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第八話 ビーストウォーズ

 誰がこんな光景を想像しただろう。

 今、多摩ロボットシティ北東部にある通称パブリック・ブロックでは人々が叫び声を上げ、あちこちに見える商店や雑居ビル、そして公共施設などから雪崩を打ったように駆け出して来ていた。

 彼らの顔には一様に恐怖とパニックの色が浮かび上がっている。

 最新鋭の都市建築理論に基づき整然と区画整備された道路という道路が、今やカオス状態の真っ只中にあった。それもそのハズ。コスモス状態――すなわち秩序を保ちながら移動したりしていては、この状況では命にかかわった。


 そのとき、ズズン、という地響きがして慌てて走っていた多くの人々がその足元をすくわれコンクリート製の歩道や車道に転倒する。

 地響きは一度のみならず、二度、三度と繰り返され、しかも段々大きくなっていく。

 そうしてビルの影からヌッと姿を現した巨大なふたつの影。

 片や全長四十メートルにして翌長五十メートル以上の巨大ドラゴン、片や全長六十メートルないしは八十メートルはあろうかという鋼鉄の巨大昆虫。

 そんな常識外の二体が、最先端科学で彩られた都市のど真ん中で轟音を響かせながら規格外の取っ組み合いを演じていたのだ。

 今や存在自体が当たり前となったが、それらがどういう理論で存在しているのかまでは最先端の科学をもってしても尚、未だに解明することが出来ずにいるもの――超常生命体ちょうじょうせいめいたい

 俗な言い方をすると、怪獣。

 シティはいま、その怪獣たちの戦場と化していた。


 彼らの姿を目にした途端、路上に倒れていた人々は悲鳴と共に立ち上がって逃走を再開した。

 巨大なドラゴン――レドラがその筋骨隆々な腕を振るうと、ぶわっという空気の押しのけられる音がゆっくりとビルの合間に広がった。遅れて、自動車同士を正面から激突させたような凄まじいクラッシュ音が聞こえて、巨大昆虫のほうがその頭部をのけぞらせる。

 怒りを表すかのように、その頭部の周囲を覆う白銀のエリマキがギュルギュルと音を立てて回転した。

 今度は昆虫の方からレドラに向かって突っ込んでいく。体の中心軸から伸びた、槍のような鋭い頭部の先端がレドラ目掛けて襲い掛かる。が、レドラは僅かに身体をそらしてその突進を回避すると、槍の様な頭部を脇に抱えるようにしてガッチリとホールドした。

 増々怒り狂ったように、昆虫の頭部の周囲のエリマキの回転が加速する。

 レドラと巨大昆虫は、互いに組み合ったまま力比べをするかのように、その場でグルグルと弧を描くように動き始めた。レドラと巨大昆虫が横に一歩踏み出すたび、足元のアスファルトやコンクリが乾いた音を立てて陥没を繰り返していった。


 同じ頃、すんでのところで命を拾った小川はというと何を考えたか、避難するどころか自分もレドラと巨大昆虫の戦いを追って市街地へと走ってきていた。

 地響きがする方へする方へと、避難者たちの流れに逆らうようにパブリック・ブロックの整然とした街並みを駆け抜ける小川。やがてその眼に飛び込んできたのは、人が殆どいなくなった空っぽのビル街の中でドシンドシンと一進一退の攻防を続ける二体の巨獣の姿だった。

 殆ど、古典的な特撮映画の世界だった。ハイテクを結集して作られた二十一世紀の街並みが今やまるでミニチュアのように小さく見え、そして破壊されていっている。

 自分自身常識外な小川でさえも、思わず唖然とするような光景だった。


「おいおい、とんでもねぇな……」

 そんな中、小川の眼にまたしても大変なものが飛び込んできた。怪獣対怪獣の激闘の最中、逃げ遅れてしまった人々がいたのだ。

 振動によって高所から落下した看板の下敷きになり、五十代ぐらいの会社員らしき男性一名が先程から懸命に助けを求めて叫んでいた。その頭上では時々ノイズを交えながら、大型の液晶スクリーンが場違いにも萌えイラスト調のアニメコマーシャルを流し続けている。

