第11話 剣道少年の大乱戦 その2
倉庫の扉が閉まると、車を下ろされた。
俺と陽菜と静香先輩を囲むように、いかにも、一般社会で暮らしていけません、という自己主張の激しい格好をしたチンピラどもが立っている。
黒塗りのベンツはすでに倉庫の中で止まっていた。
倉庫の中に設えた椅子にさっきの若と呼ばれてた派手なシャツの男が座って待っていて、その両脇と背後には黒服の男達が立っていた。
それから、倉庫の奥の方にも出入り口を塞ぐようにチンピラ達が立っている。
計十人ちょいか……。
座っている組長の息子とやらの腕にはばっちり傷跡が残っている。
「もっと良い医者にかかれよ、若」正直な感想がポロっともれる。
怒るかと思ったが、若は肩をすくめた。圧倒的優位に立って、余裕があるのだろう。
「組のなじみの医者、あんまり腕が良くねえんだよ。で、ばっちり傷が残っちまった」
嫌らしい笑みを浮かべる。
「で、この傷の落とし前をどうつけてくれる?」
「落とし前ねぇ……」一介の高校生にヤクザが言うセリフかよ。
「そうだな、まず、指を詰めるか、慰謝料一億円寄越せ」にやにやと笑いながら若が言う。
「何だ、金で解決付くんだ」
「それと、後ろの女は貰おうか。なあに、俺は寛大だからどっちか一人でいいぞ。どっちを差し出す?」
クズが下卑た笑みを浮かべた。
決めた。殺そう。
「お断りだ。お前にはやるものなどないね」
『おい、鈴之助、ちゃんと考えてから行動しろよ? やるならわしに……』
俺は背中にしょった竹刀袋から白鞘の日本刀を取り出した。
ぎょっとしたような視線が集まる。
「な、なんだ、お前! 本当にカタギか?」
そう言って少し慌てながら、若は懐から黒光りする拳銃を取り出した。
幻想器官から魔力をくみ出す。
障壁防御は銃には効くんだろうな。
『問題なかろう。一発目は無効化できる。しかし、あれは何発か撃てるんじゃないのか? ドラマとか見るに』
フィスタルも少し慌てている。
取りあえず、自分でやれるだけやってみる。いざとなれば、お前何とか出来るんだろ。
『うむ、わしに任せればたやすいぞ、だからな、今すぐ……』
嘘じゃなさそうだな。
「おい、良く狙えよ。ここだ」俺は自分の眉間を指さす。「外して女の子に傷をつけるなよ」
「てめぇ、死にたいのか?」
「一発で即死させるつもりで撃てよ。ちょっとでも外れたら、死ぬ前にお前の首を落としてやるからな」
撃たれたら一発目は無効化だ。その間に抜刀して銃を持つ腕を叩き斬る。そしたら、こいつを人質にする。
組長の息子らしいしな。
『いや、だから、自分でやる必要ないじゃろ。わしに任せれば簡単じゃぞ。さっさとわしに任てじゃな……』
その時、空気が変わった。
この感覚は!
『おい、鈴之助! 幻想器官を開いて知覚しろ』
言われなくても。
幻想器官で周囲を知覚する。
俺めがけて不可視の糸が巻き付き、引っ張られるようなこの感触。座標の固定……回廊魔法の予兆だ。
来る!
「こんな時に……」
俺は刀を抜刀する。
「て、てめぇ、本当に銃が怖くないのか」
「馬鹿、後ろだ」
「あん? つまらないひっかけを……」
「わ、若、う、うし、後ろ、後ろに!」
俺の後ろのチンピラ達が指で中空を指し示す。
怪訝な顔をして振り向く若と組員。
背後に光る魔方陣のから出てきたのは……
「お、鬼?」悲鳴を上げるチンピラ。
身の丈は三メートルに迫るだろう。その赤い肌、そして、何より額に生えるねじくれた角が人とは異なる生き物であることを示している。
そいつは目の前の黒服に向かって丸太のような腕を振るった。
人って飛ぶんだ。
『オーガじゃな。まだ、終わりじゃないぞ』
再び魔方陣の上で陽炎がゆらめくと、もう一体オーガが現れた。
「二体かよ……」
しかも、二体目のオーガは太く巨大な金属の棒のような武器を持っている。
「鬼に金棒かよ」
「ひ、ひぃぃぃぃ」
若とやらが、悲鳴をあげながら、こっちに逃げてくる。
ぐぁぁぁぁぁぁ、とオーガが威嚇の咆吼をあげた。
マナの少ない空気につつまれ深いそうだ。オーガの殺意に染まった目が、人間達にむく。
呆然と思考停止してオーガ見上げているヤクザのうち一人が我に返り逃だす。その背中に横殴りにふるわれる金棒。
その巨大な質量にヤクザ三人がまとめて吹き飛ばされる。壁まで転がって止まった。
あれは……死んだか?
