番外編 AI、憶えていますか?
■多摩ロボットシティ 全景 小雨(初夏)
小高い丘陵部に囲まれた多摩地方の街並み。
降り続く雨の音、静かに広がっている。
■ 同 市内の街頭その1
行き交う車両や人々の姿、一見、現代とほぼ変わらず。
ふと、長靴を履いた幼稚園児ぐらいの子供が走ってきて、派手に転ぶ。
子供が泣きそうになっていると、近づいてきた人物が手を差し伸べる。
子供が見上げると、そこにいたのは、
何故か傘もささずに濡れネズミとなったロボット女(ボロ子)。
ボロ子「大丈夫ですよぅ?」
やや、キョトンとしたような表情のボロ子。
ボロ子の両耳からは、アンテナのようなものが伸びて回転している。
首の付け根には太い首輪のような装置が嵌められている。
装置の表面で明滅するLEDのような五色の光。
瞳の奥を交差する電子回路の輝き。
子ども「うん、ありがと……」
子供、ボロ子の手を取ると立ち上がり、そのまま走り去っていく。
ボロ子、無邪気そうに手を振って後ろ姿を見送る。
ボロ子「気を付けて行くですよ~ぅ!」
■ 同 市内の街頭その2
よく見ると、街中を行き交う人影の半数ほどがロボット。
お年寄りに付き添い、傘をさして歩いているロボットの姿。
もう一方では、ショーウィンドウの奥でたいやき焼いてるロボットの姿。
更に一方では、たばこ屋でおつかいしてるロボットの姿。
ロボット量販店の店頭(自転車屋とケータイ屋の中間みたいな外観)。
ガラスの裏側に手書きのポップが無数に張り付けられている。
商店街の入り口みたいなアーチの表面にも、売り文句が踊っている。
『未来の町、多摩ロボットシティへようこそ!』
■ 同 市郊外 栗原真琴自宅前
繁華街から少し離れた住宅地に、ポツンと立つ一軒家。
バリアフリーを感じさせるスロープと、車が無い、やけに広いガレージ。
雨に打たれてどことなく灰色な空気感漂っている。
■栗原真琴の自宅内部
やたら幅の広い廊下。
一面フローリングの床。
屋内に小さなエレベーター備わっている。
その他諸々、車イスの老人が生活しやすそうなハイテク住宅の内装。
■ 同 リビング
窓の外で振り続ける雨。
薄型のテレビが点きっぱなし。
ウキウキと明るい新型ロボットのCMが流れている。
コマーシャル嬢『一家に一台! アナタの傍に新時代! ディアーロイド2027X、もうすぐ予約スタート! 買い替えるなら今がチャンス! 絶対見逃せないッ♪』
電動車いすに座ったままテレビ観ている老人・栗原真琴。
真琴「フン」
不機嫌そうに鼻を鳴らす真琴、車イスをUターンさせようとする。
その拍子に肘が当たり、テーブルの縁から中身入りのコップを落としてしまう。
舌打ちしつつ、身をかがめてコップを拾おうとする真琴。
しかし、テーブルの下に入り込んでしまって真琴では手が届かない。
何度も手を伸ばした末、悪態をつく真琴。
家の中には、他に誰もいない。
■多摩ロボットシティ 市郊外 川沿いの土手その1
雨の中を走り去る旧型のトラックやワゴン車。
彼らのはね飛ばした水しぶきが、ノロノロ歩いていたボロ子に命中。
驚き、土手から転げ落ちてしまうボロ子。
ボロボロで濡れネズミなボロ子の何処かから警報音が鳴る。
警報音『充電残量、残り5%です』
ボロ子「ううう……お腹が空いて力が出ないですよぅ……」
土手の上には何人か人間が歩いているが、見向きもしない。
ボロ子、なんとか自力で立ち上がるがフラフラしてる。
ボロ子「元気百倍になるには何処行きゃいいですよぅ……うう、分かったら苦労ないですよぅ……」
ボロ子、フラつきながらも立ち去る。
背後の河原には、おぞましいほどの不法投棄のゴミと鉄くずの山。
