き起こす技術体系である。
本来、人間はマナを認識する事も使う事は出来ん。
特にマナの薄いこの世界では観測も困難であるが、マナは確として存在する』
フィスタルが滔々と頭の中で語り続ける。
うーむ、学校の授業と違って、頭の中から響いてくるので、つまんなくても寝られない。
「人間に認識も出来ない物を使う技術体系が良く発展出来たね。こっちじゃ魔法の存在も信じないよ」
『わしの世界では人間以外で魔法を使える存在が居るからな。
魔法が存在することは誰も疑わん。なれば、人はその力の源を調べようとするものだ』
「魔法を使える人間以外の存在?」
『まず、精霊だな。
マナを糧として生き、マナで体を構成された純粋な魔法的存在で幻想種とも呼ばれる。
それが精霊だ。
精霊は様々な事象を魔法で引き起こす。
魔法を行使する存在として一番に挙げられるのは精霊だな』
「それ以外は?」
『魔物じゃな。
魔物もマナを吸収して生きているが、精霊と違って、人や動物と同じく物理的な肉体を持つ。
だから動物と同じように飲み食いする。大抵、人を見ると襲ってくるな。
大気中のマナ吸収し、余剰分を体内で結晶化させている。体内のマナ結晶を力の源として魔法を使ったり、肉体に本来の力以上の力を発揮させたりするものがいる。
人間が魔法を使う手段には、精霊や魔物を使役するという安易な方法もある。
精霊と何らかの契約び、そして、精霊に魔法を使わせる。
精霊を使役すると精霊使いは言っとるが、純粋にマナで構成された精霊は我々のような肉体を持つ生物とは行動原理が異なる。マナの希薄なこの世界では存在する事もできんだろう。人間とはまるで思考形態が違う存在と本当に意思疎通が出来ているのか疑問じゃな』
「精霊使いに恨みでもあんの?」
『嫌いなだけじゃ。自らが振る力の真理の探究もせず、人ならざるモノへの依存するとは。愚かな』
「なんかお前が偏ってるのは分かった」
『次は魔物を使う方法。まあ、これは動物の調教と同じだな。魔物使いと呼ばれる。
めったにおらん。基本、魔物は人を見ると襲ってくるからな。まるで、神に人を敵とし定められているのかのように』
「なんでだ?」
『知らん。最後に、人間社会で一番広く使われている魔法を使う方法は、魔物から取り出したマナの結晶を魔道具に仕立てる事だ。
マナ結晶を力の源とし魔方陣などに繋ぐことで魔法を発動する。確かに人間の叡智の勝利ではあるが、精霊の使役と同じく真に魔法を使っているとは言えん』
「人間に直接マナが使えないならしょうがないだろ。うまくやってると思うが」
『本来人間はマナを扱うことは出来ない。本来はな。
だが、人間でありながら直接マナを扱い魔法を使う事を可能にした者、真なる魔法使いが魔道士と呼ばれるのだ。
それを可能にするのが幻想器官である。
古の始祖なる大魔道士マグヌスが考案、設計し、作り出した霊体人造臓器。
我ら魔道士は、その身に幻想器官を有する。それを有する者が真なる魔法使いなのだ。
幻想器官により人は大気中のマナを吸収し、蓄え、そして放出、行使する事が出来るようになる。
いかに効率の良い幻想器官を持つか。これが魔道士の資質の優劣を決めると言ってもよい。
幻想器官を獲得し、人は真なる魔法使いになるのだ』
「どうやって獲得するんだ?」
『人間は物理的な肉体と、精神体と呼ばれる霊的な体が重なって存在しているのだ。星辰体、魂、霊体、まあ、呼び方は何でも良い』
信じるしかないな。コイツの存在がそれなんだろう。
『人が真なる魔法使いになるためには、マナを扱う事が出来る幻想器官を人の精神体に埋め込むのだ。きちんと定着すれば、マナを扱う事が出来る。定着したならば、その幻想器官はその子孫にもしばしば受け継がれる。真なる魔法使いの血統の誕生じゃ。言祝ぐべきことだ』
「んじゃ、あんたの世界は魔道士だらけなわけ?」
『……それほどはおらんな。割と少数派だ』
「何で?」
『受け継がれないこともあるので魔法使いは世代を経ると減る。だが、新たに作ろうとするとだな……うむ、まあ、あれだ……幻想器官を埋め込む時、精神体が破損して廃人になることが多いのでな……』
「急に魔法使いになるの、止めたくなってきたんだが」
『心配する必要は無い。肉体を捨て精神体だけとなったわしと融合した事で、貴様の精神体には、わしの幻想器官が定着しておる。喜べ、貴様に宿るのは人が到達しうる最高の一品であるぞ。普通なら幻想器官を有すればそれに満足してしまうが、我が祖先達は、受け継ぎ、代々、改良を加えてきたのだ』
「改良できるなら他の魔道士はなんでやってないの?」
『改良に失敗すれば精神体を破損して廃人になるんでな』
……アレな人間を代々煮詰めて凝縮した末がコイツという訳か……。