素手のオーガは倉庫奥の出入り口近くのチンピラ達の方に向かい、金棒で武装したオーガはこっちにきた。
「お、おぃ、おまえら、なんとかしろ」
若とやらが、ずり上がった声で残った一人の黒服に言う。
黒服が慌てた様子で胸元から拳銃を取り出して撃った。動揺していて狙いも何もあったものではないが的が大きいので体に何発かあたる。
オーガはうなり声をあげて、銃を撃った黒服に向かってくる。
立ち尽くす黒服。
しょうがない。俺は飛び出して、オーガの前に立ちふさがった。
「刀剣強化」
刀に魔力を通す。
オーガは警戒している。
俺が魔法を使っているのが分かるのだろうか?
「銃が効かないっ」
「効いてる。痛いから、お前狙ってるんだろ呂。いいからそのまま撃ちつづけろ。
若、お前も撃て。けど、俺に当てるなよ」
横合いからも叫び声をあげながら一人が銃を撃った。
オーガは頑健な肉体に比べ頭はそれほど良くないようだ。
一番警戒すべき俺が正面にいるのに、銃を撃つそいつに向かって鬱陶しそうに金棒をふるった。
叩き潰される組員。
今だ!
俺は刀剣強化の魔力を纏った日本刀をまっすぐにその腕に振り下ろす。
金棒を握った腕が落ちる。
「渡辺綱の鬼退治ってな」
苦痛の悲鳴をあげるオーガ。
おれは金棒を蹴飛ばす。
視界を倉庫の奥に向けると、もう一体の向かった先では悲鳴を上げて組員が逃げ惑っている。あっちでは銃を持っている組員は居ないようだ。ナイフや警棒を取り出している奴もいるが、素手のオーガに次々に沈められていく。
あれはもうもたない。
向こうが終わってこっちに来る前に、こっちを仕留めないと。
二体同時ではどうにもならん。
「おい、やくざ、顔狙え、顔」
「あ、ああ」
連続して銃声が響く。
オーガは顔を狙って銃弾が飛ぶと、嫌がって拳で顔を隠す。
今だ!
俺は死角から回り込むようにして、脇腹から心臓めがけて突き上げるように力一杯刀を突き入れた。
深々と突き刺さる。
とどいた……か?
そいつは、自分から生えている日本刀を理解出来ないという感じでキョトンと見ると俺の方を向く。
まだ、死なないのか、そう思った時、オーガはくずれ落ちた。
おし、一体倒した。
見回すと、もう一匹のオーガが、床に落ちている腕から金棒を拾っているのが見えた。
せっかく武装解除したのに。
いつの間にか、倉庫の奥側では、人間だったものが全て床に転がるオブジェと化していた。
俺は横たわるオーガの死体から刀を抜こうとする。
が、抜けない。深く刺しすぎたか。
くそ、抜けないっ。
金棒を拾ったオーガが金棒を振り上げて俺を見下ろす。
抜けない。
オーガが横薙ぎに金棒を振るう。
俺は刀を手放して飛び退いた。
金棒は、オーガの死体に突き立った俺の刀を横薙ぎにした。
そう……俺の手を離れ魔力も通っていない刀を、巨大な金棒が横薙ぎにしたのだ。
刀は真ん中あたりからポッキリと折れ、吹っ飛んだ。
「同田貫が……じいちゃんに怒られるっ」