散乱し、無残に雨に打たれている人型や動物型のロボットの残骸。
橋の下で、さび付いた音を立てながら掘っ立て小屋に物を運ぶ半壊ロボット。
■栗原真琴の自宅内部 リビング
窓の外で振り続ける雨。
真琴、介護用マジックハンドでコップを拾おうとしているが、
やればやるほど奥に転がって行ってしまって、一向に取れない。
とうとうマジックハンドを脇に投げ捨て、悪態をつく真琴。
薄型のテレビは点きっぱなし。
先程とは別のロボットのCMが終わった直後、ニュースが再開する。
キャスター「新しいニュースをお伝えします。シルバー・ブロックで深刻化している家庭用ロボットの不法投棄問題について、開発元であるDR技研の真加部丈一郎・主任研究員が本日正午過ぎ――」
真琴、不機嫌そうにテレビの電源を落とし、リモコンを放って窓の外を見る。
相変わらず雨が降っている。
真琴の背後に大きなカウンター式の台所。
流し台には山積みの食器類。
ゴミ箱も色々なものが山盛りになっている。
ようやく、諦めたように車イスの上に体を戻し、台所に向かおうとする真琴。
そのとき、チャイムが鳴り響く。
いぶかしげな真琴の顔。
玄関カメラの前まで行って確かめるが、そこに誰の姿も映っていない。
首を傾げる真琴。
■ 同 玄関前
小雨が降り続いている玄関前。
ガチャリ、と音がして屋内から真琴が車イスに乗って出てくる。
周囲一帯をキョロキョロと見回すが、人影が見当たらない。
訝しげな表情をする真琴の足元から、唐突に声が聞こえる。
ボロ子「う、うぅ~ん……」
真琴が視線を移動させると、
スロープの死角になった所にボロ子がうずくまっている。
泥まみれでずぶ濡れ状態のボロ子、ゆっくり顔を上げ真琴に気が付く。
ボロ子「どうか……どうか……ヘルプミーなのですよぅ……」
真琴「……!?」
訳の分からなそうな顔をする真琴。
シトシトと小雨が降り続ける音が続く。
メインタイトル《AI、憶えていますか?》
■ 同 玄関内
家のドア完全に閉まっている。
スロープの上で正座したボロ子、タオルで頭とか気持ち良さげに拭いている。
その腹部からはケーブルのような物が伸びて、近くのコンセントに接続中。
首輪のような装置のLEDが、充電中であることを示している。
■ 同 リビング
真琴、据え置き型の電話で市役所に連絡している真っ最中。
開け放ったドア越しに、玄関のボロ子の姿が見える。
真琴「だから、何度も説明してるだろ。ウチに置いとくと邪魔で仕方ないから、早いとこ回収業者を呼べってんだよ。ありゃ大方、持ち主に捨てられた奴だろ。捨てたやつに責任取らせるってのが、この街の方針じゃなかったのか?」
■ロボットシティ市役所 庁舎内
終業時刻間際の役所内。
受話器を取った役人、如何にも面倒臭そうな態度で応対してる。
背後のデスクなどにもう殆ど人いない。
役人「それはごもっともなんですが、今日から三日間は、業者が完全にお休みに入っちゃってまして……ウチもあと五分で、受付時間終了なんですよ」
(以下、真琴側とカットバック)
真琴「なんだとこの野郎。じゃその間、ウチでずっと預かってろっていうのか」
役人「いえ、そういう訳では……逆に、追い出す気はないんですか?」
真琴「この雨の中にか? そんな寝覚めの悪い真似が出来るか、バカ野郎」
役人「警察に連絡されたらいかがです? あっちは年中無休ですし、名前と登録番号さえ分かれば、すぐにでも持ち主を捜し出してくれるハズですよ。何なら今から、こっちで連絡差し上げましょうか?」
真琴「(一旦受話器から遠ざかってボロ子に対し)おい、お前の名前なんていった?」
ボロ子「名前ですよぅ……? うーんと、うーんと……ごめんなさいですよぅ、全く記憶にございませんですよぅ!」
