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第1話 剣道少年、異世界からの呼び声を聞く

 朝飯を食って、学校に行こうと靴を履きかけた時、

「すーずーちゃーん、学校いこー」

 外から小学生かと突っ込みたくなる呼び声が響いてきた。

 玄関から外に出ると、幼なじみの河原崎陽菜かわらさきひなが笑って手を振っている。

 まったく、こいつは。

「どしたの? 眠そうだね」

 顔をのぞき込んできた。くりくりとした目が好奇心に満ちた子猫の様な印象を与える。

 陽菜は家が隣な上に小中高と通して同じ学校、もはや腐れ縁である。

 普通、幼なじみと言えば、高校生にもなると、男女別のコミュニティが出来て疎遠になると聞くが。

 どうもこいつはそう言う気恥ずかしさと無縁なのか、小学生の時と何も変わらず毎朝うちに、「学校行こー」と誘いに来る。

 心身共に小学生からあんまり成長していないのだろう。

 主に後半が涙を誘うので、まあ、付き合って登校している。

 こんなちんちくりんだが、不思議と最近、周りの同級生から男女問わず、可愛いとか言われている。

 子猫とか子犬とか相手にした時と通ずる感覚なんだろう。


 眠気に耐えかねて、大きくあくびをする。

「なんか最近へんな夢見るんだよなぁ。疲れが取れない」

 ここのところ毎日だ。寝不足にもなる。

「どんな夢?」

 陽菜が小首をかしげる。

「なんか、異世界の魔道士から召還される、みたいな。

 召還に応じて世界を渡るのだ、とか言われる」

「へー、剣道少年のすずちゃんもそう言うの読むんだ。流行だよねぇ」

「読まないことはないが……。つか、高校生男子に向かって、すずちゃん言うな」

 俺の名前は鈴之助すずのすけである。

 名付けはじいちゃん。

 剣道の町道場を営むじいちゃんが、昔の時代劇漫画の主人公から取ったそうな。

 アニメにもなった夢は日本一の剣士なヤツだ。

 ひどいよな。一見古風な名前に見えてにキラキラネームの類いである。

 まあ、同世代で元ネタ知ってる奴居ないからいいけど。

 ちなみに名字は山田だ。

「だいたい、剣道少年というほど剣道に打ち込んでるワケでもないし」

「えー、すずちゃんは剣道少年だよっ。小さい頃からずっと毎朝素振りしてるじゃない。

 わたし知ってるよ。えらいね」

「……素振りと黙想くらいは毎日やれってじいちゃんがな……」


 まあ、おじいちゃん子なもんで。

 でも、じいちゃん自身は最近毎日稽古やっていない気がする。

 じいちゃん最近、週二回の剣道の練習日以外は、衛星放送の時代劇専用チャンネルを見てるんだよなぁ。

 ま、面白いよ、時代劇。俺もたまにじいちゃんに付き合って一緒に見る。

 俺の名前の元ネタのアニメも一回だけ見た。

 第何話か知らないが一回だけ見たのでストーリーは良く分からなかったが、オープニングの歌は名曲だと思う。

 生意気な小僧、名を名乗れ! と名を問われた主人公が名乗りを上げてから歌が始まる。あれはかっこいい。

 ……最近じいちゃん、ほっとくと日がな一日、掘りごたつに座ってテレビ見てるんだよな。

 ボケたりしないか心配だ。


「というか、もう高校生なんだから、剣道少年とか呼ばれるのは恥ずかしい」

 背の小さい陽菜のこちらの顔を見上げてにぱっと笑う。

「なんか、すずちゃん、わたしの中だと剣道少年ってイメージなんだよねー。

 ていうか、もう高校生なんだからって言うなら、高校生になってから中二病はちょっと駄目かもよ?