「おい、大丈夫か!」


 思わず傍に駆け寄る小川。と、そこへ同じく会社員の男性を助け出そうと、全体的に滑らかなフォルムで車輪移動式の下半身を持つ人型のロボットが数体、小川の元へとやってきた。確かディアーロイドよりも数世代前の機体で、主に道案内などを業務にしていた連中だ。

『ダイジョブ、デスカ?』

『テツダウコト、アリマスカ?』

「こっちのことはいいから、お前ら早く逃げろ!」

 怪獣たちとは反対の方角を指さして絶叫する小川。こういった車輪移動式のロボットたちは道が整っている間はスムーズに動けるが、ひとたび道が陥没したり段差になったりしてしまうとたちまち身動きが取れなくなってしまうのだ。このままでは戦いで破損した道路を進めなくて立ち往生し、あっという間に踏みつぶされてしまう。

 なにより、あまり前傾姿勢が取れない上に最低限の腕力しか与えられていない彼らの体構造では、力仕事を手伝うのは土台無理な話であった。


『キケンガセマッテイマス。キケンガセマッテイマス』

 そう連呼しながら数体で小川たちの周囲をグルグルと周回しはじめる道案内ロボットたち。緊急時のプログラムがどうなっているのか、開発者に一度きっちりと問いただしてやりたかった。

 そうこうしている間にも、小川の手で持ち上げられた看板の下から、会社員はなんとか脱出することが出来ていた。自力で立ち上がったのを見る限りでは、大きな怪我はなさそうだ。

「あ……ありがとうございます!」

「礼はいいから、早くコイツらと一緒に逃げろ!」

『キケンガセマッテイマス。キケンガセマッテイマス』

「言わなくても知ってるつうの!」

 そう叫んだ小川に対し、会社員は一度だけ頭を下げると大慌てでその場を去っていった。

 それに対し、道案内ロボットたちは一向にその場を離れる気配がない。元からプログラムに欠陥があったのかは分からないが、キケンガセマッテイマスとアナウンスしながら延々と小川の周囲を衛星か何かのように公転しつづけていた。


 と、その時更にとんでもないものを小川は見てしまった。

 小川の視線の遥か向こう、広い道路のど真ん中で怪獣同士がプロレスならぬ大相撲を繰り広げているその足元を、こそこそと息をひそめるような様子で、こちらに向かって逃げてくる複数の人影が見えたのだ。

 最初は普通の逃げ遅れた住民かと思ったが、よく見れば違った。ここからでもハッキリと分かるが頭部に青っぽい光の瞬いているのが見える。彼らは皆ディアーロイドであった。

「おい、こっちだ!」

 小川が大声と共に手を振ってやると、ディアーロイドたちも手を振り返すのが分かった、あの場所からここまで、百メートルかそこらしか離れていない。このままいけば、道案内ロボットたちはともかく、あのディアーロイドたちだけは連れて逃げることが出来るだろう。


 ところが、そう考えた直後またしても異変が起こった。

 巨大昆虫の胴体から伸びていた長大な触手が、戦場の脇を通り抜けていくディアーロイドたちの存在に気付いたのか、その先端をいきなりこちら側に向けてきたのである。ハサミを打ち鳴らす音をガチガチ響かせる触手の先端には、頭部同様センサー機器のものであろう赤い光が瞬いていた。その本体は今も尚レドラと力を拮抗させたまま相撲の真っ最中であり、明らかに触手の動きは本体の意思とは独立しているように見えた。

 何かがくる、とそう思った小川はまだ遠くに見えるディアーロイドの避難者たちに向かってより一層声を張り上げたが、一足遅かった。それよりも早く怪獣の触手の先端にあるハサミの間から大きな針状の物体がせり出すと、サッと展開してある種のアンテナのような形状になり、次の瞬間には頭部を覆うエリマキ同様に物凄い勢いで回転を始めていた。