真琴「(受話器に戻って)いま聞こえた通りだ」
役人「身元が分からないロボットとなると、警察じゃ二日と待たずに廃棄処分送りでしょうね……今や収容スペースが圧倒的に不足してる状態ですから」
真琴「……随分と簡単に言いやがるもんだな。廃棄処分だとか何とか」
役人「一応、こっちで契約してる業者なら、データを復元して持ち主割り出すぐらいのことはしてくれるハズですけどね」
真琴「一体どうしろっていうんだ?」
役人「そうですね……出来るだけ邪魔にならない場所に連れて行って、電源を切っておいて貰えますか。休みが明け次第、業者が向かうようこっちで手配しておきますので」
真琴「……チッ、出来るだけ早くしろよ」
役人「ええ、勿論です。では失礼します。(電話切り)…やれやれ、面倒な爺さんだ」
■栗原真琴の自宅内 玄関前
充電しながら、頭にタオル被って鼻歌など歌っているボロ子。
ウィーン、と音がして車イスに乗った真琴がリビングから出てくる。
真琴「……ったく、とんだ面倒ごと引っ張り込んじまった」
ボロ子「めんどーごと? ってワタシのことですよぅ!? わーい、めんどーごとですよぅ! めんどーごとですよぅ!」
少しの間はしゃぎ回ってから、ボロ子ふと我に返る。
ボロ子「……はてな、めんどーごとって何ですよぅ?」
真琴「(面倒くさそうに)何だっていい。もういいから、黙ってとっとと、端っこのほう行け。ほら、早く。業者が来るまでの間は、お前は玄関の置物だ」
真琴に言われるままに、広い玄関の中をとことこ歩いて隅の方に行くボロ子。
車イス進めてボロ子に近づいていく真琴。
ボロ子「……ワタシの電源切るですよぅ?」
真琴「なんだ、聞こえてたのか?」
ボロ子、唐突にえっへんと胸を張って自慢げな顔する。
ボロ子「何を隠そう、ワタシは十メートル先の虫の羽音だって聞き取れるですよぅ」
真琴「油断も隙もありゃしねぇ」
ボロ子「ところで、“はおと”って何ですよぅ?」
真琴「…………いいから、もう喋るなお前。ほら、切るぞ」
真琴、そう言ってボロ子の首輪に触れようとする。
と、何故か真琴の手を寸前で掴んで止めるボロ子。
瞳が子供の様にキラキラしている。
ボロ子「ワタシ、助けてもらったご恩返しがしたいですよぅ!」
真琴「おん……? いい、いい、そんなモノ」
ボロ子「そーいう訳にはいかないですよぅ。一宿一飯の恩義ってやつですよぅ。ロボの恩返しですよぅ。つきましては、お家の方たちにもご挨拶申し上げるですよぅ。今何処にいるですよぅ?」
その言葉を聞いた途端、真琴がいっそう不機嫌そうな顔になる。
手を振り払って車イスをUターンさせる真琴。
真琴「いるか、そんなもの」
ボロ子「ほぇ? でも決して一人で生活できるようには見えないですよぅ」
真琴「……悪かったな。生憎と独り暮らしだよ」
真琴、車イスを進めてリビングの方に向かう。
ボロ子もケーブルを収納し、ちょこまかとそれについて行く。
■ 同 リビング
真琴が車イスで、カウンターキッチンの前を通り過ぎて行く。
先ほどと同じく、キッチンの上には山積みになった食器やゴミ。
ボロ子、それらを眺めて笑う。
ボロ子「あはは、散らかってますですよぅ」
真琴「家政婦がいたこともあるがな。役立たずばっかりで、クビにした」
ボロ子「ワタシは有能ですよぅ! たとえ人間に出来なくたって、この手にかかれば炊事も掃除もチョチョイのチョイですよぅ! お試しあれ、ですよぅ!」
真琴「どうだか……お前みたいなボロ子にゃ到底無理だろうよ」
ボロ子「……はえ? ボロ子ってなんですよぅ?」
真琴「ボロボロの濡れネズミだった上に、絵に描いたようなポンコツロボットだからボロ子だよ。今のお前にはぴったりの名前だろが」
