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第2話 剣道少年、美しき生徒会長を助ける

 ところで、俺は剣道やっても素手のケンカはそんなに強くないと思う。

 そら、鍛えているので握力とか足腰とか関連する筋力は人並みよりある。

 筋力分は優位だろう。けど、柔道やらボクシングやらやってる人と違って素手で人体をどうこうするノウハウやテクニックはない。

 どうやって良いのか分からない。

 もちろん、剣道やっててケンカ強い人もいるだろう。

 けど、少なくとも俺はケンカの自信は無い。

 というかしたことがない。

 じいちゃんは武者修行で各地を放浪していた若い頃、鉛筆一本でも箸一本でも持てば誰には負けんかったと豪語しているが、正直、これは大分ふかしていると思う。

 時代劇の見過ぎであろう。じいちゃんの旅の話は面白いんだけどね。

 年寄りの若い頃自慢は相当割り引いて考えるべきだ。丸きり嘘もあり得る。

 何でこんなことを道場帰りに道ばたで突っ立ってつらつら考えているかと言うと……。


「放してください」

「えー、いいじゃんよー、これから良いとこいこうよー」

 長い髪の女の子が二人の男に絡まれているのだ。

 路上でこういう事やるヤツ本当に居るんだ。

 まあ、田舎で人通り少ないしなぁ。

 とはいえ、現実にこういう所に出くわす事ってあるとは思わなかった……。

 女の子がこっちを向いた。

 あー。目が合ってしまった。

 つか、女の子に見覚えがある。

 近所の神社の家の娘さんで、ウチの高校の三年の有名な美人先輩だ。

 名前は忘れた。

 生徒会長までしていて学園一の才媛との評判。

 うちの隣の小動物じみた幼なじみと違って、出るとこがでるモデル体型が素晴らしい。

 うーむ、ここは頑張るべきか?

