覚醒の予兆
城都と呼ばれるまでに幾多の事件を乗り越えた
『アシュルガード』
その中でも事件の範疇を越えた大戦
「城都防衛戦線」
数えることを諦めさせるほどの大群で城都を埋め尽くした
「なにか」の侵攻による防衛戦
城都の書架にある歴史の文献や
兵士やギルドに交付される教訓書などにも記述があり
城都から少し離れたところに傷跡なども残るため
現実味を帯びたおとぎ話
叱りつける時や言うことを聞かない子供には
「黒い何かが連れ去りに来るぞ」
と常套文句になっていたりもするほどだ
そして文献を読み漁る日々を送る
この女性もそれを聞きながら育った一人だ
名はキャバリエ=バレンタイン
背はそこまで高くは無いがキリッとした目つきに
ギャップのある緩い性格が少し人気のある美女
残念なことに本しか恋愛対象に見ない
城都の老齢な学者や文化人が解けずに匙を投げた謎である
大戦の英雄「イグドラ」について
騎士団と共に終結に導いたとは記されているが
その「イグドラ」はどんな人物かは何処にも残されていない
キャバリエは「遺跡探掘」と銘打って
楽しみながらぼやく
「私のブレイブって探索用だけど引っかかったもの全部を呼ぶから
本当に使い勝手が良くなって欲しいわ・・・・・・」
口からでる言葉と表情が噛み合ってないキャバリエ
そんな上機嫌な空間に
ノックが響く
「バレンタイン博士? 少しよろしいでしょうか?」
「はいよー」
失礼しますと一礼の後に入ってきたのは
鎧を纏った兵士の様な若者だった
「アシュル様が謁見に来るようにとのお申し付けです」
端的に告げた兵士は
お伝えしましたと言い残し部屋を去る
「あの若王さんは物好きだね~」
軽く一言を吐き出し
謁見の間へ足を進める
気怠そうな足運びだが今から謁見するのは
アシュルガードの若き王であり
伝説の剣聖であるアシュラ王の血を継ぐ
最強のブレイブ使いだ
「ロイヤルブレイブ」と呼ばれる
レガリアの様な王権を司るブレイブを駆る事から
「高潔なる騎士神」【パラディンアーサー】
かつての初代国王アシュ=アーサーから名を襲名した
呼び名は国民どころか他国の英傑などからも
畏敬と憧憬の念で名を認知されているほど
しかし、幼なじみで年下のキャバリエは
アシュル王をアシュ兄と親しみを込めて呼ぶが
人前では若王と呼ぶことで
公私混同は避けている
「なんですか~ 若王さ~ん」
「タイ・・・・・・ キャバリエ博士か・・・・・・」
タインといつもの呼び名で呼びそうになり
言い直すが周りの兵士は淡い感情を少し知っている
友情というよりも親愛と呼ぶべき間柄であるということは
周知の事実だ
「で? なんか用なのかい~ 若王君?」
軽い口調で話し掛けるところが彼女らしいとも言えるが
玉座に座るアシュル王に
昔はちゃんと礼節を弁えていたキャバリエ
ある事件がきっかけでラフな感じを心がけている
それが板に付きすぎて
もう彼女の性格となってしまった
「そろそろ完了した頃だと思ってな」
茶髪で精悍な顔立ちに少年の様な無邪気さを思わせる顔立ちで
座っていながらも視界が高い長身の男性が
威厳を守るようにしながら圧を少なく素っ気ない質問をする
これも訓練の賜だ
数十年前まではアシュル王からフランクに町を冒険したりなど
問題児として教育係を困らせていた
しかし、盗賊の類いを城に招き入れてしまい
危うく命を落としかけ
父同様の態度と威厳を保つようになった
「ああ、解けたよ」
報告を述べ始めたキャバリエは一つの事実を突きつけてしまう
「つまりだね・・・・・・ あと二週間も待ってはくれないってことになるね」
「むぅ・・・・・・ それは準備が整わぬかもしれぬな・・・・・・」
「そのことなんだけどね~ 招集は出来たかい?」
「例の少女か?」
「そうそう~」
もう少しのはずだがと控えていた家臣の男に目配せをすると
男は招集した少女に起きたことを端的に話す
「襲撃を受けた後、ギルド本部で待機となっております」
アシュル王とキャバリエの謁見から遡ること数時間前・・・・・・
街道をゆったりと進む二頭の馬
馬車の中にはタリアとイシュが談笑をしていた
「お二人さんは姉妹なのかい?」
馬車を操る優しそうなおじさんが
後ろを見ずに問いかける
「イシュは私の弟子として面倒を見ているのでそう見えるのは嬉しいですね~」
「そうかい 家族より深いとはこのことだね~」
イシュ達のギルド支部は『アシュルガード』から遠いため
中継点である村から余裕を持って馬車に乗れたのは幸運だった
そんな馬車の脇道に潜むものに気が付いていた
タリアは小声でイシュに告げる
「少し嫌なものに目をつけられてるみたいだから
準備をしておいてね?」
ハッと周りを見回してしまい
顔を両手で真正面に戻されたイシュ
「正直なところが可愛いけど、もう少し柔軟にね?」
天然に見られがちなタリアだが
しっかりと経験は積んでいるため
なかなかの師匠っぷりを見せている
「どうしたんだい?」
おじさんも二人の行動を不審がったが
「いえ、初めての城都だからどんな場所かなと離していたんですよ~」
「そうなのかい! それは楽しみだろう! ハッハッハッハッ!」