するとボロ子、真琴の車イスの後ろを掴んで引き留める。
急に止まったので車イスから前のめりに落ちそうになる真琴。
ガガガッと電動車いすの駆動部が抵抗する音が聞こえる。
真琴「やめろこのバカ、なにしやがる」
ボロ子「ボロ子! ボロ子ですよぅ! ワタシの名前はボロ子、ですよぅ! とても嬉しいですよぅ! 名前まで貰った以上は、絶対にご恩返しするですよぅ!」
真琴「だからいいって言ってるだろ!? そんなに恩返しがしたけりゃなぁ、今すぐ電源切って何もせずに大人しくしてろ!」
真琴の車イスとボロ子のパワーが拮抗する。
車イスの駆動部がガリガリと悲鳴を上げているがボロ子、手を離さない。
ボロ子「決して後悔はさせませんですよぅ! もし不満があるときには十日以内で、クーリングオフも実施中ですよぅ!」
真琴「お前がいるのはせいぜい三日だ、バカタレ!」
ボロ子「今なら一枚、特典として濡れタオルがついてきますですよぅ!」
真琴「そりゃ元々ウチのものだろうが! 離せ、おい! 車イスが壊れるだろ!」
いつまでもコント風味に押したり引いたりしている二人。
■ 同 キッチン
先程の状態から時間経過。
真琴が車イスの上から見守る中、ボロ子、エプロンなどして皿洗いしてる。
意外にもテキパキとした手つき。
積み上がっていた皿などが、瞬く間に片付いていく。
ボロ子「(鼻歌まじりに)ふんふんふ~ん、ですよぅ~」
真琴「ふん……口先だけじゃなかったみたいだな」
ボロ子「こんなのはお安い御用ですよぅ! あっという間に、真琴サンの心の中までピッカピカですよぅ!」
真琴「何を言ってやがる」
ボロ子の作業とても順調。
山積みだった食器、殆ど片付き、洗浄済みで水切りに積み上がっていく。
と、そのときボロ子の何処かから警告音が鳴る。
警報音『充電残量、残り5%です』
ボロ子「ですよぅ!?」
真琴「……あんな馬鹿力発揮するからだ」
ボロ子「これはいけませんですよぅ! 迅速早急にお仕事終わらせるですよぅ!」
言うなりボロ子の作業速度、スピードアップ。
それまでの二倍速ぐらいで動くようになる。
洗浄済みの皿の山、明らかに今までより不安定な積み方になっていく。
真琴、眉を潜める。
真琴「おい、ちょっと落ち着け。一旦中断して……」
ボロ子「ですよぅ! ですよぅ! ですよぅ!」
全然話を聞いてないボロ子、ひたすら倍速での皿洗い。
たちまち警報音がピークに達する。
警報音『充電切れです、電源に接続してください』
ボロ子「で、ですよ~~~~ぅ……」
ボロ子、目を回してその場に卒倒してしまう。
ズシーンと大きな音がして、キッチンがグラグラ揺れる。
山積みになっていた皿が崩れてボロ子の上になだれ落ちる。
大量に割れる食器の音。
真琴「はぁ~~~~……」
眉根を押さえて呆れる真琴。
皿の残骸の中で目を回しているボロ子。
■ 同 一階廊下
掃除機の唸る音が響いている。
部屋と廊下を出たり入ったりしながら、掃除機かけているボロ子。
相変わらず鼻歌混じり。
その腹部からは電源コードが伸びて、掃除機と同じコンセントに接続中。
ボロ子「こうして充電しながら掃除すれば、電源切れは起きないですよぅ!」
真琴「お前でも頭を使うことがあるのか」
ボロ子「うぅ~、ひどいですよぅ!」
口先では抗議しながらも大して気にしてない様子のボロ子。
ひたすら掃除機をかけ続ける。
と、移動の途中で違和感に気付くボロ子。
振り返ると、コード延長の限界で、ボロ子のコンセントが抜けてしまっている。
テクテクと戻っていって、コンセントに接続し直すボロ子。
気を取り直して別の部屋へと行こうとすると、またしてもコンセント抜ける。
戻って再接続。やはり歩くと抜けてしまう。