 バリバリバリ、というひどく不快な雑音が頭上から聞こえた。

 見れば、アニメのCМを流していたハズの大型の液晶モニターが、いつの間にか一面ノイズまみれになっていた。もう殆どまともに観られる映像ではなくなっている。

 地上でも、異変が起きていた。今の今まで小川の周囲を回りまくっていた旧式の道案内ロボットたちが、急に異音を発してその場でのたうち回り始めたのだ。車輪が異常な軌道を描き、腕をあらぬ方向に振り回しながら上半身がフラフラ揺れる様子は、不謹慎かもしれないが慣れてない人間が下手クソなダンスを踊っているみたいに思えた。


 とにかく、小川にはその状況は意味不明だった。一体あの巨大な昆虫怪獣は何をしたというのか。

「なにがどうなって――えっ?」

 小川の口から、知らず知らずのうちに間の抜けた声が漏れていた。

 それもそのハズだ。

 こっちに向かって逃げてくる途中だったディアーロイドたちの姿が、いきなり道路上から消え失せていたのだ。代わりに、彼らの現在位置はレドラの体の表面へと移っていた。


 何が起きたのか一瞬では判断が追い付かなかった。

 ディアーロイドたちが一斉にレドラ目掛けて襲い掛かっていたのである。

「どういうことだ、いったい」

 小川の問いは誰に届くでもなく、空しく宙へと消えていった。

 その視線の彼方では既にアンテナ状のパーツを引っ込めた鋼鉄の昆虫怪獣が、どこからともなく出現した十数体ものディアーロイドに群がられて驚きもがいているレドラに突進し、槍状の頭部を勢いよく相手の体に突き立てていた。


 レドラがその日、初めて悲鳴のような甲高い声を上げて仰け反った。しかし昆虫怪獣のほうは容赦なしに歩を進め、ズブズブとレドラのわき腹に鋼鉄の巨大な槍を埋め込んでいく。そうしてとうとう競り合いに負けたレドラは背後の雑居ビル目掛けて押し込まれ、そのままビルの壁面に激突してコンクリートの破片の中に埋もれてしまった。

「うわっ……」

 見ているだけでも痛そうなその攻撃に、小川も思わず目を背けてしまう。

 それにしても、冷静に考えれば不可解な現象である。どうしてディアーロイドたちが急に、レドラを攻撃し始めたのか? いや――正確には“昆虫怪獣の味方をした”と言うべきかもしれない。傍から見れば明らかに、鋼鉄の巨大昆虫はディアーロイドたちの動きを分かった上で反撃に転じている様子だったからだ。


 と、そこで小川はとある考えに行き着いた。

 ここ数日のロボットシティ内での異変。たった今目の前で起きた現象。そこから導き出される答えは、

「まさか……あの怪獣が……?」

 小川の中に浮かんだ考えは肝心の部分を言葉にする前に、背後から聞こえた何者かのうなり声によって遮られた。嫌な予感がして、小川は即座に声のした方を振り向く。そこに、やはり何処に隠れていたのか分からないがディアーロイドが二体、獣のように四つん這いになりながら小川の方を睨み付けてきていた。

 どちらとも、髪の長い女性型ディアーロイドだった。体勢ゆえか髪が眼前にだらんと垂れ下がっており、まるで往年のジャパニーズホラー映画に出てくる悪霊を思わせる。


 彼女らはじりじりと、小川に接近してきていた。ここにきて小川は、自分が置かれている状況を再認識するに至り、自らもじりじりと少しずつ後退を始めていた。

「……ちょっくらタン――」

 最後まで言い終える前に、二体のディアーロイドは雄叫びと共に小川目掛けて飛び掛かってきた。咄嗟に身をかがめ、跳躍した彼女らの真下を転がってその場から離脱する。ゴツン、という鈍い音が聞こえて、振り返ってみればディアーロイドたちの拳が命中した道の舗装が少し砕けていた。


 小川は、数時間前に留置場であった出来事を思い出した。ディアーロイドというのは元来、人間の何倍も強い力を発揮できるのだ。しかも今の彼女たちはおそらく、栗原真琴老人を手にかけてしまった時のボロ子同様に理性を失っている。怪獣同士の戦いは出来るだけ遠くから眺めていれば自分は安全でいられたが、今の状態だとそうはいかない。その場にとどまることは間違いなく命にかかわった。