と誤魔化しながら警戒をする
不審なものに気がつかれずに開けた場所に出た
城都前の大平原だ
木々が終わる平原に少し緊張感が走る
案の定、一気に飛び出してきた
見たことの無い「モヤ」に手足が生えた
魔物とも異形とも付かぬ存在に
おじさんも
「なっなんだ? あれは!」
「ここまでありがとうございました・・・・・・」
警戒しながらおじさんを後ろの道へと促すタリア
「すっすまないね!」
馬車は方向転換で来た道を急いで帰っていった
目の前の敵にブレイブを呼び出し構える
イシュも参戦しようとブレイブを呼び出したが
「イシュは下がってた方がいいわ・・・・・・」
「ですが! 師匠は病み上がりでは!」
自分の身を守りながら突破口を探すと提案するタリアに
渋々、頷いたあとに陣を組むイシュ
後ろで守られる側の自分に少しの安堵と焦燥が入り交じる
「いいのかな・・・・・・ これで・・・・・・」
イシュは戦災孤児という過去がある
両親との記憶は追々、思い出していった
この話はその前の話だ
セイ=クリアとタリアの参加していた任務の最中にお願いされた
ペンダントを探しに行った時、二人に拾われた
初めは震えながらも怯え
口も聞けないくらいの不信感を背負っていた
しかし、タリアの献身的な優しさに徐々に心を開いていく
セイも父親の様に優しく色々なことを教えたのも貢献したということもあるが
一番はタリアの一言だ
「知ってる? 人って人の笑顔を見ると自然と笑いたくなるんだって~」
それはねと笑顔の起源であると言われる諸説を話す
「最初はね~ 威嚇の時に歯を見せるでしょ? それを好意と受け取った
私たちの祖先様達が威嚇を好意で返して仲良くなったのが始まりなんだって~」
だからねと優しく手を握りながら続ける
「たとえ勘違いでもそれって綺麗だな~って思うの」
疑問符を浮かべながら聞き入るイシュは
「なんで綺麗なの?」
「だって昔から私たちは誰かのことを想えてどんな絶望からでも
希望を見いだせるんだってことだから・・・・・・」
瞳の奥の闇を照らす灯火が一気に輝いた気がした
「うん・・・・・・ うん! 師匠っ!」
「あはは、師匠か~ じゃあ今日から私がイシュの師匠だから
いろいろ勉強しようね~」
「うんっ! 師匠っ!」
それから料理や剣の扱い方までイシュは覚えていった
イシュが幸運だったのは
そのペンダントが両親が残した道標だったこと
遺跡から持って帰ったものを知り合いに渡していたイシュの両親
それを探しに行ったのがタリアとセイだったという二つが最高の幸運だ
だからこそ、想うのだ
いつか師匠を守れるような剣になるということを・・・・・・
平原での戦闘はすぐ終わるかと思われたが
苦戦を強いられる
「くっ! 切れないのに実体で攻撃してくるなんてっ!」
影の様な見た目に相応な能力だが
攻撃の合間すら剣が通らない
無敵の敵は一体だけではなく
どんどん数を増していく
どこからともなく湧いて出る状況に打つ手が無いことに
薄々だが気がつき始める
「イシュは私が守るっ!」
その言葉に
【もっと強ければ!】と切に願う
そんな心の声に呼応するかのように
イシュのブレイブである「スターリー」が緑の光を発する
【師匠と共に戦いたいっ!】
呼応が最大値に共鳴し
光がイシュを包み込む、後ろに大樹のようなものが現れ
「来てっ! イグドラシルっ!」
言い馴染みのない言葉を自然に発し、自分でも驚くぐらい
力が満ちる感覚を初めて味わう
光が収束したと思うと
モヤのようなもの達はタリアからイシュに狙いを変更し
群がるように集まる
しかし、光は完全に「スターリー」に纏っていた
刀身の周りを渦巻く光と
片腕にガントレットが現れた
まるで鎧のようでいて
装束のようなスタイリッシュな見た目だ
「これならっ!」
素振りの構えから大きく横に一線を描く
それだけでモヤのもの達を消し飛ばし
後には光の残光だけが残っていた
粒状に漂うその光景はまるで生命の息吹のようだった
「すごいっ! イシュ! さっきのは?」
「わかりませんがこれ・・・・・・ で・・・・・・」
ドサッとタリアに倒れこんだイシュは
そこで意識を失う
倒れたイシュはタリアにおんぶされ
光で駆けつけた城都からの遠征兵に身分を確認され
ギルド本部へと意識の無いまま
到着するのだった
時間はアシュル王とキャバリエの会話に戻る
「報告が遅れたのは申し訳ありませんでした
しかし、恐らく彼女でなければ対処不能だったはずです」
「なぜ、そう言える」
アシュル王は怪訝に質問をぶつける
「城都騎士団の精鋭である騎士達が数人ほど重度の傷を負っており
その騎士団を危ぶませたのが今回の襲撃者だからです」
「というと、やはり彼女が大戦の英雄「イグドラ」と同じブレイブか・・・・・・」
「恐らく・・・・・・」
「ならば、面会を願おう!」
家臣の制止を振りほどく程の勢いで玉座から立ち上がるが
「現在、彼女は気を失っております」
その言葉に
では、目が覚め次第、話が聞きたいと伝えておくように言い残し
真剣な面持ちでキャバリエと執務室に入る
目覚めの予兆を見せた少女は
この後に待つ絶望に立ち向かい
何を想い、何を体現するのか?