ボロ子「ありゃりゃ、これはどうしたことですよぅ」
ボロ子、しばし悩んだ末に、行先の部屋で接続することを思いつく。
ボロ子「そうだ、こっちに繋げばいいですよぅ!」
ボロ子、自分のコンセントを引っこ抜いて別の部屋に接続。
今度はコード延長が足りて、安心して掃除機掛けを再開する。
しかし本人気付かないうちに、ボロ子のケーブルと掃除機のケーブル絡み合う。
ボロ子が動けば動くほど、こんがらがっていくケーブル。
真琴「……おい、お前後ろ……」
ボロ子「ですよぅ、ですよぅ♪」
ボロ子、全然話聞いていない。
そしてとうとうケーブルの束がブービートラップのような状態になる。
ボロ子が別の部屋へと行こうとした瞬間、ケーブルがボロ子の足に絡みつく。
ボロ子、つんのめって転倒。
慌てながら腕を振り回した末に、目の前のドアを蝶番から外してしまう。
派手な音たてて廊下にドア板ごと倒れ込むボロ子。
ボロ子「あ、ありゃりゃ……」
■ 同 二階廊下
ボロ子「真琴サンのためなら、えんやこら~」
今度はケーブル外した状態で、廊下を雑巾がけしているボロ子。
ドタバタと音を立てつつ、廊下を何往復もするボロ子。
廊下、ピカピカになっていく。
と、そこへミニエレベーターを使って真琴が二階へと上がってくる。
廊下の様子眺めながら、疑わし気な顔している真琴。
真琴「今度は大丈夫なんだろうな」
ボロ子「真琴サン! 御心配には及びませんですよぅ! 今度こそレギュラー満タンで充電を終えましたですよぅ! ご安心めされよですよぅ!」
真琴「お前レギュラーの意味分かってないだろ」
ボロ子「ですよぅ、ですよぅ♪」
やっぱり聞いてないボロ子。
真琴に背を向けて廊下を再び雑巾がけしていく。
と、ボロ子の視線の先に何かいる。
暗闇からゴソゴソと這い出てくる黒光りするゴキブリ。
ボロ子が目を瞬かせたのち、パニックに陥る。
ボロ子「ぎゃぎゃぎゃッ! 怪獣ですよぅッ!?」
真琴「(耳を疑って)なに!?」
ボロ子「ゴキブリ怖いですよぅ~~~~~!」
慌てて引き返したボロ子、廊下をものすごい勢いで駆け抜けていく。
真琴の眼前を通り過ぎた直後、階段を転げ落ちる凄まじい音、
真琴、一瞬身をすくめた後で、階下を覗く。
階段下の壁に、ボロ子がひっくり返ったまま大穴をこさえて目を回してる。
ボロ子「うらら……対G兵器の出動を要請するですよぅ……」
真琴、頭を抱えて大きなため息。
■ 同 一階玄関前
車イス乗ったままボロ子に詰め寄る真琴。
ボロ子、不安げな顔で後ずさる。
真琴「もう充分だろ。いいから何も言わないで、黙って電源落とさせろ」
ボロ子「ま、まだまだ終わってないですよぅ! ボロ子によるご恩返しは、これからが本番なのですよぅ!」
真琴「これ以上家の中壊されてたまるか! いいから大人しくしろ!」
ボロ子「ああっ、ゴキブリですよぅ!」
真琴「あ?」
思わず、ボロ子が示したあさっての方向を振り向く真琴。
その隙に車イスの脇を潜り抜け、こっそりとリビングの方へと逃げるボロ子。
真琴、それに気が付き血相変える。
真琴「あッ、おいコラ!」
ボロ子「ボロ子はこんなところで終わる訳にいかないですよぅ! ちゃんと真琴サンに恩返しするまで電源切る訳にいかないですよぅ!」
真琴「お前は何もしないのが一番の恩返しだってのに、何遍言わせるんだ!」
ボロ子「お代官様、お許しくださいですよぅ!」
家の中にて、ボロ子と真琴(車イス)、珍妙な追いかけっこ。
一向にボロ子が捕まらず苛立ちを見せる真琴。
ボロ子と真琴、テーブルを挟んでにらみ合いになっている。
そのとき、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