 小川は回れ右すると、一目散に怪獣からもディアーロイドたちからも逃走を図った。しかし今や完璧に小川を標的に定めたらしいディアーロイドたちは、ぐるぐる走り回っていた道案内ロボットのうち何体かを平気な顔で殴り倒すと一直線に小川の後を追って疾走して来た。しかも、目があらぬ方向を向いていたり、舌のパーツがだらりと垂れていたりするのが見えるので余計に恐ろしい。

「くっそ……ゾンビ映画かよチクショー!」

 悲鳴交じりの小川の絶叫が、人気のなくなったビル街に果てしなく木魂していった。



 小川の悲鳴に応えるかのように、レドラも絶叫を上げていた。ただしこちらは、激痛により引き出される正真正銘の悲鳴だった。

 崩落したビルの中に埋もれもがくレドラの上に、今や鋼鉄の巨大昆虫は覆いかぶさるようになっていた。そして、その頭部の周りでノコギリのように回転を続ける白銀のエリマキが、身動きを封じられたレドラの胸部の肉を瞬く間に抉り取っていく。それは殆ど拷問のような攻撃だった。

 少しすると、巨大昆虫がレドラの上から退いた。ここぞとばかりに立ち上がりかけるレドラだったが、間髪入れずに方向転換した巨大昆虫の、ハサミ付きの触手がムチのように襲い掛かり頭部を殴打される。勢い余って、レドラは放置されていた車両を何台も押し潰しながらメインストリートに倒れ伏してしまった。更にその衝撃で、レドラの体に張り付いていたディアーロイドたちが耐え切れなくなり空中に吹っ飛ぶと、手足をあらぬ方向に投げ出しながら次から次へと地上に落下してくる。


 それを見た巨大昆虫は満足げに上半身をぶるぶると震わせると、あのガラスを擦り合わせるような不快な叫び声を上げた。そして、今も尚回転中だった巨大なエリマキを閉じると、出現したときのように頭部を巨大なひとつのドリルと化して地面に突っ込む。

 バキバキと鈍い音が響いて、コンクリートの大地にひどく大きな穴が穿たれた。その穴に全身を突っ込むようにして、鋼鉄の巨大昆虫は驚くほどのスピードで地底に消えていく。

 下半身から伸びたハサミ付きの触手が最後に穴の中へと吸い込まれていくと、一帯は途端に静寂に包まれた。


 それから数分もしなかっただろうか。レドラがよろめくようにして立ち上がった。

 満身創痍まんしんそういという言葉の具体例を挙げろと言われるなら、今のレドラがそうであった。ズタボロになっていて、一歩前に踏み出す足もどこか力がこもっていない。

 レドラは、巨大昆虫が潜っていった路上の穴をしばし見つめた。

 やがて諦めたように首を振ると、背中の二枚の翼を大きく広げて跳躍する。

 破壊されたビルから舞い上がった膨大な枚数の書類や何かが、翼の巻き起こした風圧で一層遠くへと吹き飛んでいった。

 いつもより遥かに弱々しい羽ばたきだけを残し、レドラは多摩ロボットシティを離れて東の空へと消え去った。


* * *


 オフィスビルを縦一直線に貫く非常階段は、怪獣出現の影響か、はたまた元からそうなっていたのか、電気が切れかかって上も下もひどく薄暗くなっていた。その中を、息を切らしながらただ一人必死に駆け上る小川の姿があった。

 外からは、定期的にズズンという振動が伝わってくる。怪獣同士の戦いがまだ続いているのだろうか。時々振動に煽られて天井から埃が降ってきたが、小川は足を止めることも出来なかった。いまなお、二体のディアーロイドによって追跡され続けていたからだ。

 踊り場で方向転換する際、ほんの少しでも速度を落とそうものならすぐさま雄たけびを上げる黒髪の女たちが視界に入ってくる。追いつかれたらどうなるかは明白だった。

 休むことなくバタバタと、男一名、ロボット二名の足音だけが閉鎖された空間に反響する。


 そのときだった。小川はふと、背後から聞こえるディアーロイドたちのうめき声が今までとは何か違う種類のものに変わっていることに気付かされた。

 危険とは知りつつも足を止め、上ったばかりの階段を少し逆戻りする。

 するとそこには、ボロ子の時のように両手で頭を抱えながらしゃがみ込み、上半身をくねらせているディアーロイドたちの姿があった――彼女たちは、苦しんでいたのだ。

 ありがちな解釈かもしれないが、ボロ子も彼女たちも、理性を失ったように暴れ狂いながらどこかでそれに抗っているような印象さえあった。一体何が、彼女たちをこんなにも苦しめているというのだろうか。