 異世界からの呼び声とか、チョット」

 中二! 失礼な。

「中二病……この俺が中二病……。

 うーん、なんかこうゲームとかアニメとかの場面を夢に見たというのと違うんだよなぁ、妙にリアルで」

「ま、なんでも良いけど、授業中眠らないようにね」

「確約できない」


 一時間目の授業が始まったとたん爆睡した。

 夢を見た。

 石造りの高い塔。その最上階の部屋の真ん中にしつらえた大きな水晶球オーブ

 俺はそこから見ている。

 塔の周りには見渡す限り広がる深い森。

 こんな深い森はテレビでも見たことがない。日本ではない。

 アマゾンとかどこか遠い外国でもないだろう……その森のかなたへと飛び行く飛竜ワイバーンを見るに。

 しわがれた声が聞こえた。

「繋がったな。聞こえているのだろう? 我が召還に応じよ。

 さすればいかなる栄達も、富も思うがままぞ」

 またこの夢か。

 いや、そんなこと言われても、どう見ても文明レベルがねぇ……。

「貴様が一言、召還に応ずる、と呟くだけで、金でも地位でも女でも思うがままぞ」

 う、正直、最後のは心引かれる。

 ふと見ると、石造りの部屋の中、黒いローブを深く被った老人がこちらに語りかけてくる。

 老人の周りには同じく幾人かの黒ローブの男達が付き従っていた。

「召還に応じよ」

 いや、やっぱないわ。

 異世界召還てのは可憐な王女様とか美しい女神様とかがやるから良いのであって。

 最低でも、それくらいのセオリーは守って欲しい。


 カコーンという音とともに額に結構な痛み。

 目を開く。見渡すと、教室のみんながこっちを見てクスクスと笑っている。

 机の上を転がるチョーク。

「おい、山田、俺の授業で居眠りとは良い度胸だな」

「すいません」大人しく謝る。

 にしても、田沼先生良いコントロールだな、窓際一番後ろの席だぞ、ここ。

 生徒が帰った後、チョーク投げの練習とかしてるんじゃなかろうか。

「何だ?」

「いえ、別に」 

 流石に、その授業は頑張って耐えたが、結局、その後も各授業で居眠りを注意された。

 残念な一日だ。


「残念て思ってるのは先生の方だと思うな。すずちゃん、お昼以外、ほとんど寝てたじゃない」

 帰り道、陽菜が言う。

「高校生男子に向かってすずちゃん言うな」

「えー、いいじゃない。それで、また、異世界に呼ばれる夢?」

「そう。呼びかけに応じて異世界に来いとさ」

「で、なんて答えたの?」

「もちろんお断り」

「良かった」なんかほっとした様な表情を浮かべる。

「でも意外。すずちゃん、知らない世界を旅するとか好きそうじゃない。どうしてお断りしたの?」

「確かに異世界旅行は面白いかもしれないが……呼びかけてくる奴の声がなんかウサン臭くてなー」

「ふーん」曲がり道のところの分かれ道にさしかかる。「て、今日は金曜日だから、ここまでだね」

 俺はじいちゃんの家の方に曲がる。

「おう、また明日な」と軽く手を振って別れる。

 じいちゃんの家は俺の家から歩いて15分くらいのところにある。

 剣道の町道場だ。

 週二回、ここに稽古に通っている。

 じいちゃんは剣道八段の範士であるだけでなく、北辰一刀流免許皆伝、果ては据え物斬りやら、居合やら、いろいろ修めているらしいが、この道場で教えているのは普通の剣道だ。

 一礼して中に入るとすでに門下生達が準備運動をしている。

 手早く道着に着替えたところでじいちゃんが来た。

 正座して列になり座る。神前に礼、互いに礼、それが終わると軽く準備体操の後、すり足練習、素振り、打ち込み、切り返し、懸かり稽古、そして試合形式の地稽古。

 稽古が終わると整理運動の後、黙想。

 じいちゃんの方針で黙想は長い。

 日々まちまちだが、長い時は本当に長い。

 黙想中、時々じいちゃんの説話が入ったりすることもある。

「剣道というのは、竹刀を当てるのを競うスポーツではない。

 心を鍛え、人の道を究める為の手段だ。竹刀を竹刀と思ってはいけない。

 相手が持っている竹刀を真剣だと思い込みそれを信じた上で対峙し、平常心を保たなければならない。

 日常、何時いかなる時でも、一足一刀の間合いから真剣が自分に振り下ろされても揺るがぬ不動心を養う。

 体だけでなく、それに遙かに増して、心を鍛えるのが剣道なのだ」

 こういう事を小さな時から耳にたこができるほど聞かされている。

 毎回の長い黙想中、目をつぶった暗闇の中で我流で色々試す。精神の鍛錬として。

 意識を拡散させ無にする。

 どこまでも薄らいでいく感覚。

 その暗闇の中に一本の刀をイメージする。ひたすらにその刀のイメージを強固にし、自分をその刀と一体化させていく。

 何かがつかめそうな……。

「黙想止め」じいちゃんの声が響いた。

 それと共に、何かどこかへと消えていた意識がふっと肉体に戻る。

「礼」「ありがとう御座いました」

 うん、剣道は礼に始まり礼に終わるのだ。

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