二人の動き、一時止まる。
怪訝な表情をする真琴。キョトンとするボロ子。
■ 同 玄関外側 小雨
相変わらず小雨が降り続いている屋外。
今までは無かった、やや高級そうな車がガレージの前に停まっている。
■ 同 リビング
先ほどの賑やかさと打って変わって、重たい沈黙の下りた室内。
テーブルを挟んで向かい合っている真琴と、その息子・進。
心配そうな顔している進。
反対に、露骨に面白くなさそうな顔している真琴。
ボロ子は別の部屋の影から、こっそりと二人の様子を覗いている。
長い沈黙の後、やや遠慮がちに口を開く進。
進「……親父、最近どうなんだ?」
真琴「……何がだ」
進「近所の人から連絡貰ったよ。また家政婦クビにしたって」
真琴「チッ、あの連中、余計な真似を……」
進「親父が困ってるんじゃないかって思って来てみたんだが……思ったよりはまともみたいだな。手伝いにロボット買ってるとは思わなかったけど」
真琴「(冷たく)俺が何をしようと、お前なんかに関係あるか」
進「そんな言い方ないだろ、実の親子なんだから」
真琴「何を白々しい……」
真琴、進のことを睨み付ける。
見守るボロ子、不安げな色がにじむ。
真琴「社長の椅子欲しさに、俺が動けなくなった途端、こんなみょうちくりんな場所に追放したのは一体何処のどいつだ? さぞかし愉快だろうな。今日だって、本音は俺が死んでなくてガッカリしてんだろ」
進「親父、なんてこと言うんだ」
真琴「黙れ。お前の顔なんて見たくもない。帰れ……帰れッ!」
そう言って真琴、車イスを反転させるとそれっきり黙ってしまう。
進、父親の性格を知っているからか、しばらく逡巡したのちため息。
進「ハァ……分かったよ。一応、連絡先新しくなったから、ここにメモだけでも置いていくよ。何かあったら連絡くれ。それじゃ……」
進は紙切れに何かをサラサラと書きつけると、机の上に置いていく。
一度部屋を出て行こうとして、名残惜しそうに振り返るが、結局出て行く進。
家の外で、進の車が走り去っていく音。
真琴「おいボロ子、その紙くずを破ってゴミ箱に放り込んどけ!」
ボロ子「ですよぅ……」
それまで大人しくしていたボロ子が物陰からのっそり出てくる。
机の上のメモを取ってまじまじと眺めてからボロ子、真琴の背中に言う。
ボロ子「あの人、真琴サンのご家族ですよぅ?」
真琴「何が家族だ! あんな奴、俺とは何の関係もない!」
ボロ子「真琴サン、あの人のこと嫌いですよぅ?」
真琴「フン。んなもん、見てりゃ分かるだろ」
ボロ子「仲直りしたほうがいいですよぅ」
真琴「なに!?」
真琴が車イスを反転させてギロリとボロ子をにらむ。
ボロ子、全然動じていない様子。
ボロ子「あの人、とっても寂しそうな顔してたですよぅ。真琴サンと仲良くしたそうな顔してたですよぅ。怒鳴って帰しちゃ、なんだかとっても可哀想ですよぅ。」
真琴「自業自得ってもんだ。用済みになった途端、必死になって俺をこんなところに押し込めやがって」
ボロ子「真琴サンだって、寂しそうな顔してるですよぅ」
真琴「!」
ボロ子「ご家族だったらきっと、覚えて貰えてるうちが華って奴ですよぅ」
真琴「うるさい……お前に何が分かる……」
ボロ子「分からないけど、きっと寂しいですよぅ。ボロ子なんて、自分でも何も覚えてないですよぅ」
真琴「黙れ! 黙れ!」
ボロ子「あうちッ、ですよぅ」
真琴、感情任せに手近なコップを引っ掴んでボロ子に投げつける。
ボロ子の頭に当たって、あさっての方向に跳ねて行って割れるコップ。
ボロ子、ちょっと目を細めるがあんまり痛そうじゃない。
真琴、車イスを最高速度にしてボロ子の元へ行く。