 でも、何と言って声をかけたら良いんだろう。

「あっしには関わりねぇことで」いや、これ違う、つい本音が。

「助太刀いたす」いまいち。

「天に代わって成敗してくれる」さすがに成敗はしない。

 うんうんと悩んでいるうちに、ふと気がつくと、二人の男もこっち見ていた。

「なんだ、てめぇは。なにぶつぶつ言ってるんだよ」

 口に出ていたらしい。

 うわぁ、こいつら顔赤い。見るからに酔っ払いだわ。

「助けてくださいっ」

 美人先輩が少し涙目でこちらを見た。

「任されよ」反射的に時代劇口調で答えた。

 あまり考えずノリで返事するのは俺の悪い癖だ。

「何だと。おう、にいちゃん、やるってのかよ」

「……えーと、出来れば穏便に。ほら、嫌がってるじゃないですか」

 一応下手に出てみる。

 アロハシャツのチンピラ風の男は先輩の腕をつかんでいる。

 もう一人の男が、こっちに向かって手を伸ばしてきた。

「てめぇ、びびってんのか」

 まあ、ケンカはしたことないからなぁ。

 酔っ払いが俺の胸ぐらをつかんだ。

 どうして良いか分からなくて、とりあえず、その手首を力一杯握りしめてみた。

 握力には自信がある。

「痛って、てめ、放せっ、放せよ」

 手を放すと男は転がるように後ろに下がった。

 真っ赤になって怒り狂っていた。

「良い度胸だな、てめぇ、ざけんじゃねぇぞ、よくもやったな。ただじゃ済まさねぇぞ。おい」

 知性をカケラも感じないセリフを吐くと、そいつはポケットからナイフを抜いた。

 それを見たもう一人も、ニヤニヤ笑いながらナイフを抜きやがった。

 まずいな、本気で痛い人達だった。

「ひっっ」

 美人先輩が悲鳴をあげた。

 二人ともナイフを抜いている。

 なので、美人先輩の手はもう放されている。

 逃げればいいのに、なんか恐怖で固まってしまっているみたいだ。

 俺の目の前の男がこっちにナイフを向けて構えた。

 その途端、冷静になっていく自分が居た。

 胸ぐらを捕まれたりするより余程良い。これなら分かる。

 間合いをはかる。

 そんな所からでは、そのナイフは当たらない。

 落ち着いて背中にしょった通学リュックの中をまさぐり、手に当たった目的のものを取り出す。

「なんだそれは」

「知らないの? 定規だよ」

「バカかてめぇは」

 そいつが俺の顔を切りつけるつもりでナイフを横に振った。

 バカはお前だ。

 そんな短い刃渡りのナイフ、突きにこなければ怖くはない。

 半歩下がると、空振ったナイフが顔の前を通過する。

 通過したナイフを握る手を追って、力一杯定規を振った。

「小手えぇぇぇぇ!」

 打った瞬間、ナイフがそいつの手から離れて飛んだので、そのまま前進して体当たりする。

 当たる直前で体を少し沈ませてから、突き上げるように正中線からぶつかっていく。

 我ながら体重と脚の力が乗った良い体当たりだ。

 綺麗に決まる。

 ナイフを失った男がもう一人のチンピラの方へ吹っ飛んだ。

 男二人がもつれて転がった。そして、うめき声。

 ……不味い。

 二人もつれて倒れた時だろう、後ろにいたチンピラが構えていた方のナイフが、俺が吹っ飛ばした男の腕に刺さってる。

 地面に血が流れる。

 これでは過剰防衛になってしまう。

「先輩、行くよ」

 俺は、美人先輩の手をつかんで、引っ張る。

 こちらに倒れ込んで来て抱きつくような形になる。

 色々と柔らかい感触。

「え、あ、あの」

 パニック症状で足がすくんで動けないっぽい。

「しょうがない。そのまま掴まって」

 俺は先輩の膝のところに左手を伸ばし、お姫様抱っこに持ち上げた。

「きゃっ」

 走る、走る。

 何か、右手が天国のように柔らかい、たゆんとした感触に包まれている。 

 しばらく、後ろを振り返りながら走ったが、追って来ないようだ。

 病院にでも行ったと考えよう。

「ここまで来れば大丈夫かな」

 名残惜しいが、ゆっくり下ろす。とても柔らかかった。

 はあはあと上下する豊かな胸。お姫様抱っこって、される側もそれなりに体力使うのだろうか?

 先輩は息を整えてから、丁寧に深々と頭を下げた。

 髪が流れて白いうなじが見える。

 綺麗なお辞儀だなぁ。

 育ちの違いを感じる。動作一つ一つが洗練されている。

「ありがとうございました。私は姫守ひめもり静香しずかと申します」

「あー、そうそう、姫守神社の姫守さんだ。思い出したよ、生徒会長さんだよね」

「あの、あなたのお名前は?」

「名乗るほどの者じゃございやせん」

 つい、反射的にノリで答えるのは悪い癖だ。

 ……でも、この状況で名前聞かれたらそう返したくなるのは、きっと時代劇ファンなら分かってくれるよね。

「え?」

 先輩は時代劇の素養が無いらしく目が点だ。

「あ、いえ。二年の山田です」我に返って大人しく普通に答える。

「山田さんですか。本当に助かりました、今度、お礼をさせてくださいね」

「なに、礼には及びません」

 ……だから、反射的に答えるのは悪い癖なんだが、ベタなセリフを言う先輩にも責任があると思う。

 でも、礼には及ばないと答えつつ、ちょっと期待はしてしまう。

「先輩、大丈夫? 歩けますか?」

「はい。もう大丈夫です」

 見た感じ、腰が抜けたのはもう大丈夫みたいだ。

 ……腰細いなぁ。いかん、じろじろ見るのはやめよう。

「にしても姫守先輩、少し帰宅時間が遅くないですか?」

「生徒会活動で遅くなってしまって」

 それから、先輩を先輩の家である姫守神社まで送った。

 道々、先輩の生徒会活動の話や、俺の剣道の話などしながら。

 今日は、なかなかエキサイティングな日であった。

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