 小川はディアーロイドたちのそんな姿に我慢が出来ず、思わず近づいてしまっていた。

「……おい、大丈夫か――うわっ」

 その背中に手を置こうとした途端、野球選手の素振りみたいな音を立てて拳が振り抜かれ、小川の顔面を直撃しようとした。すんでのところで腕のガードが間に合ったものの、凄まじいパワーで小川の体は後方に吹っ飛ばされ、そのまま防火扉の一角に叩きつけられた。


「ぐ……」

 小川はすぐさま立ち上がって体勢を立て直そうとしたが、それよりもディアーロイドたちのほうが早く動いていた。ゆらりと立ち上がった黒髪の女二人に、視界を遮られる。逃げ出す暇もなく、袋叩きになるのはほぼ確定だった。

 最後の手段として銃を撃つ選択肢もあったが、今はそれすら不可能だった。公園で巨大昆虫に追い詰められた際に、その日持ち出してきた弾は通常弾もアンチ・ロボット弾も全て撃ち尽くしていたのだ。

 しかし、それはそれで良かったかもしれない。小川はため息を吐いた。意に反して人間を襲わされているのだから、ディアーロイドたちだってある意味では被害者だ。彼女たちを傷つけずに済むなら、それに越したことはない。


 見た目は人間と殆ど変わらない四本の腕が、ヌッと小川に向かって伸びてくる。

 小川は目をつぶり、拾ったかに思えた短い命が再び尽きる瞬間を待った。

 刹那、銃声が小川の耳をつんざいた。

 ゆっくりと目を開けた小川の前に、その場に崩れ落ちてビクビクと痙攣(けいれん)を繰り返すディアーロイドたちの姿があった。言葉を失い目の前の光景を見つめていると、慌てたように階段を駆け上がり石山がその姿を現した。

 小川以上に息を切らした様子の彼の手には、今しがた弾丸を発射したばかりと思われる黒い自動拳銃が握られている。


「小川さん、無事でしたか!?」

「石山、お前……」

「心配しなくても、スパーク弾で一時的に機能停止させただけですから。壊れやしませんよ」

 石山の言葉を聞いて、そういえば、と小川は思い出した。

 アンチ・ロボット弾に続いて、ここ最近多摩ロボットシティ警察署の技術班が開発した対ロボット専用の弾丸がもうひとつあったのだ。確か、命中した瞬間に強烈な電気ショックを発生させるやつで、こちらも機能停止を主眼に置いたものだ。

 予想外の援軍で命を拾う展開が短時間に二回も連続し、小川はなんだか力が抜けてしまった。

「何言ってやがんだ……来るのが遅ぇんだよ……」

「すみません。でも、ボロ子はもう大丈夫ですよ。署に戻って大人しくしてます」

「そうかよ……ご苦労さん」

 小川は内心ホッとしながらも、ぶっきらぼうな口調であさっての方向を見やる。石山はそんな小川の様子を見て微笑んでいた。


 ふと我に返ると、ビルの外の振動が止んでいた。

 大分疲れ切った様子の小川をその場に残し、石山は一番近いフロアへと向かった。

 窓際に駆け寄ると、そこからビルの外の惨状が一望できる。

 多摩ロボットシティは一面、ガレキまみれだった。

 道路という道路は陥没し、そこかしこで破損した車のクラクションが鳴り響いている。怪獣同士の衝突で崩れ落ちたビルの壁面からは、ビル風に乗って内容も不明な何千枚もの書類が舞い散っていた。

 この状態から完全に立ち直るのに、いったいどれだけの年月がかかるのだろう?

 少なからず愛着を持った街の痛々しい光景にシンクロしたのか、石山は自身の胸の奥がズキリと痛むのを感じた。


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