真琴「ポンコツの分際で知ったような口を聞くな! 人間とロボットじゃ、用済みで捨てられるのでも重みが違うんだッ!」
ボロ子「まこ――」
真琴「二度とその口を開くな!」
真琴、有無を言わさずボロ子の首輪のスイッチを押す。
ボロ子、微妙に抵抗しようとするが瞬時に目の奥が明滅し、電源が落ちる。
奇妙なポーズで硬直するボロ子。
真琴、肩で息をしながらそれを見下ろす。
と、ボロ子のうなじ部分が露出しているのに気が付く。
ボロ子のうなじ部分に見える、ハードへの各種接続部位。
まるで薬品でも流し込んだかのようにボロボロに焼けただれている。
真琴、一瞬言葉を失う。
やがて、再び苛立ったように車イスを反転させるとリビングを出て行く。
奇妙なポーズでほったらかしになるボロ子。
ゴロゴロと遠くで雷鳴が鳴り響く。
■ 同 寝室 深夜
ベッドの脇に停められた車イス。
その上で、毛布被った真琴が眠っている。
が、次第に苦しそうに唸り声を上げるようになる真琴。
悪夢にうなされている。
真琴「待ってくれ……待ってくれ……頼む……置いて行かないでくれ……」
車イスの上でもがき苦しむ真琴。
■ 同 一階廊下
ギイィ、と音を立てて開くリビングのドア。
真っ暗な廊下を何者かがゆっくりと歩いて来る。
以下しばらく、寝室でうなされる真琴とカットバック。
■ 同 寝室
真琴「頼む……頼む……お願いだ……」
ギイィ、とまたも音を立ててゆっくり開くドア。
何者かが真琴の元に近づいていき――、
ボロ子「真琴サン、真琴サン!」
パッと部屋の中の電気がつく。
それにつられて目が覚める真琴。
汗びっしょり。
ボロ子が気遣うような表情で傍にしゃがみ込んでいる。
ボロ子「どうしたですよぅ? 何かご病気なのですよぅ!?」
真琴「おまえ……どうして……」
何処かから持ってきたタオルで真琴の汗を拭くボロ子。
ボロ子、手を動かしながらあっけらかんと言う。
ボロ子「人間の苦しそうな声を感知すると、ボロ子は自動的に電源が入るですよぅ。そーいう仕組みになってるですよぅ」
真琴「……お前、介護用ロボットだったのか」
ボロ子「よく分からないけど、苦しそうな真琴サンを放っておけなかったですよぅ。悪い夢でも見たですよぅ?」
真琴「……別に、なんでもない」
ボロ子「ひとりぼっちだから悪い夢見るですよぅ。やっぱり寂しいですよぅ」
まだ言うか、という顔でボロ子を睨む真琴。
がしかし、疲れ切ったその目には力が籠っていない。
やがてボソリと呟くように言う。
真琴「フン……だとしたら因果応報ってやつだな」
ボロ子「ですよぅ?」
真琴「用済みで捨てられたって言ったがな……俺だって一線で働いてた頃は同じことを何度もやった。使える奴はとことんまで使って、結果が出せなくなればザックリ切り捨ててきた。今度はそれが自分の番になった。ただそれだけのことだ……」
ボロ子「……でも真琴サン、捨てられたボロ子を拾ってくれたですよぅ」
真琴、唐突に目を丸くしてボロ子の方を見つめる。
ボロ子「真琴サン、きっと心は優しい人ですよぅ。寂しくてイライラするのは仕方のないことなのですよぅ」
真琴「……なにを馬鹿なことを」
ボロ子「ボロ子、何も覚えてないから寂しいって気持ちが分からないですよぅ。でもきっと真琴サンは、ずっと覚えてるから、ボロ子なんかよりもずっとずっと苦しんでるですよぅ。ひとりぼっちですよぅ。でもボロ子もひとりぼっちですよぅ。折角だから、ひとりぼっち同士仲良くするですよぅ」
真琴「……」
真琴、しばらく押し黙ってしまう。
ふとボロ子に手を握られていることに気付く真琴。
その手を少しの間見つめてから、フン、とそっぽを向く。
真琴「下らんことを」
ボロ子「でも真琴サン、」
真琴「お前も、もう行け。眠りたいんだ、一人にしてくれ」
ボロ子「ですよぅ……」
ボロ子、ちょっと落ち込んだ感じで部屋を出て行こうとする。
真琴、その背中を呼び止める。
真琴「ああ、おい待てボロ子」
ボロ子「ですよぅ?」
真琴「俺をベッドに寝かしていけ。ひとりぼっちじゃ移動できん。丁寧に、だ」
ボロ子「……ですよぅ!」
ボロ子、笑顔になって真琴に近づいていく。
真琴、大人しくボロ子に抱きかかえられる。
■多摩ロボットシティ全景 朝 晴れ
雨が上がった朝の街並み。
ポタポタと滴が垂れる葉の上でナメクジなど這っている。
■栗原真琴の自宅 全景
濡れに濡れているが天気以上にどこか晴れやか。
■ロボットシティ市役所 庁舎内
先日と打って変わって人の多い役所内。
以前に真琴の応対をした役人、仕事している。
ふと、目の前の電話が鳴る。
応対する役人。
役人「はい、こちら多摩ロボット――ああ、先日の。どうもお久しぶりです。業者の件ですが現在……は? いま何て?」
■栗原真琴の自宅 リビング
先日までと比べて大分明るくなった室内。
ブイーン、という掃除機の音が部屋中に響いている。
ボロ子がエプロン姿でそこら中を掃除している。
明らかに慣れた手つきになっている。
その傍らで真琴、面倒くさそうに受話器に向かって話している。
真琴「だから、何度も言わせんな。もう回収はいい。丁度家政婦が必要だったんだ。これからはウチで最後まで雇う。それで文句ないだろ」
電話から何事か言ってる声聞こえるが、ガチャリ、と受話器を置く真琴。
真琴、おもむろにボロ子のほうを見て、
真琴「ボロ子、お前もういいから、少し休んだらどうだ」
ボロ子「お言葉だけ有難く頂戴しますですよぅ。何日も雨降ってたから、いい加減に洗濯しちゃわないと、カビはえちゃうですよぅ」
真琴「(軽く笑って)大して日にちも経ってねぇのに、一丁前に言うようになったじゃねえか」
ボロ子「真琴さんもちょっとは日向ぼっこするですよぅ。太陽に当たるとビタミンが作れるって昨日テレビで言ってたですよぅ。ご老体には必要不可欠ですよぅ」
真琴「うるせぇ奴だなぁ」
そう言いつつも真琴、まんざらでもなさそう。
家事をするボロ子の後ろ姿をもう一度眺めてから、口を開きかける。
真琴「なぁボロ子……」
ボロ子「はいですよぅ?」
真琴「お前、進の置いていった……いや、なんでもない」
ボロ子「進サンのメモならここにあるですよぅ」
そう言ってボロ子、エプロンの中からくしゃくしゃになった紙切れを取り出す。
真琴、驚いた顔する。
真琴「ボロ子お前……捨ててなかったのか」
ボロ子「ですよぅ。捨てる前に真琴サンが電源落としちゃったですよぅ。ボロ子もこんなところに入ってるの、さっき気付いたですよぅ」
真琴「そう、か……」
ボロ子「真琴サン、進サンと仲直りするですよぅ?」
真琴「馬鹿言え、そんなんじゃねぇ」
そう言ってしばらくそっぽ向く真琴。
が、少しだけ間があって、またしてもボロ子の方を見る。
真琴「ただ、ちっとはあの野郎の話も聞いてみてやろうってだけだ」
ボロ子「……ですよぅ!」
ボロ子、ニッコリと笑う。
ボロ子「それが仲直りの第一歩ってやつですよぅ! うららうららなのですよぅ!」
真琴「何を言ってやがる」
真琴、呆れたような顔。
真琴「馬鹿言ってねぇで、そのメモこっちよこせ」
ボロ子「はいですよぅ!」
元気よく返事してボロ子、真琴のほうへとやってこようとする。
が、途中で蹴躓いて転んでしまう。
その拍子に手から離れたメモ、スイッチを切っていなかった掃除機の中へと、
吸い込まれていく。
あんぐりと口を開ける真琴、ボロ子。
真琴「おいバカ、ボロ子!」
真琴「ありゃりゃ、ですよぅ」
とぼけた仕草をするボロ子。
(了)




